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外星戦記  作者: 無名の凡夫
第1章 初陣~オペレーション・ギデオン~

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第52話 鉄路の悪魔

―2020年9月23日 9時30分 真鶴町某所―


真鶴町西部の廃工場。その広い倉庫には、予備兵力を集めて編成された「真鶴攪乱隊」が集結していた。


正面に立つのは、大隊長を任されたファネッタ・イオクタン少佐である。彼女は並ぶ兵士たちを見渡し、静かに口を開いた。


「諸君の任務は、自衛隊本隊の足止めだ。」


簡潔な一言だった。


「ゴア准将閣下からは、状況次第では敵を殲滅しても構わないとの許可を受けている。しかし、それは我々に正面決戦を命じたという意味ではない。」


兵士たちは顔を見合わせた。すると後列から声が飛ぶ。


「少佐。」


フェア・アンタス中尉だった。


「下等生物相手に慎重になり過ぎではありませんか。我々だけで十分殲滅できます。」


周囲からも同調する声が上がる。


「そうだ。」


「一気に潰してしまえばいい。」


「下等生物など恐れる必要はない。」


イオクタンは胸中で小さく息を吐いた。近年、自衛隊は急速に戦力を伸ばしていた。しかし、その現実を受け入れようとしない兵士は少なくない。彼らは20年前の印象だけで敵を語っている。


その認識のまま戦えば、無用な損害を招くだけだった。説得しようと口を開きかけた、その時だった。携帯端末が一斉に着信音を鳴らした。画面に映った名前を見て、イオクタンの姿勢が自然と正された。ゾーリー・ゴア准将だった。


「総員、通信接続。」


兵士たちはイヤホンを装着する。映像が安定すると、ゴアが静かな声で告げた。


「諸君に新たな任務を与える。」


倉庫が静まり返る。


「真鶴攪乱隊の任務は変更しない。敵本隊を拘束し、我々が構築する罠の完成まで時間を稼ぐことだ。」


一拍置いて続ける。


「そのための装備を用意した。根府川駅へ集結せよ。」


通信はそこで終わった。イオクタンは周囲を見回した。


「移動する。」


誰1人として異論はなかった。




―9:50 根府川駅―


根府川駅構内には、すでにゴア准将が到着していた。朝日を背に立つその姿には、不思議な威圧感があった。


「総員、傾注。」


イオクタンの号令で兵士たちは直立不動となる。


ゴアは彼らを一人ずつ見回したあと、ゆっくりと話し始めた。


「まず1つ、私から訂正がある。」


兵士たちは顔を上げた。


「以前、私は『罠へ誘導する前に殲滅しても構わない』と述べた。」


静かな口調だった。


「結果として、その言葉が諸君に誤解を与えた。」


ホームに沈黙が落ちる。


「敵を侮り、正面から潰せばよいという発想を生んだのであれば、それは私の責任だ。」


そう言って、ゴアは小さく頭を下げた。イオクタンは思わず息をのんだ。将官が自らの失言を認める。それだけでも異例だった。しかし、その姿勢を弱さとは感じない。


むしろ、自らの判断を修正できる者だけが、本当に勝ち続けられる軍人なのだと理解した。


ゴアは再び兵士たちを見る。


「私が欲しいのは敵兵の死体ではない。」


その視線が線路の先へ向く。


「欲しいのは敵軍全体の機能停止だ。」


彼はホーム脇の巨大な黒い車両を指した。そこに停車していたのは、通勤電車の面影を残しながらも全身を重装甲で覆われた異形の列車だった。


「アイアン・スネイプ。」


兵士たちからどよめきが起こる。


JR東日本の313系車両を鹵獲し、帝国軍が徹底改造した装甲列車である。


「敵は海岸線へ主力を展開している。」


ゴアは地図を映した。


「その一方で、兵站拠点は鉄道沿線に集中している。」


赤い印が次々に表示される。


「兵站とは軍隊の血管だ。」


ゴアは淡々と続ける。


「兵士は弾薬なしには戦えない。食料なしには歩けない。」


誰も口を挟まない。


「つまり、敵兵を撃つより、兵站を焼く方が効率が良い。」


その一言で、ホームの空気が変わった。アンタスも黙って地図を見つめている。


「アンタス中尉。」


「はっ。」


「君は敵を殲滅したいと言ったな。」


「はい。」


「ならば、この列車で敵の兵站を焼き払え。」


ゴアは静かに言った。


「弾薬も食料も失った兵士は、銃を持っていても戦えない。」


その声には一切の感情がない。


「兵士を殺す必要すらない。自ら戦えなくなる。」


アンタスはゆっくりとうなずいた。


「……理解しました。」


「これが私の考える殲滅だ。」


イオクタンは改めて理解した。


目の前の男は、敵兵ではなく敵軍全体を相手に戦っているのだ。それが将官という立場なのだと。




―2020年9月23日 10:55 根府川駅―


「整備完了。アイアン・スネイプ、発進可能です。」


整備主任の軍曹が報告すると、ホームに停車していた装甲列車が重々しい駆動音を響かせた。


原形はJR東日本313系電車。しかし、その面影を残しているのは車体の輪郭だけだった。窓は厚い装甲板で塞がれ、車体各部には重力砲や各種センサーが組み込まれている。さらに、車内には歩兵部隊を輸送できるよう改造が施され、もはや通勤電車ではなく、一両ごとが戦闘車両と言える代物だった。


イオクタンはゆっくりと車体を見上げる。


これほど大規模な改造を、帝国軍はわずかな期間で成し遂げた。その事実だけでも、テリムトにおける帝国の工兵能力を物語っている。


「全部隊、乗車完了しました。」


「発車せよ。」


イオクタンの命令とともに、アイアン・スネイプは静かにホームを離れた。


最初はゆっくりと動き始めた車体だったが、重力制御装置が起動すると加速度は一変する。レールとの摩擦を極限まで減少させた列車は、わずか数十秒で時速百キロを超え、相模湾を左手に見ながら真鶴方面へ向けて疾走した。


車内では兵士たちが黙って武器を握り締めている。


先ほどまで「敵を殲滅する」と息巻いていた者たちも、今は一言も口を開かなかった。ゴア准将が示した戦い方は、彼らが想像していたものとはまるで違っていたのである。




―10時58分 真鶴駅裏・真鶴第一中学校兵站拠点―


真鶴第一中学校では、弾薬や食料の搬入が続いていた。


校庭には弾薬箱や燃料ドラム缶が整然と積み上げられ、通信隊が慌ただしく無線を飛ばしている。


前線へ送り出す物資は、分刻みで増え続けていた。


「次の車両を誘導してくれ!」


「7.62ミリ弾薬はこちらだ!」


補給隊員たちは休む間もなく動き回っていた。


その時だった。遠くから、列車の走行音が聞こえてくる。


「列車か……?」


一人の陸士長が線路へ視線を向けた。


この区間はすでに運行を停止しているはずだった。走ってくる列車などあるはずがない。


やがてトンネルの闇から姿を現したのは、通勤電車とは似ても似つかない黒い巨体だった。


「敵襲!」


叫び声が上がるより早く、車体側面の装甲が左右へ展開する。その内部から現れた重力砲が、一斉に火を噴いた。


空気そのものを押し潰すような衝撃が校庭を襲い、燃料タンクが巨大な火柱となって吹き上がる。誘爆した弾薬箱が次々と爆発し、爆風が校舎の窓ガラスを吹き飛ばした。


「退避! 退避しろ!」


隊員たちは散開しながら応戦を試みるが、高速で走り抜ける列車を正確に捕捉することは容易ではない。


アイアン・スネイプは減速することなく兵站拠点を通過し、そのまま湯河原方面へ向かっていった。


車内ではアンタスが戦況を見つめていた。


「燃料施設炎上。」


観測員が報告する。


「弾薬集積所も炎上を確認。」


「目標達成だ。」


アンタスは短く答えた。敵兵を撃ち倒したわけではない。しかし、敵軍に与えた損害は決して小さくない。補給を失った部隊は、戦い続けることができない。ようやく彼女にも、ゴアが言った「殲滅」の意味が理解でき始めていた。




―湯河原駅裏―


アイアン・スネイプは速度を落とさぬまま第2目標へ突入した。


警戒に当たっていた自衛隊員が列車を視認した時には、すでに重力砲の照準は定められていた。轟音とともに砲弾が着弾し、仮設倉庫が吹き飛ぶ。


積み上げられていた糧食箱が炎に包まれ、周囲へ飛散した破片が輸送車両を次々と破壊していく。


応戦する隊員たちは小銃や機関銃で射撃を加えたが、厚い装甲を貫くことはできない。


アイアン・スネイプは数分足らずで攻撃を終えると、そのまま根府川方面へ反転した。線路上には黒煙だけが立ち上り、兵站拠点は見る影もなく破壊されていた。




―18時00分 国道135号線―


夕暮れの海には、ようやく静けさが戻り始めていた。しかし、潮風に混じって運ばれてくる空気は、昼とは違っていた。


焦げた鉄の臭いが、海の匂いを押しのけるように漂っている。


「兵站拠点が襲撃された。」


和戸一尉の報告に、その場の空気が一変した。僕は反射的に内陸へ目を向ける。真鶴第一中学校の方角から、黒煙が空高く立ち上っていた。


「……あそこ。」


木山が息を呑む。


「現在、消火活動を続けていますが、人手が足りません。」


報告に訪れた宮野 也三曹の表情は重かった。


「弾薬、燃料、糧食の多くを失いました。幸い、連隊長以下、主要指揮官に被害はありません。指揮系統は維持されています。」


僕は胸を撫で下ろしかけたが、その安心は長く続かなかった。要の顔が脳裏に浮かぶ。


「戻りましょう!」


思わず声を上げる。だが、和戸が静かに制した。


「焦るな、段場。」


その声は叱責というより、諭すようだった。


「感情で動けば、判断を誤る。まずは命令を待て。」


無線が鳴る。


『35普通科連隊第1、第2、第3中隊は兵站拠点へ帰投。消火活動を支援せよ。』


有朋陸将からの命令だった。


「了解!」


海岸に展開していた部隊は一斉に撤収を開始する。


僕たちが到着した頃には、校舎はなお炎を上げ、弾薬庫だった建物は骨組みだけを残して崩れ落ちていた。


隊員たちは夜を徹して消火に当たったが、焼失した物資の多くは戻らない。


黒く焼け焦げた弾薬箱と、熱で歪んだ鉄骨だけが、兵站という「軍隊の生命線」を失った現実を無言のまま物語っていた。

登場人物紹介

登場人物紹介

有朋ありとも しげる……オペレーション・ギデオンの最高司令

和戸わこ 一暁かずあき……35普連2中隊の中隊長代理

地頭じとう 孝之たかゆき……35普連2中隊のベテラン

ゾーリー・ゴア……テリムト作戦参謀長

ファネッタ・イオクタン……湯河原・真鶴で攪乱する部隊の隊長を務める

フェア・アンタス……イオクタンの副官



※アステリム帝国軍では、戦艦をはじめ大型の装備品に、かつて戦果を挙げた帝国軍人の名前を使用している。「アイアン・スネイプ」は、「アルファン・スネイプ」という鉄のような頑丈な身体をしていたドワーフの英雄軍人から取った。

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ミリタリー SF ファンタジー 自衛隊 戦争
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