第66話 直感
苫米地杏南です。
無事、水や食料を確保した私達は、湯本を目指します。
「まずは、この ”ターンパイク箱根” を目指しましょう。そこで敵の状況をみてルートを決める。最短ルートで行きたいけど、それは敵に読まれていることを想定しましょう。」(理央)
「了解。」
物資を鹵獲したことで、私達の背嚢は重みを増しました。体力の消耗も相まって、これまでに感じた以上に ”ズシン“ と肩に食い込むような重さを感じます。1歩進むごとに、全身の疲労が皮膚を通して伝わってくるようでした。それでも、私達は進まねばなりません。
石橋の街を出ようとした時、目の前のビルに私は何かを感じるものがありました。直感という奴でしょうか。
「どうした、苫米地?」(山下)
「このビル、何故か気になるんです。何か放っておけないというか…。」(杏南)
「仲間が潜んでいるとか?」(渚)
「何も感じないけど…。」(一橋)
「俺達は、早く月白展望台へ向かわないといけない。ここで時間を使っている暇はないぞ。」(山下)
「うん、敵の姿も見えるようになった。急がないと。」(渚)
「…。」(杏南)
私は神経を研ぎ澄ませ、ビルに向けて耳を澄ませます。周囲の雑音、遠くの波の音、風が建物を撫でる微かな音、それら全てを遮断して、私はビルに意識を集中させます。
「…。床の軋みと鎖の音、衣擦れの音が聞こえます。5人。」(杏南)
「何を言ってるんだ。」(山下)
「グーリエ星人?」(渚)
「分かりません。敵か味方か…。ただ、仲間なら助けたいと思います。」(杏南)
「敵だったらそうする? 俺達の役目は…」(山下)
「待って。」(理央)
山下さんの言葉を遮って、理央先輩が続けます。
「敵であれば、さっきの戦闘で応援が来なかったのは不自然よ。こちらに気付いていないのか、あるいは身動きが取れない状況にあると考えるべき。無駄な戦闘は避けたいけど、確認してみましょう。」(理央)
「仲間が閉じ込められていると?」(山下)
「可能性の1つね。」(理央)
「仲間だったら助けないと!」(久木田)
私達は、このビルを調べることにしました。山下さんは納得していないようでしたが、理央先輩の決めたことだからと、渋々といった感じでしょうか。
「私が先頭で行きます。」(杏南)
「この階に気配は感じません。」(杏南)
「時間が惜しい。2階へ行きましょう。山下は後方を警戒して。」(理央)
「了解。」(山下)
罠が仕掛けられている可能性もあるので、慎重に進む私達。緊張が走ります。
「あの部屋、誰かいます。」(久木田)
久木田二士が何かに気付いたようです。私が感じた5人は、別の部屋だと思いますが、この部屋には何も感じません。
「確認だけしましょう。」(理央)
「僕が行きます。」(久木田)
久木田二士が部屋に入ると…。
「!!!!!」(久木田)
久木田二士は硬直したまま、ただ立ち尽くしています。
「どうした?」(一橋)
「マネキン?」(一橋)
戦闘服を着せられた5体のマネキンが、部屋の隅に並べられています。その不自然な光景は、戦慄と言うよりも、敵の悪意ある嘲笑のように感じられます。
「(漏らすかと思った…。)」(久木田)
「くそ、ふざけた真似を。」(一橋)
「……誰かが、ここで俺たちを見てるみたいだな。」(山下)
マネキンは罠の可能性もあるので、あえて触れず、私達は速やかに3階へ進みます。
「私が人の気配を感じたのは、ここです。」(杏南)
「鍵がかかっているね。」(渚)
「罠はなさそう。突入するよ。」(理央)
「1、2、3」(理央)
理央先輩の合図で、私達はドアを破壊し、中へ突入します。
「!?」(杏南)
「あなた達!?」(理央)
そこにいたのは、拘束された5人のWAC隊員でした。顔に傷がある人、中には下着姿の人もいて、ここで何をされていたかを察した私は、嫌悪感と怒りが込み上げてきました。
私と理央先輩で、彼女達の拘束を解き、事情を聴きます。
「私達、グーリエ星人に捕まって、ここに閉じ込められたの。」(坂下ジュリア二等陸士)
「奴ら、「軍曹殿のコレクションにしてやる」とか言ってた。」(北嶺百合果一等陸士)
「おとなしくしておけば、命は取らないと言っていたけど、紅林さんは、抵抗して殴られて…。」(糸原ツヅラ三等陸曹)
顔に痣のある紅林珠陸士長は、瞼が腫れあがって片目が塞がっています。衛生小隊所属の東雲三曹が、確認をしたところ、眼下底骨折の可能性があるようです。
「(コレクション? まさか…)」(杏南)
「あの、その軍曹は、モグラのグーリエ星人ですか?」(杏南)
「分からない。私を捕らえたのは、モンスターのような姿だった。」(東雲舞夢三等陸曹)
「私は猿みたいな奴にここに連れてこられた。」(坂下)
「みんなバラバラよ。わ、私は、大きな蜥蜴みたいな奴だった。抵抗した時にやられちゃったけどね…。」(紅林)
女性を捕らえる…。その後の展開は予想がつきます。想像すると、おぞましくて気分が悪くなりますね。
「私達は、私たちは補給任務で石橋に入った。ここで補給が出来たから、湯本を目指す。一度、御殿場の展望台へ戻って援軍を要請するつもりよ。貴方たちも協力して。」(瑛松)
「わ、分かりました。」(坂下)
「一度、死を覚悟した身です。勿論やりますよ。」(糸原)
「私はここに残るわ。こんな体じゃ、足手まといにしかならない。」(紅林)
「珠さん…。」(坂下)
「大丈夫ですよ。無理だと思ったら休んでてください! 仲間は1人でも多い方が心強いですから、紅林さんもついてきて下さい。」(杏南)
「珠さん、逃げるわよ。足手まといなんて言わせない。」(東雲)
勿論、楽観はしていません。「気持ち」でどうにかなるとも思っていません。ですが、ここで見捨てたら私は一生後悔するでしょう。目の前の仲間を救えなくて何が自衛官ですか。
「とりあえず、ここを脱出したいけど、外は敵兵がうろうろしている。そして、貴方たちは丸腰よね。」(瑛松)
「ええ、捕らえられた時に奪われました。」(糸原)
私は、理央先輩と目が合い、そして…。
「私が人数分の銃を鹵獲してきますね。」(苫米地)
「!?」(捕らわれていた一同)
彼女たちの表情は、驚きと呆れが入り混じっていた。
「あ、あんた何言ってるの?」(北嶺)
「外は敵だらけなんでしょう? 一人じゃ危ない。」(坂下)
彼女たちは、私の言葉を現実的な判断としてではなく、狂気じみた行動として捉えているようでした。仕方ありません。
「とはいえ、丸腰のまま外に出すわけにもいかない。他に案があれば別だけど。」(瑛松)
「ここに来た敵兵から奪えれば。」(東雲)
「敵が何人で来るか分からないわ。大勢で来られたら太刀打ち出来ない。こちらから攻めた方が良い。」(瑛松)
「大丈夫です。私、強いんで!」(杏南)
「ただし、無理は禁物よ。30分を過ぎたら、私たちは武器を持たずに脱出を試みる。」(瑛松)
自分でも、無謀なのは分かっています。ですが、皆が生きて帰るには、これが一番の策です。私の頭では、これ以上の作戦が思い浮かびません。という事で、石橋で敵兵を5人探すことになりました。
5人いるので、小銃は最低でも5挺必要になりますね。ということは、5人を仕留める。単純明快。時刻は17:12。残された時間は30分強ですね。ただ敵兵を見つけても、撃てばいいというものではありません。武器を鹵獲しなければなりません。その時に隙が出来てしまいます。どこに敵が潜んでいるかを把握して倒さないといけません。
集中しろ、神経を研ぎ澄ませ。どこに敵がいるか感じ取れ…。
5時の方向に足音。4人、いや5人? 敵? 味方? ここから見えるか?
私は、建物の陰から、恐る恐る外を覗きます。5時の方向。 予想通り、5体の人影が動いていました。その中には、特徴的なモグラの姿や、紅林陸士長を捕らえたと思われる大きな蜥蜴の影が見えます。あの部屋へ向かうようですね。
「(好機。運命か...)」(杏南)
他の場所を探す必要はない。奴らが仲間を侮辱した報いを受ける時だ。奴らはまだ、私に気付いていない。
ここで、討つ。
登場人物紹介
北嶺 百合果
生年月日:1999年8月19日 / 出身:静岡県
階級:一等陸士 / 所属:第10通信大隊第2通信中隊
備考:帝国兵に捕えられ、石橋に幽閉されていた。
坂下 ジュリア(さかした)
生年月日:2001年9月6日 / 出身:長野県
階級:二等陸士 / 所属:35普連3中隊
備考:モグラの姿をして帝国兵に捕えられ、石橋に幽閉されていた。
糸原 ツヅラ(いとはら)
生年月日:1995年4月13日 / 出身:三重県
階級:三等陸曹 / 所属:第4施設群364中隊所属
備考:帝国兵に捕えられ、石橋に幽閉されていた。
紅林 珠
生年月日:1997年2月12日 / 出身:奈良県
階級:陸士長 / 所属:第10特殊武器防護隊
備考:蜥蜴の姿をした帝国兵に捕えられ、石橋に幽閉されていた。片目を怪我している。
東雲 舞夢
生年月日:1993年11月23日 / 出身:東京都
階級:三等陸曹 /所属:34普連衛生小隊
備考:モンスターの姿をした帝国兵に捕えられ、石橋で幽閉される。看護師免許を持っている。
苫米地 杏南……本作のヒロイン
瑛松 理央……35普連2中隊の頼れる先輩
渚 恭平……脱サラして自衛官になった
山下 裕介……渚の同期
一橋 剛……35普連1中隊の一等陸士
久木田 怜……35普連1中隊の新人




