第51話 時が止まったまま
――2020年9月24日 8:40 真鶴第一中 ※旧真鶴町兵站拠点
神奈川方面部隊は、湯河原・真鶴ぞれぞれの ”元” 兵站拠点の消火活動に奔走した。神奈川県内は、グーリエ星人の占領下にあるので消防は呼べない。少ない人数で行わなければならず、鎮火するまでに約12時間もかかった。
幸い湯河原町は、静岡県との県境のため、新たに兵站拠点を築けば補給は可能となる。海辺や河川は当然NG、鉄路付近もNGとなり、拠点候補を1から探さねばならない。
山梨方面部隊の戦闘も、1日で終わったようで、大月市を守り抜いたと報告があがった。しかし、こちらも被害が甚大で、久居駐屯地から33普連が援軍に向かうとの事だ。合流するまでは動けない。僕らも、新しい兵站拠点を築かないと進軍できない。予定通りの行軍が出来なくなったが、それでも有朋陸将は、冷静に次の作戦を命じる。
僕らは総動員で、湯河原・真鶴を哨戒し、新たな拠点候補を見つけ、新たな兵站拠点を築く。
ちなみに要は無事だった。あいつは住民の避難誘導をしていたそうで、拠点から離れていた。もっとも、あいつは戦闘に参加できないと愚痴っていたので、心配して損した気分にもなった。
「さて、新たな拠点候補へ向け、諸君らの意見を聞きたい。」(有朋)
有朋は、指令室にいる自身の意見は参考に出来ず、ここに自分の意見は不要と考えていた。
「単に海辺・河川・鉄路から離れるだけでなく、実利性ともなると場所は限られてきます。」(片桐)
「であれば、”ゆずり葉学園高校” は候補に入るかと。あそこは、私立高校なので敷地も広く、高台にあります。校庭もありますので、ヘリポートとしても使えます。」(貝塚猛第1高射特科大隊大隊長)
「ふむ…高校の敷地か…。」(有朋)
「何か問題が?」(片桐)
「うむ。真鶴一中が、焼野が原になったばかりだ。学校がまた燃やされる可能性を捨てきれん以上、どうしても抵抗がある…。」(有朋)
部下たちの意見に口を出さないと決めていた有朋だったが、思わず難色を示してしまった。未来ある子どもたちの学び舎が壊されることに、良い気分がしなかった。
「ならば、湯河原駅から北西に位置する、的山公園はどうでしょうか?」(賀井)
「あそこは、付近に新崎川源流があります。グーリエ星人の水棲種に襲撃されやすいのでは?」(貝塚)
「水棲種は、水中に引きずり込まれなければ問題ありません。ここは線路からの射程が完全に遮られます。駐車場に大型車両や物資の集積も可能ですし、岩壁に囲まれた天然の要塞です。近くに団地があり、そこに対空部隊や観測班を配置して拠点の見守りは可能です。裏のスペースを整地してそこをヘリポートにも出来ます。」(賀井)
「ふむ、ここならば敵艦隊も俯瞰できるな。」(有朋)
有朋は、的山公園の画像を見ながら答える。もっとも、その画像は10年以上前のものだが。
「他に候補はあるか?」(有朋)
「…。」(一同)
「ならば、この候補地2つの近隣を哨戒し、適切な方を拠点としよう。まずは、湯河原の哨戒を行え。急ピッチで仕上げるぞ!」(有朋)
「了解。」 (一同)
― 2020年9月24日 10:00 ―
賀井連隊長からの命令で、湯河原町内の新拠点候補を偵察することとなった。僕ら35普連1、2中隊が「ゆずり葉学園高校」を、3~5中隊が周辺の哨戒任務を行う。
偵察車両で湯河原の山側へと向かった。 窓を開けると、まだ街のあちこちから燻った煙の匂いが入り込んでくる。やはり、戦場に安全な場所等ないと、僕の胸に刻みつけてくる。
「ゆずり葉高校、見えてきたぞ。……立派な校舎だな」(和戸)
僕らが立ち寄った「ゆずり葉学園高校」は、高台の斜面にへばりつくように建つ美しい私立高校だった。校庭は広く、確かに大型ヘリの離着陸には最適に見える。しかし、校門の前には、主を失った通学カバンがぽつんと置かれていた。まるで持ち主が、すぐ戻るつもりで置いたかのように。駐輪場へ行くと、血痕がべったりと着いた自転車やバイクが散見される。制服の切れ端と、人骨が瓦礫の間に散らばっていた。
逃げ遅れた生徒たちのものだと、説明されなくても分かった。ここで多くの生徒や教員が非業の死を遂げたことを思うと、胸が痛くなった。
「……ここを拠点にすれば、次はここが標的になる」(隼人)
僕の呟きに、和戸一尉は黙って頷いた。有朋陸将が難色を示したらしいが、その理由は、現場に来るとよくわかる。ここは「守るべき場所」であって、「戦うための砦」にするにはあまりにも無防備で、そして優しすぎた。
「ここは拠点にしたくないね…。」(杏南)
「公園も同じだよ。家族と行った思い出の場所が戦場として壊されるのも辛い事だよ。でも、これを見せつけられると…ね…。まだ公園の方がマシかもしれない。」(渚恭平陸士長)
杏南の呟きに、渚士長が答える。
「ここは、8年前のあの日から、止まったままのようだ。」(和戸)
「この制服と骨を回収できませんか? ここではない別の場所で弔ってあげたい。」(隼人)
「そうだな…。」(和戸)
僕の案に誰も反論はなかった。ここで亡くなった方々の遺族を探し、せめて骨だけでも、遺品だけでも届けてあげたい。その気持ちは、皆が同じだったのだ。
「責任を持って、月白展望台に送ります。(中嶋旭一等陸士)
「気をつけろ。ここは静かすぎる。」(和戸)
中嶋一士が、月白展望台へ向かった約1時間後。校舎の奥から物音が聞こえる。
「敵襲!」
校舎の渡り廊下にグーリエ星人を見つける。グーリエ星人の叫び声と共に、1中隊が戦闘に入った。
「ここは、グーリエ星人の拠点なのか?」(隼人)
「分からん。だが、敵がいる以上、掃討するだけだ。」(江鹿)
江鹿一曹の言う通りだ。僕は小銃を構える。
学び舎の面影を残す瓦礫の上で、再び死の臭いが立ち込める。僕らは、子供たちの魂が眠るこの場所で、止まったままの時間を、もう一度血で動かすしかなかった。
登場人物紹介
貝塚 猛
生年月日:1975年10月12日 / 出身:千葉県
階級:二等陸佐 / 役職:第1高射特科大隊の大隊長
渚 恭平
生年月日:1993年2月28日 / 出身:青森県
階級:陸士長 / 所属:35普連2中隊
備考:脱サラして自衛官になった。同期と比べて年齢が上なので、よく相談を受けていた。妻子持ち。時間が許す限り、家族とは連絡を取っている。
中嶋 旭
生年月日:2000年1月11日 / 出身:愛知県
階級:一等陸士 / 所属:35普連2中隊
備考:ゆずり葉学園で亡くなった方の遺骨や遺品を月白展望台へ届ける
段場 隼人……本編の主人公。
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人
有朋 繁……オペレーション・ギデオンの最高司令
賀井 双一郎……34普連の連隊長
片桐 初……35普連の連隊長
江鹿 彬……35普連2中隊所属のベテラン隊員
※的山公園の偵察は、34普連の1~5中隊が行っています。




