第50話 鉄路の悪魔
― 2020年9月23日 9:30 真鶴町某所 ―
ここでは、予備隊で構成された部隊「真鶴攪乱隊」が、作戦会議を行っていた。
「我々の任務は、敵本隊の足止め。ゴア准将殿は、殲滅しても構わないと仰ってたけど、1個大隊でしか動けない我々が優位とは言えない。油断だけは禁物だ。」(イオクタン)
指揮権を与えられた、ファネッタ・イオクタン少佐の言葉に、周囲はざわつく。軍議でゴアが発した、「罠へ誘導するまでに仕留めちゃって構いません。(第17話参照)」という発言で、自衛隊を殲滅させるつもりで出兵していた兵士が多く存在した。
「あんな下等生物、我々だけで殲滅できます!」
そんな声も上がった。
「大隊長、その考えでは、兵は納得しませんよ。この戦力でどうやって倒すか、戦略を練るべきです。」(アンタス)
「(……副隊長がこれでは…。私達は任務を遂行できるのか…。)」(イオクタン)
イオクタンは頭を悩ます。近年、自衛隊も力を付けてきており、簡単に倒せる相手ではなくなっている。それでも、その事実を受け入れられず、「下等生物」と見下す兵は後を絶たない。それにより、部隊は一枚岩にならず、出撃出来ずにいた。この状況をどうにかするべく、頭を悩ませている時、ゴアから連絡が入った。
「貴官らに作戦を命じる。」(ゴア)
ゴアの姿が、各隊のタブレットに映し出される。兵士達は即座にイヤホンを装着させる。
「貴官らの役割は、我々の罠が完成するまで、敵本隊を足止めすることだ。その為の装備も用意してある。まずは、根府川駅まで来てもらう。」(ゴア)
― 9:50 根府川駅 ―
隊が根府川駅に着くと、そこには作戦参謀長のゴア自らが、朝日を背にして立っていた。
「総員、傾注!」(イオクタン)
イオクタンの号令で、ざわついていた兵士たちが一斉に直立不動の姿勢を取る。ゴアはゆっくりと彼らを見渡すと、静かな、しかし駅の構内に響き渡る声で話し始めた。
「諸君、まずその熱気に対して、私から一つ正さねばならんことがある。……かつて私は、敵を罠へ誘うまでに殲滅しても構わないと言った。だが、その言葉が諸君に”蛮勇”という名の毒を回してしまったようだ。これは私の表現の誤りであり、兵を預かる身として、諸君の命を軽んじた発言であった。認めよう、失言であった」(ゴア)
ゴアが軽く頭を下げると、ホームに緊張が走った。傲慢な貴族や上官なら絶対にしない振る舞い。だが、イオクタンには、その謙虚さは弱さではなく、勝利に対する「徹底した誠実さ」に見えた。
「だが、勘違いするな。私が求めているのは”敵の首”ではなく”確実な足止め”だ。無意味な突撃で兵をすり潰すのは私の本意ではない。自衛隊という組織は今、必死に”血管”を繋ぎながら前進している。……諸君、敵の弱点はどこだと思う?」(ゴア)
ゴアは駅のホームを指し、そこに鎮座する異様な「怪物」を披露した。 帝国軍が鹵獲したJR東日本の313系列車をベースに、通勤電車の面影を残したまま、全身を装甲で縫い固められた怪物、「アイアン・スネイプ」装甲列車である。
「奴らは駅裏に拠点を築き、物資を蓄えている。海への警戒と、街がゴーストタウンと化していたことから、この鉄路という”喉元”が完全に無防備だ。……アンタス中尉、諸君の”殲滅したい”という渇きを、この鉄路にぶつけるといい。」(ゴア)
ゴアの瞳に、冷徹な軍師の光が宿る。
「この列車を走らせ、奴らの兵站拠点を焼き払え。弾丸を失い、食料を絶たれた兵士は、もはや下等生物ですらなくなる。ただのガラクタだ。諸君らが直接手を汚すまでもなく、連中は飢えて死ぬ。……これこそが、私の望む”殲滅”だ。異論はあるか?」(ゴア)
「……! ありません! 閣下の仰る通りです!」(アンタス)
先ほどまで「下等生物を直接殴り殺したい」と息巻いていたアンタスたちが、ゴアの「兵站を断つという残酷な合理性」に圧倒され、震える声で答えた。
「よろしい。」(ゴア)
陰では、優秀な戦略家だが小心者――そう言われるゴアだが、将校として、作戦参謀長としての威厳をまざまざと見せつける。そもそも無能な者が将校になれるわけがない。イオクタンは、改めて左官と将官の違いを実感した。
「ゴア閣下!」
そこへやって来たのは、陸偵支隊長の一人。
「敵は、歩兵が偵察を開始し、陣地には工兵や通信兵、砲兵が残っている状態です。」
「砲兵科は攻撃態勢を?」(ゴア)
「ええ。」
「多少の砲撃では止まらん。安心して走らせろ。頑丈に造られている。だが、万が一ということもある。救援部隊を編成したい。砲撃は砲兵科の者、救援部隊は衛生兵の経験がある者を優先する。軍曹、あとどれくらいで出発可能だ?」(ゴア)
「1時間程かと。」(整備士の軍曹)
「まあ、無理やり改造したから整備に時間がかかるのも無理はない。その間、貴官らの部隊編成を行おう。」(ゴア)
― 2020年9月23日 10:55 根府川駅 ―
「整備完了! アイアン・スネイプ、稼働します!」(整備士の軍曹)
整備士の報告と同時に、漆黒の巨体が低い唸りを上げた。 JRの313系をベースにしているとは思えないほど、その駆動音は重く、不気味だ。重力制御による浮力と、レールを噛む鋼鉄の摩擦音が混ざり合い、独自の不協和音を奏でる。
「乗車完了。……発車せよ」(イオクタン)
イオクタンの命を受け、鉄路の悪魔が静かに動き出した。 加速は驚異的だった。重力制御によって摩擦を極限まで減らした列車は、わずか数10秒で時速100キロを超え、相模湾を左手に、新緑のトンネルを切り裂いて南下する。
― 10:58 真鶴駅裏・真鶴第一中学校(兵站拠点) ―
「……なんだ、あの音は?」
「電車? まさか…。」
真鶴第一中に設置された自衛隊の臨時集積所。物資の運び出しを行っていた陸士長が、聞き慣れない金属音に顔を上げた。 線路の向こうから現れたのは、見慣れた313系電車ではなかった。通勤電車の輪郭を残したまま、装甲で縫い固められた漆黒の怪物だった。
「敵襲! 線路側だ!!」
叫び声は、アイアン・スネイプの側面に展開された重力砲の咆哮にかき消された。 ドォォン! と空気が爆ぜるような衝撃波。 直撃を受けた燃料タンクが巨大な火柱を上げ、積み上げられていた弾薬箱が連鎖的に爆発する。列車は止まらない。走り抜けながら、正確に「喉元」だけを焼き払っていく。
「狙準固定、次弾装填を急げ。次は湯河原だ」(アンタス)
アンタスの声には、もはや「下等生物」を侮る色はない。ただ、効率的に獲物を仕留めるハンターの冷徹さがあった。
―湯河原駅裏―
「砲撃が来ます!」
「伏せろー!」
「ぎゃああああああ」
襲撃は、わずか数分で終了した。 「血管」をズタズタに引き裂いたアイアン・スネイプは、再び加速し、漆黒の姿で根府川駅方面へと消えていった。
― 18:00 国道135号線 ―
海風に乗って届く、焦げた鉄の匂い。 和戸一尉の「兵站拠点が襲撃された」という言葉を聞き、僕は背後の街を見上げた。
「……あ、あそこ……」(木山)
真鶴第一中学校の方角から、黒い煙が立ち上っている。 僕たちが海辺で戦っている間、僕たちの「命」を支える場所が焼き払われていたのだ。
「現在、動ける者を総動員させて消火活動を行っていますが、何分、人手が足りず…。」(宮野)
僕らに報告へ来た宮野也三曹は、沈痛な面持ちで答えた。
「連隊長や大隊長クラスの上官は無事なので、指揮系統に乱れは出ないのが不幸中の幸いですが…。」(宮野)
僕はふと、要の顔が浮かんだ。あいつは嫌な奴だが、同じ釜の飯を食った仲だ。あいつは無事だろうか? 僕は居てもたってもいられなかった。
「戻りましょう!」(隼人)
「待て待て。」(和戸)
和戸一尉に止められる。
「すぐに感情的になるのは、お前の悪い癖だ。まずは、上官からの命令を聞け。」(地頭)
「状況からして、海辺に敵が来る可能性は低いな。ならば、35普連1、2、3中隊も拠点に戻り、消火活動に入れ。」(有朋)
「了解!」
2020年9月23日 18:00――夜通し消火活動に追われた。だが、燃え残ったのは、黒焦げになった弾薬箱と、溶けた鉄骨だけだった。
登場人物紹介
宮野 也
生年月日:1999年3月3日 / 出身:大阪府
階級:三等陸曹 / 所属:34普連情報小隊
有朋 繁……オペレーション・ギデオンの最高司令
和戸 一暁……35普連2中隊の中隊長代理
地頭 孝之……35普連2中隊のベテラン
ゾーリー・ゴア……テリムト作戦参謀長
ファネッタ・イオクタン……湯河原・真鶴で攪乱する部隊の隊長を務める
フェア・アンタス……イオクタンの副官
※アステリム帝国軍では、戦艦をはじめ大型の装備品に、かつて戦果を挙げた帝国軍人の名前を使用している。「アイアン・スネイプ」は、「アルファン・スネイプ」という鉄のような頑丈な身体をしていたドワーフの英雄軍人から取った。




