第69話 嬉しい再会
苫米地杏南です。ようやく目の前に、まひる先輩の仇が現れました。
あのシグニュスは、まひる先輩をはじめ、多くの仲間を殺しただけではありません。私たちの反撃を防ぐために仲間たちの亡骸を盾として利用し、死者の尊厳までも踏みにじりました。さらに理央先輩を見て「コレクションにする」と言い放ち、おそらくビルに監禁されていた5人の仲間も、この男が捕らえさせたのでしょう。
本当に虫唾が走ります。ですが、ここで私情に流されるわけにはいきません。
これは復讐ではなく任務です。そう自分に言い聞かせながら照準を合わせます。まず手前の2人を倒し、続いてリザードマン2体を排除し、最後にあのシグニュスを討つ。それが最も確実な手順でした。
「おい! まだ任務の途中だそうが、何やってる! 早く戻れ!」
「大丈夫だって! お前は真面目すぎるぞ!」
「軍曹殿、戦況が落ち着いたから、大丈夫ですよ!」
「そうそう、俺たちは休憩のために一時離脱するの!」
「ところでシグニュス軍曹殿、怪我は大丈夫でありますか?」
「いてぇよ。まさか俺様目掛けて砲弾が飛んでくるなんてよ。」
「日頃の行いだな……。」
「シグニュス軍曹! あのコレクション、今日は軍曹の代わりに俺が遊んでいいっすか?」
「ちっ、しょうがねぇな~。丁度5匹だし、1人1匹ずつな! ただし、コレクションを傷つけるんじゃねぇぞ。お前、一匹怪我させたろ?」
「す、すみません。抵抗するもんですから……。」
「死んだら価値がねぇからな。気を付けろよ?」
「俺はいい! てか早く戻れ!」
「もう夕方だから、退散しても大丈夫だろ。それより、あのコレクション、別のとこに移していこう。」
胸の奥から怒りが込み上げました。何を言っているのかは分かりませんでしたが、あの下衆い笑みは、私達を侮辱しているように見えます。まひる先輩を殺しただけでは飽き足らず、今度は生き残った仲間まで玩具のように扱っているのは許せません。
ですが、感情だけで撃ってはいけません。私は静かに呼吸を整え、建物の陰から手前の兵士へ照準を合わせます。
一発で眉間を撃ち抜かれた兵士は、その場へ崩れ落ちました。
敵が異変に気付くより早く、私はグラップル・ワイヤーを射出して民家の屋根へ飛び移り、その勢いのまま見下ろす位置から残る兵へ銃口を向けます。
「ぎゃっ!」
「がっ……。」
「何だ!?」
「狙撃手か!」
(あと3体……。)
私は隣家の屋根へ移動し、蜥蜴へ照準を合わせました。しかし、その一発はわずかに逸れます。
「狙撃手は前方だ! あの屋根に隠れている!」
直後に激しい反撃が始まりました。
瓦が砕け、木片が飛び散ります。正確な射撃に押さえ込まれ、私は身動きが取れなくなりました。
(外した……距離が遠かったか……。)
シグニュスは負傷しているとはいえ、まだ戦闘能力を失ってはいません。さらに蜥蜴も冷静に私の位置を特定し、逃げ道を塞ごうとしています。このままでは時間だけが過ぎてしまいます。
(時間が掛けられないのに…………。)
その時でした。乾いた銃声が、私とはまったく違う方向から響きます。
「うっ……。」
「ああっ……。」
(音が小さい……サプレッサー。)
2体の蜥蜴が、糸が切れた人形のように崩れ落ちました。私が苦戦していた相手を、一瞬で、それも位置を悟られることなく仕留めています。
(仲間……? でも、誰?)
呆然としている私の耳へ、シグニュスの焦った叫び声が飛び込みました。
「何!? 狙撃手は正面、12時方向じゃなかったのか!?」
その瞬間、シグニュスだけが道路上へ取り残されます。好機でした。私は屋根から身を乗り出し、胸部へ照準を合わせて引き金を絞ります。
「うぐっ……。」
まだ倒れません。私は間髪入れずに、もう1発。
「がはっ……。」
シグニュスは膝をつき、そのまま前のめりに倒れました。しばらく動かないことを確認してから、私は小さく息を吐きます。
(……仇は討ちましたよ、まひる先輩。)
「……あっけないものですね。」
泣いてはいけません。まだ戦場なのですから。
もっと胸が晴れると思っていました。もっと達成感があると思っていました。けれど残ったのは、静かな虚しさだけです。それでも構いません。これで、この男が二度と仲間を傷つけることはありません。
私は周囲を警戒しながら敵の死体へ向かおうとしましたが、その時、背後に人の気配を感じました。気配を察知できなかったことに驚きながら反射的に振り返り、拳銃を突き付けます。
「待て待て、俺は味方だ。」
そう言う男も、私へ拳銃を向けています。
「味方ならその銃をしまって下さいよ。」
「俺はSだ。この街を探っていたところだ。」
S――特戦群。そう名乗られても、本物かどうかを私には判断できません。
「俺は芳賀 統心二等陸曹だ。コードネームはヤオという。どうだ、これで信じてくれるか?」
男はマスクを外し、自ら素性を明かしました。戦場で身分を明かす危険性は、私にも分かります。その覚悟を見て、私はようやく警戒を解きました。
「私は第35普通科連隊第2中隊所属、苫米地 杏南二等陸士です。」
私も所属と氏名を告げ、ここまでの経緯と、武器を鹵獲して仲間を脱出させようとしていることを説明します。
「撤退命令は出たのか?」
「分かりません。無線がジャミングされていて通信できません。ですので、自分たちで拠点へ戻り、援軍を要請するつもりです。」
「そうか。では俺たちが援護しよう。仲間にも伝える。お前は早く武器を鹵獲して来い。」
「了解。感謝します。」
私は倒れた敵兵のもとへ駆け寄り、小銃と弾倉を手早く回収しました。戦場で立ち止まる時間は1秒でも惜しく、物音ひとつにも神経を張り巡らせながら、必要な装備だけを背嚢へ詰め込んでいきます。
敵の遺体を改めて見下ろえることはありません。討つべき敵を討った。ただ、それだけです。武器を回収し終えると、私は急いでビルへ戻りました。
階段を駆け上がる足音に反応し、中で待機していた理央先輩たちが一斉に銃口を向けます。しかし、私の姿を認めると、その緊張はすぐに解けました。
「戻りました。」
「無事だったのね。」
理央先輩は安堵したように頷きます。
「しかし、本当にやり遂げるとは。」
糸原三曹が、半ば呆れたように息を漏らしました。
「この子は天才なのよ。」
理央先輩は微笑みながらそう言いますが、私は首を横に振ります。
「たまたま運が味方してくれただけです。それより、武器を持ってきました。」
私は鹵獲した小銃と弾倉を床へ並べました。
捕らえられていた5人は目を丸くし、しばらく言葉を失っています。敵だらけの街へ一人で出て、本当に人数分の武器を持ち帰ってくるとは思っていなかったのでしょう。
「これなら全員が戦えますね。」
東雲三曹が武器の状態を素早く確認し、それぞれへ配っていきます。慣れた手つきで弾倉を装填し、安全装置を確認する姿を見て、皆の表情にも少しだけ余裕が戻りました。
「それと、外には特戦群の方々が来ています。」
「特戦群?」
理央先輩が聞き返します。
「コードネームはヤオと言っていました。私たちが脱出するまで援護してくださるそうです。」
「そう……。」
理央先輩は小さく頷きました。
「なら、長居は無用ね。予定どおり湯本へ向かいましょう。」
「了解。」
全員が頷き、出発準備に取り掛かります。その間にも、特戦群の皆さんが周囲で断続的に銃撃を続けており、敵兵は私たちへ近付くことができませんでした。まるで見えない壁が私たちを守っているようです。その援護のおかげで、私たちは無事にビルを脱出することができました。
下着姿だった北嶺一士は、別室に置かれていたマネキンの戦闘服を着用することになります。幸い、理央先輩たちが確認したところ罠はなく、その装備も問題なく使用できました。
「敵の服を着るのは抵抗があるなぁ……。」
北嶺一士は苦笑しながら袖を通します。
「今は贅沢を言っていられません。我慢してください。」
「分かってる。」
そう答える北嶺一士の表情には、もう先ほどまでの怯えはありませんでした。私たちは隊形を整え、石橋の街を後にします。
夕暮れの空はゆっくりと群青色へ変わり始め、建物の影も次第に闇へ溶け込んでいきました。周囲を警戒しながら山道へ入る頃には、空はすっかり暗くなっています。誰一人として口数は多くありません。ですが、その沈黙は絶望ではなく、生き延びるという共通の意思が生み出した静けさでした。
時刻は19:30
辺りはすっかり暗くなり、山中をこれ以上進むのは危険と判断した私たちは、その場で野営することになりました。
それぞれが警戒区域を決め、交代要員を確認すると、残る隊員はスコップを手に取り、夜を明かすための塹壕を掘り始めます。疲労は限界に近づいていましたが、敵がいつ現れるか分からない以上、眠る場所すら自分たちで確保しなければなりません。
「紅林、調子はどう?」
「正直に言うと、痛みが強くなっています。」
理央先輩の問いに、紅林士長は無理に笑顔を作ろうとしましたが、その表情は苦痛に歪んでいました。東雲三曹が患部を確認すると、小さく眉をひそめます。
「患部に熱が出ていますね。現状、冷やすことしか出来ませんが……。」
私はタオルを水で濡らし、紅林士長の腫れ上がった頬へそっと当てました。氷でもあればもっと痛みを和らげられたのでしょう。しかし、今の私たちにそんな贅沢は望めません。貴重な水も節約しなければならず、冷やし続けることすら難しい状況でした。
(氷を持ってくるべきでしたね……。)
自分の判断の甘さを悔やみましたが、今さら後悔しても始まりません。
「大丈夫。我慢する。」
紅林士長はそう答えましたが、唇を噛み締める様子から、痛みが相当強いことは誰の目にも明らかでした。その時です。山の静寂を破るように、乾いた銃声が響きました。全員が作業の手を止め、一斉に顔を上げます。
「様子を見てきます。」
私がそう言うと、坂下二士がすぐに立ち上がりました。
「待って、私も行く。助けてもらった借りを返したい。それに、1人より2人の方がいいでしょ?」
「ジュリアさん……。」
その目に迷いはありませんでした。理央先輩は少し考えた後、小さく頷きます。
「グラップルワイヤーを使って、木を伝って移動しなさい。」
「了解。」
「あ、私、グラップルワイヤー苦手で……。」
私は苦笑すると、坂下二士を抱え、そのままグラップルワイヤーを射出しました。
2人の体は木々の間を滑るように移動し、銃声のした方向へ近づいていきます。思っていた以上に距離は近く、私たちは敵の背後へ回り込む形になりました。
枝葉の隙間から様子を窺うと、一個分隊ほどのグーリエ星人が前方へ攻撃を続けています。
(数は11。一個分隊か。味方は……500メートルほど先でかな。暗くて人数までは分からない)
「な、なあ、どうする?」
坂下二士の声にも緊張が滲んでいます。
(7、8人なら一気に倒せる自信はある。でも、もう夜だ。撃ち損じる危険も高いね……。)
考えを巡らせていた、その時でした。
「あ!」
坂下二士が小さく声を漏らします。
中央にいた敵兵が、左側の塹壕へ移動しようとした瞬間、前方から放たれた銃弾に倒れ込みました。
(弾薬はあそこ。右側が2人前進、中央からも2人……なら。)
「ジュリアさん、左の2人を狙って下さい。私が残りを仕留めます。」
「わ、分かった。任せろ。」
坂下二士は反対しませんでした。一度、私の戦い方を目の当たりにしているからでしょう。それでも、引き金に掛けた指は震えていました。
「準備が出来たら撃って下さい。」
「ああ……。」
彼女は深く息を吸い込み、ゆっくり吐き出します。
(こいつがいれば大丈夫………訓練を信じろ!)
坂下二士が引き金を引いた瞬間、私も同時に飛び出しました。
「ぐあっ!」
「何だ!?」
坂下二士は1人を撃ち倒しましたが、もう1人は仕留め切れません。私はその兵へ拳銃を2発撃ち込み、そのまま中央へ駆け込みます。
混乱した敵兵がこちらへ銃口を向けるより早く銃剣を振り抜き、1人、また1人と倒していきました。さらに敵の塹壕へ飛び込むと、右側から前進していた2人も至近距離から制圧します。
「す、すげぇ……。」
坂下二士は思わず息を呑んでいました。
後方を制圧された敵兵は完全に混乱し、前方で応戦していた味方部隊との挟撃によって、残る敵も次々と倒れていきます。ほどなくして銃声は止み、静寂が戻りました。
「助かった。礼を言う。」
戦っていた部隊の指揮官と思われる隊員が近付いてきます。第35普通科連隊第3中隊の久里浜 良仁三等陸佐でした。
その時でした。
「杏南!」
暗闇の向こうから、聞き慣れた声が響きます。一瞬、聞き間違いかと思いました。ですが、その姿を見た途端、胸が熱くなります。
「隼人!」
私は気付けば駆け出していました。隼人の前まで走ると、そのまま胸へ飛び込み、強く抱き締めます。
「隼人、隼人ぉ~。」
生きていた。その事実だけで、張り詰めていた心が一気にほどけそうになりました。
「ちょ、杏南……。皆が見てるから……。」
「それに、杏南と一緒にいたあの人、僕の事ずっと睨んでいるから……。」
隼人に耳元で囁かれ、私はようやく我に返ります。
「あ……。」
顔が熱くなるのを感じながら慌てて離れると、周囲では皆が苦笑していました。戦場の緊張が、その一瞬だけ和らぎます。
その後、私たちは理央先輩たちと久里浜三佐の部隊が合流し、それぞれがここまでの経緯を報告し合いました。
「僕は、敵に囲まれていたところを、吉良三尉、浅井一曹、奥戸三曹に助けられ、共に行動している時に手塚三曹とおち会った。そこから、久里浜三佐や芦屋三曹と合流し、態勢を整えようとしていた。しかし、ここまでの間に死んでしまった仲間もいる…。」
隼人が話してくれました。
久里浜三佐たちも、多くの仲間を失いながら各隊と合流し、この場所へたどり着いたこと。私たちも、捕らえられていた東雲三曹たちを救出し、武器と物資を確保しながらここまで来たこと。互いの報告が終わると、理央先輩は明日の行動予定を説明します。
「物資の確保は出来たけど、この人数だと少し少ないかなと。今日はここで一晩過ごし、明日の05:00に出発する予定です。久里浜三佐、明日以降の指示をお願いします。」
しかし、久里浜三佐は静かに首を振りました。
「いや、お前が指揮を取れ。」
「しかし、階級で言えば、久里浜三佐が……。」
「階級など、今はどうでもいい。この作戦はお前が立案し、それについてきた隊員たちだろう。俺が途中から指揮を執って混乱させるわけにはいかん。それに、お前が一番この状況を理解している。引き続き、指揮は任せる。それに、俺達はただ逃げ回ってただけにすぎん。」
その言葉に、周囲の隊員たちも次々と頷きます。
「瑛松二曹、お願いします。」
「私たちは、貴方がいなかったら敵兵に捕らわれてどうなったか分かりません。瑛松二曹だから着いていけるんです。」
理央先輩は少しだけ俯き、やがて決意したように顔を上げました。
「……分かりました。引き続き、指揮を取ります。」
その姿を見ながら、私は改めて思います。ここに至るまでに築いてきた信頼があったからこそ、久里浜三佐は指揮を託し、隊員たちも迷わず従ったのです。戦場では階級だけでは人は動きません。
人を動かすのは、その人自身への信頼なのだと、私は静かに実感していました。その夜、私たちは交代で警戒に当たりながら塹壕で眠りにつきました。
疲労は限界に達していましたが、隼人と再会できたこと、そして多くの仲間が生き延びていたことだけが、私たちの心を少しだけ温めてくれていました。
登場人物紹介
オグマ・シグニュス……まひるを殺したモグラ型獣人族
ガイネル・ノザクサ……シグニュスと同じ部隊のリザードマン
※理央が引っ張ってきた隊員達
渚 恭平(陸士長)
山下 裕介(陸士長)
一橋 剛(一等陸士)
苫米地 杏南(二等陸士)
久木田 怜(二等陸士)
※石橋で理央と合流した隊員達
東雲 舞夢(三等陸曹)
糸原 ツヅラ(三等陸曹)
紅林 珠(陸士長)
北嶺 百合果(一等陸士)
坂下 ジュリア(二等陸士)
※湯本へ向かう途中で理央と合流した隊員。
久里浜 良仁(三等陸佐)
吉良 幹丈(三等陸尉)
浅井 社(一等陸曹)
奥戸 健太(三等陸曹)
手塚 泰二郎(三等陸曹)
芦屋 仁(三等陸曹)
段場 隼人(二等陸士)
木山 拓哉(二等陸士)




