第53話 学び舎の死闘
タタタタン! タタタタン! タタタタン!
外で激しく銃声が響く中、和戸一尉、杏南、そして僕は、校長室で1人の敵兵と銃口を向き合って対峙していた。かつては威厳に満ちていたであろう革張りのソファや歴代校長の写真は、襲撃の際にねじ曲げられ、床に無惨に散らばっている。3対1で、数ではこちらが優位だ。しかし、この敵兵が放つ「圧」はどうだ。 酸素が薄くなったかのような錯覚に陥るほどの殺気。指先が、トリガーにかけた感触を忘れるほどに強張る。
「(……こいつ、今までの連中とは格が違う。)」(隼人)
「2人とも深呼吸をしろ。こいつはかなり強い。一瞬でも隙を見せれば首が飛ぶぞ。」(和戸)
和戸一尉の低い声が、辛うじて僕らの意識を繋ぎ止める。杏南の横顔を見ると、彼女の瞳はかつてないほどに鋭く、敵のわずかな重心の移動すら見逃さないよう凝視していた。
「はっ! 杏南、後ろ!」(隼人)
油断だった。目の前のグーリエ星人に気を取られ、後方の敵に気付いていなかった。僕は、この時、目の前の敵から視線を外してしまう。すかさず、目の前の敵は、僕に発砲する。しかし、弾は外れる。敵が外したのではない。杏南が後方の敵兵を僕の方へ押し、その敵に銃弾が命中したのだ。杏南の咄嗟の判断で、僕は命を繋ぎ止めている。
「(杏南…なんて動きだ!)」(隼人)
「(ほう、こいつ…。私の銃口を読み、その軌道にアボシ(撃たれた敵兵)を押しやって、あの小僧を救って見せた。下等生物にも、なかなかの手練れがいるようだ。尤も、私の敵ではないがな。」(フィアン・ファファゲ少尉)
「(苫米地、真鶴岬での戦いでもそうだったが、こいつ、相当強い。こいつがいれば、この戦いも乗り切れるかもな。)」(和戸)
和戸は、杏南の超人的な強さに、この戦いへの希望を見出していた。
――その頃、校舎2階では
「中隊長、2階は制圧完了です。」(山本瑠維三等陸曹)
「ああ、ここの敵は大した事なかったな。怪我人も出ていない。」(橋本)
「3階へ行きましょう。私が先陣を切ります。」(山本)
「中隊長、自分にも行かせて下さい! 瀧嶋二曹には負けてられません。」(藏)
「生意気な(笑)」(瀧嶋)
「頼もしい限りだ。よし、山本と藏で先陣を切れ! ただし、油断は絶対にするなよ!」(橋本)
「了解!」(藏、山本)
――その頃の校庭
タタタタン! タタタタン! ドォン!
地上ではイオクタン率いる歩兵科部隊と、小型無人戦車が、上空では鹵獲され、改造された「AH-64D」が猛威を振るう。
「ちくしょう、塹壕を掘っておくべきだったな。」(廣嶋)
廣嶋は物陰から、右を向く。そこには、土を噛みしめながら、必死に小銃の引き金を引いている。先ほどの攻撃で負傷したようだ。必死に迎撃する足尾だったが、態勢が悪く、攻撃が当たらない。
「足尾、ここまで戻ってこい!」(廣嶋)
必死に叫ぶ廣嶋だったが、銃声や砲撃音で足尾には聞こえない。帝国の小型無人戦車が、足尾の頭部を撃ち抜き、彼は絶命した。
「廣嶋一曹! 耐えろ、今援護するッ!」(地頭)
地頭が率いる班員、手塚泰二郎三曹、山下裕介陸士長、鈴木太陽一士、矢戸聡士一士が、弾雨を切り裂きながら校門付近へ突入した。だが、そこに広がっていたのは「戦闘」ではなく、一方的な「蹂躙」の光景だった。
「曹長……来るなッ! ここはもう……ッ!」 (廣嶋)
廣嶋が叫ぶ。彼の左腕は敵砲弾に叩き潰され、不自然な方向に曲がっていた。その付近では、力尽きた足尾の遺体が転がっていた。
「黙って見てられるか! 総員、撃てッ!」(地頭)
地頭の号令で援軍の銃火が一斉にイオクタンの部隊へ向けられた。しかし、空中に浮かぶ鹵獲されたAH-64Dが、その巨体をゆっくりと校庭へ向けた。
「ターゲット、確認」(パイロット)
「撃て!」(イオクタン)
イオクタンの冷徹な声と共に、アパッチの30mmリコイレス機関砲が火を噴く。
ダダだダダダダダン!
「うあああああッ!」(廣嶋)
凄まじい爆縮音が響き、廣嶋と足尾がいた遮蔽物ごと、2人の身体が粉々に砕け散った。
「廣嶋!」(地頭)
地頭の絶叫が虚しく響く。35普連2中隊のベテラン2人が、あっけなく戦死したのだ。
――校舎3階――
一方、2階を制圧し、意気揚々と3階へ駆け上がった藏と山本は、廊下の突き当たりにある大きな窓の前に到達していた。
「3階に敵はいない模様…」(山本)
山本が言葉を発した瞬間、窓の外に「死神」が姿を現した。 ホバリングで急上昇してきたアパッチの機首が、至近距離で彼らを睨みつけていたのだ。
「……え?」 (藏)
藏は、息を呑む暇もなかった。 アパッチのハイドラ70ロケット弾が、ゼロ距離で発射された。
ドォォォォンッ!!
猛烈な爆炎が3階の廊下を突き抜け、校舎の一部が原型を留めぬほどに吹き飛ぶ。
「山本! 藏ッ!」 (橋本)
階段下で後続を指揮していた橋本は、崩落する天井と炎に巻かれた部下達の姿に、言葉を失った。つい数分前まで冗談を叩き合っていた若者たちは、声を上げる間もなく、瓦礫の下へと消えていった。
――1階・校長室――
「外が騒がしいな。貴様らの仲間も、そろそろ全滅した頃か」 (ファファゲ)
ファファゲが不敵に笑い、その神速の抜刀を見せようとした、その時。
「……外じゃない。あんたの相手は、ここだよ」 (杏南)
杏南の瞳が、青白く透き通るような光を宿した。 ファファゲの「予備動作」のさらに先を、彼女の脳が、感覚が、完全に捉えていた。
「隼人、一尉、下がってて。――こいつは私がやる」(杏南)
「貴様1匹で私に勝てるとでも言うのか? 馬鹿も休み休み言え!」(ファファゲ)
ファファゲが杏南へ向けて発砲するが、杏南はそれを巧みにかわす。そして、ファファゲの懐に飛び込み、銃剣を心臓に突き刺す。
「ぐはっ…こいつ…」(ファファゲ)
ファファゲはマシンガンで杏南のこめかみを殴りつけようとするが、杏南はそれを腕で払い、発砲した。至近距離での発砲だった。
「う……」(ファファゲ)
ファファゲは大量の血を流し、息絶えた。
杏南のその一言、そして動きは、もはや二等陸士のそれではない。 戦場のすべてを支配する「狩人」の響きだった。 ――その数分後、1階の残余を制圧した江鹿、須田、亜久が、血煙に包まれる校庭へと飛び出した。
「地頭曹長! 2中隊、江鹿班援護に入ります!」 (江鹿)
彼らが地獄の戦場へ合流した直後、校舎の玄関から、3つの影が走り出してきた。 返り血を浴び、どこか凄絶な雰囲気を纏った和戸一尉、隼人。 そして、その中央で、何かに憑りつかれたかのように銃を構える――杏南。
「……皆、これ以上、死なせない。絶対」(杏南)
杏南の瞳が、校門前に佇むイオクタンを真っ直ぐに射抜いた。今、この学び舎で、最大の反撃が始まろうとしていた。
登場人物紹介
山本 瑠維
生年月日:1995年4月17日 / 出身:神奈川県
階級:三等陸曹 / 所属:35普連1中隊
備考:女性。校舎3階で、ゼロ距離でアパッチの攻撃を受け死亡。
享年:25歳
手塚 泰二郎
生年月日:1994年10月18日 / 出身:千葉県
階級:三等陸曹 / 所属:35普連2中隊
山下 裕介
生年月日:2000年3月1日 / 出身:神奈川県
階級:陸士長 / 所属:35普連2中隊
鈴木 太陽
生年月日:1998年11月27日 / 出身:愛知県
階級:一等陸士 / 所属:35普連2中隊
矢戸 聡士
生年月日:2002年2月19日 / 出身:栃木県
階級:一等陸士 / 所属:35普連2中隊
フィアン・ファファゲ
種族・性別:ハイエルフの女性
所属・階級:帝国陸軍少尉で、陸偵支隊の支隊長の1人。
備考:今回派遣された偵察隊の中で一番強いが、杏南に討たれる。
レン・アボシ
種族・性別:ゴブリン族の男性
所属・階級:帝国陸軍二等兵で、ファファゲの部下
備考:杏南を背後から襲撃するも、返り討ちに遭う。
段場 隼人……本編の主人公
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人。超人的な動きをする。
和戸 一暁……35普連2中隊の中隊長代理
橋本 紋次……35普連1中隊の中隊長
瀧嶋 達世……35普連1中隊の二等陸曹
藏 来満……35普連1中隊所属。アパッチのゼロ距離攻撃で戦死。享年25歳
廣嶋 史龍……35普連2中隊のベテラン。享年30歳
足尾 哲也……35普連2中隊の二等陸曹。享年27歳
地頭 孝之……35普連2中隊のベテラン
江鹿 彬……35普連2中隊のベテラン
亜久 弘夏……35普連2中隊の二等陸曹
須田 寿一……35普連2中隊の二等陸曹
※帝国産小型無人戦車……小回りが効き、連射も可能な無人戦車。純帝国産は、太陽光をエネルギーとして砲弾を作成するが、地球で作成された戦車は、弾の補充が必要になる。補充はドローンを用いている。暗い場所や悪天候の際は、専用の電池で動いている。




