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外星戦記  作者: 無名の凡夫
第1章 初陣~オペレーション・ギデオン~

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第65話 怒り

――2020年9月30日 国道135号線周辺


「……もう少しだったのに。」


思わず漏れた声は、自分でも驚くほど小さく、震えていました。


「あの敵を……討ち取れなかった……。」


 

私は、苫米地杏南です。


爆風に巻き込まれた私は、幸いにも敵兵のいない斜面へ投げ出されました。地面へ叩き付けられた衝撃で背中を強く打ち、しばらくは息をすることさえ苦しかったものの、骨に異常はなさそうです。身体をゆっくり起こすと鈍い痛みが背中を走りましたが、それでも動けるだけ幸運でした。


少し離れた場所では、瑛松理央二曹が倒れています。駆け寄って呼び掛けてみましたが返事はありません。脈はあるものの、頭部を強く打ったらしく意識を失っているようでした。このままここへ寝かせておく訳にはいきません。


私は理央先輩の装具を握り、敵から見えにくい岩陰まで慎重に引きずっていきました。周囲を警戒しながら耳を澄ませますが、近くに敵兵が動く気配はありません。ひとまず身を隠すことはできました。


それでも胸の内は少しも落ち着きません。まひる先輩を殺した、あのモグラの姿が頭から離れないのです。仲間の亡骸を盾にして嘲笑い、挑発を繰り返したあの卑劣な敵。あの笑みを思い出すたび、胸の奥で静かに怒りが燃え上がります。私は必ず、あの敵を倒します。


怒りに身を任せるつもりはありません。しかし、この怒りだけは忘れてはいけないと思いました。それが、命を落とした先輩方へのせめてもの償いになるような気がしたのです。


その時でした。風に混じって、かすかな足音が聞こえてきます。私は反射的に89式小銃を構え、岩陰へ身体を寄せました。


足音は2人分。しかし、その後ろにはさらに複数の足音が続いています。敵でしょうか。それとも味方でしょうか。姿を確認できる距離まで引き付けるしかありません。


やがて国道脇の藪から飛び出してきた2人の姿を見て、私は安堵しました。


35普通科連隊第1中隊の一橋 剛一等陸士と久木田 怜二等陸士です。ですが、その表情に安堵の色はありませんでした。2人は必死にこちらへ走りながら、何度も後ろを振り返っています。その先には、4体のグーリエ星人が銃を構えたまま追撃していました。


「助けてくれ!」


久木田二士の悲鳴に近い叫び声が響きます。よく見ると、彼は小銃を失っていました。


爆風に巻き込まれた際に落としてしまったのでしょう。一橋一士から拳銃を借りてここまで退いてきたようですが、その拳銃も既に弾切れらしく、今は完全に丸腰でした。


一橋一士も決して余裕がある様子ではありません。小銃で応戦しながら後退していましたが、射撃の間隔が次第に長くなっています。弾薬の残りも少ないのでしょう。


私はすぐに状況を整理しました。理央先輩はまだ意識が戻りません。戦えるのは私だけです。


1対4――まともに撃ち合えば勝ち目はありません。だからこそ、私は引き金を引きませんでした。


敵は勝利を確信しているのか、隊形を崩したまま笑い声を上げ、一橋一士たちを追い立てています。その油断を待っていました。


(……今!)


照準を先頭の敵へ合わせます。引き金を絞ると、一発目の銃弾が敵の胸部へ命中しました。倒れた仲間に気を取られた2体目へ、間髪入れず照準を移します。続く射撃で2体目も倒れ、残る2体は慌てて遮蔽物へ飛び込みました。しかし、私は既に射撃位置を変えています。


側面へ回り込み、木々の隙間から姿を現した敵へ正確に2発撃ち込むと、その身体は大きく仰け反って倒れ込みました。


最後の一体は応戦しようと銃口を向けましたが、その瞬間には照準は既に頭部へ定まっています。乾いた銃声が辺りへ響き渡り、最後の敵もその場へ崩れ落ちました。


周囲は再び静寂に包まれます。一橋一士は大きく息を吐くと、肩で呼吸を整えながら私へ歩み寄りました。


「ありがとう、助かった。」


「ありがとうございました……。」


久木田二士も深く頭を下げます。私は銃口を下ろさないまま2人へ尋ねました。


「1中隊の状況は、どうなっていますか?」


一橋一士の表情が暗く沈みました。


「……ほとんどやられたよ。生き残っていた隊員もいたけど、途中ではぐれてしまって……今どうなっているかは……」


その言葉だけで十分でした。久木田二士も唇を噛み締めながら続けます。


「無線機も爆発で壊れてしまった。ここへ来るまでにも、多くの仲間が倒れていた」


私は理央先輩へ視線を向けました。まだ目を覚ます気配はありません。


「理央先輩が目を覚まされるまで、どこかへ身を隠しませんか?」


一橋一士は静かに頷きます。


「そうしたいところだけど、この人数で隠れられる場所はあるのか?」


「少し向こうで洞窟を見つけました。ただ……。」


「ただ?」


「敵が地中から奇襲を仕掛けてきたことを考えると、その洞窟も敵が掘ったものかもしれません。中に潜んでいる可能性もあります。」


一橋一士は少し考え込んだ後、小さく息を吐きました。


「危険はあるが、このまま開けた場所へ留まるよりはマシだろう」


「私が先に中を確認してきます。一橋一士と久木田二士は、その間に理央先輩をお願いします。もし理央先輩が目を覚まされなければ、理央先輩の89式を使ってください。」


「分かった。」


2人の返事を確認すると、私は自分の拳銃を久木田二士へ渡し、89式小銃だけを手に洞窟の入口へ向かいました。


薄暗い洞内へ慎重に足を踏み入れ、壁沿いにゆっくり進んでいくと、不意に奥から人影が立ち上がります。


「……おや? 黒んぼ。生きていたの?」


聞こえてきた第一声に、私は思わず足を止めました。そこに立っていたのは、天津種麗二佐でした。


兵站拠点が奇襲を受けたあと、行方が分からなくなっていた中隊長です。


私を見つめるその表情には安堵も緊張もなく、まるで演習場で偶然部下と顔を合わせたかのような落ち着きがありました。ですが、その第一声は到底受け入れられるものではありませんでした。


肌の色を揶揄するような呼び方。戦場の只中で部下へ向ける言葉とは思えません。胸の奥で怒りが込み上げます。それでも私は感情を押し殺し、努めて平静を装いました。


「天津種二佐、ご無事だったのですね。」


「ええ。兵站拠点が壊滅したと聞いて、こちらへ退避したの。しばらくここを指揮所代わりに使おうと思っているわ。」


私は洞窟の壁へ視線を移しました。掘削面には新しい土が露出し、重機か大型の掘削装備で削られた痕跡が残っています。あのモグラやその仲間が掘った坑道だとしても不思議ではありません。


「天津種二佐、この洞窟ですが、敵が掘った可能性があります。内部は確認されましたか?」


「一通り見たけれど、敵はいなかったわ。」


天津種二佐は淡々と答えます。


「今のところ安全だと思う。」


――今のところ。その言葉が妙に引っ掛かりました。敵がいないことと、安全であることは同じではありません。


ですが、この場で議論している余裕はありませんでした。外では理央先輩が意識を失ったまま横たわっています。私は洞窟の入口まで戻り、一橋一士と久木田二士へ声を掛けました。


「天津種二佐がおられます。中に敵兵はいないようです。理央先輩を運びましょう。」


3人で理央先輩を慎重に運び込み、入口から少し離れた場所へ寝かせます。私は背嚢を枕代わりにして頭を少し高くし、呼吸と脈を確認しました。容体に大きな変化はありません。意識さえ戻れば、まだ戦えるはずです。


そう願っていると、天津種二佐が理央先輩を見下ろしながら口を開きました。


「その眼鏡の人、まだ生きているの?」


私は思わず顔を上げました。


「気を失っているだけです。」


「そう。」


天津種二佐は興味なさそうに頷くと、続けて信じられないことを口にしました。


「だったら置いていきなさい。」


一瞬、言葉の意味が理解できませんでした。


「……え?」


「戦場で意識を失うような隊員を抱えて動けば、全員が危険になるわ。いつ戦力として戻れるか分からない以上、切り離すべきよ。」


洞窟の空気が凍り付きました。私は理央先輩の方を見ました。つい先ほどまで敵の猛攻の中で私を援護してくださっていた先輩です。その人を、戦えないから捨てろと言うのでしょうか。


「二佐……。」


声が震えるのを抑えられませんでした。


「理央先輩は生きています。まだ助けられるんです。」


「感情論ね。」


天津種二佐は表情を変えません。


「戦場で必要なのは生存率を上げる判断よ。1人を守るために3人が死ぬくらいなら、1人を切り捨てる方が合理的でしょう。」


その言葉を聞き、一橋一士が静かに顔をしかめました。


「……それは違います。」


「自分たちは仲間を見捨てるために戦っているわけじゃありません。」


久木田二士も俯いたまま拳を強く握り締めました。


「そんな命令……従えません。」


天津種二佐は小さく肩をすくめます。


「あなたたちは甘いわ。」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが音を立てて切れそうになりました。まひる先輩が命を落とし、理央先輩は意識を失い、隼人たちは今もどこかで戦っています。誰も好きで倒れたわけではありません。


それなのに、この人は命を数字のように扱い、切り捨てることだけを正解だと言い切るのです。


(……違う…この人は、戦場を知らない。命令書や教範だけでは、人は動かない。私たちは、人だから戦えるんだ)


怒りで身体が震えます。ですが、ここで感情に任せて言い返せば、味方同士で争うだけです。私は深く息を吸い込み、何とか自分を落ち着かせました。


(今は我慢。理央先輩の意識が戻れば、ここを離れる。この人と一緒に行動する必要はない)


そう自分へ言い聞かせながら、私は洞窟の入口へ視線を向けました。その時、外から複数の足音が近付いてくるのが聞こえました。


私は銃を構え、警戒します。


「苫米地さん?」


渚士長と山下士長でした。


登場人物紹介

苫米地とまべち 杏南あんな……本編のヒロイン

瑛松えいまつ 理央りお……35普連2中隊の頼れる先輩

天津種あまつたね うらら……35普連2中隊の新しい中隊長

一橋ひとつばし ごう……35普連1中隊の一等陸士

久木田くきた れい……同 1中隊の二等陸士

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ミリタリー SF ファンタジー 自衛隊 戦争
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