第65話 良心の天秤
苫米地杏南です。私達は今、理央先輩の指示で石橋の街中へ向かっていますが、当然、グーリエ星人とは戦闘中です。小隊規模で次々に襲ってくるグーリエ星人に対し、私達は、誰1人脱落することなく街へ向かっています。
タタタタン! タタタタン! タタタタン!
「キリがない…。」(久木田)
タタタタン! タタタタン!
「弾薬もそろそろ尽きそうだ。」(渚)
「倒した敵から鹵獲しましょう。弾薬の補充が出来ない以上、仕方がない。」(理央)
理央先輩は、手際よく敵兵の遺体から銃を奪うと、その銃から弾倉を抜き取り、弾薬が尽きそうな隊員に渡しました。
「…いいわ、このまま進む。」(理央)
「この状況で、正規の補給はない。使えるものは何でも使う。」(理央)
その言葉は、私達にこの戦場の非情さを改めて突きつけるようでした。こうしてその都度、敵兵の遺体から弾薬を鹵獲しながら、徐々に街へ近づいていきます。
街に入る手前、グーリエ星人が見張っていましたが、肉眼で捉えている限り、不気味なほど建物は綺麗です。グーリエ星人が生活する拠点にしている可能性もありますね。
「連中があそこにいるということは、この街に物資があるとみていいですね。」(渚)
「…あるいは、ここが "安全な罠" の核心か…。」(理央)
「瑛松二曹、ここで二手に分かれて、片方が街の外側を回りませんか?」(一橋)
「それは悪手よ。」(理央)
理央先輩は即座に否定します。
「ただでさえ人数が少ない。通信も使えない今、分かれてしまえば各個撃破されるリスクが高まる。この人数で突破するしか方法はない。戦力の集中が基本。無理な分散は、全員の命を危険に晒すことになるわ。」(理央)
「ひとまず、あの敵を倒しませんか?」(山下)
山下さんの言葉に、理央先輩は静かに頷きました。
「いいわ。作戦を伝える。」(理央)
理央先輩は、辺りの地形を素早く確認すると、小声で指示を出します。
「一橋、久木田、あなたたちは右側の建物の陰に隠れ、敵を引きつけて。渚、山下、あなたは左側から回り込んで、敵の側面を突く。苫米地、あなたは私と一緒にこの位置から援護射撃。」(理央)
「了解!」
理央先輩の命令を受け、皆が二手に分かれます。
「ふあ、暇だな…。」(オライ・オドリ陸軍二等兵)
「そりゃそうだろ。奇襲が成功したんだ。連中、ここまで来れるわけねーよ。」(コサック・ウェール陸軍二等兵)
「そうかもしれんが、それじゃぁ、俺に武功が出来ないじゃん。せっかく戦地に立てたのにさ。」(オドリ)
「馬鹿、俺達下っ端は与えられた任務をこなすだけよ。」(ウェール)
「お前は真面目だな。男なら、戦果を挙げて有名になりたいって思うもんだろ?」(オドリ)
「こらぁ! 話してないでちゃんと巡回しなさい!」(シエナ・ペティス陸軍一等兵)
「ちっ、あの耳長女…。」(オドリ)
「エルフな。いや、ハーフエルフだったか。」(ウェール)
「どっちでもいいわ!」(オドリ)
ペティスを恨めしそうに見るオドリ。彼は、前線で戦って名を上げたいようだが、補給線の警護を任され、不満があるようだった。
「ん? 何かいる?」(ウェール)
「野良猫じゃね?」(オドリ)
「だと良いけど…。」(ウェール)
「敵は来ないってお前が言ったんじゃねぇか。」(オドリ)
「そうだんだけどさ…。」(ウェール)
「あ、ペティスさんが…。」(ウェール)
ウェールが察知した場所へ、ペティスが確認へ行く。
「敵だ!」(ペティス)
パァン!
一橋と久木田に発砲するペティス。
「苫米地、2人を援護するよ!」(瑛松)
理央先輩の指示で私は、一橋一士と久木田二士に援護射撃を行います。
タタタタン! タタタタン!
「敵がこっちにも!?」(ペティス)
「(オライとコサックは?)」(ペティス)
ペティスは物陰に隠れ、2人の様子を目で追う。
「!?」(ペティス)
そこには、渚と山下に狙撃され、事切れた2人の姿があった。
「(一人じゃ無理。でも、どうする!? 帝国軍人たる者、敵前逃亡は恥!)」(ペティス)
パァン!
左右から挟撃されたペティスに逃げ場はなく、山下が撃った銃弾を心臓に受け、命を落とす。
「よし、当たりに敵はいないね。街に入ろう。」(理央)
石橋の街は、建物の倒壊もなく、雑草も生い茂っていません。住民の遺体や動物の死骸もなく、街は綺麗に整っていました。湯河原や真鶴とはまるで異なる風景に、私達は驚きを隠せません。
「奴らが拠点にするために整えたんでしょうか?」(一橋)
「分からない……けど、先に物資を探しましょう。」(理央)
街を詮索すると、コンビニやスーパーには商品が陳列されています。鍵が開いていたスーパーに入ると、その食品を見てまたも驚きました。
「野菜も果物も新鮮だ。」(渚)
「ここは敵の兵站拠点なのか?」(山下)
謎は深まるばかりです。
「今のうちに水や食料を運びましょう!」(一橋)
万引きしている気分になりましたが、ここは戦場、仕方のない事。そう言い聞かせ、水や食料を持っていく私達。その時…。
「誰だ!」
バックヤードの方から声がしました。聞いたことのない言語だったので、グーリエ星人なのが分かりました。なので、私達は銃を構えます。
「貴様ら、何をしている?」
現れたのは、私たちと外見の変わらない人間でした。今度は日本語で喋っています。一瞬、日本人なのかと思いましたが、私達に銃口を向けていたので、グーリエ星人だと判断しました。また、目の前の男を観察していると、シャツにグーリエ星人の階級章を外した跡が見えたので、私は迷わず発砲します。
パァン!
「長居は無用。行きましょう!」(杏南)
退散しながら、私はあの男のシャツにグーリエ星人の階級章の跡がついていたことを理由に発砲した事を説明しました。
「躊躇なく撃ったからびっくりしたぜ。」(山下)
「でも、よく気付いたね。」(渚)
さっきまで万引きした気分ですが、今は強盗殺人をした気分です。仕方のない事だと分かっています。それでも、胸のどこかで何かが軋む。良心と生存を天秤にかけた結果でした。
良心の痛む出来事でしたが、でも、撃たなければ死んでいたのは、私たちの方でした。
登場人物紹介
オライ・オドリ
種族・性別:ドワーフ族の男性
所属・階級:陸軍二等兵、小田原殲滅隊・第8補給支援連隊4大隊所属
備考:石橋の街付近を巡回中、山下の銃撃により死亡。
コサック・ウェール
種族・性別:ドワーフ族の男性
所属・階級:陸軍二等兵、小田原殲滅隊・第8補給支援連隊4大隊所属
備考:石橋の街付近を巡回中、山下の銃撃により死亡。
シエナ・ペティス
種族・性別:ハーフエルフの女性
所属・階級:陸軍一等兵、小田原殲滅隊・第8補給支援連隊4大隊所属
備考:オドリやウェールと違い、真面目に巡回していたが、それでも気が緩んでいたのは否めなかった。彼女も山下の銃撃に倒れる。
苫米地 杏南……本作のヒロイン
瑛松 理央……35普連2中隊所属の頼れる先輩
渚 恭平……脱サラして自衛官になった。
山下 裕介……渚と同期の陸士長。
一橋 剛……35普連1中隊の一等陸士
久木田 怜……35普連1中隊の新人
※帝国軍の階級章については、自衛官を養成する各機関の座学で学びます。なので、杏南はそれを覚えていましたが、どの階級かは分かりませんでした。しかし、衣類に残っている僅かな跡で見極める杏南の慧眼たるや。




