第57話 鉄塊の堕つる空
――2020年9月25日 9:50 ゆずり葉学園高校体育館――
少し仮眠が取れてスッキリしている。昨夜の瑛松二曹の件で悶々とした感情も、熟睡したおかげで切り替え…ることは出来なかった。益子一士が、ここでは言えない内容を、下品な笑みを浮かべながら逐一報告してくるからだ。
益子一士の声は、静まり返った体育館に妙に響いた。疲労からか、多くの隊員が物言わず、ただぼんやりと天井を見つめている。誰1人として益子一士を止めようとする者はいなかった。亜久二曹や、瑛松二曹ですら…。皆、見ないふり、聞かないふりをすることで、かろうじて正気を保っているようにも見えた。
10:00、僕ら35普連も出発し、「星山さつき公園」へ向かった。
星山さつき公園への道なりは、近づくほど道が険しく、道の改修が必要だった。しかし、駅裏の拠点を潰された時に、多くの施設科隊員が亡くなった。かろうじて生き残った施設科隊員を総動員しても、改修するまでに時間を要する。
一方、要塞としては申し分なく、標高が400m程。東海道本線を見下ろす位置にある。駅裏の拠点を潰された時の装甲列車からの砲撃が届く可能性も低く、相模湾の様子も一望できる。
「標高400メートル、射程外の安全圏……。データ上は完璧だな。悪くない」(片桐)
片桐連隊長が双眼鏡を覗きながら頷く。眼下には、帝国が支配する東海道本線のレールが細い銀の糸のように伸びている。 あの日、駅裏の拠点を地獄に変えた軍装甲列車の巨砲も、ここまでは届かない。弾道学の計算上、この高低差と距離を克服できる砲弾は、少なくとも僕らが知る火器の中には存在しなかった。
「……? なんだ、あれ。」(木山)
木山が空を指差した。 東海道本線の遙か先、陽炎が立つ線路の上に、漆黒の巨躯――あの装甲列車が姿を現していた。だが、おかしい。列車は停車することなく、加速を続けている。
「止まらないのか……? あの速度で撃てば、反動で脱線するはずだ……」(地頭)
嫌な予感がした。そして、すぐに現実となった。 列車の先頭車両から、不自然な「青い火花」が散る。
「伏せろッ!!」(和戸)
和戸一尉の絶叫と同時に、列車の主砲が火を噴いた。 本来なら、その砲弾は放物線を描いて公園の遥か手前で失速するはずだった。しかし、放たれた黒い弾丸は、空間を歪ませるような不気味な唸りを上げ、落ちる気配すら見せず一直線に空を切り裂いてきた。
ドォォォォォンッ!!
公園の入り口付近が爆発し、地形が変わるほどの衝撃が僕らを襲った。
「うあああッ!」(木山)
「嘘だろ……届くのかよ、あそこから!」(山下)
山下陸士長が、土を噛みながら絶叫する。標高400mの「要塞」が一瞬にして、ただの「的」へと成り下がった。あの装甲列車は、魔法的な加速装置、あるいは弾道を歪める重力制御を組み込んでいるのだろうか?
「ああ、もう駄目だ…。安全な場所なんてどこにもない…」(木山)
しかし……
「保険をかけといて良かった。」(片桐)
片桐連隊長は、爆風で乱れた前髪を払うこともせず――いや、前髪はなかった――無線機を手に取った。 動揺する僕らの視線の先、砂塵の向こうから現れたのは、35普連が誇る重火力の要――「重迫撃砲中隊」の面々だった。
「重迫中隊、展開完了しています! 各砲、データ入力済み!」(坂本崇35普連重迫撃砲中隊中隊長)
公園の斜面、巧みにカモフラージュされた位置に据えられた120mm迫撃砲RTが、一斉にその太い砲身を空へ向けた。
「あの列車の砲撃は、電磁加速か何かで弾道を直線化している。だが、それはあくまで”見通し線内”の理屈だ。山なりの放物線で叩き込む、我らの迫撃砲の伝統的な射法までは上書きできんよ。――撃てッ!」(片桐)
連隊長の号令。 ドンッ、ドンッ、と、腹に響く重厚な発射音が連続する。 装甲列車からの直線的な「超科学の矢」に対し、自衛隊は400メートルの高低差を最大限に利用した、重量弾による「天罰」を撃ち返したのだ。空から降り注ぐ120mm砲弾が、装甲列車の周囲に着弾し、線路脇の土砂を高く吹き上げる。
「当たれ……当たれッ!」(木山)
木山が拳を握りしめて叫ぶ。しかし、装甲列車もさるもの。着弾の瞬間、車体から電磁的な斥力フィールドのようなものを展開し、直撃の衝撃を逸らしていく。
「チッ、やはり一筋縄ではいかないか。……102、出番だ!」(片桐)
その声を待っていたかのように、接近する複数の影があった。 第1ヘリコプター団・第102飛行隊。特殊作戦を支える空の精鋭たちが駆る、漆黒のUH-60JAだ。
「こちら”サンダー01”。これより列車の "脚" を止める。地上部隊は爆風に備えよ」
「目標補足、列車先頭部、ロック」
ヘリの両脇に懸架された対戦車ミサイル「ヘルファイア」が、白煙を引いて放たれた。 装甲列車が次弾を放とうと砲身をこちらに向けた瞬間、その「先頭車両の連結部」にミサイルが突き刺さる。
「……やったか!?」(木山)
凄まじい爆発。 重力加速装置のエネルギーが暴走したのか、列車の先頭から青白い火花が激しく吹き出し、巨躯が脱線しながら大きく傾いた。
「全砲、次発装填! 動きが止まった今が好機だ。叩き潰せ!」(片桐)
重迫撃砲中隊の猛砲撃が、今度は動けない標的へと正確に降り注ぐ。 帝国の超科学とい言えど、物理的な「重量」と「数」による飽和攻撃を完全に防ぎきることはできないようだ。
「まだだ!」(片桐)
片桐連隊長は、続いて狙撃班に命令を下す。帝国軍の装甲列車から飛び出した敵兵を、狙撃班が一網打尽にする作戦だ。
タタタタン! タタタタン! タタタタン!
「ぎゃああああああ」
混乱しながら、逃げ惑うグーリエ星人に狙撃班は的確に当てていく。
「ちくしょう、数体逃した…。イオクタンも…。」(狙撃手)
「構わん。幸い怪我人は出ていない。装甲列車の対策はこれで問題ないことが分かった。充分な収穫だ。」(片桐)
片桐連隊長の言葉に、周囲の緊張がわずかに解ける。 視線の先、東海道本線の線路上では、漆黒の装甲列車が連結部から激しい火を噴き、黒煙が相模湾の空を汚していた。
帝国の超科学といえど、物理法則の裏をかく自衛隊の戦術の前には、無敵ではない。重迫撃砲の正確な弾幕と、102飛行隊によるピンポイントの狙撃。それは、隼人たちが今まで経験してきた泥臭い白兵戦とは一線を画す、洗練された「戦争」の姿だった。
「……すごい。あんな戦い方があるのか……」(隼人)
隼人は、まだ熱を持っている89式小銃を握り直し、遠くで脱線したままの鉄の塊を見つめた。
一方で、木山は地面に座り込んだまま、荒い息を吐いている。標高400メートルという安全神話が崩れ、頭上を通過したあの「加速する黒い弾丸」の恐怖が、まだ彼の身体を支配していた。
「……なあ。イオクタンって奴、あの中いたのか?」(木山)
「逃げたって言ってた。……しぶとい奴だわ、本当に…」(小城)
小城がバイクのエンジンを切らずに、忌々しげに呟く。
「星山さつき公園」は守り抜かれた。 しかし、帝国側は自衛隊がこの高台を拠点化しようとしていることを、完全に把握している。今回は「保険」が的中したが、次はどんな手で来るか分からない。
「各員、周囲の警戒を怠るな。敵の残党が潜んでいる可能性がある。施設科は予定通り、拠点の整備を開始せよ」(和戸)
和戸一尉の号令が響き、隊員たちが再び動き出す。
空では、仕事を終えた102飛行隊のUH-60JAが、守山方面へと帰投していく。その勇壮な姿を見送りながら、隼人の胸には、己の実力がまだまだ足りないことを痛感させた。
「……隼人、顔色が悪いよ?」(杏南)
不意に横から声をかけられ、隼人は肩を揺らした。 そこには、いつの間にか元の「自然体」に戻った杏南がいた。彼女だけは、この硝煙の中でも変わらない光を宿している。
「いや……大丈夫。」(隼人)
隼人は杏南の手を借りずに立ち上がった。 的山公園、そしてここ星山さつき公園。兵站拠点の構築は着実に進んでいる。 だが、線路の先にはまだ帝国の支配する領域が続いている。
登場人物紹介
坂本 崇
生年月日:1976年3月8日 / 出身:京都府
階級:一等陸尉 / 役職:35普連、重迫撃砲中隊の中隊長
段場 隼人……本編の主人公
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人
木山 拓哉……隼人や杏南の同期
益子 武朗……下種野郎
片桐 初……35普連の連隊長
和戸 一暁……35普連2中隊の中隊長代理
地頭 孝之……35普連2中隊のベテラン
山下 裕介……35普連2中隊の陸士長
小城 聖太……35普連2中隊の新人
※この物語では、102飛行隊は、守山駐屯地を仮拠点として活動しています。




