第84話 強さの片鱗
「ギャ、ス、ト?」
初めて耳にする部隊名だった。
僕たち新人には知らされていないだけなのだろうか。いや、特戦群のように、同じ自衛隊でありながら詳細が伏せられている部隊も存在する。そう考えれば、極秘任務を担う特殊部隊が他にもあっても不思議ではなかった。
「来てくれたんだ。」
坂下が安堵したように呟く。あれ……知らなかったのは僕だけなのか。
「新たに実戦投入される特殊部隊があるという話は、作戦会議時に話していたよ?」
杏南の言葉に、思わず言葉を失う。どうやら、僕が聞き逃していただけらしい。だが、そんなことより――。
「すいません、僕も一緒に戦わせて下さい。」
思わず口から飛び出した。目の前には、僕たちを救いに来てくれた部隊がいる。先輩たちは今も命を懸けて戦っているのだ。ここで引き下がるわけにはいかなかった。
「あんた、何を言って…。」
坂下が呆れたように僕を見た。
「俺達若手は足手まといだ。おとなしく撤退だ、クソ馬鹿。」
「俺達を引っ張ってくれる上官もいない。怪我人もいる。俺達はここまでだ。後は、上官に託すべきだ。」
諏訪一士と山下陸士長が、間髪入れず言い切る。それでも僕は首を振った。
「引っ張ってくれる方が、今、目の前にいます。僕はまだ戦える!」
この人たちなら、先輩たちを助けられるかもしれない。そう思った瞬間には、身体が勝手に動いていた。
「身の程を知れ、クソボケが!」
諏訪一士が胸倉を掴み上げる。怒りに満ちた眼差しだった。
殿を務めると決めた先輩たちの覚悟を、こいつは2度も踏みにじろうとしている。諏訪の怒りは当然だった。
「ちょっと、喧嘩は…。」
杏南が慌てて間へ入ろうとした、その時だった。
「は~い、ちょっと失礼。」
場違いなほど軽い声が割って入る。僕たちをトラックへ誘導していた覆面姿の隊員だった。
「ぐえっ……。」
次の瞬間、首筋へ鋭い衝撃が走り、視界が暗転する。
「はい、撤収しますよ~」
そのまま意識を失った僕は、荷物でも運ぶように軽々と荷台へ放り込まれた。
ぼんやりと意識が戻る。
「?? ん、ん~~~」
身体を起こそうとしたが動けない。両腕を拘束され、口まで塞がれていた。抗議しようにも声にならない。目の前の隊員たちは、そんな僕を完全に無視している。
「エルメス、出発!」
「OK、Let's GO!」
エンジンが唸りを上げ、73式大型トラックがゆっくりと走り始めた。揺れる荷台の中で、僕は拘束されたまま天井を見つめるしかなかった。
「まったく、シャークちゃん、滅茶苦茶しちゃって…。班長に似たのね。」
どうやら、僕を締め落とした人物はシャークというらしい。そして、僕の目の前に座る隊員へ思わず目がいく。
大きい。とにかく大きかった。
2メートル近い長身に、丸太のような腕。まるでヒグマが迷彩服を着ているような体格だ。だが、その巨体から聞こえてきたのは予想外の声だった。
「あ、アタシのコードネームはフロリアンというの。よろしくね、子猫ちゃん達♪」
その場にいた全員が固まる。誰一人として、すぐには言葉が出なかった。
「は、はあ…。」
諏訪一士でさえ、戸惑いを隠せない。そんな空気など気にも留めず、フロリアンは負傷者の手当てを始めた。
「よく頑張ったわね、もう大丈夫よ。」
手際は驚くほど鮮やかだった。止血も固定も迷いがない。そのまま急性ストレス障害を発症した木山へ歩み寄ると、ためらうことなく抱き締める。
……いや。
その役目は違うんじゃないだろうか。
木山本人も困り切った表情を浮かべている。
「さて、パルヴァーちゃん、敵の様子は?」
「班長がとっくに仕留めましたよ。」
「で、その班長は?」
「他の奴を殺してくるって、どこかへ行きましたよ。」
「あらあら、相変わらずね。班長は自由すぎるわ。」
荷台の空気は、つい先ほどまで死線をくぐってきたとは思えないほど穏やかだった。運転席からは陽気な歌声が聞こえてくる。
ハンドルを握るエルメスは終始ご機嫌で歌い続け、その隣ではシャークがリズムに合わせて身体を揺らしている。一方、パルヴァーだけは無線機を片手に周囲を警戒し続けていた。
(……GASTって、変わり者集まりなのか?)
そう思わずにはいられなかった。だが、その実力だけは疑いようがない。
班長と呼ばれる人物は、杏南が仕留め切れなかった敵兵2体を、あっさり倒したという。見た目も性格も滅茶苦茶なのに、誰一人として動きに迷いがない。
「あのう、そろそろ隼人を拘束から解いていただけませんか?」
杏南が遠慮がちに尋ねる。その通りだ。もし敵が襲ってきたら、僕は何もできない。
「駄目よ。この子、まだ戦えるとか言って、飛び出しそうだもの。」
「……。」
反論できなかった。図星だったからだ。
その時だった。無線から次々と報告が飛び込んでくる。
「座標、YX-CA26地点に生存者発見。敵に囲まれている模様、アルバトロス班は至急迎え。」
そんな通信が何度も繰り返される。それを聞いていた坂下が、小さく目を見開いた。
「電波が復活している?」
「GASTにも優秀な電子戦部隊がいるのよ♪」
――某所――
「へっくしょい!」
「集中!」
再びフロリアンがこちらへ振り返る。
「……どうも貴方は、アタシ達を見くびっているようね。」
そう言って、片目を閉じる。正直、そのウインクにはどう反応すればいいのか分からない。
「アタシ達は、対グーリエ星人で戦果を上げた隊員から選抜されたの。既に一度、領土奪還もしてるんだから、もうちょっと信頼して欲しいなぁ~。」
そして楽しそうに笑う。
「まあ、百聞は一見に如かずというわね。じゃあ、ちょっとアタシ達の強さを見せてあげる。」
「え? どういう…。」
坂下が首を傾げた、その時だった。パルヴァーが無線機から目を離さないまま、淡々と口を開く。
「敵がこちらに向かっている。数は2個分隊かな。10分もあれば追いつかれる。」
まるで天気でも告げるような口調だった。
「そういうこと。貴方たちは、そこでアタシ達の戦いを見てなさい。」
フロリアンは軽く肩を回すと、シャーク、パルヴァーと共に荷台の後方へ移動する。慌ただしく身構える僕たちとは対照的に、3人には緊張した様子がまるでない。やがて、木々の向こうから敵の姿が現れた。
「あらら、敵さん、戦車連れて来ましたね。ペ○パー君も2機いますよ。」
双眼鏡を覗いたパルヴァーが、事務的に報告する。
「ペッ○ー君は厄介ね。あれとの対戦は避けましょう。まずは、アタシが戦車を壊すわ。」
そう言うと、フロリアンは山下陸士長へ手を差し出した。
「ああ、その袋をアタシに頂戴。」
「これですか?」
山下陸士長が袋を持ち上げた瞬間、その重さによろめく。
「重…。これは、石?」
袋の中には、砲丸ほどの大きさの石がぎっしり詰まっていた。僕も思わず首を傾げる。こんなものを何に使うというのだろう。
「あの石をどうするつもりだろう?」
次の瞬間だった。
「って、えええええええ?」
フロリアンは石を一つ掴むと、野球ボールでも投げるような軽い動作で放り投げた。石は凄まじい速度で一直線に飛び、敵戦車へ吸い込まれていく。
直後――轟音と共に戦車が爆発した。
どうやら、砲口へ飛び込んだ石が砲身内部で詰まり、発射時に暴発したらしい。誰も声が出なかった。ただ、目の前で起きた光景を呆然と見つめるしかない。
「まったく、現代戦争で投石する人なんて、他にはいないでしょ。」
シャークが呆れたように口を開く。
「使える物は何でも使うのよ。それが、生き残るための知恵ってもんでしょ?」
悪びれる様子もなく、フロリアンはウインクする。
「それに、石なら無駄使いも出来るしね。」(フロリアン)
再び石が宙を舞う。
「ヒュンッ」という鋭い風切り音が連続した。
「○ッパー君にも当たりましたよ。壊れたみたいです。敵兵、あたふたしてますよ。」
「あら、ツイてるわ~」
偶然と言いながら、その投擲は外れない。敵兵たちは何が起きたのか理解できず、右往左往していた。
「今のうちにトドメを刺しちゃいましょ。」
その言葉と同時に、シャークとパルヴァーが荷台から飛び降りる。2人は互いに距離を取りながら、左右へ大きく展開した。
その動きは速い。いや、速すぎる。敵がようやく銃口を向けた時には、もうそこに2人はいなかった。
「投石だ!!」
「何で投石? いつの時代だよ!」
混乱する帝国兵の背後へ、シャークが音もなく回り込む。閃いた刃が、一人の首を刎ねた。同時に反対側では、パルヴァーが冷静に引き金を引く。
一発、また一発と確実に敵兵を仕留める。無駄弾は一つもない。敵兵は反撃する間もなく、次々と倒れていく。
「アタシも援護ししゃうわよ!」
今度は84ミリ無反動砲を肩へ担ぐ。あの巨体だからこそ、重火器さえ玩具のように見えた。
ドォンッ!
ドォンッ!
ドォンッ!
3発の榴弾が立て続けに炸裂し、敵の隊形を粉々に吹き飛ばす。爆煙が晴れた頃には、戦場は静まり返っていた。生き残った敵兵は誰一人いない。それでも3人は呼吸一つ乱していなかった。
「つ、強い!」
坂下が目を見開く。
「凄い…。グーリエ星人を圧倒した…。」
諏訪一士もただ驚くばかりだった。
ほんの数分前まで、僕たちは全滅寸前だった。それなのに、この人たちは2個分隊を相手に危なげなく殲滅してしまった。圧倒的だった。
戦いというより、一方的な制圧だった。
「強い。――これが、GASTの戦い方なのか。」
地頭曹長や瑛松二曹も強かった。だけど、その2人でさえ、ここまで余裕を持って敵を圧倒してはいなかった。目の前にいる人たちは、そのさらに先にいる。
変わり者ばかりで、どこか掴みどころがなく、初めて会った時は戸惑うことしかできなかった。だが、その実力だけは疑いようがない。
(この人達、本当に強い!)
僕の胸に芽生えたのは、畏怖ではなかった。純粋な憧れだった。
登場人物紹介
シャーク……GAST・ピットブル班の隊員。若手隊員達をトラックへ誘導した。女性と思われる。「まだ戦う」と志願した隼人をキュっとしてポイっして、移動中の車内でノリノリにヘドバンするあたり、フロリアンに滅茶苦茶と言われるのも頷ける。
フロリアン……GAST・ピットブル班の隊員。シャークと班長を「滅茶苦茶」というあたり、常識人枠かと思いきや、2m近い長身で筋骨隆々ながらオネエ口調を操るクセの強い隊員である。投石で戦車を破壊するという強肩さを見せつける。
パルヴァー……GAST・ピットブル班の隊員。振舞いからして、1番の若手と思われる。トラックの上に乗って移動していたのは、敵兵を見つけるためだった。たぶん視力が良い。
エルメス……GAST・ピットブル班の隊員。73式大型トラックの運転を任されていた。戦地であるにも関わらず、大声で歌っちゃうお茶目さん。英語はネイティブな発音らしい。
班長……GAST・ピットブル班の班長だが、まだコードネームは明かされていない。ハーピー族の兵士2人を瞬殺した模様。また、フロリアン曰く、滅茶苦茶な一面があるようだ。どのように滅茶苦茶なのか。
段場 隼人……本編の主人公。35普連2中隊所属の二等陸士
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人。多大な戦果を挙げるが負傷してしまう
木山 拓哉……隼人、杏南の同期。味方を誤射し、急性ストレス障害を発症
山下 裕介……戦死した渚の同期
坂下 ジュリア……35普連3中隊の新人
諏訪 明登……謎の力に覚醒した若手
当物語に出てくる架空の装備
※ペ○パー君……帝国産小型戦車のことで、形が似ているから、自衛隊員はそう呼んでいる。小回りが利き、連射が出来るので、速射砲と言った方がしっくりくる。太陽光で動いており、悪天候の日や暗所では、専用のバッテリーで動く。砲弾はドローンで補充する。グーリエ星内では、砲弾ではなく、太陽光のようなエネルギーを利用し、エネルギー弾として発射しているので、弾の補充は必要ない。この「ペッ○ー君」は、地球で造った物なので、弾の補充が必要となり、性能がやや落ちる。




