第50話 僕らも戦っていた
皆さん、お久しぶりです。この物語の主人公、段場 隼人です。
……覚えていますよね?
ここ数話は万代たちの戦いが続いていましたが、一応、この物語の主人公は僕です。
……ですよね?
返事はなかった。
少しだけ嫌な予感がした。
もしかして主人公、交代した?
いや、そんなはずはない。きっと、たまたま僕の出番が少なかっただけだ。……そう思うことにしておこう。
―9月23日―
朝から落ち着かない1日だった。山梨方面で大規模な戦闘が始まったという報告が入り、無線機から流れる緊迫した交信が、普段よりも頻繁に耳へ飛び込んでくる。
僕たち陸上自衛隊第35普通科連隊第2中隊は、神奈川県真鶴町周辺で警戒任務についていた。
敵がどこから現れるか分からない以上、海岸線の監視は欠かせない。双眼鏡越しに見える相模湾は穏やかだった。青く広がる海だけを見れば、戦争などどこにも存在しないように思える。しかし、その静けさこそが不気味だった。
遠くから微かに響く砲声。風に乗って届く爆発音。目には見えなくても、山梨では多くの隊員が命を懸けて戦っている。その事実だけは嫌というほど伝わってきた。
僕は双眼鏡を下ろし、小さく息を吐いた。真鶴も、いつ戦場になるか分からない。それを理解しているからこそ、中隊全体に張り詰めた空気が漂っていた。
10:40、無線が短く鳴った。
『海自、敵艦隊と交戦開始』
通信員の声に、その場の全員が顔を上げる。ついに海でも始まった。敵は山だけではなく、海からも攻勢を仕掛けてきたのだ。
ほどなくして新たな命令が下る。
第35普通科連隊第1中隊、第2中隊、第3中隊は海岸沿いへ前進し、上陸してきた水棲種の掃討を実施せよ。
いよいよ僕たちの出番だった。
「補給小隊が追加で84ミリ無反動砲を持って来る。それまではここで待機だ」
片桐一佐が落ち着いた声で命じる。
「了解」
和戸一尉が即座に応じた。
僕たちには新型84ミリ無反動砲「迅」が通常より多く支給される予定だった。敵が保有する水陸両用戦車への対抗策として、本部が優先的に配備した装備である。旧式より装填速度、照準性能、弾速のすべてが向上した最新型。
演習では何度も扱った。しかし実戦で撃つのは、今日が初めてになるかもしれない。
「このまま時間が止まってくれればいいのにな……」
木山がぽつりと漏らした。誰も笑わなかった。その言葉は、この場にいた全員の本音だったからだ。
「大丈夫、大丈夫」
重苦しい空気を破ったのは魚見まひる陸士長だった。
「今まで訓練してきたことを、そのままやればいいだけ。それに84ミリ無反動砲を撃つ時は後ろをちゃんと確認すること。後方噴射で味方を吹き飛ばしたら洒落にならないからね」
いつも通りの笑顔だった。展望台で待機していた時も、湯河原で先行偵察をしていた時も、この人は変わらなかった。緊張を感じさせない。だからこそ周囲も少しだけ肩の力を抜ける。
「まひる先輩、頼もしいです」
杏南が微笑む。
「それが、あの子の強さよ」
瑛松二曹も静かに頷いた。僕は2人のやり取りを見ながら思う。上官というのは、こういうものなのだろう。
怖がっていないわけではない。それでも部下を安心させるために、普段と変わらない態度を崩さない。それだけでも十分な強さだった。
11:55 補給小隊が到着した。荷台から次々とコンテナが降ろされる。
「急げ! 各班1本ずつ確認!」
補給隊員の声が飛ぶ。僕たちは梱包を解き、84ミリ無反動砲『迅』を受け取った。金属の冷たい感触が掌に伝わる。発射筒の重量も、肩に掛けた時の感覚も演習で何度も覚えたものだ。
だが今日は違う。この1発で、生き残れるかどうかが決まる。
「装填確認」
「異常なし」
「照準装置確認」
「問題ありません」
各班から次々と報告が上がる。和戸一尉は全員の準備が整ったことを確認すると、大きく頷いた。
「よし、行くぞ!」
その一声で部隊が一斉に動き始めた。砂浜へ向かう足音が重なる。誰も無駄口は叩かない。遠くから響く艦砲射撃の重低音が、戦いがすでに始まっていることを知らせていた。
僕たちは駆けた。海で戦う仲間たちに遅れを取るわけにはいかなかった。
― 駿河湾沖 十五海里 ―
艦隊旗艦〈海王〉の戦闘指揮所では、絶え間なく新しい情報が流れ込んでいた。
「艦隊旗艦〈海王〉より各艦。相模湾方面に敵艦隊を確認」
通信士・布置 元気三等海尉の報告に、艦橋の空気が張り詰める。大型スクリーンには、複数の艦影が映し出されていた。その輪郭は、人類側の艦艇そのものだった。
「……海上保安庁の巡視船か。それに民間フェリーまである」
沼田 大典三等海尉が苦々しく呟く。
「全部、奴らに鹵獲された船です」
外見こそ地球の船舶だったが、その上部構造物には異質な装甲が増設され、砲塔や発光する未知の兵器が無数に取り付けられている。かつて人々を運んだ船は、今や帝国軍の戦艦へと変貌していた。
「感傷は後だ」
力安 悟郎艦長の声が艦橋を貫く。
「航空隊を先行させる。F-35B発艦」
「了解!」
飛行甲板では、垂直離着陸形態となったF-35Bが一機、また一機と轟音を響かせながら夜空へ舞い上がっていく。
同時に艦尾ハッチが開放され、小型無人潜水艦〈叢雲〉、低被探知型〈幽〉、攻撃・妨害型水中ドローン〈剣魚〉が次々と海中へ投入された。
空だけではない。海面下でも戦いは始まっていた。
「〈迅風〉、〈曉波〉。敵フェリーを優先目標とする。対艦ミサイル発射準備」
「発射!」
護衛艦のVLSから白煙が噴き上がり、数発の対艦ミサイルが一斉に飛翔する。しかし次の瞬間、敵艦隊後方の海面が青白く輝いた。
高エネルギー収束弾。光線にも似たその一撃が、飛来するミサイルを次々と空中で撃ち抜いていく。爆炎が夜空に連続して咲いた。
「全弾迎撃されました!」
報告に艦橋が静まり返る。力安はスクリーンから目を離さなかった。
「予想どおりだ。真正面からでは突破できん」
短くそう言うと、艦長は即座に次の命令を下した。
「水中部隊を前進。敵の目を海面下へ向けさせろ」
戦場は、海上だけでは終わらなかった。
一方その頃――。
深度300メートル。
潜水艦〈渦潮〉は、海底地形に身を潜めながら静かに前進していた。艦内には最低限の機械音しか響かず、ソナー員の報告だけが緊張した空気を切り裂く。
「艦長。敵無人潜水機群を探知。数三十。接近速度、百ノット以上」
通常の魚雷を上回る異常な速度だった。帝国軍の無人兵器群は、一直線に〈渦潮〉へ向かってくる。
則 哲鷹艦長はディスプレイを一瞥すると、落ち着いた声で命じた。
「迎撃ドローン発進」
艦首の発射管から攻撃型水中ドローン〈剣魚〉が次々と射出される。細身の機体は水流を切り裂きながら複雑な軌道を描き、敵無人機へ襲いかかった。海中に鈍い爆発音が連続する。
映像には、敵無人潜水機が次々と四散していく様子が映し出された。
「迎撃成功。敵群の半数以上を撃破」
安堵する間もなく、新たな報告が飛び込む。
「大型反応!」
ソナー員の声が一段高くなる。
「敵大型潜水艇です! 重力シールドらしき反応を確認!」
画面中央に、巨大な艦影が浮かび上がる。その周囲では海水そのものが歪み、通常兵器を拒絶する不可視の壁を形成していた。
「通常魚雷では効果が期待できません!」
則艦長は静かに息を吐いた。
「予想通りか。」
すぐさま通信回線を開く。
「〈海王〉へ。敵大型潜水艇を確認。重力シールド展開中」
数秒後、力安艦長の声が返ってくる。
『こちら〈海王〉。了解した』
その返答は短かった。しかし、その一言だけで十分だった。海上でも、海中でも、誰一人として退くつもりはない。
『陸では陸自が踏みとどまっている。我々が海を明け渡すわけにはいかん』
力安の声は落ち着いていた。
『全艦、波状攻撃を継続。敵のシールドを飽和させる。航空隊、水中ドローン、潜水艦、すべての戦力を投入しろ』
「了解」
命令は瞬く間に艦隊全体へ伝達された。白昼の駿河湾で、無数の推進音が海を震わせる。
空ではF-35Bが敵航空戦力を迎撃し、護衛艦は絶え間なく対艦ミサイルを放ち続ける。海面下では〈剣魚〉と帝国軍無人潜水機が入り乱れ、深海では潜水艦同士が互いの位置を探り合っていた。
地上では山梨方面隊が死闘を演じ、海では海上自衛隊が帝国海軍を食い止める。それぞれが、それぞれの持ち場で、自分に与えられた任務を果たそうとしていたのである。
登場人物紹介
力安 悟郎
生年月日:1969年3月11日 / 出身:神奈川県
階級:一等海佐 / 役職:空母「海王」の艦長
布置 元気……三等海尉、海王の通信士
沼田 大典……三等海尉、海王の通信士
則 哲鷹……二等海佐、「渦潮」の艦長
当物語に出てくる架空の装備品等
84mm無反動砲・迅……旧式よりも装填速度、標準速度、弾速が向上している
艦隊旗艦・海王……海自の空母
護衛艦:曉波、迅風
潜水艦:黒鮫
攻撃・妨害型水中ドローン・剣魚……先端が鋭く、剣状のため、先端で攻撃も出来る。
作戦遂行型小型無人潜水艦・叢雲……空母から操縦している無人潜水艦
同 幽……極めて低い被探知性がある。
電光……水中ドローン用の魚雷。小型ながらも素早く、電撃的な攻撃をする。
水燕……小型無人潜水艦用の魚雷。水中を燕のように自在に動き回る。
※鹵獲艦隊……帝国軍は、宇宙船に乗って地球へ来ているため、大型の装備品は持ち込めず、特に戦艦は小型潜水艦(2人乗り)や無人潜水艦等、限られた装備しか持ち出せませんでした。撃ち落とした海自戦艦・海保の巡視船、民間のフェリー等を修理・改修し、運用しています。そのため、自衛隊では、帝国海軍の戦艦をこう呼びます。




