第75話 崩壊
小柳は無線機を耳に当てた。
「森間団長に報告。成田空港、第一関門を突破。駅構内で戦闘部隊を排除。鹵獲車両を使用し、管制塔へ向かう。」(小柳)
「了解した。」(森間)
「小柳、2中隊や3中隊の投入はどうする? お前の判断で構わん。」(森間)
小柳は、これまでに感じていた違和感を拭い切れず、敵の伏兵が潜んでいる、あるいは罠の可能性も考えていた。
「(ここでの共闘はリスクが伴う。とはいえ、連中が黙って待機できるとも思えんが…。)」(小柳)
「団長、成田では我々が敵戦力を引きつけます。後続は、成田線に沿って敵を掃討して下さい。あと、退路だけはしっかりと確保するよう、浪城には伝えて下さい。あいつは、引くことを知らない。」(小柳)
「…了解だ。生きて帰ってこい。」(森間)
小柳は無線を切り、部隊に目を向けた。
「全隊に告ぐ。敵司令官は、一般客が入れない管制塔にいると思われる。ここから管制塔までは約500メートル。だが、敵の伏兵は確実にいる。歩哨を警戒し、鹵獲車両で一気に管制塔へ向かう!」(小柳)
「ん?」(小柳)
小柳はふと、アスファルトの下から微かな水音を聞いた気がした。すると…
「そうは行くか!」(スノーべ・アダレース海軍中尉)
何者かの叫び声と共にマンホールが爆発した。声の方向を向くと、帝国兵が1個中隊規模で襲い掛かる。だが、その方向は、ターミナルビルや倉庫ではなく、足元のマンホールと、空港の排水溝であった。
「伏兵です! 地下からです!」(加呂)
「下水管からかよ、汚ねぇな!」(薮下)
「戦闘態勢を取れ!」(小柳)
スノーべ・アダレース海軍中尉が率いる「成田守備隊・第6強襲陸上連隊第9中隊」は、空港内の下水管から現れた。彼の周囲には、彼と同じ河童族を中心とした帝国兵が、湿った音を立てて展開している。
――2日前 千葉県某詰所――
「どうした? 急に呼び出して。」(アダレース)
「配置を少し変える。スノーべ、1個中隊でここに隠れていてくれ。」(ゼムファルト)
ゼムファルトはタブレットでマップを開き、印旛沼を指す。
「おいおい、ここに隠れて何をするってんだ? 俺らは利根川を渡って敵兵の殲滅だろう?」(アダレース)
「ゴア准将は、第一空挺団を過小評価している。」(ゼムファルト)
「はあ? 何を言っている? 第一空挺団ってのは、狂った奴らが多いバーサーカー集団って話じゃねぇか。それは俺でも知ってるぞ。あのゴアがそんなわけあるか…。」(アダレース)
「現状、第一空挺団は、川を渡って降下出来ていない。しかし、奴らは自衛隊の中でも精鋭部隊だ。絶対に突破口を見つける。この陣形は、そうなった時に脆い。」(ゼムファルト)
「うーむ…。確かにそうだが、ゴアは川を渡らせないよう、作戦を立てていたではないか。」(アダレース)
「だからこそ、侵入した時に脆い。その対策だ。」(ゼムファルト)
「空港付近、我々が攻めるには川は狭く、ここを進軍してもあまり意味がない。だからこそ、奴らも我々の動きに対応できない。しかし、スノーベの部隊なら、水陸両用で動ける。敵の虚を突き、奴らを殲滅する。」(ゼムファルト)
「しかし、奴らはここまで来れるのか?」(アダレース)
「来る。我々が日本を制圧できない理由は単純だ。奴らは、こちらを研究している。そして、確実に強くなっている。この作戦は極秘で行う。俺が窓口だ。頼むぞ。」(ゼムファルト)
「あ、ああ…。」(アダレース)
「(この作戦、奴らが川を渡るとすれば、俺達が現場を放棄するからじゃないのか? イリアンには考えがあるのだろうが…。こいつとは古い仲だが、今は上官。従うしかないか…。)」(アダレース)
――回想終了――
「俺らは水陸強襲部隊だ! 側面と背後を叩け!」 (アダレース)
「(しかし、イリアンよ…。お前の読み通りの展開だが、そもそも、俺達のやっていることは正しいのか?)」(アダレース)
アダレースの部隊は、河童族の特性を活かし、夜間の水路や下水管を使って空挺団の背後を完全に取っていた。彼らの装備は、泥や水に強い特殊な火器であり、空挺団の予想を遥かに超える速度で射撃を開始した。
鹵獲した装甲車の周囲にいた隊員たちが、次々と特殊な水陸両用ライフルの弾丸に倒れていく。空挺団は、正面に装甲車を置いたまま、上下左右からの予測不能な攻撃に晒された。
「くそっ、敵の動きが速い!」(粟母)
「河童や半漁族がいるな! 奴らを水辺に引き込むな! 全員、榴弾を装填! マンホールと排水口を潰せ!」(小柳)
小柳はすぐさま指示を出すが、第9中隊の優位性は明白だった。彼らは狭い下水管を巧みに利用して移動し、空挺団に正確な射撃を浴びせ続けた。鹵獲装甲車は、敵の火器に対しては十分な防御力を発揮したが、周囲の隊員は次々と負傷していく。
「大隊長! 左側面、3名負傷! このままでは、装甲車に近づくこともままなりません!」(加呂)
「(イリアンは、これを狙っていたのか。確かに、利根川付近で戦っていたら、ここまで奴らを追い詰めることは出来なかったかもしれん。)」(アダレース)
小柳は、冷静な表情の下で激しく焦燥していた。ゼムファルトの読みは正確だった。ゼムファルトは、最初からこの戦場を想定していた。空挺団は、成田空港への突破を果たしたものの、勝利の代償として甚大な損耗を強いられ始めていた。そして、更に…。
「間に合ったぜ!」
成田空港ターミナルの窓ガラスが再び割れ、そこから新たな伏兵が現れた。
「またかよ……! どこに潜んでいやがる!」(加呂)
「上等だ、クソがぁ!」(粟母)
ターミナルビルから滑空したのは、天使族や鳥人族といった有翼種であった。
「こら! 勝手に飛び出すな!」
「構わん!あいつに続け!」
伏兵として現れた有翼種は、水陸両用のアダレース率いる中隊と連携するよう指示を出し、空挺団は文字通り上下と前後から挟撃される形となった。
アダレースの部隊が放つ水陸両用ライフルの弾丸が下段から空挺隊員を貫き、有翼種が放つ特殊な空中機動用火器の弾丸が上段から容赦なく襲いかかる。
「 くそっ…有翼種の高い位置からの射撃が厄介だ!ターミナルにいる奴らを優先しろ!」(小柳)
小柳は、帝国兵有翼種の動きを牽制しようとするが、半漁族の部隊が装甲車の死角を突いて、執拗に空挺隊員を狙ってくる。
「比嘉! 百合﨑! 小隊を組め!あの鳥人族どもを叩き落とせ!」(小柳)
「しかし、敵の装甲が硬い! 榴弾もほとんど効きません!」(比嘉)
空挺団の隊員たちは、グーリエ星人の持つ特殊な防御スーツと、鳥人族の飛行能力を前に、著しく戦闘力を削られていく。
「大隊長! 粟母が被弾! 加呂さんも右腕をやられました!」(薮下)
次々と負傷する精鋭達。小柳の脳裏に、森間の「生きて帰ってこい」という言葉が響いた。このままでは、殲滅される。
「全員、聞け! 鹵獲装甲車を最大限に利用し、管制塔へ強行突破を図る! 戦闘を中断し、装甲車へ集結しろ!」(小柳)
小柳は、戦況を見て理解した。
――これは、勝てない。
このまま戦えば、この大隊はここで終わる。
彼は空港の制圧ではく、敵司令官の排除に切り替えた。この場で全滅するより、僅かな可能性に賭けるしかなかった。
「急げ! 生き残った者は、装甲車に乗れ! 管制塔へ突っ込め!」(小柳)
小柳は装甲車に飛び乗り、エンジンを唸らせる。残った隊員たちも、負傷者を抱えながら強引に車内に押し込まれた。
「行くぞ!」(小柳)
小柳がアクセルを踏み込み、装甲車が前進を始めた、その瞬間だった。管制塔方面から放たれた一発の砲弾が、装甲車の直前、アスファルトを深く抉った。
「戦車部隊が待ち伏せていた!クソが!」(範)
「くそっ、これでは進めない!」(小柳)
鹵獲装甲車の車体は強靭だったが、重戦車の砲撃には耐えられない。小柳は、強行突破は自殺行為だと判断し、急ブレーキを踏んだ。その刹那、2発目、3発目の砲弾が、装甲車を包むように着弾する。装甲車は激しく炎上し、横転した。車内は一瞬にして地獄絵図となり、小柳は意識を失った。
――成田空港 管制塔――
炎上する装甲車の映像を見て、タイタス・アイホロジェ准将は安堵から大きく息を吐いた。
「外で何が起きている?」(タイタス・アイホロジェ)
「安心して下さい、准将殿。もう大丈夫です。」
不意に現れたアストロに、タイタスは怒りをぶつける。
「アストロ! 貴様、今までどこにいた!?」(タイタス・アイホロジェ)
「利根川を破られることを想定し、援軍の編成を人事参謀と打ち合わせていましてね、間に合って良かったです。」(アストロ)
「そ、そうか…。それで首尾は?」(タイタス・アイホロジェ)
「奴等のほとんどは死に絶えました。」(アストロ)
「う、うむ、でかした…。」(タイタス・アイホロジェ)
タイタスは、甥のアレンの安否が気がかりではあったが、、敵精鋭部隊に壊滅的被害を与えた安堵が入り混じった、何とも言えない声を発する。
「准将殿、小官とは別でゼムファルト少佐も、敵が包囲網を突破することを想定して、援軍を送っていました。彼の機転もなければ、危なかった。」(アストロ)
「……恩に着る。」(タイタス・アイホロジェ)
「准将殿、予備隊が到着しました。」(スハイル)
「丁度いい、伏兵部隊と共に前線へ遅れ! このまま一気に攻める!」(タイタス・アイホロジェ)
――利根川水郷地帯付近――
「……小柳との連絡が途絶えた…。浪城! お前らは無事なのか?」(森間)
森間は、小柳の部隊が殲滅されたと想定し、第2大隊の大隊長、浪城激二等陸佐とコンタクトを取る。
「予想以上に敵が多い! 犠牲も大きい、だが、このままやられっ放しでいられるか!」(浪城)
「森間陸将補! 敵が大軍で攻めてきます! 前線が突破されました!」(紅場)
タイタスが、到着した予備隊と伏兵部隊を総動員し、攻勢に転じたのだ。
「赤樹大隊長他、5名が戦死!」
「柴木三尉、戦死!」
「ぐ…。総員、撤退!」(森間)
かろうじて戦線を維持していた千葉方面部隊だったが、空戦隊が突破口を開いたことがきっかけで、均衡が崩れ、その瞬間、千葉方面の戦線は完全に崩壊した。
登場人物紹介
浪城 激
生年月日:1978年3月7日 / 出身:千葉県
階級:二等陸佐 / 所属:第1空挺団第2普通科大隊の大隊長
スノーべ・アダレース
種族・性別:河童族の男性
所属・階級:帝国海軍中尉、成田防衛隊・第6強襲陸上連隊・第9中隊
備考:ゼムファルトの命を受け、伏兵として成田空港へ向かう。空港での戦闘で空戦隊に壊滅的被害を与える。
小柳 傑……第1空挺団第1普通科大隊の大隊長
粟母 憲久……第1空挺団第1普通科大隊所属
範 来人……第1空挺団第1普通科大隊所属
森間 護平……第1空挺団団長兼千葉方面部隊の司令
紅場 駿……第1偵察大隊の大隊長
イリアン・ゼムファルト……テリムト作戦参謀海軍担当兼領海警備隊副隊長。
タイタス・アイホロジェ……帝国4大貴族・アイホロジェ家の血筋の陸軍准将
ステフェン・アストロ……テリムト作戦参謀の副参謀長だが、何やら裏で暗躍している
ラーミー・スハイル……テリムト作戦参謀所属。タイタスやアストロに振り回される




