第52話 学び舎の戦い
渡り廊下で発見されたグーリエ星人は、何かを叫んだ後、東側の校舎へ走り出した。それを見た1中隊の瀧嶋達世二曹と、藏来満三曹が、グラップルワイヤーを使って渡り廊下へ昇り、そのグーリエ星人を仕留めた。
「よし、確保! 後続続け!」(瀧嶋)
瀧嶋二曹の低い声が無線に飛ぶ。間髪入れず、地上で待機していた1中隊の隊員4名が、手慣れた動作でグラップルワイヤーの引き金を引いた。
シュッ、カツン!
鋭い射出音と共に放たれたワイヤーが、古びたコンクリートの縁を確実に捉える。隊員たちは軽やかな身のこなしで垂直の壁を駆け上がり、次々と渡り廊下へと吸い込まれていった。
「和戸一尉、我々1中隊が2階と3階を制圧する。2中隊は、1階と外の敵を頼む。」(橋本)
「承知した。我々2中隊は正面玄関から突入し、1階を制圧する。1中隊は上から、挟み撃ちにする。」(和戸)
和戸一尉は、僕ら2中隊へ向けて命令を出す。
「廣嶋、足尾、瑛松、新山、中西、渚、魚見、諏訪、木山は正面玄関及び裏口付近の警戒。敵をに入れるな。」(和戸)
「了解」
和戸一尉の合図で、僕ら2中隊も動き出した。割れたガラスを踏みつける、「パキッ」という乾燥した音が、静まり返った校庭に異様に響く。
「(来るか…来るか…。)」(隼人)
僕は、小銃のグリップを握る手に力を込めた。1中隊の面々が潜入した東棟2階の窓から、カーテンの隙間から不気味な影が動くのが見えた。
「瀧嶋、こちら和戸。2階の教室で熱源反応あり。気を付けろ。」(和戸)
無線から返ってくるのは、激しい呼吸音と埃っぽい廊下を駆ける半長靴の足音。そして、突如として校舎を震わせる「ギャアアア!」というグーリエ星人の絶叫が響き渡った。
「コンタクト! 2階、渡り廊下突き当り! 撃て!」(瀧嶋)
瀧嶋二曹の叫びと同時に、乾いた銃声が連続して響く。東棟の窓ガラスが内側から弾け飛び、火線が夕闇を切り裂いた。
「突入!」(和戸)
和戸一尉の号令で、僕らは正面玄関の重い扉を蹴破った。かつては登校する生徒たちの笑い声に溢れていたであろう昇降口。そこは今、粘着質な体液の臭い。硝煙の煙。そして、学校とは思えないほどの静けさ。
足を踏み入れた瞬間、強烈な違和感と胸の痛みに襲われた。 薄暗い夕闇の中、錆びた数百の下駄箱。その一つ一つに、上履きが残ったままだった。誰も取りに来なかった上履きだ。埃を被り、色褪せているが、8年前の朝。生徒たちはここで靴を履き替え、教室へ向かった。そして――誰一人、戻らなかった。。その静寂を、2階から響く1中隊の激しい銃声と、ドタドタと走り回る複数の足音が震わせていた。
「江鹿、須田は右翼の保健室と事務室をクリアしろ。俺と段場、苫米地は左翼の職員室へ向かう。残りは後方警戒、階段を押さえろ」(和戸)
和戸一尉の小声での指示が飛ぶ。僕らは訓練通り、壁伝いに一列になって進む。廊下の床には、割れた窓ガラスや散乱した古いプリント類が散らばり、油断すれば大きな音を立ててしまいそうだ。緊張で喉が渇く。
「(集中しろ……ここはもう学校じゃない。戦場だ)」(隼人)
自分に言い聞かせる。だが、視界の端に入る「今月の生活目標」と書かれた黒板や、廊下の壁に貼られた色褪せた体育祭の写真が、どうしても僕の心を揺さぶる。 杏南が僕の前で、滑るように角を曲がり、銃口を油断なく動かしている。その背中を見ながら、僕も呼吸を整え、遅れないように続いた。
職員室のドアが見えてきた。ドアノブは壊され、半開きになっている。 中からは、微かだが、何かが這いずり回るような、湿った音が聞こえてきた。
和戸一尉が指を三本立て、カウントダウンを始める。3、2、1――。
「突入!」(和戸)
和戸一尉がドアを蹴り開けると同時に、僕と杏南は左右に分かれて飛び込んだ。 教職員の机が迷路のように並ぶ中、机の上には、八年前の出席簿が開いたままだった。数体のグーリエ星人が、端末のようなものを操作していた。端末には、この周辺の地形図のようなものが表示されていた。
「……!?」
「撃つっ!」(隼人)
引き金を引いた瞬間、ここが学校だったことを思い出した。僕の89式が火を噴く。至近距離での射撃。机の上の書類が雪のように舞い上がり、青白い火線が室内を駆け巡った。杏南の動きは、僕よりも一瞬早かった。彼女は遮蔽物を利用しながら、驚異的な反応速度で2体の敵の喉元を正確に撃ち抜く。
「職員室、クリア!」(杏南)
短く鋭い報告。しかし、勝利の余韻に浸る間もなく、僕らの耳に絶望的な怒号が飛び込んできた。
「こちら10偵! 敵増援を確認! 航空戦力及び……ぐわあああッ!」(姉吉篤也三等陸尉)
「今のは…」(隼人)
「敵の増員か。だが、外にはまだ35普連の仲間たちがいる。俺達はまず、この校舎1階を制圧するぞ。」(和戸)
「了解!」(隼人、杏南)
――35普連5中隊――
「中隊長、10貞が戦闘中。劣勢の模様!」(浮氣美穂二等陸曹)
「ああ、この距離なら我々が援軍に向かうべきだな。連隊長、こちら淵脇。10偵の援軍へ向かいたい。」(淵脇隆也三等陸佐)
「許可する。」(片桐)
「よし、行くぞ! その前に智川、二瓶、ドローンを飛ばせ。状況を把握する!」(淵脇)
「了解!」(智川、二瓶)
「10偵の皆…無事でいてくれ…。」(淵脇)
――少し時間を巻き戻し、第10偵察大隊――
「空に……何かいるぞ!」(姉吉)
姉吉は、双眼鏡を覗いたまま固まった。 ゆずり葉学園の校庭、その遥か上空。雲を裂いて現れたのは、グーリエ星人の偵察機ではない。かつて陸自が所有した戦闘ヘリコプター「AH-64D」だった物だ。
「各員、散開! 撃てッ!」(姉吉)
姉吉の叫びと同時に、空から青白い熱線が降り注いだ。 偵察用の軽装甲機動車や87式偵察軽快車が一瞬で紙細工のように引き裂かれ、火柱が上がる。
「こちら10偵! 敵増援を確認! 航空戦力及び…… ぐわあああッ!」(姉吉)
姉吉の乗った車両のすぐ隣で、重力波が炸裂した。空間が歪み、土砂と鉄屑が渦を巻いて彼らを飲み込んでいく。10偵は、情報を持ち帰る暇もなく、帝国の圧倒的な「高さ」からの攻撃の前に瓦解していった。
――35普連5中隊――
「10偵、応答しろ!」(淵脇)
淵脇の叫びは、ノイズに掻き消された。ドローンが送ってきた最後の映像には、空中に浮かぶ「鉄の悪魔」たちが、逃げ惑う10貞を文字通り「狩って」いる光景が映っていた。
「中隊長、ドローン全機喪失! 妨害電波が強すぎて操作不能です!」(智川)
「二瓶、対空火器を準備しろ! 奴らを叩き落とすぞ!」(淵脇)
5中隊が対空ミサイル(03式中距離地対空誘導弾)の展開を急ぐ。しかし、その時だった。
校門の影、そして校舎の死角から、別の「影」が滑るように現れた。 イオクタン率いる「真鶴攪乱隊」の本隊が5中隊を襲う。
「……総員、目の前の敵を殲滅する!」(イオクタン)
イオクタンの号令、そして扇をかざすように右手を振る。 次の瞬間、5中隊の足元――コンクリートの地面が、猛烈な振動と共に爆発した。あらかじめ仕掛けられていた「地雷」だった。
「なっ……がはあッ!」
最前列にいた隊員達が吹き飛ばされ、陣形が乱れた隙を、イオクタンの部隊は見逃さなかった。彼らは人間には不可能な速度で距離を詰め、5中隊の懐へと飛び込む。
「応戦しろ!」(淵脇)
淵脇が拳銃を抜き放つが、目の前に現れた帝国兵の動きはあまりに早かった。 銃火器ではない。帝国兵の軍刀が、5中隊の防弾ベストを紙のように切り裂いていく。
「救援は……来ないわ。ここは、あなたたちの墓場になるのだから」(イオクタン)
「お見事です、少佐殿」(アンタス)
イオクタンの声が、硝煙の中に響く。 5中隊は奮戦したが、空からの狙撃と、地上での「暗殺」に近い超高速戦闘を前に、一人、また一人と沈んでいった。
――ゆずり葉学園・正面玄関付近――
「嘘だろ……5中隊が、一瞬で……」(廣嶋)
外で待機していた廣嶋は、通信機から聞こえる絶望的な断末魔に、唇を噛み切った。 つい数分前まで談笑していた仲間たちが、目に見えない「何か」に蹂躙されていく。 視線の先、校門の向こうに、返り血を浴びて静かに佇む女性将校――ファネッタ・イオクタンの姿が見えた。その背後に、帝国兵が静かに並ぶ。逃げ場は、もうなかった。
「和戸一尉! 正面玄関側、完全に包囲されました! 5中隊は壊滅……今、僕らの班だけで食い止めてますが、長くは持ちません!」(廣嶋)
廣嶋の声が震える。 彼らの前には、10偵と5中隊を葬り去った悪魔たちが、死神のように並んでいた。
登場人物紹介
瀧嶋 達世
生年月日:1988年6月15日 / 出身:岐阜県
階級:二等陸曹 / 所属:35普連1中隊
藏 来満
生年月日:1995年12月29日 / 出身:千葉県
階級:三等陸曹 / 所属:35普連1中隊
姉吉 篤也
生年月日:1985年5月16日 / 出身:東京都
階級:三等陸尉 / 役職:第10偵察隊4小隊の小隊長
備考:テリムトに鹵獲されたAH-64Dの攻撃により死亡。
享年:35歳
浮氣 美穂
生年月日:1993年2月9日 / 出身:岩手県
階級:二等陸曹 / 所属:35普連5中隊
備考:イオクタン率いる部隊との戦闘で戦死。
享年:27歳
淵脇 隆也
生年月日:1983年7月21日 / 出身:高知県
階級:三等陸佐 / 役職:35普連5中隊の中隊長
備考:イオクタン率いる部隊との戦闘で戦死。
享年:37歳
段場 隼人……本編の主人公。35普連2中隊所属の二等陸士
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人
橋本 紋次……35普連1中隊の中隊長
和戸 一暁……35普連2中隊の中隊長代理
廣嶋 史龍……35普連2中隊所属の一等陸曹
足尾 哲也……35普連2中隊所属の二等陸曹
瑛松 理央……35普連2中隊の二等陸曹
新山 岳……35普連2中隊の三等陸曹
中西 蛍……35普連2中隊の三等陸曹
渚 恭平……35普連2中隊の陸士長
魚見 まひる……35普連2中隊のムードメーカー
木山 拓哉……隼人や杏南の同期
片桐 初……35普連の連隊長
智川 義郎……35普連情報小隊の三等陸曹
二瓶 清宗……35普連情報小隊の三等陸曹
ファネッタ・イオクタン……真鶴や湯河原をかく乱すべく結成された部隊の指揮官
フェア・アンタス……イオクタンの副官




