第59話 新しい中隊長
――2020年9月29日 8:00 真鶴町兵站拠点(星山さつき公園)
今日は石橋にて新たな兵站拠点を築く。拠点の襲撃で、予定より足止めされてしまったが、それでも横須賀に近づいている。まずは、新しい兵站拠点候補地へ移動し、その近辺を重点的に哨戒する。
402施設中隊が合流し、そして、僕ら35普連2中隊は、新しい中隊長を紹介された。
「天津種です。よろしく。」(天津種麗二等陸佐)
年齢は、園山中隊長と同じくらいかな?その声は、張り詰めた空気の中、妙に澄んで聞こえた。僕ら隊員は思わず背筋を伸ばしたが、彼女は僕らの反応にすら興味がないかのように、ただ真っ直ぐに立っていた。
「前線に赴くのは初めてだ。和戸、サポートしてやってくれ。」(片桐)
「了解しました。」(和戸)
「前線に…初めて?」(木山)
その言葉に、僕ら若手隊員の中に動揺が走った。これまで最前線で戦ってきた僕らに、実戦経験のない指揮官が来る。その事実に、不安と不信感が芽生え始めていた。和戸一尉も、困ったような顔をしていた。
和戸一尉の表情は気になるところだが、僕らは出発の準備を始める。和戸一尉と新中隊長との引継ぎが終われば出発だ。
――― 8:40 真鶴町兵異端拠点(星山さつき公園)を出発
「あの…和戸一尉、気のせいだとは思うのですが、新中隊長が自己紹介されていた時、困ったような表情をされていませんでした?」(隼人)
僕は正直に聞いてみた。ここは戦場だ。何か不安要素があるのなら、それは取り除きたい。
「ん? ああ…そんな顔してたか。天津種中隊長は、防大の同期で同じ中隊だったんだ。」(和戸)
「そうなんですか。」(隼人)
同期であれば、同じ現場にいれば安心しそうなものだが、困った表情ということは、何か問題のある人なんだろうか。
「現場で困るのもなんだ、正直に話すよ。中隊長は、学業は優秀だったんだが、現場での対応力に難があってな…。想定外の事態では対応力がな……。」(和戸)
「無能ってことですか?」(木山)
「おい、木山!」(隼人)
「そこまでは言っていないだろう」と、僕は木山へ注意した。その奥で、魚見陸士長が思わず噴き出したのを見逃さなかった。
「う~ん…そうならないといいな、としか…。」(和戸)
和戸一尉はさらに困った顔になった。
拠点候補地に着いた。僕らはこれから哨戒任務だが、天津種中隊長は、地図と周囲の景色を何度も見比べ、落ち着かない様子だった。彼女の視線は、園山中隊長や、橋本中隊長と比較しても、戦場を経験した指揮官のそれとはまるで違っていた。隊の緊張は、敵の存在ではなく、彼女の表面的な威圧感の裏に隠された不安定さによって高まっていた。
「早く集まりなさい!」(天津種)
その声は、まるで練兵場の教官のように、高圧的で耳に痛かった。隊員たちが迅速に集結すると、彼女は慌てたように地図を広げた。
「これから哨戒任務を行う。どこに敵が潜んでいるか分からないので心してかかるように.……あ、分かれ!」(天津種)
彼女は、まるで指示を誰かに代読してもらっているかのように、一瞬言葉に詰まった。その場にいた誰もが、彼女の経験不足を確信した瞬間だった。
哨戒中のエリアは、山の中で民家は少ないが、廃墟となっている建物はなく、樹木も含め綺麗に整備されていた。道路も綺麗に舗装されており、ここがグーリエ星人の占領下になるとは思えない程だ。
地元に残っている住民に避難誘導を促したら、避難用の地下シェルターも作っているようで、その場所へ避難するとの事だった。そのシェルターに案内してもらったが、急ごしらえとは思えない、立派な造りだった。
「(これを住民だけで造ったのか?)」(隼人)
僕は違和感を覚えたが、それでも無事避難できるのなら、さほど気にしなくてもいいのか? グーリエ星人が仕掛けた罠でなければ問題ないと思うけど…。
シェルターから離れた時、木山が何かを見つけた。
「あ、あれ…。」(木山)
木山が見つけたのは、何か工作活動をしているグーリエ星人だった。数は…10体…。
「どうします?」(須田)
須田二曹が、和戸一尉に問う。
「何をしているかは知らんが、これは放置できない。敵は10体。今のうちに掃討しよう。」(和戸)
「待て!ここは退却し、体制を立て直す。敵が何してくるか分からない以上、戦闘は避けるべきだ!」(天津種)
周囲の静寂に響く、天津種中隊長の声。あまりに大きな声だったため、僕らの居場所が敵に筒抜けになっていることは明らかだった。絶句する先輩方。そりゃそうだ。これは新人の僕も絶句する。
「…な、何をしている!?すぐに戦闘用意!」(天津種)
彼女は、自分が出した命令を自ら覆した。その矛盾した指示に、隊員たちの間には一層の混乱が広がった。
「(腹が立つ。なぜ、現場の状況を無視する?なぜ、自分の失敗を認めない?このままでは、皆が危ない…。)」(隼人)
しかし、和戸一尉が瞬時に地頭曹長、江鹿一曹に指示を出し、即座に連携して敵10体を掃討した。
天津種中隊長は、ただ「撃て!」と叫ぶばかりだったが、僕らの攻撃は正確だった。――尤も、僕の銃弾が当たっていないけど。敵はあっという間に掃討された。戦闘時間はわずか数分。全員が安堵の息を漏らしたその時、突如、廃墟の陰から銃声が轟いた。
パァン!
「うわあ…」(鈴木)
「伏兵だ!鈴木が撃たれた!」(江鹿)
江鹿一曹が叫ぶ。鈴木一士が利き腕を血に染めて、呻き声を上げていた。幸い、命に別状はなかったが、その光景に隊員たちの顔から血の気が引いた。
新たに10体の敵が、廃墟の陰から一斉に姿を現す。更に、遠くから重い砲撃音が響き渡り、僕らのいる場所に砲弾が着弾した。
「伏兵と砲撃…。」(和戸)
「10体だけか、工兵か?」(地頭)
天津種中隊長は、その光景に固まり、口をパクパクと動かすだけで、何も言葉を発することができなかった。銃声が続いているはずなのに、彼女には何も聞こえていないかのようだった。彼女の顔からは血の気が引き、目に宿っていた強気が完全に消え失せていた。
「わ、和戸、状況判断を!」(天津種)
その声には、先ほどの威圧的な態度はなく、ただの怯えが滲んでいた。和戸一尉は、そんな彼女を一瞥し、即座に無線で指示を飛ばした。
「全員、散開!地頭、亜久、西側を抑えろ! 江鹿、瑛松、中西、中隊長の護衛を!」(和戸)
和戸一尉は、伏兵を倒すために的確な指示を次々と出した。地頭曹長たちの連携と、江鹿一曹や瑛松二曹の正確な射撃で、伏兵はあっという間に制圧された。その時、遠くから別の爆発音が聞こえ、通信機に杏南の声が響いた。
「こちらも終わりました。」(杏南)
別の方向から杏南がひょっこりと姿を見せた。和戸一尉等が敵の伏兵と戦っている間、杏南は迫撃砲の位置を正確に把握し、掃討に向かっていたそうだ。
「はあはあ、苫米地、はえーよ。」(愛元省向二等陸士)
「はあはあ、でも、流石だよ。」(小城)
遅れて愛元と小城が戻ってきた。
「さすがに1人じゃ無謀だからね。2人に援護を頼んだんだ。」(杏南)
「急に言われてびっくりしたけど、上手くいって良かったよ。」(和戸)
杏南は、和戸一尉に自身が敵の砲兵を倒すことを具申していたようだ。杏南が凄いのは、まあ今更だけど、それについていった愛元と小城も同期の中では優秀な奴だった。その2人が息を切らしているのに、杏南は平然としているから、やっぱり杏南は別格だ。…少し嫉妬する。
「勝った…!」(隼人)
僕は思わず声に出した。まあ、僕の射撃は当たらなかったんだけど。
天津種中隊長は、戦闘の様子を見ながら、ただただ震える手で地図を握りしめていた。自分の存在意義が、この戦場にはない。ただの足手まといだ。そう現実を突きつけられたように、彼女は絶望的な表情を浮かべた。
その顔を見て、僕は初めて確信した。この人は、この戦場に立つべき人ではない。
登場人物紹介
天津種 麗
生年月日:1977年7月21日 / 出身:愛知県
階級:二等陸佐 / 役職:35普連本部管理中隊→35普連2中隊中隊長
備考:戦死した園山の後継として35普連2中隊の中隊長を務める。これまで、現場に出たことは災害派遣のみで、戦場に出たことはないため、経験不足を露呈している。プライドが高い。
愛元 省向
生年月日:2001年11月4日 / 出身:愛知県
階級:二等陸士 / 所属:35普連2中隊
備考:隼人や杏南の同期。隼人曰く「優秀な同期」
段場 隼人……本編の主人公。
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人
木山 拓哉……隼人と杏南の同期
片桐 初……35普連の連隊長
和戸 一暁……35普連2中隊の中隊長代理だった
地頭 孝之……35普連2中隊の頼れるベテラン
江鹿 彬……35普連2中隊の頼れるベテラン
瑛松 理央……35普連2中隊の二等陸曹
須田 寿一……35普連2中隊の二等陸曹
新山 岳……35普連2中隊の三等陸曹
中西 蛍……35普連2中隊の三等陸曹
魚見 まひる……35普連2中隊のムードメーカー
鈴木 太陽……35普連2中隊の一等陸士。腕を負傷
小城 聖太……隼人や杏南の同期で、隼人曰く「優秀な同期
※




