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外星戦記  作者: 無名の凡夫
第1章 初陣~オペレーション・ギデオン~

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第73話 静かなる決意

――2020年9月30日 15時00分 神奈川県湯河原町・某廃屋――


鼻を突く焦げた木材の臭いと、遠くから断続的に響く砲声が、ゆっくりと意識を現実へ引き戻していく。


「う……。」


要は重たい瞼を開いた。


崩れかけた天井が視界に映り、隙間から差し込む西日が埃を照らしている。体を起こそうとした瞬間、全身に鈍い痛みが走った。


「気が付いたか。ここはまだ湯河原だ。戦ってた場所からは離れたがな。」


壁にもたれ掛かっていた厚巳が静かに声を掛ける。その言葉で、要の記憶が少しずつ蘇ってきた。


敵の16式機動戦闘車の砲撃で崩れ落ちるビル、飛び交う砲弾。そして、自分の意識が途切れたところまで――。


要は周囲を見回した。薄暗い室内には朱杏が座り込み、包帯を巻いた羽毛が苦しそうな寝息を立てている。時計を見る余裕もない。どれほど眠っていたのかすら分からなかった。


「今は15時。戦況は最悪ね。グーリエ星人はおそらく兵站拠点へ向かった。無線がジャミングされてて使えないから、はっきりとした状況は分からない。」


朱杏は淡々と状況だけを伝える。感情を抑えているようだったが、その疲労は隠しきれていない。


「お前のことだ。ここでじっとしている事を問い詰めるんだろ?」


厚巳が苦笑交じりに言う。


「う……。」


図星だった。戦況が悪いのなら、なおさら戦わなければならない。たとえ最後の一人になっても、敵へ向かうべきではないのか。そんな考えが、要の胸の中で渦巻いていた。


しかし、その思考を断ち切るように厚巳が口を開く。


「敵戦闘車の砲撃で房拭二曹と田島は戦死。由馬も、瓦礫の中から遺体で見つかった。羽毛も重傷で、角南も頭を怪我した。若松も行方不明。これで攻めるのは無理がある。」


静かな口調だった。だからこそ、その言葉は重く響いた。つい数時間前まで共に戦っていた仲間たちが、もう戻らない。要は何も言えなかった。


「厚巳さんが、敵兵が大勢いる中、私も羽毛君も救出してくれた。あなたもね。それに物資をかき集め、私達を手当したの。」


朱杏が要へ視線を向ける。そこで初めて、要は自分の腕にも応急処置が施されていることへ気付いた。止血帯も包帯も、丁寧に巻かれている。厚巳がやったのだ。


「お前が、俺を見下しているのは気付いていた。戦闘に怖気づいた臆病者なのは認める。だが、それでも出来ることはあるんだよ。」


厚巳は自嘲気味に笑う。その笑みには虚勢も怒りもなかった。ただ、自分にできる役割を受け入れた人間の落ち着きだけがあった。


「……ありがとうございました。」


要は頭を下げる。礼を言うべき場面だということは理解していた。だが、その胸の奥では別の感情が渦巻いている。


(一応、礼は言ったが、それくらいの事、誰でも出来ることだ。何を勘違いしているのだ。)


心の中でそう吐き捨てる。命懸けで仲間を救い出した厚巳の行動を、それでも要は正当に評価できなかった。彼の中では、敵を倒すことだけが英雄の証だったのである。


重苦しい沈黙を破ったのは朱杏だった。


「厚巳さん、これからどうします?」


厚巳はしばらく考え込み、地図代わりに広げた住宅地の見取り図へ目を落とす。


「そうだな……。」


その言葉を遮るように、要が一歩前へ出た。


「厚巳三曹は、動ける車を見つけ、羽毛一士を病院へ運んでください。俺と角南士長で拠点へ戻り、戦います。」


一瞬、室内の空気が止まる。


「!?」


朱杏は思わず要を見つめた。


「出過ぎたマネを……。」


新人隊員が、まるで指揮官であるかのように命令口調で作戦を口にした。驚きよりも呆れが先に来る。経験も実績もない者が、当然のように部隊を動かそうとしている。その自信はどこから来るのか。朱杏には理解できなかった。一方の要は、そんな視線に気付いていない。


(ここで指揮を執れるのは俺しかいない。)


そう信じ切っていた。臨機応変に動ける者が部隊を率いるべきだ。それが新人であろうと関係ない。自分ならこの窮地を打開できる。そう思い込んでいた。


厚巳はしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。


「羽毛をこのままにしてはおけない。俺が病院へ運ぶよ。」


「いいんですか?」


朱杏が確認する。


「俺が臆病者なのは事実だ。だが、臆病者にも出来ることはある。戦闘なら、角南の腕と怖い者知らずの運天なら何とかなるだろう。角南、頼むぞ。」


厚巳の言葉に、朱杏は一瞬だけ戸惑う。要へ指揮を任せることには賛成できない。それでも今は、重傷者を搬送する人間も必要だった。厚巳が最も適任なのも事実である。


「……了解しました。」


短く返事をする。


「しっかり着いてきてくださいよ!」


要は自信満々に言い放つ。その姿を見て、朱杏は小さく息を吐いた。


(本当に、この人は……。)


深いため息だけが、静まり返った廃屋の中へ溶けていった。




瓦礫の撤去作業を進めていたのは、帝国海軍の工兵部隊だった。


崩れた建物の残骸を重機でどかしながら、半漁族のガストン・ハタギョ少尉が大きく肩を回す。その傍らでは、タートル族のジラ・シタデル少尉が工兵たちへ指示を飛ばし、人魚族のシッシ・イオニチザン少佐が作業全体を監督していた。


彼らは戦闘部隊ではない。あくまでも上陸後の復旧や道路啓開を担当する後方要員であり、湯河原一帯の掃討はすでに完了したものと考えていた。


「何で俺らがこんな事を……。」


「僕たちは海中が専門だしね。」


「本格的な復興作業は陸軍の工兵科が行う。まあ、時間があるんだ。これくらいの協力はしよう。」


緊張感の薄れた会話が続く中、その様子を離れた廃墟の陰から要と朱杏が見つめていた。


「よし、あいつ等を仕留めましょう。建物の陰に隠れて、左右から挟撃する。」


要はそう言うや否や、返事も待たずに飛び出した。勢いよく89式小銃を連射する。しかし照準は定まらず、放たれた弾丸は工兵たちの周囲へ土煙を巻き上げるだけだった。


「誰だ!?」


「しまった、見つかった! 角南士長、援護を! あれ?」


慌てて振り返るが、朱杏の姿はすでにそこにはない。彼女は要が飛び出した瞬間には別の建物へ移動し、屋根へ上がっていた。敵が密集した位置を確認すると、安全ピンを抜いた手榴弾を迷いなく投げ込む。


破片と粉塵が舞い上がった一瞬の隙を逃さず、屋根の縁から身を乗り出して89式小銃を連射する。


乾いた銃声が響き渡り、煙が晴れる頃にはハタギョとシタデルはその場に倒れ伏していた。イオニチザンも右鎖骨と尾びれを撃ち抜かれ、地面へ崩れ落ちる。


(蜥蜴と人魚を仕留め損ねた。)


その直後、周囲から帝国兵が駆け寄ってくる。


「少佐殿!」


「少佐殿が重傷だ! お前たちは少佐殿を衛生兵の下へ! 残りは俺と来い!」


「了解です!」


負傷したイオニチザンは数名の兵士によって後送され、残った兵士たちはガニー・アルキオ中尉を先頭に一斉に散開した。


銃口が屋根へ向く。激しい銃撃が朱杏へ降り注ぎ、瓦礫が次々と砕け散る。


朱杏は身を低くして射線を切り、建物の陰を移動しながら反撃の機会を探る。しかし帝国軍の増援は止まらず、包囲網は少しずつ狭まっていった。


「うおおおおおおおお!」


(まったく、世話の焼ける。)


要も叫びながら援護射撃を始める。しかし、彼の放つ弾丸は敵兵の足元を叩くだけで、有効打にはなっていなかった。敵は一瞬身を伏せるものの、すぐに体勢を立て直して射撃を再開する。


(闇雲に撃ちすぎ。あれでは弾薬がすぐに切れる……。)


朱杏は冷静に状況を分析しながら、一発ずつ照準を合わせて引き金を引いていく。


一発、また一発。姿を見せた敵だけを確実に撃ち抜き、決して無駄撃ちはしない。それでも敵の数は減らない。


「くそっ、もう弾薬がない。」


「あいつだ! あいつを先に仕留めるぞ!」


数人の帝国兵が一斉に要へ向かって走り出す。


「来るなら来い! 銃剣で刺し殺してやる!」


次の瞬間だった。乾いた一発の銃声が響く。要へ飛び掛かろうとしていた帝国兵は、そのまま前のめりに倒れた。後頭部を正確に撃ち抜かれていた。


「ふん、礼は言っておこう。」


朱杏は答えない。返事をしている余裕などなかった。


(まだ4人しか倒せてない。けど、敵は次から次にやって来る。キリがない……。)


肩で息をしながら照準器を覗き込む。長時間銃を構え続けた腕は鉛のように重く、頬を伝う汗が視界を滲ませていた。


それでも引き金を引く。また一人、さらにもう一人と、順調に倒していく。だが、新たな敵兵が瓦礫の向こうから姿を現す。


(84でもあればいいんだけど……。ま、ない物ねだりしてもしょうがないか。)


敵がこれだけ密集しているなら、84mm無反動砲が一本あるだけで状況は変えられる。しかし、現実には89式小銃と残りわずかな弾薬しかない。


(弾薬も残り僅か。これが尽きたら、もう戦う術はない。まさか、令和の時代にバンザイアタックするハメになるなんてね……。)


小さく息を吐き、残った弾倉を確認する。もう数えるほどしか残っていない。それでも、不思議と恐怖は消えていた。生き残れる保証はどこにもない。


それでも、自分がここで撃ち続ける限り、その分だけ厚巳や羽毛、そして目の前で空回りしている要が生き延びる時間は稼げる。それで十分だった。


静かに照準を合わせ、呼吸を整える。瓦礫の町に再び銃声が響き渡る。


夕暮れへ向かう湯河原で、角南 朱杏は最後の一発まで戦い抜くという静かな決意を胸に、迫り来る帝国兵を迎え撃ち続けた。

登場人物紹介

運天うんてん かなめ……35普連4中隊所属の新人。英雄になることへ執着している。

角南すなみ 朱杏しゅあん……35普連4中隊のエース

厚巳あつみ 千宏ちひろ……要が気を失っている間、朱杏や羽毛の救護をしていた。

羽毛はも 大和やまと……帝国軍の砲撃により瀕死の重傷を負う

ガストン・ハタギョ……海軍少尉で、半漁族の男性。海中の工兵担当

ジラ・シタデル……海軍少尉でタートル族の男性。海中の工兵担当

シッシ・イオニチザン……海軍少佐で人魚族の女性。第5艦隊制圧連隊の工兵大隊長

ガニー・アルキオ……海軍中尉で、リザードマンの男性。イオニチザンの副官

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ミリタリー SF ファンタジー 自衛隊 戦争
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