第81話 死を招く悲鳴
「亜久、どうしてここに?」
瑛松二曹の声に応じるように、激しい銃声が山中へ木霊した。
「お前が箱根へ向かってると聞いてな! 俺達もついてきた。」
互いに言葉を交わしながらも、誰一人として引き金を引く手は止めない。
「誰からその情報を?」
「あのポンコツ中隊長だよ! ちったぁ役に立つんだな、あのポンコツ!」
「上官をポンコツって言うものじゃないわ。」
「は? なんて? 銃声で聞こえんかった!」
「何でもない。集中して!」
再び銃声が会話を飲み込み、敵味方の悲鳴が入り混じる。
「あの5匹が来てから戦局が変わった。奴らは腕利きの精鋭なの?」
グーリエ兵の焦りが聞こえた。
亜久二曹や須田二曹たちが駆け付けてから、さっきまで押し潰されそうだった僕たちは、まるで息を吹き返したように前へ出始めていた。
敵の数は依然として圧倒的だ。しかも杏南は負傷して後退している。それでも、不思議と恐怖は薄れていた。
仲間がいる。背後から聞こえる味方の射撃音だけで、「自分一人ではない」と実感できる。その存在が、これほど心強いものだとは思わなかった。
(このまま押し切る!)
僕も必死に引き金を引き続ける。
一方、その頃の諏訪は、僕とは違う世界を見ていたらしい。
銃声が妙に遠く聞こえ、敵の動きがまるでスローモーションのように見えていた。
(何だ、この感覚は? 身体の奥底から力が湧いてくる……。)
本人ですら理由は分からないまま、その感覚に身を任せて前へ出た。
敵小隊長のフェクンダ・ペイク少尉が前線で部下を指揮している姿を見つける。
「小隊長、血が!?」
「かすり傷だ、心配いらん……。」
(あいつは隊長クラス。仕留めるなら今だ。)
諏訪が照準を合わせ、一発だけ静かに引き金を引いた。乾いた銃声の直後、ペイク少尉の頭部が弾け、その場へ崩れ落ちる。敵小隊長の戦死は帝国軍の隊形を大きく乱した。
その隙を逃さず、手塚が火力を集中させる。
「しくじった……。」
「十分よ。」
瑛松二曹の射撃が続き、敵の反撃の勢いはさらに鈍った。
(行ける。この窮地を乗り切れる。)
僕は確かな手応えを感じていた。
戦況が変わった理由は明らかだった。亜久二曹たちの到着である。増えたのは人数だけではない。信頼できる先輩たちが背後にいるという事実が、限界まで擦り減っていた僕たちの心をもう一度立ち上がらせてくれた。実力以上の力を発揮できていたのも、その支えがあったからだと思う。
しかし、その勢いは長く続かなかった。極限状態で絞り出した力は、必ず反動を伴う。体力は削られ、集中力は少しずつ鈍り始める。そして、その綻びを敵は見逃さなかった。
「百合果さんが……死にました……。」
東雲三曹の報告が最初の引き金だった。
「弾薬が尽きた……。」
「まずい、俺も弾薬が少ない。このままでは……。」
さらに久木田二士が撃たれ、戦線は一気に傾いた。北嶺一士を失い、弾薬も尽き始め、張り詰めていた気持ちが少しずつ崩れていく。援軍によって持ち直した流れは、再び絶望へ引き戻されようとしていた。その時だった。
「あ、あ……。うわああああああ!」
木山の悲鳴が山中へ響き渡る。その叫びを待っていたかのように、敵指揮官の声が飛んだ。
「今だ!」
木山は震える手で空を指差した。
「上空に天使族ほか10体!」
反射的に僕も見上げる。次の瞬間、有翼種が放った砲弾が頭上で炸裂した。
「伏せろー!」
久里浜三佐の叫びと同時に地面へ身を投げ出す。爆発そのものよりも恐ろしかったのは、その後だった。白い霧が猛烈な勢いで広がり、僕たちが戦っていた一帯を瞬く間に覆い尽くしていく。
(毒か……?)
鼻を突く異臭に息を止める。亜久二曹の表情が険しく変わった。
(これは、あの時の……!)
中西三曹も身体の自由を奪われたように動きを止めている。やがて霧が風に流されると、その向こうに異様な影が現れた。人の上半身と巨大な蛇の下半身を持つ5体のラミア族だった。
彼女たちは、久里浜三佐、奥戸三曹、東雲三曹、一橋一士へ、それぞれ蛇の胴体を巻き付け、獲物を締め上げるように拘束していた。
「ぐわああああ!」
「うわああああ、誰か、助けて……!」
「救援しろ!」
亜久二曹の号令で僕たちは一斉に銃口を向ける。だが、ラミア族へ照準を合わせた瞬間、新たな伏兵が姿を現し、激しい銃撃で僕たちの前進を阻んだ。
思うように射線を通せない。そうしている間にも、ラミア族の締め付けは容赦なく強まっていく。骨が砕ける音が、戦場へ響いた。
骨が砕ける音は、一度では終わらなかった。乾いた破砕音が何度も重なり、そのたびに4人の悲鳴は短くなっていく。
僕たちは助けようと撃ち続けた。しかし、射線へ割り込んできた伏兵のせいでラミア族を狙うことができない。やがて悲鳴は途切れ、締め上げられていた4人の身体から力が抜けた。
「くそ、また伏兵かよ!」
「伏兵が好きだな! チクショウ……。」
「もう、弾も少ないのに……。」
味方の誰もが焦りを隠せない。
敵は正面だけではなく、伏兵と組み合わせ、こちらの救援行動そのものを封じにきていた。その時、谷の向こうから新たな銃声が響いた。
「援軍!」
思わず声が漏れる。帝国軍の電波妨害によって各地の戦況が急速に悪化していると判断した有朋陸将は、中央即応連隊へ増援を要請していた。
精鋭部隊が到着した。それだけで胸の奥に希望が灯る。
――助かった。
そう思ったのも束の間だった。
「ぎゃああああ!」
「がはっ……!」
「わああああああっ!」
援軍部隊の中へ、黒い影が一直線に飛び込んだ。次の瞬間、自衛隊員の身体が次々と宙を舞う。
「あれは何だ……。」
黒い影は兎のような耳を持ちながら、全身は岩のような筋肉で覆われていた。ツキノワグマを思わせる巨体が信じられない速度で駆け、銃弾の間を縫って懐へ飛び込むと、一瞬で刀を振るう。
「さ、さすがエヌダル准尉……。」
敵兵が思わず漏らしたその言葉に、僕の背筋が冷えた。
「あいつは、ヤバい……。」
新山三曹が低く呟く。中央即応連隊の精鋭ですら、その怪物を止められなかった。次元が違う。その頃、別の方向から木山の絶叫が響く。
「うわああああああ! 来るなぁぁぁぁ!」
「木山!」
振り向くと、武器を失った木山と、負傷して動けない紅林士長へ3体のハーピー族が襲い掛かっていた。
「2人を助けないと……!」
身体は動こうとする。しかし、その前へ敵兵が立ち塞がり、一歩も近付けない。
「いやあああああああああ!」
紅林士長の身体が、ハーピー族の鉤爪に掴まれ、そのまま上空へ引き上げられた。彼女は空中で放り投げられ、一体から一体へと受け渡される。まるで遊び道具のように。そのたびに骨が砕ける鈍い音が空へ響いた。
「あがあああああああ!」
絶叫は、やがて言葉にならない呻きへ変わる。それでも僕たちは見上げることしかできなかった。今の僕たちに、上空の敵を迎撃できる装備はない。誰一人として助けられない。
最後にハーピー族は、高々と持ち上げた紅林士長の身体を地面へ叩き付けた。鈍い衝撃音が響き、彼女は動かなくなった。戦場は、悲鳴で満ちていた。あちこちで味方が倒れ、援軍として駆け付けた部隊までもが蹂躙されていく。撤退を決断した指揮官の怒号が飛ぶ。
「総員、撤退だ! ここにいる者達を含め、退却するぞ!」
僕たちは、その言葉にすがるように後退を始めた。だが、敵はそこまで読んでいた。退路にはすでに帝国軍の小隊が展開し、逃げ道を完全に塞いでいたのである。
「退路を塞がれました!」
「もう一度、切り開くぞ!」
前へ出ようとした瞬間、敵の一斉射撃が始まった。銃声が谷へ反響し、何人もの隊員が倒れていく。援軍として駆け付けた中央即応連隊も、ついには壊滅した。
「マジかよ……。援軍に来た中即連が全滅……。」
浅井一曹の呟きに、誰も返事をしない。
「……流石にこれは、駄目かもしれんな……。」
吉良三尉の声だけが、静かに耳へ残った。
須田は、ふと諏訪へ視線を向けた。
(あいつ、この戦いの中で逞しくなっているな。貪欲に学ぶ姿勢は元からあったが、実力も着いてきた。このまま死なせるわけにはいかない。)
理央の視線は、負傷しながらも戦い続ける杏南へ向いていた。
(苫米地杏南……優秀な新人だとは聞いていたけど、想像以上だった。あの子なら、きっとグーリエ星人を倒してくれる。)
亜久もまた、山下、諏訪、そして杏南を静かに見つめる。
(山下、お前は生きろ。生きて将来、リーダーとして後輩たちを支えてやれ。諏訪も逞しくなったし、苫米地の強さは想像以上だった。この3人は、35普連の希望だ。)
新山が、小さく息を吐いた。
「先輩方、何か覚悟を決めたみたいだ……。」
「仕方ない、同じ中隊ですし……。うち等も付き合いますか。」
「俺は嫌だね。逃げるよ。死にたくない。」
「そんな事を言わない。」
新山は軽口を叩きながらも、その目だけは笑っていなかった。彼もまた、先輩たちの覚悟を理解していた。
(死なせない。)
(あいつ等は希望だ。)
(この命に替えても、守る価値がある。)
――絶対に守る。
登場人物紹介
アスペイディー・エヌダル
種族・性別:兎型獣人族の男性
所属・階級:陸軍准尉で、第2歩兵連隊第13中隊40小隊
備考:兎の範疇を超えたスピードとパワーを兼ね備える「黒い物体」
段場 隼人……本編の主人公。35普連2中隊所属の二等陸士
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人。多大な戦果を挙げるが負傷してしまう
木山 拓哉……隼人、杏南の同期。味方を誤射し、急性ストレス障害を発症
瑛松 理央……35普連2中隊の二等陸曹
山下 裕介……35普連2中隊の陸士長
一橋 剛……ラミア族に巻き付かれて内臓と骨を粉砕される。享年20歳
久木田 怜……35普連1中隊の新人、戦死。享年19歳
東雲 舞夢……ラミ族に巻き付かれて、内臓と骨を粉砕されせ死亡。享年27歳
紅林 珠……ハーピー族に空中から叩きつけられて死亡。享年23歳
北嶺 百合果……出血が止まらず死亡。享年21歳
久里浜 良仁……ラミア族に巻き付かれて内臓と骨を粉砕されて死亡。享年41歳
吉良 幹丈……35普連1中隊の三等陸尉
浅井 社……35普連1中隊の一等陸士
奥戸 健太……ラミア族に巻き付かれて内臓と骨を粉砕されて死亡。享年25歳
手塚 泰二郎……35普連2中隊所属の三等陸曹
亜久 弘夏……理央と同期の二等陸曹
須田 寿一……35普連2中隊の二等陸曹
新山 岳……35普連2中隊の三等陸曹
中西 蛍……35普連2中隊の三等陸曹
諏訪 明登……35普連2中隊の一等陸士
グーリエ星に存在する種族
ハーピー族……鋭いくちばしに、腕に大きな羽がある種族。鳥人族と違い、羽に手が隠れているわけではないので、物はくちばしか足で掴む。羽での攻撃は強烈で、人間ならば致命傷になる。また、拳銃程度の火力ならば、羽を傷つけることは出来ない。フィジカルにおいては、天使族をも凌ぎ、天使族よりも速く長く高く飛べる。現代戦争には向かない種族だが、その圧倒的なフィジカルは、対地球人には有効と判断し、急遽鍛えられて招集された。
※紅林をボールみたく遊んでいた時は、かなり加減をしていました。これは、自衛隊に対する挑発行動で、ハーピー族の習性ではありません。
※2)奇襲に参加した5体のラミア族の残り1体は、杏南に向かっていきましたが、杏南に倒されています。
※3)ラミア族が登場する前に使用された霧は、第50話に出てきた「重力霧グラビティミスト」です。この範囲内では、身体へかかる負荷が大きく、身動きを満足に取れません。グーリエ星人は、高い身体能力によって普段と同じ動きが出来る個体も多いのですが、万全を期すため、専用のワクチンを打って対処しています。




