第8話 初接触、そして捕獲
俺様の名は、コミック・ルマパ。栄えあるアステリム帝国海軍に所属する伍長だ。そんな俺様は今、地球という星に来ている。
俺たちの故郷であるグーリエ星は、あと2000年ほどで消滅するらしい。そのため、帝国は新たな住処となる星を探し続けてきた。そして、ようやく見つけたのが、この地球という星だった。文明の水準は帝国に遠く及ばないが、住処としては悪くない。だからこそ、俺たちは現在、この星を絶賛侵略中というわけだ。
回想――海上自衛隊横須賀基地 ※現テリムト横須賀基地―
「斥候でありますか?」
「自衛隊が横須賀を狙っている。」
ゼムファルト少佐殿は、机の向こうで指を組んだまま、淡々と話を続けた。
「基地は無傷で防衛したい。奴らが来る前に動く。貴様は偵察だ。進路、規模、指揮官を確認しろ。」
俺様が黙って話を聞いていると、少佐殿は長い指を絡ませ、冷たい笑みを浮かべた。
「そしてX地点まで誘導する。そこが奴らの墓場になる。」
なるほど、敵をあらかじめ用意した場所へ誘い込み、そこで一網打尽にするというわけか。いかにも帝国軍らしい、見事な作戦ではないか。俺様は早くも勝利を確信し、胸を張って答えた。
「承知致しました。我が隊の力をもってすれば、地球の低能な連中など、容易に誘導できるでしょう。なんなら、小官の手で全滅させてみせましょうか?」
「油断は禁物だ。妙に利口な指揮官がいるらしいからな。」
「妙に利口な?」
俺様が聞き返すと、ゼムファルト少佐殿は表情を引き締めた。
「ああ、奴らはここ数年、妙に慎重になっている。今回の作戦も、湯河原駅裏に兵站拠点を築くらしい。小賢しい奴らだ。」
「その程度の小細工、我々帝国軍の敵ではありません。」
俺様は自信を込めて答え、少佐殿に敬礼した。
任務を受けた俺様は、部下のリンデイ・アマハマ上等兵とファティ・バノアキ一等兵を引き連れ、湯河原町へ向かうことになった。
そして今、俺様たちは湯河原町の新崎川に潜んでいる。
それにしても、あの下等生物どもは何を考えているのだろうか。水棲種である俺様たちを相手にするというのに、川沿いを歩いているではないか。しかも、こちらの存在にはまるで気づいていないようだ。
「……これが、この星の兵士か?」
川沿いを進む自衛隊員たちを眺めていると、思わず笑いが漏れた。あんな連中が帝国軍に立ち向かおうというのだから、身の程知らずにもほどがある。
「こんな連中、3分もあれば片付く。」
「しかし伍長、相手は整然と前進しています。警戒も怠っていません。戦闘するのでありますか?」
俺様の言葉を聞いたバノアキ一等兵が、不安そうな表情で尋ねてきた。こいつは真面目な性格をしているが、どうにも慎重すぎるところがある。確かに、上官から命じられているのは偵察と誘導であり、敵との戦闘は避けるよう厳命されていた。しかし、目の前の連中は、まるで殺してくださいと言わんばかりに無防備な姿をさらしている。ここで戦功を挙げれば、伍長から一気に昇進することだって夢ではない。せっかくの好機を見逃すなど、俺様には考えられなかった。
「あれが警戒だと? 川沿いを歩いているではないか。」
「しかし、戦闘は極力避けるよう、厳命が下っています。それに、数で我々は不利です。」
なおも反対するファティに対し、俺様が言い返そうとしたところで、アマハマ上等兵が口を開いた。
「数など関係ない。戦功は待っていても転がり込んでこない。」
さすがはリンデイだ。こいつとは昔からウマが合う。
戦場で昇進を勝ち取るためには、勇気ある行動が必要なのだ。敵の数が多いからといって尻込みしていては、いつまでたっても出世などできない。
「しかし……。」
ファティはまだ何か言いたそうだったが、俺様はその言葉を遮った。
「ええい、つべこべ言わず攻撃だ! 手榴弾を準備せよ!」
俺様の命令を受け、リンデイが手榴弾を取り出した。
川沿いを進んでいた自衛隊員たちは、まだ俺様たちの姿を確認できていないようだった。このまま攻撃すれば、奴らは何が起きたのかも分からないまま混乱するに違いない。ところが、手榴弾を投げ込もうとした矢先、道路の方から声が聞こえてきた。
「川縁に何かいます。動きあり。」
1匹の自衛隊員が、こちらの異変に気づいたらしい。続いて、別の下等生物が周囲へ指示を出した。
「物陰に隠れ警戒せよ。銃を構えよ。」
「伍長、見つかりました。」
ファティが慌てた様子で報告してきた。
「ええい、まだ完全に見つかったわけではない! 構わん! 手榴弾を投げろ!」
俺様の命令に従い、リンデイが手榴弾を投げつけた。手榴弾は道路に落下し、乾いた音を立てながら転がっていく。これで終わりだ。俺様がそう確信した、次の瞬間だった。道路に転がったはずの手榴弾が、信じられない速さでこちらへ飛んできたのである。
「なっ——」
何が起きたのか理解する間もなく、手榴弾が俺様たちの目の前で爆発した。
「ぎゃっ」
俺様たちの悲鳴が重なり、強烈な爆風が身体を叩いた。
周囲の景色が一瞬にして白く染まり、足元の感覚が消え失せる。自分の身体が宙を舞っていると気づいたときには、すでに何もできなかった。そして、次に感じたのは、アスファルトへ叩きつけられた衝撃だった。そこで俺様の意識は途絶えた。
「か、河童!?」
思わず声を上げた僕の目の前には、河童によく似た3体の生物が倒れていた。
緑色の皮膚に水かきのある手、嘴のように突き出た口元。そして、頭頂部には皿のようなくぼみまである。どう見ても、昔話や伝承に登場する河童そのものだった。3体とも道路に倒れたまま、ぴくりとも動かない。
「あれ河童だよな?」
隣にいた木山も、信じられないといった様子で呟いた。僕だって同じ気持ちだったが、目の前にいるのがグーリエ星人の一派であることは間違いない。地球の生物とは明らかに異なる姿をしており、先ほど僕らに手榴弾を投げ込んできたのも、この3体の誰かなのだろう。
「どうします?」
江鹿一曹が地頭曹長へ指示を仰いだ。つい先ほど、江鹿一曹は投げ込まれた手榴弾を拾い上げ、敵のいる方向へ投げ返すという驚くべき行動で僕らを救ってくれた。その直後だというのに、彼はすでに落ち着きを取り戻しているようだった。
地頭曹長は倒れている3体の様子を確認すると、すぐに指示を出した。
「生存を確認しよう。俺と亜久、江鹿と魚見、須田と中西でツーマンセルを組み、敵兵の生存を確認。生きていたら捕縛し、捕虜とする。瑛松は本部に報告だ。しかし、江鹿、見事な判断だった」
「間に合うと思ったからです」
江鹿一曹は短く答えたが、その口調には自分の行動を誇るような様子はなかった。地頭曹長もそれ以上は何も言わず、隊員たちへ指示を徹底させた。
「了解。」
指示を受けた隊員たちが行動を開始する一方、瑛松二曹は無線機を手に取り、本部への報告を始めた。
「こちら35普連2中隊・瑛松。敵兵と初接触。数は3体。河童に酷似した外見。現在、生存確認中。付近に敵が潜伏している可能性あり。ドローンによる周辺確認を要請する。これより現在位置を送る。」
瑛松二曹は小銃を手元に保持しながら、冷静に状況を伝えていた。他の隊員たちも、倒れている敵兵の確認や道路沿いの警戒に当たっている。しかし、僕と木山だけは、目の前に現れた河童のような生物から、なかなか目を離すことができずにいた。
「おい馬鹿、ぼさっとするな。」
諏訪一士の声に、僕ははっと我に返った。
「すいません。」
「ったく……。」
諏訪一士は呆れたように呟くと、再び周囲へ視線を向けた。注意されるのも当然だった。僕は敵の姿に気を取られるあまり、自分の役割である周囲への警戒を怠っていたのだ。もし、近くに別の敵が潜んでいたら、今度こそ命を落としていたかもしれない。そう考えた途端、胸の奥で心臓が激しく脈打ち始めた。これまでの訓練とは違う。目の前で手榴弾が爆発し、敵が倒れた光景は、紛れもなく本物の戦場だった。この恐怖を乗り越えなければ、故郷へ帰ることなどできないのだろう。そんなことを考えていると、無線機から智川三曹の声が聞こえてきた。
『こちら智川。周辺に敵らしき姿は見えません。ドローンによるカバー範囲内はクリアです。』
「了解。ありがとう。」
瑛松二曹が応答すると、ちょうど敵兵の生存確認を行っていた隊員たちからも報告が上がった。
「曹長、こちらの敵兵は、死亡しているようです。」
中西三曹が確認していた敵兵は、爆発の衝撃をまともに受けたのか、身体を動かす様子はなく、すでに息絶えているようだった。
「こっちは、生きてるようですが、気を失っているみたいです。」
続いて、魚見陸士長がアマハマの状態を報告した。こちらは意識こそ失っているものの、まだ息があるらしい。地頭曹長も、自分が確認していたルマパの状態を確かめると、周囲の隊員たちへ告げた。
「うむ、この敵兵も生きているが、気を失っているようだ。今の内に拘束だ。そして、死んでいる敵兵も、遺体を回収しろ。」
「了解。」
隊員たちは指示に従い、生存している2体を拘束するとともに、死亡した1体の遺体を回収する準備を始めた。僕はその様子を見ながら、改めて敵兵の姿を観察した。
「……これ、本当に河童か?」
近くにいた誰かが呟いた。近くで見ると、皮膚は魚のようにぬめり、首には鰓を思わせる線が走っていた。頭頂部の皿には薄く水が溜まっており、あれほどの爆風を受けたにもかかわらず、わずかに残っている。人間とは、明らかに異なる生き物だった。
彼らは一体、どのような環境で暮らしてきたのだろうか。そして、どのようにして地球へやって来たのだろうか。目の前の生物を見れば見るほど、グーリエ星人に対する疑問が増していった。
そのとき、無線機から片桐一佐の声が聞こえてきた。
『こちら、片桐。兵站拠点が完成した。周囲に敵兵なし。』
第35普通科連隊長である片桐一佐からの連絡だった。続いて、第34普通科連隊長の賀井一佐から指示が入る。
『了解。後続部隊は、拠点へ入れ。』
その通信を聞いた地頭曹長が、無線機を手に取った。
「丁度良かった。捕虜2体と敵遺体1、拠点へ運んでよろしいでしょうか?」
『了解した。許可する。』
賀井一佐の許可を得た地頭曹長は、隊員たちへ新たな指示を出した。
「了解。では、江鹿、亜久、須田、中西、木山で捕虜2体と遺体1を届けろ。残りの者は任務を続ける。」
「了解!」
指名された隊員たちが返事をすると、木山は少し安心したように息を吐いた。
「はあ、戦線から離れるのは正直ありがたいぜ。」
「気を抜くなよ。安全な所なんてないぞ。」
僕がそう言うと、木山は僕の方へ顔を向けた。
先ほどの戦闘を思い返せば、無事に兵站拠点へ戻れるという保証など、どこにもない。ドローンによる偵察で確認できる範囲には限りがあり、その外側に敵が潜んでいる可能性も十分に考えられた。だからこそ、僕らには引き続き周辺を警戒する任務がある。
江鹿一曹たちが捕虜と遺体を兵站拠点へ運ぶ準備を進める一方、残された僕らは、再び湯河原の街を調べるために行動を開始した。
(……昇進……俺様は将校に……)
意識の底で、そんな考えがぼんやりと浮かんでいた。
そうだ。俺様は敵を倒して戦功を挙げ、将校になるはずだったのだ。
ところが、身体を動かそうとしても、どういうわけか自由が利かない。
(……あれ?)
目を開けてみると、見覚えのない場所にいた。
しかも、両手も身体も拘束されているではないか。
(なんで縄で縛られてるんだ?)
俺様は混乱しながら、最後に見た光景を思い出そうとした。
確か、リンデイが手榴弾を投げたはずだ。それがなぜかこちらへ飛んできて、目の前で爆発して……。
そこまで思い出した瞬間、ようやく自分の置かれている状況を理解した。
(いや待て……捕虜!?)
「うわあああああっ!」
俺様の悲鳴が響き渡った。
横須賀基地では、ゼムファルトが司令室でタブレットの海図を確認していた。
そこへ部下の1人が近づき、報告を行った。
「少佐、ルマパ伍長隊との通信が途絶しました。」
ゼムファルトは、しばらく何も答えなかった。
タブレットへ視線を落としたまま沈黙を続けた後、ようやく深いため息をついた。
「……はぁ。」
少佐は呆れたような表情を浮かべ、独り言のように呟いた。
「アイツは何をやっているのだ。」
その言葉に答える者はなく、司令室には静かなため息だけが残った。
登場人物紹介
コミック・ルマパ……帝国海軍伍長で、河童族の男性。調子に乗りやすく、すぐに過信する。
イリアン・ゼムファルト……帝国海軍少佐で、半漁族の男性。
リンデイ・アマハマ……帝国海軍上等兵で、河童族の男性。ルマパ同様、調子に乗りやすく、すぐに過信する性格。バノアキの兄貴分。
ファティ・バノアキ……帝国海軍一等兵で、河童族の男性。アマハマに同郷ということで可愛がってもらっているが、性格はアマハマとは真逆で真面目で堅実。ルマパとアマハマが調子に乗ったばかりに戦死してしまったと言っても過言ではない。
グーリエ星に存在する種族
河童族……日本で伝説の生き物とされているあれ。きゅうりが好物かどうかは不明。頭の皿は乾いていても大丈夫だが、濡れている方が、動きが良くなる。水陸両方で動けるので、陸軍・海軍共同の作戦では重宝される。
※諏訪がルマパに気付いたのは、「ええい、つべこべ言わず攻撃だ! 手榴弾を準備せよ!」というルマパの声が聞こえたからです。途中から、彼らの会話の声は結構なボリュームになっていました。
※2)地球へ侵攻しているグーリエ星人は、「アステリム帝国」という、グーリエ星内で一番栄えている国の軍隊や学者等です。今話以降の話では、「帝国軍」もしくは、「帝国」と表記します。テリムトとは、帝国軍が占領下に置いている首都圏一都三県のことです。




