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外星戦記  作者: 無名の凡夫
第1章 初陣~オペレーション・ギデオン~

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第63話 奇襲

 ――2020年9月30日 国道135号線付近――


地面が爆ぜた。


爆風ではない。まるで大地そのものが生き物のように蠢き、舗装された道路を押し割りながら黒い土砂を噴き上げる。


土煙の中から現れたのは、灰褐色の体毛に覆われたモグラのようなグーリエ星人だった。その両腕には、巨大なドリル型掘削装置へと置き換えられている。


「ヒャッハー! 奇襲成功だ! 全員皆殺しにしろ!」

※オグマ・シグニュス軍曹、小田原殲滅隊「第3奇襲連隊」所属


甲高い笑い声を上げながら現れたその男の両腕には、巨大な鋼鉄製のドリルが装着されていた。高速で回転する刃先が土砂を巻き上げ、火花を散らす。


地中を掘り進むための装備――いや、あれ自体が巨大な近接兵器だった。



敵は、地中から飛び出した勢いをそのまま殺さず、一直線に魚見陸士長へ襲い掛かった。


「魚見陸士長」


叫ぶ間もなかった。シグニュスの腕が、不自然なほど長く伸びる。


「……え?」


魚見陸士長が目を見開いた、その瞬間だった。回転するドリルが防弾チョッキごと腹部を貫き、肉を引き裂く鈍い音が周囲に響く。鮮血が飛び散り、魚見陸士長の身体は力なく地面へ崩れ落ちた。


ほんの数秒前まで笑顔で話していた女性が、もう二度と立ち上がることはない。僕はその現実を理解できず、ただ立ち尽くしていた。


「まひる先輩ッ!」


誰よりも早く動いたのは杏南だった。89式小銃を背へ払い、銃剣を抜く。地面を蹴った瞬間、その瞳からいつもの柔らかな光は完全に消えていた。怒りだけが宿っている。


鋭い踏み込みから放たれた刺突を、モグラは紙一重でかわすと、楽しげに口笛を吹いた。


「おっと、結構やるじゃねえか」


その余裕は長く続かなかった。乾いた銃声が一発。弾丸がシグニュスの頭部を掠めた。


「痛ぇ!」


瑛松二曹だった。彼女は冷静そのものだった。呼吸は乱れず、照準もぶれない。まるで射撃訓練の延長であるかのような正確さで、2発、3発と続けて撃ち込む。


モグラは身を翻してかわしながら、舌なめずりするように瑛松二曹を見つめた。


「いい女じゃねぇか。殺すには惜しい。生け捕りにして俺のコレクションに加えてやるよ」


あえて日本語で話している。こちらを怒らせるためだ。分かっていても、血が逆流するような怒りが込み上げる。僕は夢中で引き金を引いた。だが弾丸は当たらない。


モグラは人間離れした反応速度で左右へ跳び、杏南の銃剣も、瑛松二曹の射撃も紙一重でかわしていく。そして次の瞬間、さらに卑劣な行動に出た。


足元に倒れていた隊員の亡骸を片手で持ち上げ、その身体を盾代わりに構えたのである。


「ほら、撃ってみろよ」


にやりと笑う。


「仲間だろ?」


銃口の向こうに見えた顔を、僕は知っていた。


今朝、「生きて帰りましょう」と笑い合ったばかりの隊員だった。引き金を引けば、その亡骸へさらに弾丸を撃ち込むことになる。


「この野郎ッ!」


怒りに任せて一歩踏み出そうとした、その時だった。


「段場!」


鋭い声が飛ぶ。


「感情で戦うな!」


瑛松二曹だった。彼女はシグニュスから目を離さないまま叫ぶ。


「苫米地もよ! 2人とも冷静になりなさい!」


その一喝で空気が変わった。杏南の呼吸が整う。さっきまで怒りだけで突っ込んでいた足運びが消え、一歩一歩が洗練されていく。逆に、モグラの表情からは余裕が失われ始めていた。


「ちっ……」


その瞬間だった。


「油断するな!」


低い怒声が響く。


別方向から飛来した銃弾が杏南の足元を抉り、体勢が大きく崩れた。


リザードマンの援護射撃だった。長身の兵士が木陰から姿を現し、正確な連射で杏南の動きを封じている。


「ガイ!」


モグラが笑う。


その隙を逃さず、ドリルが杏南の顔面へ一直線に突き出された。普通なら避けられない。だが杏南は違った。


身体を半身にひねり、紙一重で回転刃をかわすと、左手でホルスターから拳銃を引き抜く。乾いた銃声が2発。


最初の一発が左肘を撃ち抜き、続く2発目が右肘を正確に貫いた。


「なっ……!」


両腕の力を失ったモグラの体勢が崩れる。杏南は迷わず踏み込み、足払いで巨体を地面へ叩きつけた。砂埃の中、拳銃の銃口がモグラの額へ突き付けられる。


あと引き金を引けば終わる。誰もがそう思った。しかし、その瞬間、無線機から悲鳴にも似た報告が飛び込んできた。


「海上より敵部隊接近! 大隊規模!」


続けて別の通信が重なる。


「後方より敵影!」


さらに別方向から。


「前方にも敵部隊を確認!」


そして最後に、砲兵観測員の絶叫が戦場を切り裂いた。


「砲撃来ます! 伏せろッ!」


次の瞬間、世界が白く弾けた。


爆発が連続し、国道135号線のアスファルトがめくれ上がる。道路脇の法面は崩れ、ガードレールが飴細工のようにひしゃげて宙を舞った。アスファルトに開いた穴や道路脇の法面から、敵兵が次々と這い出してくる。


「杏南!」


叫んでも返事はない。


爆発音と銃声が声を飲み込み、誰の叫びなのかも判別できない怒号だけが四方から押し寄せてきた。無線からは切迫した報告が次々に流れ込む。


『後方より敵部隊!』


『海上の敵、上陸開始!』


『戦車前進! 戦車前進!』


そのどれもが最悪だった。僕らは一方向の敵と戦っていたはずなのに、気づけば全周囲から攻撃を受けている。まるで最初からこの場所へ誘い込まれていたようだった。


さらに、聞き慣れた声が無線機から飛び込んでくる。


『……砲兵部隊は壊滅。兵站拠点も敵の奇襲を受けた……』


荒い息遣いの向こうで、誰かが苦しそうに咳き込む。


『賀井連隊長以下、拠点に残留していた部隊は……』


そこで大きな破裂音が響いた。続いて短い呻き声が聞こえ、それきり通信は途絶えた。兵站拠点が落ちた。その事実だけで十分だった。僕の背筋を冷たいものが這い上がる。


後方を失った。それは、この戦場では「逃げ場を失った」と同義だった。その時だった。


「うわああああああッ!」


すぐ近くで木山が絶叫する。振り向くと、彼は目を見開いたまま89式小銃を乱射していた。敵を狙っているのではない。ただ恐怖から引き金を引き続けているだけだった。


「木山! 撃つな!」


僕は必死に叫ぶ。


「落ち着け! 味方がいる!」


僕の叫びは届かなかった。


木山の放った銃弾が、前方へ展開していた瀧嶋二曹の背中を貫く。続いて中嶋一士も胸を押さえてその場に崩れ落ちた。2人とも敵弾ではない。味方の銃弾だった。


「……っ!」


木山の弾だった。僕は凍り付く。敵ではない。仲間を撃ってしまった。


「木山!」


駆け寄って肩を掴む。


「今撃ったのは味方だ!」


木山の瞳からようやく焦点が戻る。彼は倒れた2人を見つめ、自分の手元の小銃を見下ろした。


「……俺が?」


声が震えている。


「俺が……撃ったのか?」


数秒の沈黙が流れる。やがて木山は頭を抱え、その場へ崩れ落ちた。


「ああ……」


喉の奥から漏れる声は泣き声とも呻きともつかなかった。


「俺は……俺は何てことを……」


次の瞬間、彼は狂ったように叫び始めた。


「うわああああああああああああ!」


小銃を放り投げ、自分の頭を何度も叩く。完全に心が折れていた。戦える状態ではない。それでも敵は待ってくれない。銃声が近づいてくる。


煙の向こうから敵兵が次々と姿を現し、こちらへじりじりと距離を詰めていた。僕は木山の前へ立つ。残った弾倉を確かめる――少ない。周囲を見回しても味方の姿はほとんど見えない。皆、それぞれの戦闘に巻き込まれ、完全に分断されていた。


「……終わりか。」


思わず口をついて出た。逃げ道はない。援軍も見えない。木山は戦えない。僕一人で、この数を相手にできるはずがなかった。


不思議と恐怖は薄れていた。代わりに胸へ広がっていくのは、静かな諦めだった。


僕の脳裏には、静流や杏南、両親の顔が浮かんできた。小学2年の頃、静流を泣かせた当時のクラスメイトと喧嘩したこと、家族で熱海に旅行へ行ったこと、杏南との出会い、尊敬できる先輩方との出会い…。走馬灯が頭を駆け巡る。


(……ああ。)


本当に死ぬ時って、こういうものなんだ。最後に静流へ何を伝えよう。そんなことを考え始めた自分に気付き、僕は苦笑した。もう覚悟してしまっている。その時だった。


「まだ立てるか?」


低く落ち着いた声が聞こえた。聞き慣れた声だった。振り向くと、地頭曹長が敵兵へ正確な射撃を加えながら駆け寄ってくる。その左右には、34普連3中隊長の花井 賢人三佐、山田 士之介三曹が敵兵を撃ちながら駆け寄ってきた。


「段場!」


地頭曹長は僕の肩を強く叩く。


「死ぬのはまだ早い。立て。」


その一言だけで十分だった。張り詰めていた糸が切れそうだった心へ、再び力が戻ってくる。絶望的な状況であることは変わらない。それでも、背中を預けられる先輩がいる。それだけで、人はもう一度立ち上がれるのだと、僕は初めて知った。

登場人物紹介

オグマ・シグニュス

種族・性別:モグラ型獣人族の男性

所属・階級:陸軍軍曹、小田原殲滅隊「第3奇襲連隊」

備考:石橋付近に穴を掘り、地中からの奇襲を行う。女癖が悪い。「皆殺し」と言うなら、「全員」は必要ないのだが…。彼のおつむを物語っている。


ガイネル・ノザクサ

種族・性別:リザードマンの男性

所属・階級:陸軍軍曹、シグニュスと同じ部隊に所属

備考:「ガイ」と呼ばれた兵士。シグニュスとは違い硬派


段場だんば 隼人はやと……本編の主人公、敵に囲まれて死を覚悟した

苫米地とまべち 杏南あんな……隼人の同期で恋人

魚見うおみ まひる……シグニュスの攻撃によって死亡。享年21歳

瑛松えいまつ 理央りお……35普連2中隊所属。敵の奇襲にも冷静に対応。

木山きやま 拓哉たくや……隼人や杏南と同期。敵の奇襲にパニックとなり、味方を誤射してしまう。

賀井がい 双一郎そういちろう……34普連の連隊長。真鶴の兵站拠点で襲撃され死亡。享年51歳。

中嶋なかじま あさひ……ゆずり葉学園で遺骨や遺品を月白展望台に届けた隊員。木山の誤射により死亡。

瀧嶋たきしま 達世たつよし……ゆずり葉学園で先陣を切った隊員。木山の誤射により死亡。享年32歳。

花井はない 賢人けんと……34普連3中隊の中隊長

地頭じとう 孝之たかゆき……35普連2中隊の頼れるベテラン

山田やまだ 士之介しのすけ……34普連3中隊所属。



※モグラ型の獣人族は、穴を掘る技術に長けています。小さい穴なら素手で掘れますが、大規模な穴は重機や装備品を使わないと掘るのに時間がかかります。大規模な穴掘りは、両腕にドリル型の装備品を着けて穴を掘ります。このドリル型の装備は、近接戦闘で武器にもなります。また、モグラ型獣人は、薄暗い場所を好みますが、陽の光を浴びても問題ありません。

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ミリタリー SF ファンタジー 自衛隊 戦争
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