第56話 新しいナニカ
――2020年9月25日 7:00――
僅かな時間の仮眠を摂った後、僕らは「星山さつき公園」とその付近の哨戒を行う。体育館へ向かう途中、杏南と魚見陸士長が談笑しているのを見た。杏南は、任務中も、このちょっとした時間でも自然体でいる。魚見士長も。
その屈託のない笑顔は、僕が昨夜から抱え続けていたモヤモヤを、さらに増幅させた。戦場という非日常の中で、何が正しくて何が間違っているのか。僕は彼女の存在を拠り所にして、かろうじて正気を保っているのかもしれない。でも…もし、彼女が…?
あの出来事が頭から離れない。杏南の姿を見た瞬間、昨夜から抱えていた悶々とした感情が、また胸の奥で蠢いた。
益子一士と目が合うと、卑猥なハンドサイをしてくる。まるで、「お前もしたくなっただろ?」とでも言うかのように。亜久二曹は晴れやかな表情に見える。瑛松二曹は…。気まずくて見ることが出来ない。でも、どこか意識している面もある。
ああ、駄目だ。煩悩が凄い。任務だ、任務のことを考えるんだ…。
戦場という非日常の中で、何が正しくて何が間違っているのか。その境界線が、少しずつ曖昧になっている気がした。
おはようございます。苫米地杏南です。
昨夜は夜間の哨戒任務だったので、少し仮眠をしようと思いますが、今は、まひる先輩と談笑中です。すると、まひる先輩に話しかけるWAC隊員が。あ、まひる先輩とは魚見まひる陸士長です。同じ仮設テントということもあり、私達の中は深まり、今は「まひる先輩・杏南ちゃん」と呼び合う関係になりました。
「まっぴー!!」(朱杏)
「シュワちゃん!」(魚見)
角南陸士長でした。角南陸士長は、道志山岳の戦いで当時、新人隊員ながら多大な戦果を挙げた猛者。まひる先輩と話している時は、年相応の若い女性という印象です。私の方が年下ですが。
しかし、会話の内容が、「まだ生きてたね」とか、生死に関する話なのはどうなのでしょう。もっと話す内容はないのでしょうか?スイーツの話とか、恋バナとか…。別れ際の挨拶が、「お互い生きて帰ろう。」というのは、危険な任務を行う所以でしょう。爽やかに言ってましたが。
そして、角南士長の行動に、私は思考が停止し、心臓が跳ね上がりました。まるで雷に打たれたように。角南士長は、まひる先輩に顔を近づけると、そのまま唇を重ねたのです。一瞬の出来事でしたが、その光景は、鮮烈な色彩となって私の脳裏に焼き付きました。
「(あわわわわ、チ、チウしちゃったー。距離感が近いと思っていたけど、この2人ってそういう関係なの? これ百合ってやつだよね、ね? いやでも、まひる先輩は男の子が好きって言ってたよね?じゃあこれは何なの?戦地の友情?いや、でもチウはチウだよね!? しかもマウスチューマウス! どうしよう、どうしよう!? は、女の子同士のチウ、は、初めて見た。え。ええええええ。)」(杏南)
まひる先輩、頬を赤らめないで下さい。気まずいです…。
私は、勇気を振り絞って問います。
「あの…、まひる先輩って…レズビアンなんですか?」
「違うよ?」
「えっ。だって、今チウを……。マウスチューマウスでしたよ?」
「いや~私もシュワちゃんも厳しい訓練からくる極限状態でね~。悶々とした気持ちの中、シュワちゃんが突然…。我慢できなかったみたいでね。不思議と悪い気がしなかったから、時々…ね。」
話によると、元々2人はバディを組んでいたようで、その時に悶々とした気持ちを抑えきれず、夜な夜なこっそり致していたそうで…。それから抵抗がないようです。あ、2人とも男性が好きなようです。仕方なかったというやつだそうです。
角南陸士長…佇まいから只者ではないと感じていましたが、まさかここまで自由な人だとは思いませんでした。
えーと、私、まひる先輩と同じテントなんですが…。これは、新しい扉を開いてしまうのでしょうか?
うん、その時は隼人に助けてもらいます。
それ以来、まひる先輩はキス顔で私を起こすようになりました。冗談のはずなのに、その距離の近さに、私は毎回ドキッとしてしまいます。
登場人物紹介
魚見 まひる→あだ名は「まっぴー」です。中学生の頃からそう呼ばれています。
角南 朱杏→魚見は、角南のことを名前から取って「シュアちゃん」と呼んでいましたが、まわりは「シュワちゃん」と聞こえていたようで、いつの間にか「シュワちゃん」になりました。
段場 隼人……本編の主人公。杏南が寝取られないか心配し出した
苫米地 杏南……新しいナニカに目覚めるのかどうなのか…
益子 武朗……女癖の悪い問題児
瑛松 理央……隼人が悶々としている中、何を思ふ。




