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外星戦記  作者: 無名の凡夫
第1章 初陣~オペレーション・ギデオン~

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第80話 ヒヨッコ

爆風が身体を投げ飛ばした衝撃は、まだ全身に残っていた。


「くそっ……。だいぶ遠くまで吹っ飛ばされてしまったな……。皆、無事だといいが……」


砂埃を払いながら立ち上がった諏訪 明登一等陸士は、大きく息を整えた。自衛官になってまだ2年目。自分でも「ヒヨッコ」と認める若い隊員である。敵砲弾の爆発で部隊から完全に引き離され、今はたった一人だった。


「しかも、よりによって一人かよ……」


思わず漏れた愚痴は、静かな戦場に吸い込まれていく。こんな場所で単独行動を強いられれば、生き残れる確率は決して高くない。それでも諦めるつもりはなかった。


英雄になると豪語していた同期も、数々の戦場を潜り抜けてきた上官も、砲撃の中で地面へ倒れていった。あの光景は瞼の裏から消えない。


だからこそ、生き延びる術を学ばなければならない。感情ではなく、手順どおりに動く。まず現在地を確認する。続いて装備を点検し、生存者を捜索する。そして戦える態勢を整える。それだけだ。


(ここは……まだ侵攻されていないはずだ……たぶん。)


地図を見比べながら周囲を観察する。砲声は聞こえるものの、この一帯に敵影はない。


(ここで時間を稼ぎ、味方を集めて持久戦の土台を作れれば、援軍が来てくれる。)


諏訪は、どこかで特戦群が動いているはずだと考えていた。無線は妨害され、本部とも連絡は取れない。それでも彼らなら異変に気づく。根拠ではない。だが、今は信じるしかなかった。


(信じるとか、感情に頼っちゃいけないが……やれることをやる。それしかない。)


空を見上げる。有翼種の姿は見えない。


(上空に敵はいない。今のうちに進めるだけ進む。)


諏訪は身を低くして駆け出した。周囲は遮蔽物が少ない。立ち止まれば狙撃の的になるだけだった。10分ほど移動を続けたところで、ようやく岩陰へ滑り込む。


「はぁ……はぁ……。少し休憩するか……。銃声も砲声も近くなってきた。ここから先は戦闘を避けられそうにないな。」


その瞬間だった。


(左に人の気配!)


反射的に小銃を構え、照準を向ける。


「待て、俺だ、俺。」


聞き慣れた声だった。諏訪は肩の力を抜く。


「須田二曹! ご無事で良かった。」


「お互いにな。」


岩陰から姿を現したのは須田二曹と、情報小隊の二瓶三曹だった。2人とも疲労の色は濃いが、生きている。それだけで胸を撫で下ろした。もっとも、須田の腕には応急処置の包帯が巻かれていた。


「その怪我……」


「血も止まった。問題ない。」


須田は短く答えた。その落ち着いた様子を見て、諏訪は胸の内で考えていた案を切り出す。


「持久戦を考えています。味方を集めて防御線を――」


しかし須田は最後まで聞かずに問い返した。


「持久戦か。そのためには敵がどこを狙って攻めてくるか把握しなきゃならん。敵の目的は考えたか?」


「う……」


言葉に詰まった。そこまで考えていなかった。自分の考えは、まだ表面だけだった。須田は地図を広げると、指先で石橋から箱根へ続くルートをなぞる。


「石橋の兵站拠点は、もう制圧されたと考えるべきだ。」


諏訪も二瓶も黙って耳を傾ける。


「敵の狙いが静岡や山梨への侵攻なら、御殿場は絶対に押さえたい。そして司令部が置かれている月白展望台も標的になる。俺が敵なら、まずそこを叩いて指揮系統を潰す。」


「三島や伊豆方面も狙われるのでは?」


「伊豆は海自に任せられる。となれば一番重要なのは箱根だ。」


須田は迷いなく言い切った。


「箱根で防御陣地を築き、持久戦へ持ち込む。」


二瓶が苦笑する。


「でも司令官に具申したくても、通信妨害があるのが問題ですね。」


今では机上の空論に過ぎない。勝手に動けば、さらに混乱を招く危険もある。須田はしばらく考え込んだあと、ふと口を開いた。


「地下通路があるかもしれん。」


「地下通路ですか?」


「ああ。敵の奇襲を思い出せ。あれだけ用意周到だった連中だ。地下を掘っていても不思議じゃない。」


二瓶も頷く。


「奇襲地点と敵種族を照らし合わせれば、見つかるかもしれませんね。」


「覚えているのはモグラ、蜥蜴、ゴブリンくらいです。」


「蜥蜴は水辺も得意だ。海岸沿いも怪しい。」


諏訪は地図を見直した。


「この近くにも海岸があります。」


「行ってみるぞ。」


3人は海沿いを慎重に進み始めた。ほどなくして、岩陰に不自然な穴を見つける。


「あった……。」


諏訪は思わず声を漏らした。須田は入口をじっと観察する。


「こんなに早く見つかるとはな……。だが、これは間違いなくグーリエ星人が作った通路だ。安全とは思うな。」


その時だった。


「……待て。」


須田が耳を澄ませる。


「中から声がする。」


「敵ですか?」


「いや、日本語だ。それに、この声……」


3人が慎重に近づくと、地下道の奥から怒鳴り声が響いてきた。


天津種二佐だった。亜久二曹と中西三曹が、真正面から言い争っている。諏訪は思わず顔を見合わせた。


(こんな時に、何をやっているんだ……。)


地下道へ姿を見せると、亜久がこちらを振り向いた。


「須田! 二瓶! 諏訪! お前たちも無事だったようだな!」


「亜久二曹! ご無事でしたか!」


「無事で良かった……。」


中西も安堵の表情を浮かべる。諏訪は首を傾げた。


「ところで……何をやっていたんですか?」


天津種は腕を組んだまま鼻を鳴らした。


「私の判断を理解できない無能な二曹たちを教育していたのよ。本当に使えない部下たちだわ。」


「はぁ…」


須田は乾いた笑みを浮かべるだけだった。


事情を聞けば、天津種は負傷した新山三曹を置き去りにしろと命じたため、亜久二曹と中西三曹が猛反発したらしい。さらに、この地下道を新たな兵站拠点にするから協力しろ、と命じていたという。亜久は肩をすくめた。


「瑛松たちもここへ来たらしい。箱根へ向かったそうだ。」


「箱根へ?」


「月白へ戻って援軍を要請すると。」


天津種は不満げに鼻を鳴らす。


「上官の命令も聞かず、勝手に動いて……。」


その言葉を聞き流しながら、諏訪たちは須田の考えを説明した。箱根で持久戦を築くこと。そのために敵の地下道を利用する可能性があること。亜久は腕を組み、静かに頷いた。


「危険だが、試す価値はある。もう作戦は破綻している。攻勢ではなく、防勢へ切り替えなければ占領地は増える一方だ。瑛松たちと合流できれば、まだ戦える。」


天津種は顔を真っ赤にした。


「いい加減にしなさい! 勝手な行動は軍法会議ものよ! この中隊の指揮権は二佐である私にあるの! あなたたちは私の命令に絶対服従しなさい!」


亜久は冷ややかな目で天津種を見据えた。


「二佐、すみません。我々は無能な部下なので、上官の命令は聞けません。」


天津種は言葉を失う。その横で中西が新山へ声を掛けた。


「岳さん、体調はどう?」


「血も止まった。だいぶ休めたから問題ない。」


須田は全員を見回した。


「よし、行きましょうか。」


地下道へ足を踏み入れた8人は、周囲へ神経を張り巡らせながら慎重に前進した。


木材で補強された天井、均された床、一定間隔で設けられた退避用の窪み――どれを見ても即席の穴ではない。帝国軍が長い時間をかけて築いた軍用通路であることは明らかだった。


「……ここまで造り込んでいたのか。」


須田が低く呟く。


「本気で日本を占領するつもりだったってことですね。」


諏訪の言葉に、誰も否定しなかった。静寂が続く地下道を進んでいた、その時だった。


「敵!」


通路の奥から怒号が響き、帝国兵が一斉に姿を現す。


「読み通りだ! 殺せ!」


地下道には遮蔽物がほとんどない。敵味方が互いの姿を確認した瞬間、双方とも反射的に引き金を引いた。銃声が狭い坑道へ反響し、耳をつんざく轟音となって押し寄せる。諏訪も壁際へ身を寄せながら応射した。敵は倒れる。しかし、その直後だった。


「うぐっ……!」


二瓶が利き腕を押さえて膝をつく。撃ち返された弾丸が右腕を貫いていた。その隙を逃さず、亜久が前へ出る。鋭い二点射が敵兵の頭部を撃ち抜き、前衛を崩した。


「今のうちに手当をする。宮野、周囲の警戒を頼む。」


「了解。」


中西と須田が素早く止血を行い、諏訪たちは通路の警戒に当たる。応急処置を終えると、一行は再び前進した。途中には地上へ通じる縦穴も幾つか設けられていた。


幸い、この時間帯は敵兵の出入りが少なく、現れた哨戒兵を素早く排除して突破することができた。それでも地上からは断続的な銃声と悲鳴が聞こえてくる。味方の断末魔が地下へ響くたび、諏訪は胸を締め付けられた。


――助けに行きたい。だが今は、それより優先すべき任務がある。


「敵も箱根へ向かっているかもな……。」


亜久が険しい表情で呟く。


「急ぎましょう。」


中西が頷き、一行は歩調を速めた。その時だった。


 カチッ。


乾いた金属音が地下道へ響く。先頭を歩いていた新山が足を止めた。


「しまった……。」


直後、壁際の隙間から白煙が勢いよく噴き出す。煙幕ではない。刺激臭が鼻を突いた。


「毒ガスだ!」


亜久が即座に叫ぶ。


「ガスマスクをつけろ!」


一斉にガスマスクを装着する隊員たち。しかし、愛元だけは動きが止まった。


「……ない。」


奇襲を受けた際に紛失していたのだ。愛元は息を止めると、飛び出してきた帝国兵へ体当たりを仕掛けた。敵のガスマスクを奪うしか、生き残る術はない。狭い通路で激しい揉み合いになる。しかし、多勢に無勢だった。


「がはっ……!」


横から現れた帝国兵の軍刀が愛元の腹を深く貫く。激痛に思わず息を吸い込んだ。その瞬間、毒ガスが肺へ流れ込む。愛元は数歩よろめき、そのまま崩れ落ちた。


「愛元!」


諏訪が叫ぶ。だが助ける余裕はなかった。敵の銃撃はなおも続いている。さらに銃弾が飛来し、二瓶のガスマスクへ命中した。パキッという乾いた音とともに、レンズへ大きな亀裂が走る。


「まずい!」


中西と亜久は打倒した敵兵の、その死体からガスマスクを剥ぎ取る。


「二瓶! これを使え!」


二瓶は急いで壊れたマスクを外し、新しいマスクを被った。安堵して息を吸い込む。その瞬間だった。マスク内部で、何かが弾ける音がした。


「な……っ!」


二瓶の身体が大きく震える。


「二瓶!」


須田が駆け寄る。しかし、もう遅かった。敵兵のガスマスクは持ち主以外が装着すると内部へ毒物が放出されるよう、生体認証が組み込まれていたのだ。二瓶は苦しそうに喉を押さえ、その場へ崩れ落ちた。


「そんな……。」


諏訪は目を見開く。ここまで徹底しているのか。帝国軍は装備そのものを罠に変えていた。衝撃を受ける間もなく、新たな銃撃が襲う。


「ぐっ!」


宮野の胸へ数発の弾丸が突き刺さる。壁へもたれかかったまま崩れ落ちる宮野。


「宮野!」


亜久は歯を食いしばりながら応射を続ける。今立ち止まれば、自分たちまで全滅する。


「進むぞ!」


その一声で、生き残った隊員たちは再び地下道を駆けた。愛元も、二瓶も、宮野も置いていくしかなかった。誰も振り返らない。振り返れば、足が止まってしまうからだ。


長く続いた地下道は、やがて緩やかな上り坂へ変わる。先頭の亜久が足を止めた。


「ここが終点のようだな。」


中西が地図を確認する。


「ちょうど箱根の山塊地帯です。」


敵がここまで地下道を延ばしていたということは、この周辺にも戦力を配置している可能性が高い。誰も気を緩めなかった。その時、地上から激しい銃声が響いてくる。


「仲間が戦っています。」


新山が耳を澄ませた。


「近いな。」


亜久は静かに頷く。


「敵に悟られないよう慎重に進むぞ。」


「了解。」


一同は地上へ続く出口へ身を寄せ、ゆっくりと外を窺った。そこでは、自衛隊員たちが2個中隊規模と思われる帝国軍を相手に、必死の防戦を続けていた。


見覚えのある迷彩服。聞き覚えのある怒号。そして――。


「瑛松――!」


亜久が思わず叫ぶ。


中西は小銃を構え直し、笑みを浮かべた。


「うちらも続くよ!」


生き残った5人は遮蔽物から一斉に飛び出し、帝国兵の側背へ向けて銃口を向けた。乾いた銃声が箱根の山中へ響き渡り、新たな戦いの幕が切って落とされた。


登場人物紹介

諏訪すわ 明登めいと……彼は、英雄になりたい同期や、歴戦の猛者だった上官の戦死を経験し、過酷な戦場を生き延びる為に「学ぶ」姿勢を持ち続けています。謙虚な姿勢を見せる一方、英雄志向や、感情で動こうとする後輩への苛立ちを隠せない一面を持ちます。敵討ちに執着している隼人を良く思っておらず、むしろ、臆病な態度を隠さない木山の方を評価しています。


亜久あく 弘夏こうか……理央と同期の二等陸曹

須田すだ 寿一じゅいち……35普連2中隊の二等陸曹

新山しんやま がく……35普連2中隊の三等陸曹

中西なかにし ほたる……35普連2中隊の三等陸曹

愛元あいもと 省向しょうむ……35普連2中隊の新人、地下道の中で戦死。享年19歳

二瓶にへい 清宗せいしゅう……35普連の情報小隊。地下道の中で戦死。享年24歳

宮野みやの なり……34普連情報小隊。地下道の中で戦死。享年21歳

天津種あまつたね うらら……35普連2中隊の中隊長。

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ミリタリー SF ファンタジー 自衛隊 戦争
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