第77話 包囲網
――2020年9月30日 18:00 陸上自衛隊座間基地 ※現テリムト軍座間基地 ※数時間前
「ふむふむ。」(ポートレミ)
「どうしました? ポートレミ中佐。」(ゴア)
「准将殿~、上官なんだから敬語は止めてにゃ~。」(ポートレミ)
「いやぁ、ポートレミ中佐の方が年上なので、つい…。」(ゴア)
「ははは、エルフは長寿だからね~」(ポートレミ)
「それよりも……このトマベチって兵士、かなり強いよ。まだ新兵らしいけど、相当強い。この兵士……放置すると面倒になるにゃあ。」(ポートレミ)
「…。確かに脅威ですね。放置はできません。このルート、どうやら箱根へ向かっていますね。」(ゴア)
「タイテリオン中佐、応答願います。」(ゴア)
「うむ、我こそが、小田原殲滅隊・第2歩兵連隊・連隊長、ペーリ・タイテリオン陸軍中佐である!」(タイテリオン)
「中佐の連隊が控えている付近に、手練れの兵士がいます。今、情報を送りますね。」(ゴア)
「ほう、この小柄な娘がのう。見かけによらないものだ。」(タイテリオン)
「箱根の方に向かっています。本陣に戻ると思われるので、その前に潰しておいて下さい。」(ゴア)
「細かい移動ルートは、その都度送ります。」(ゴア)
「うむ、このペーリ・タイテリオン率いる第2歩兵連隊に任せよ。」(タイテリオン)
帝国兵は、杏南に脅威を感じていた。自衛隊が知らない間に、杏南包囲網が出来上がっていた。
――湯本にて――
「連隊長! 目的の地点に到着。ターゲットは、シッポ少尉の小隊と戦闘中。戦線は不利、これより援護する。」(ブラキウ・ドナーテ陸軍中尉)
「うむ、我こそが、小田原殲滅隊・第2歩兵連隊・連隊長、ペーリ・タイテリオン陸軍中佐である!」(タイテリオン)
「(この人は、いちいち自己紹介しないと気が済まないのかな…。)」(ドナーテ)
「いや、お前達はそこで控えろ。奴らが小隊を倒してから出撃だ。」(タイテリオン)
「しかし、それでは仲間が…。」(ドナーテ)
「まずはターゲットの殺害が優先だ。例え、仲間を犠牲にしてもだ。」(タイテリオン)
「そんな…。」(ドナーテ)
「仲間が死ぬのは覚悟の上だ。」(タイテリオン)
「(っ…。)了解しました。」(ドナーテ)
――そして、現在――
「まずい、北嶺を早く処置しないと…。出血が酷い…。」(糸原)
「しかし、先に敵を退けないと、近寄ることすら出来ない…。」(吉良)
「あああああ、痛い。痛い…。嫌だ、死にたくない!」(北嶺)
北嶺一士の悲痛な叫び声が、戦場に響き渡る。僕らは戦闘を始めた。敵は1個中隊で、僕らは2個分隊。兵力も練度も上だ。状況は絶望的だ。でも、やるしかない。
「大丈夫、大丈夫だから!」(東雲)
「(血が止まらない…。このままでは…。)」(東雲)
東雲は、北嶺から離れた場所におり、ただ声をかけることしか出来なかった。その声も銃声で届いているかも分からない。離れた場所からでも北嶺の状況が危ういことが分かり、状況は最悪である。
「紅林士長!?」(木山)
「(私は何も役に立っていない。これくらいはしないと!)」(紅林)
その時、紅林が動いた。眼窩底骨折の疑いで、戦闘に参加出来ていない彼女が、自己犠牲的な衝動に駆られ、北嶺の救援に向かおうと、立ち上がった。
「待て、紅林! 止まれ!」(手塚)
「くそ、聞こえていないか…。」(手塚)
手塚は、即座に状況を判断した。
「渚、山下! 紅林と北嶺を回収する! 木山はここに残り、紅林の面倒を見ろ!」(手塚)
「了解!」(渚、山下)
「は、はい…。」(木山)
手塚、渚、山下は、負傷者を安全な場所まで引きずり込むという最低限の役割分担で、敵の銃弾が飛び交う中、北嶺と紅林へ向かって一斉に走り出した。
「ブラキウ中尉! 敵の動きを阻止します!」(ステイシー・ラドゥス陸軍上等兵)
「ステイシー、控えろ!」(ドナーテ)
ドナーテは、落ち着き払った声でラドゥスを制した。
「あの女は、我々からすれば “自ら餌場に飛び込んできた獲物” と同じ。そして、それを助けに来た3匹の兵士もろとも、一網打尽にする!」(ドナーテ)
ドナーテは、紅林の動きが戦術的ではないと見抜き、部下に一つ一つ指示を出す。
「40小隊、左翼から回り込み、敵の救助部隊を側面から釘付けにしろ。41小隊はそのまま正面から押し込め。39小隊は右翼の岩場に展開、敵の狙撃手(杏南)を警戒しろ!」(ドナーテ)
「クックス、貴様は39小隊に入れ!」(ドナーテ)
「了解しました。」(トイ・クックス陸軍一等兵)
「吉良三尉! 敵が三方向から来ます! 左翼が薄い!」(浅井)
「段場! 浅井と奥戸に遅れるな! 冷静に引き金を絞れ!」(久里浜)
久里浜の叱咤が、恐怖で震えそうになる隼人の意識を引き戻す。敵の1個中隊が、斜面の向こうから、次々と敵兵が現れる。数が、違いすぎる。
「(まずは、北嶺さんへ向かう敵を倒す!)」(杏南)
杏南は、北嶺、紅林、そして手塚が率いる班へ向かう帝国軍第40小隊へ向かい発砲する。
「ぐわ!」
「ぎゃっ」
「狙撃手か!?」
「いや、ターゲットの小娘だ!」
杏南の正確な射撃は、帝国軍の第40小隊の兵士を次々と仕留めていく。
「この兵士……面白いにゃ。」(ポートレミ)
モニター越しに杏南を観察していたポートレミが不敵に笑う。
「(す…凄い。)」(隼人)
隼人は、自分の目を疑った。杏南は、この戦いを経験して、相当強くなっている。いや、強くなったのではない。最初から、桁外れの実力を持っていたのだと悟った。しかし…。
「死ねえええええええええええ」
40小隊への狙撃に気を取られていた代償。杏南の背後を取った敵兵が、軍刀で切りかかる。
「うっ…」(杏南)
刃が杏南の足を切り付けた。そこに蹲る杏南。
「苫米地!」(理央)
「大丈夫、かすり傷です!」(杏南)
パァン!
理央が頭を撃ち抜き、難を逃れる。しかし、その刹那、もうスピードで突撃する帝国兵が3体。
「させない!」(坂下)
タタタタン! タタタタン!
理央、坂下が突撃してきた帝国兵を仕留める。
「苫米地のおかげで、だいぶ削れた。」(手塚)
「手塚三曹! 紅林さんに追いつきました!」(渚)
「北嶺の回収も間もなく出来ます!」(山下)
手塚、渚、山下は、無我夢中で北嶺と紅林のもとへ駆け寄り、それぞれを抱え上げた。
「うらあああああ!」(手塚)
手塚は北嶺を担いだ瞬間、敵の足音を聞いた。近い。すぐそこだ。彼らを追撃しようと尾根を下ってきたクックスに狙いを定め、正確に2点射を浴びせた。渚と山下は、それぞれ紅林と手塚を援護するように身を低くし、素早い射撃で第40小隊へ弾幕を張る。
「くそっ、止まれ!」(クックス)
タタタタン!
クックスは怒りに任せて手塚たちに撃ち返す。しかし、救出班の3人はすでに瓦礫の陰へ滑り込んでいた。杏南の狙撃で足止めされたとはいえ、40小隊の残存兵力は数で圧倒していた。彼らは側面からの包囲を完了すべく、一気に救出班のいる瓦礫へ迫る。
「(マズい、このままじゃ挟まれる! 紅林と北嶺を連れては走れない!)」(手塚)
手塚は、北嶺を地面に伏せさせ、渚と山下に指示を出した。
「渚! 紅林を連れて窪地の吉良三尉の隊へ迎え! 山下! お前は北嶺を連れて中央の岩陰へ! 俺が時間を稼ぐ!」(手塚)
「手塚三曹!?」(山下)
「いいから行け! このままじゃ全員死ぬ!」(手塚)
手塚は、彼らが背を向けた直後、持っていた閃光手榴弾のピンを抜き、40小隊の密集している場所に投げ込んだ。
チュドォン!
強烈な閃光と爆音が、一時的に獣人族たちの視界と聴覚を奪う。
「うぐっ、目が!」(ラドゥス)
「怯むな! 撃て!」(フェクンダ・ペイク陸軍少尉:40小隊の小隊長)
タタタタン! タタタタン! タタタタン!
手塚は、敵の混乱に乗じて小銃を乱射し、さらに数体の帝国兵を仕留める。彼は自己犠牲を厭わない囮となることで、仲間たちの退避時間を稼いだ。
その頃、中央の戦闘部隊はさらに追い詰められていた。
「中央! 正面(41小隊)の火力が上がりすぎているぞ! 押し込まれる!」(吉良)
「(くそ、弾が足りない!)」(浅井)
吉良は、小銃を撃ち尽くすと、咄嗟に小銃を背負い、窪地にあった対戦車ミサイルの発射機を抱えた。
「一橋! 弾を!」(吉良)
「はい!」(一橋)
吉良は、本来対戦車用の兵器である軽MATを、敵の密集する中隊の正面に向けて発射しようとする。
「吉良三尉! 軽MATじゃありません!」(一橋)
一橋が弾薬を渡そうとしたのは、誤って対人榴弾だった。
「…上等だ!」(吉良)
吉良は、対人榴弾を装填すると、41小隊の正面部隊へ向けて放った。
ドォン!
軽MATから放たれた榴弾は、敵の集団の中心で炸裂し、正面からの圧力を一時的に緩和した。
「(今のうちに立て直す……!)」(久里浜)
久里浜は周囲を見た。敵は三方向。退路はない。それでも指示を出さなければならない。
登場人物紹介
ペーリ・タイテリオン
種族・性別:エルダードワーフの男性
所属・階級:帝国陸軍中佐、第2歩兵連隊連隊長
備考:名前を呼ばれると、自己紹介をする癖がある。
シスイ・シッポ
種族・性別:犬型獣人族の女性
所属・階級:陸軍少尉、第2歩兵連隊
備考:前話で自衛隊が戦った部隊の小隊長だったが戦死。
ブラキウ・ドナーテ
種族・性別:虎型獣人族の男性
所属・階級:陸軍中尉、第2歩兵連隊・第13中隊の中隊長
トイ・クックス
種族・性別:犬型獣人族の男性
所属・階級:陸軍一等兵、第2歩兵連隊
備考:シッポ率いる小隊に所属。数少ない生き残った兵士で、北嶺を狙撃した。
ステイシー・ラドゥス
種族・性別:ハーフエルフの女性
所属・階級:陸軍上等兵、第39歩兵小隊
フェクンダ・ペイク
種族・性別:ヒョウ型獣人族の男性
所属・階級:陸軍少尉、第40歩兵小隊小隊長
段場 隼人……本編の主人公。35普連2中隊所属の二等陸士
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人
木山 拓哉……隼人、杏南の同期。味方を誤射し、急性ストレス障害を発症
瑛松 理央……35普連2中隊の二等陸曹。
渚 恭平……脱サラして自衛官になった
山下 裕介……渚の同期
一橋 剛……35普連1中隊の一等陸士
久木田 怜……35普連1中隊の新人
東雲 舞夢……34普連衛生小隊
糸原 ツヅラ……第4施設群所属の三等陸曹
紅林 珠……眼窩底骨折の疑いあり
北嶺 百合果……出血が止まらず、絶体絶命
坂下 ジュリア……35普連3中隊の新人
久里浜 良仁……35普連3中隊の中隊長
吉良 幹丈……35普連1中隊の三等陸尉
浅井 社……35普連1中隊の一等陸士
奥戸 健太……35普連3中隊の三等陸曹
手塚 泰二郎……35普連2中隊所属の三等陸曹
芦屋 仁……10通2中の三等陸曹
エレナ・ポートレミ……テリムト情報参謀長兼分析担当
ゾーリー・ゴア……テリムト作戦参謀長




