第48話 内なる亀裂
―9月24日午前4:00―
立川基地には、大月方面から撤退してきた兵士達が次々と帰還していた。担架に横たわる者。片腕を失った者。血と泥にまみれ、仲間に肩を貸されながら歩く者。
地球人を「下等生物」と嘲笑していた帝国軍の兵士たちは、今や誰もが敗北の重さを噛み締めていた。その様子を腕組みしたまま眺めていた男が、皮肉混じりに鼻を鳴らす。
「ずいぶんと無様な帰還だな。」
声の主は空軍少佐イアン・アールオブだった。彼の視線の先には、担架で運ばれるブリンキンの姿がある。
「帝国陸軍屈指の武勇を誇る男も、この程度だったとは。」
ブリンキンは答えない。左目を負傷し、両脚も満足に動かない。反論する資格すら失ったことを、本人が一番理解していた。
「少佐殿、その言い方は……。」
付き添っていたベラル・イーヘイ軍曹が思わず口を挟む。しかしアールオブは冷たい笑みを浮かべた。
「軍曹風情が上官に意見するのか。」
場の空気が凍り付く。ブリンキンは静かに頭を下げた。
「戦果については弁解の余地もありません。どうか部下だけはお許しください。」
「……ふん。」
アールオブは興味を失ったように背を向けた。
「医務室へ行け。見苦しい。」
その時だった。
「何を騒いでいる?」
低く落ち着いた声が響く。現れたのは人事参謀長コーディー・ヴァランクエ准将だった。
事情を聞いた彼は、薄く笑う。
「責任の所在は、10:00からの会議で決めよう。」
その笑みには、敗戦を憂う色よりも、誰を処分するかを楽しむ色が濃かった。
―10:00 立川基地会議室―
前線指揮官、参謀部、各部門責任者が一堂に会する。会議開始と同時に、ヴァランクエが机を叩いた。
「貴様らは恥ずかしくないのか!」
怒号が会議室を震わせる。
「下等生物ごときに敗北して帰還するとは、帝国軍の恥さらしだ!」
作戦参謀長ゴアが静かに口を開く。
「准将。総括は作戦参謀部が――」
「黙れ!」
怒鳴り声が遮った。
「元を正せば貴様ら作戦参謀部の失策だ!」
ヴァランクエは一人ずつ指を突きつける。
「ルックバー。訓練参謀長失格だ。」
「ゴア、ミルキーウッド、お前たちも責任を取れ。」
会議室がざわめいた。敗因分析ではない。完全な吊し上げだった。その空気を断ち切るように、1人の女性将官が口を開く。
「そこまでです。」
サッサ・アイソレイテ准将だった。静かな声だった。しかし誰1人、その言葉を軽く受け止める者はいない。
「人事権があるからといって、この場で処分を決定する権限はありません。」
ヴァランクエが鼻で笑う。
「プレヤディッチの腰巾着が。ダークエルフなんぞに媚びる愚か者が。」
「種族差別を交えた発言は慎みなさい。」
アイソレイテの声色は変わらない。
「ここは責任者を吊るし上げる場ではなく、敗因を分析する場です。」
しばらく睨み合いが続いた。やがてヴァランクエは舌打ちし、椅子へ深く座り直す。
「……続けろ。」
ようやく本来の会議が始まった。
補給線の喪失に敵戦力の過小評価、特殊部隊の損耗。前線指揮官たちは順に状況を報告していく。片腕を失ったアスゲニフも、その一人だった。
「イー0排除に想定以上の時間を要しました。敵兵の練度は2年前とは別物です。若い兵まで実戦経験を積み、戦力化されています。」
続いてオズスリットリウムも口を開く。
「これは特殊部隊だけの問題ではありません。各部隊でも同様でした。」
ゴアは静かに頷く。
「つまり敵は戦力を増強し、なおかつ育成にも成功している。」
その言葉に、多くの将校が表情を曇らせた。
「では補給路を奪還しなかった理由は?」
ステフェン・アストロ中佐が問い掛ける。
その口調には確認ではなく、追及の色が滲んでいた。アイトンダの眉がぴくりと動く。
「現場を知らん者が軽々しく言うな。」
怒気を帯びた声が返る。空気が再び険悪になる。
「その辺にしなさい。」
アイソレイテが制した。
「感情論では何も解決しません。」
会議室はようやく静けさを取り戻す。
最後にゴアが結論を述べた。
「山梨方面への再攻勢は延期します。」
「まずは情報を集め直し、敵戦力を再評価する。」
アストロは怪訝な顔でゴアを睨む。この時アストロは、今すぐ山梨に兵を送れば、その遅れを取り戻せると考えていた。しかし、あえて何も言わなかった。ゴアの作戦がしくじれば、奴は失脚し、自身が作戦参謀長に昇進できる。そう目論んでいた。
「次戦の人選、ヴァランクエ准将に託して大丈夫でしょうか?」
ミルキーウッドは不安気に訪ねた。
「彼とて帝国軍の一人。帝国そのものが不利益を被ることはしないでしょう。」
アイソレイテはそう答える。しかし、ミルキーウッドの気持ちは晴れぬままだった。
「(こんな状態で作戦を遂行できるだろうか…。このままでは、また大勢の命が失われる…。)」
ゼムファルトの視線の先には、同じくこの内部対立に苦い表情を浮かべる、ゴアやミルキーウッドの姿があった。一枚岩ではない組織の危険性を感じ取っていた。しかし、その声は、権力に固執する者たちの怒声にかき消されていく。
自衛隊は確実に強くなっている。陸・海・空が団結して戦わないと次も負ける。だが、それ以上に帝国軍は内部から崩れ始めていた。
登場人物紹介
登場人物紹介
イアン・アールオブ
種族・性別:ハイエルフの男性
所属・階級:空軍少佐、訓練参謀空軍担当
備考:反プレヤディッチ派の一人。男爵の家系。
ベラル・イーヘイ
種族・性別:熊型獣人族の男性
所属・階級:陸軍軍曹、第2歩兵大隊
備考:ブリンキンの弟分。サイズはツキノワグマくらい。
コーディー・ヴァランクエ
種族・性別:ハイエルフの男性
所属・階級:空軍准将、人事参謀長
備考:反プレヤディッチ派。子爵の家系。ダークエルフを差別している。アイソレイテとは、軍学校の同期。先に将校に出世したのはヴァランクエだったが、アイソレイテが先に少将へ昇格したことを妬んでいる。
ルク・ルックバー
種族・性別:エルダードワーフの男性
所属・階級:陸軍中佐、訓練参謀長
備考:ヴァランクエやアストロの粗探しに巻き込まれてしまう。
ステフェン・アストロ
種族・性別:ヒト族の男性
所属・階級:陸軍中佐、作戦参謀次長
備考:ゴアの副官だが、反プレヤディッチ派。
サッサ・アイソレイテ
種族・性別:ハイエルフの女性
所属・階級:空軍少将で、テリムト参謀長
アンネ・ミルキーウッド……陸軍大佐で、天使族の女性。テリムト副参謀長
ゾーリー・ゴア……陸軍准将で、ヒト族の男性。テリムト作戦参謀長
※反プレヤディッチ派とは?
プレヤディッチは、帝国史上初の女性将校となったことで、カリスマ的人気を誇る一方、敵も多いです。反プレヤディッチ派のヴァランクエは、ダークエルフを差別していますが、それは種族間の差別意識だけではありません。彼女のテリムトの統治方法に理由があります。その概要は、今後話が進むうえで明らかになっていくでしょう。
アイソレイテは当初、ダークエルフであるプレヤディッチを良く思っていませんでしたが、共に仕事をするにあたり、彼女の人柄や軍務に対する姿勢に感銘を受け、今や心酔するまでになりました。
現在の登場人物で明確にプレヤディッチ派なのは、アイソレイテ、ゴア、ミルキーウッド、ポートレミ、フー、反プレヤディッチ派はヴァランクエ、アールオブ、アストロです。ゼムファルトやルックバーは中立派です。




