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外星戦記  作者: 無名の凡夫
第1章 初陣~オペレーション・ギデオン~

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第70話 波濤の奇襲

――2020年9月30日 7時00分 神奈川県湯河原町・兵站拠点「的山公園」


俺は運天(うんてん) (かなめ)


オペレーション・ギデオン――第七次首都圏奪還作戦が始まってから10日が過ぎた。しかし、その間に俺が経験した任務といえば、住民の避難誘導や遺体の収容ばかりで、肝心の戦闘は一度もない。


同じ部隊の連中には、「撃たれずに済むなら、その方がいい」と胸を撫で下ろす者もいる。もちろん、その気持ちは分からなくもない。戦場で命を落とすのは怖い。俺だって死にたくはない。


だが、それでも……胸の奥では、まるで別の感情が燻り続けていた。


(このまま終われるかよ……)


俺は英雄になりたい。国を救い、人々を守り、自分の力を証明したい。後方支援だけで終わるなんて、そんな結末だけは絶対に嫌だった。夜明け前から続く警戒任務の最中、無線機から慌ただしい交信が飛び込んでくる。


『小田原へ進出中の部隊が奇襲を受けた!』


続いて、千葉方面から横須賀へ向かっていた部隊でも交戦が始まったという報告が流れる。


断片的に聞こえてくる言葉は、どれも暗い。


劣勢、死傷者多数、通信途絶……前線では激戦が始まっている。それなのに、自分たちは兵站拠点に留まったままだ。


俺は居ても立ってもいられず、片桐三佐へ前線への増援を具申した。しかし返ってきた命令は簡潔だった。


「兵站拠点を守れ。それがお前たちの任務だ」


軍人としては当然の命令だった。理解はできる。理解はできるが、納得はできない。


「くそー! グーリエ星人め、来るなら来やがれ!」


思わず怒鳴った、その直後だった。耳をつんざく警報が、公園中へ鳴り響いた。まるで俺の叫びを待っていたかのような絶妙な間だった。


『敵影確認! 海上より接近中! 航空戦力も確認!』


空気が一変する。


「海自はどうしたんだ? 全滅したのか?」


誰へ向けたとも分からない独り言だった。返事の代わりに無線へ飛び込んできたのは、激しいノイズだった。


 ――ジャッ……ザザッ……


通信妨害。指揮系統との回線が、次々と途絶えていく。敵は最初から通信を潰しにきた。その事実だけが嫌というほど伝わってくる。


やがて片桐三佐の落ち着いた声が各隊へ響いた。


「10高は拠点の防衛。35普連は市街戦を行う」


(よし……)


胸の鼓動が速くなる。


(ついに俺も戦う時が来た。国のため、日本国民のため……グーリエ星人を皆殺しにしてやる)


俺は小銃を握る手に、自然と力を込めた。




その少し前――。


相模湾の沖合では、まだ夜明けの名残を思わせる薄い靄が海面を覆っていた。穏やかな波の下では、すでに帝国軍の奇襲作戦が静かに進行している。その事実を知る者は、敵味方を問わず、ごくわずかしかいなかった。


帝国海軍鹵獲艦隊旗艦「アーチー」の艦橋では、艦長ププップ・ロテウス・プー大佐が艦首越しに広がる相模湾を静かに見つめていた。鹵獲された海上保安庁の船体は帝国軍によって徹底的な改修が施され、もはやかつての面影はほとんど残されていない。艦橋の各所には帝国製の装置が並び、魔法ではなく超科学によって生み出された兵器群が、静かに牙を研いでいた。


「奇襲は成功したようだな。敵はまだ何も分かっていない。」


ロテウス・プーの声は落ち着き払っていた。


その隣に立つワニ族の女性士官、海軍少佐タニア・ワイルダックが通信士から受け取った報告書へ目を落とし、小さく頷く。


「はい、敵の通信隊とレーダーサイトを真っ先に叩きました。陸地の敵は我々の動きを掴めていないでしょう。」


通信妨害、レーダー施設への先制攻撃、指揮系統の寸断。そのすべてが計画どおりに進んでいた。


敵は海上自衛隊の艦隊決戦を想定している。しかし帝国軍が狙っているのは、艦隊そのものではない。日本の「目」と「耳」を奪い、その後に艦隊を屠ること。それが今回の作戦だった。


「そのようだな。」


ロテウス・プーは静かに頷き、やがて艦橋全体へ響き渡るほどの声で命じた。


「では次の獲物だ。砲撃開始、狙うは伊豆半島沖! 敵空母と護衛艦計4隻、潜水艦2隻! 撃てぇ!」


命令と同時に、「アーチー」の主砲が一斉に火を噴いた。轟音が海を震わせ、砲口から放たれた砲弾は白煙を引きながら大空へ駆け上がる。しかし、それは通常の砲弾ではなかった。


飛翔中の砲弾は空中で幾度も軌道を変え、まるで獲物を探す猛禽のように目標へ向かって進路を修正していく。


帝国軍が鹵獲した海自火器へ独自技術を融合させた、新たな誘導砲撃だった。




その頃、伊豆諸島沖。


海上自衛隊艦隊旗艦「海王(かいおう)」の戦闘指揮所――CICでは、各種ディスプレイへ映し出される情報が刻々と変化し、緊張した空気が充満していた。


「敵弾道、計算不能! 軌道が……空中で変化しています!」


副艦長・恒村(つねむら) 大央(だおう)二佐の報告に、艦長・力安 悟郎一佐は眉をひそめる。


「そんな馬鹿な! 127ミリ速射砲の弾丸だぞ!?」


艦内の誰もが、その言葉を信じられなかった。砲弾とは撃ち出された瞬間に軌道が決まる兵器であり、飛翔中に自在に進路を変えるなど常識では考えられない。だが、レーダー画面は現実を突きつけていた。


敵弾は迎撃ミサイルの予測軌道を避けるように蛇行しながら迫ってくる。それはもはや砲弾ではなく、誘導兵器だった。


帝国軍は鹵獲した海自の砲を研究し、日本側が知る性能を遥かに超える兵器へと作り替えていたのである。


白鷺(しらさぎ)、ESSM連射! 防空圏を維持しろ!」


力安の命令を受け、「白鷺」が即座に迎撃を開始する。


VLSから次々と発射されたESSMが白煙を引きながら上昇し、迫る砲弾へ向かって飛翔する。空一面に無数の迎撃軌跡が描かれ、一瞬だけ海上は光の網に包まれた。


しかし、その網を嘲笑うかのように敵弾は進路を変え、迎撃ミサイルの隙間を縫って突き進む。次の瞬間、「海王」の右舷で巨大な火柱が上がった。


「右舷被弾! 浸水、防火扉閉鎖!」


衝撃が艦全体を激しく揺らし、照明が一瞬明滅する。CICにいた隊員たちは壁へ叩きつけられながらも、それぞれの持ち場へしがみついた。


まだ始まったばかりだった。それなのに、防空網はすでに破られている。力安は歯を食いしばった。


(敵は……こちらの防空能力を知り尽くしている。)


その確信が、嫌でも脳裏をよぎる。被害報告が続く中、通信士・沼田(ぬまた) 大典(だいすけ)がソナー画面へ視線を固定したまま声を張り上げた。


「水中からも来ます! アクティブ・ソナーに感あり。……速い! 魚雷じゃありません、水中ドローンです!」


空だけではない。海中にも敵がいる。立体的な飽和攻撃だ。しかも、こちらの対処法を完全に理解した上で仕掛けてきている。海王CICの空気は、一気に張り詰めた。


その頃、防空任務に就いていた護衛艦「白鷺(しらさぎ)」は、艦隊前方でなおも迎撃を続けていた。


艦長・大宮司(だいぐうじ) 皓辰(こうたつ)二等海佐指揮のもと、乗員たちは次々とESSMを発射し、防空圏を維持しようと必死の抵抗を続ける。しかし、誘導砲弾は迎撃を学習しているかのように進路を変え、ついに艦橋付近へ集中して降り注いだ。


轟音とともに爆炎が吹き上がり、「白鷺(しらさぎ)」の艦橋は炎に包まれる。


ほぼ同じ頃、護衛艦「迅風」でも異常が発生していた。


「各艦、データリンク強制遮断! 敵にシステムを侵食されています! 艦の制御が……勝手に書き換えられている!?」


通信士の叫びに、CICが騒然となる。


「何だと……!? 全員、マニュアルへ切り替えろ! 物理照準で撃て!」


力安の命令が飛ぶ。しかし、一歩遅かった。


迅風(じんぷう)」のVLSが突如として誤作動を起こし、本来なら上空へ飛び立つはずのミサイルが発射直後に艦上へ落下する。甲板全体が爆炎に包まれ、誘爆が次々と連鎖した。


迅風(じんぷう)、大破! 誘爆止まりません!」


悪夢は終わらない。


曉波(あかつきなみ)、ESSMで迎撃せよ!」


力安の命令へ応じようとしたその瞬間、通信回線の向こうから城島(じょうじま) (せん)の悲痛な声が響いた。


「艦長! 曉波(あかつきなみ)は船体が……!」


映像が切り替わる。そこには中央部を深々と貫かれ、今にも折れようとしている「曉波」の姿が映し出されていた。


炎と黒煙に包まれた艦橋で、新伍(しんご) (あきら)艦長は血に濡れた制服のままマイクを握る。


「……総員、離艦せよ。……繰り返す、総員離艦。」


艦橋にいた誰もが言葉を失った。通信の最後に、新伍は静かに呟く。


「……この国を、頼むぞ……」


その声を最後に通信は途絶え、巨大な爆発が「曉波(あかつきなみ)」を飲み込んだ。炎上する艦体は2つに裂けるように折れ、黒煙を噴き上げながら海中へ沈み始める。


海戦は、まだ始まったばかりだった。だが、その天秤はすでに決定的なまでに帝国軍へ傾きつつあった。




海上では艦隊が誘導砲弾と電子戦に翻弄される一方、そのはるか下、陽光すら届かない深海でも、もう一つの戦いが繰り広げられていた。


海上自衛隊潜水艦「渦潮(うずしお)」は、艦隊の外縁を警戒しながら静かに潜航を続けていた。しかし、その静寂は長くは続かなかった。


ソナー室に響いた警報音が、艦内の空気を一変させる。


海眼(かいがん)、ロスト! 敵の攻撃型ドローンに食われました!」


偵察用水中ドローン「海眼(かいがん)」とのリンクが途絶えた瞬間、(のり) 哲鷹(てつたか)艦長は即座に異常を悟る。


敵は偶然接触したのではない。最初から海中戦力を狙っていたのだ。


「クソッ、水燕(すいえん)発射! 幽を囮にしろ、本艦は深度を下げろ!」


命令は一瞬の迷いもなく発せられた。


艦首魚雷発射管から小型魚雷「水燕(すいえん)」が射出される。同時に、低被探知型無人潜水艦「(かすか)」が複数展開され、敵の注意を引き付けながら左右へ散開した。


暗い海中を、水燕は燕の名に恥じぬ鋭さで駆け抜ける。敵旗艦まで、あと僅か。命中する――誰もがそう確信した、その瞬間だった。


魚雷は何か目に見えない壁へ衝突したかのように進路を失い、閃光とともに爆散した。


「命中……いや、無効化されました! 敵艦、電磁防壁あるいは水流操作を展開中。こちらの電光(でんこう)、速度で追いつけません!」


報告を聞いた則は思わず息を呑む。


海上自衛隊が誇る最新鋭の水中兵器。その性能を前提として組み立てられた攻撃が、まるで子どもの遊びであるかのように封じられた。


敵は、こちらの兵器を知っている。いや――知っているどころではない。解析し、対策を施し、その上で戦場へ持ち込んできている。通信士の悲鳴にも似た報告が続いた。


「各艦とのデータリンクが不安定です! 妨害だけじゃありません、こちらの制御系へ侵入されています!」


画面の表示が乱れ、味方識別情報が次々と書き換えられていく。ドローンの制御権は奪われ、指示を受けるはずの機体が逆に敵の命令へ従い始めていた。


則は歯を食いしばる。ここまで来れば、もはや技術の差ではない。戦う前から研究され、攻略されていたのである。


その頃、海上では「海王」のCICにも新たな報告が飛び込んでいた。


「潜水艦『渦潮(うずしお)』より通信! 敵水中戦力と交戦中!」


しかし、その通信も断続的なノイズに埋もれ、内容は途切れ途切れだった。力安は拳を握り締める。海上では誘導砲弾、空では無人機、海中では攻撃型ドローン。


3次元から同時に襲い掛かる攻撃に、艦隊は完全に防戦一方となっていた。


その時、「渦潮(うずしお)」から最後の通信が届く。


「……(かすか)が二機、右舷推進器に直撃! 則艦長、もう持ちません!」


艦内へ緊張が走る。推進器を失えば、潜水艦は深海で身動きが取れない。それは死を意味していた。だが、則は最後まで艦長だった。


「……せめて一矢報いるぞ。"電光(でんこう)"、全門解放! 目標、敵旗艦! 撃てぇ!」


号令とともに、「渦潮(うずしお)」の魚雷発射管が一斉に開く。電撃的な加速性能を誇る新型魚雷「電光(でんこう)」が白い航跡を引き、敵旗艦目掛けて突進した。


その光景は、乗員たちにとって最後の希望だった。しかし、その希望すら帝国軍は容赦なく踏みにじる。


敵旗艦周辺で待機していた人魚族を中心とする帝国海軍水中兵が一斉に動き出した。彼らは特殊装備を巧みに操り、盾状の器具で魚雷の信管を叩き壊し、あるいは強引にその進路を逸らしていく。爆発は目標へ届くことなく、深海で虚しく散っていった。


「馬鹿な……人間が、海中で魚雷を……!?」


則の驚愕は、誰もが抱いた疑問だった。魚雷は兵器であり、人力で防げるものではない。その常識すら、帝国軍は覆してみせた。


次の瞬間、複数の攻撃型ドローンが「渦潮(うずしお)」の外殻へ取り付き、耐圧ハッチを強引にこじ開ける。凄まじい水圧とともに海水が艦内へ流れ込み、照明が激しく明滅した。


悲鳴、警報、金属が軋む音。それらすべてが一つに混じり合い、「渦潮(うずしお)」は深海の闇へ呑み込まれていく。やがて通信回線は完全に沈黙した。


「潜水艦・渦潮(うずしお)、通信途絶……沈みました!」


沼田の報告が、「海王」のCICへ重く響く。艦隊はまた一つ、重要な戦力を失ったのである。


しかも、防空の要であった護衛艦「白鷺(しらさぎ)」も、なお続く誘導砲撃の集中攻撃を受け、艦橋を吹き飛ばされて炎上していた。黒煙は空高く立ち上り、燃え盛る炎が相模湾の海面を赤く染める。


力安は戦術図へ目を落とした。味方を示す光点は、一つ、また一つと消えていく。対する敵は、なお整然と陣形を維持したまま前進を続けていた。この海戦の主導権は、完全に帝国軍の手へ渡りつつあった。


渦潮(うずしお)」の喪失という報告が艦内を駆け巡る中、「海王(かいおう)」の戦闘指揮所には、さらに信じ難い知らせが飛び込んできた。


通信士・布置(ふち) 元気(げんき)が、敵旗艦から送られてきた発光信号を解読し、その内容を読み上げる。


「敵旗艦より発光信号! ――『降伏せよ、そして沈め』だと!?」


その一文に、戦闘指揮所の空気が凍りつく。降伏を促す言葉でありながら、その直後に「沈め」と続く矛盾した命令。それは交渉でも勧告でもなく、敗者を嘲笑うためだけに送られた悪趣味な宣告だった。


力安は唇の端から流れた血を親指で拭うと、甲板へ繋がる艦内放送用マイクを強く握り締めた。


「……生かす気などないくせに……ふざけるな。まだ航空隊が残っている!」


艦橋にいた将兵たちの視線が、一斉に艦長へ向く。敗色は濃い。それでも、まだ終わってはいない。力安は最後の命令を発した。


「全機発艦! 残存する全弾薬を叩き込め! "海王"の誇りを見せてやれ!」


飛行甲板では、待機していた搭載機が次々とカタパルトへ誘導される。


整備員たちは爆風で散乱した資材を押しのけながら誘導灯を振り、操縦士たちは片道切符になることを理解した上で操縦桿を握っていた。


轟音とともに一機、また一機と機体が大空へ飛び立っていく。しかし、その姿を待っていたかのように、帝国鹵獲艦隊の上空から見たこともない形状の飛翔体が無数に飛び立った。


鳥にも戦闘機にも似ていない異形の無人機。それらは編隊を組み、猛烈な速度で海自航空隊へ襲い掛かる。


「空中ドローン群、来ます! 速い……F-35でも振り切れません!」


パイロットの叫びが無線越しに響く。直後、空は幾筋もの閃光で埋め尽くされた。


ドローンは人間では到底不可能な機動で急旋回を繰り返し、回避行動を取るF-35へ次々と肉薄する。爆炎が空に咲き、一機、また一機と味方機が炎を引きながら海へ落ちていった。


その頃、「海王」はなおも砲撃に晒され続けていた。海面が突如として大きく盛り上がる。次の瞬間、艦体後部へ猛烈な衝撃が走った。


「直撃! 左舷後部、飛行甲板損壊!」


恒村の報告と同時に、艦体が激しく傾く。飛行甲板では着艦灯が消え、制御装置も停止した。


「着艦不能です! 航空隊、戻る場所がありません!」


沼田の声には、焦燥と絶望が入り混じっていた。飛び立った機体は帰る場所を失った。彼らは燃料か弾薬が尽きるまで戦い続けるしかない。さらに追い打ちを掛けるように、海中から複数の高速水中ドローンが接近する。


鋭く尖った艦首を持つ攻撃型水中ドローン「剣魚(つるぎうお)」。それらは魚雷のような速度で海王の船腹へ突き刺さった。鈍い衝撃の直後、艦内で連鎖爆発が発生し、巨大な艦体がゆっくりと右へ傾き始める。


「剣魚です。鹵獲されたようです!」


城島の報告を聞き、力安は静かに目を閉じた。海中兵器まで奪われている。敵は、自衛隊の兵器を鹵獲しただけではない。その性能を完全に理解し、海自以上に使いこなしていた。


力安は戦術表示盤へ視線を向ける。友軍を示す光点は、ほとんど消えていた。残る艦艇も炎上、あるいは通信途絶。艦隊としての戦闘能力は、すでに失われている。ゆっくりと息を吐いた力安は、穏やかな声で告げた。


「……ここまでか。……もういい、脱出しろ。」


その言葉に、恒村が思わず声を荒げる。


「艦長! まだ戦えます!」


力安は首を横へ振った。


「いや、俺たちの負けだ。敵は……俺たちが思っている以上に、この国の戦力を知り尽くしている。」


彼の脳裏には、開戦当初の出来事が浮かんでいた。


(あの時、敵は我々のデータを取っていたのだな……。それを、短期間でやり遂げるとは……)


その推測は、あまりにも遅すぎる答えだった。


一方、帝国鹵獲艦隊では、戦況を見届けていた人魚族の将校ブランチェスカ・ローニア中佐が静かに命じる。


「第6艦隊制圧中隊、戦艦から脱出した敵兵を仕留めなさい。」


その命令に、フォエニカ・ジゴン中尉が豪快に笑う。


「よっしゃ、お前ら行くよ! 奴らは泳ぎもままならない。一網打尽にしてやれ!」


後方から、好戦的なシェリア・シェン曹長が口元を吊り上げた。


「どっちが多く殺れるか、勝負ですよ! 中尉殿!」


酒好きで知られるディッパ・セギンス軍曹も楽しげに続ける。


「負けた奴が、お酒奢るのはどうですか?」


「ははは、小隊規模で勝負すっか?」


ジゴンが笑えば、人魚族の若手士官、シャラ・ポッパー少尉とシェルダン・ルックノワ少尉も即座に応じた。


「その話乗った!」


彼らにとって、それは特別な任務ではない。戦場で獲物を仕留める、ごくありふれた日常だった。笑い声を残したまま、人魚たちは次々と海中へ飛び込み、深い青へ姿を消していく。その直後だった。


「海王」をはじめ各艦から脱出した乗員たちが救命ボートへ移り、生存者同士で助け合いながら海域から離脱しようとした、その瞬間。


海面が割れた。下から現れた帝国軍水中兵が、軍刀や水中銃を手に、一斉に襲い掛かる。


逃げ惑う乗員、転覆する救命艇、赤く染まっていく海。その光景を、沈みゆく「海王」の艦橋から力安は静かに見つめていた。


空では最後まで抗戦を続けた航空隊が敵機とドローンに包囲され、炎を引いて墜落していく。海では、生き延びた将兵が救命ボートごと帝国軍に蹂躙されていた。


もはや、戦いではない。一方的な掃討だった。力安は最後に艦内放送のスイッチを入れ、静かに呟く。


「総員……離艦……。すまない……。」


その声を最後に、「海王」はゆっくりと艦首を持ち上げた。巨大な艦体は軋みを上げながら傾きを増し、やがて轟音とともに相模湾の深淵へ吸い込まれていく。


 ――2020年9月30日 7:36


海上自衛隊が誇る最新鋭空母「海王」は、ついにその姿を海中へ没した。


それと時を同じくして、相模湾を守っていた海上自衛隊の防衛線は完全に崩壊する。海は帝国軍の手のまま、首都圏へ続く玄関口は、静かに、そして決定的に閉じられた。


陸ではなお、多くの将兵が海上戦力の健在を信じ、それぞれの持ち場で敵を迎え撃とうとしている。


相模湾で何が起きたのか。その真実を――それを、陸にいる誰もまだ知らない。

登場人物紹介

タニア・ワイルダック……海軍少佐で、ワニ族の女性。小田原殲滅隊・第5艦隊制圧連隊副連隊長

ブランチェスカ・ローニア……海軍中佐で人魚族の女性。小田原殲滅隊・第5艦隊制圧連隊2大隊長

フォエニカ・ジゴン……海軍中尉で、人魚族の女性。小田原殲滅隊・第5艦隊制圧連隊2大隊6中隊長。姉御肌

シェリア・シェン……海軍曹長で、人魚族の女性。第6制圧中隊所属。好戦的な性格

ディッパ・セギンス……海軍軍曹で、人魚族の女性。第6艦隊制圧中隊。酒好き

シャラ・ポッパー……海軍少尉で、人魚族の男性。第6艦隊制圧中隊所属の有望な若手尉官

シェルダン・ルックノワ……海軍少尉で、人魚族の男性。第6艦隊制圧中隊所属


運天うんてん かなめ……隼人、杏南の同期。英雄になりたいと思っているが、自身の実力を把握できていない。

力安りきやす 悟郎ごろう……艦隊旗艦「海王」の艦長。享年51歳

恒村つねむら 大央だおう……海王の副艦長。享年44歳

新伍しんご あきら……護衛艦「曉波」艦長。享年45歳

のり 哲鷹てつたか……潜水艦「渦潮」の艦長。享年49歳

大宮司だいぐうじ 皓辰こうたつ……護衛艦「白鷺」の艦長。享年44歳

ププップ・ロテウス・プー……帝国軍鹵獲艦隊艦長



本作に登場する架空の装備品

艦隊旗艦:海王かいおう

護衛艦:迅風じんぷう曉波あかつきなみ白鷺しらさぎ

潜水艦:渦潮うずしお黒鮫くろさめ


魚雷:90式長魚雷改壱

水中ドローン用魚雷:電光でんこう→小型ながら素早く、電撃的な攻撃を可能とする

小型無人潜水艦用魚雷:水燕すいえん→水中を燕のように自在に動き回る




偵察・探査型水中ドローン

海眼かいがん→広範囲を監督する

深影しんえい→深海に潜み、敵に気付かれることなく情報収集する


攻撃・妨害型ドローン

剣魚つるぎうお→先端が鋭く剣状のため、先端で攻撃も可能


作戦遂行型小型無人潜水艦

叢雲むらくも

かすか→極めて低い被探査性がある。


鹵獲艦隊「アーチー」……帝国海軍が鹵獲した海保の船を改造した戦艦。「アーチー」は歴代皇帝の名前からきている。

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