第44話 馬鹿と天才は紙一重
「倒す……だと?」
ブリンキンが低く唸る。
土井 近太郎は小銃を構えたまま、一歩前へ出た。その姿を見た麻生は思わず目を見開く。
「あいつ、本気か……」
土井の腕は認めている。しかし、目の前にいる熊型獣人へ小銃がほとんど通用しないことは、誰もが嫌というほど理解していた。
原崎も眉をひそめる。
(火力があるわけでもない。どうやって倒す気だ……)
負傷した柳田が苦笑する。
「頼もしいような、不安なような奴だな……」
その場にいた隊員たちは皆、同じ感情を抱いていた。勝算は見えない。それでも、今は土井に賭けるしかない。
その時だった。土井は敵の真正面で堂々と立ち止まり、辺りを見回し始めた。
「……おい。」
白木の顔色が変わる。
「何ぼさっと突っ立ってる! 隠れろ!」
「え?」
返事をした瞬間、敵兵の一斉射撃が土井へ集中した。
「あわわわわ!」
慌てて地面へ飛び込み、岩陰へ転がり込む。弾丸が頭上を唸りながら通過していった。麻生は思わず額を押さえた。
「……そうだった。」
「あいつ、時々こうなるんだった。」
張り詰めていた空気が一瞬だけ緩む。原崎も苦笑しながら息を吐く。
「腕は一流なのに、肝心なところで抜けてる。」
白木は苦笑を浮かべると、すぐ表情を引き締めた。
「笑ってる場合じゃない。」
「総員、土井を援護する! 熊以外の敵を片付けるぞ!」
「了解!」
その声に反応したモーキングが怒声を上げる。
「舐めやがって!」
撃ち抜かれた両腕から血を流しながらも、無理やり機関銃を抱え上げる。
「まずはそのガキから蜂の巣に――」
最後まで言わせなかった。柳田が低く滑り込み、ナイフでモーキングの脚を深く切り裂く。
「ぐあっ!」
体勢を崩した一瞬。
「今だ!」
白木と原崎の小銃が火を噴いた。数十発の銃弾が胸部へ集中し、巨体が後方へよろめく。さらに追撃。モーキングは膝をつき、そのまま前のめりに倒れ伏した。
「……クソが。」
最後に恨めしそうに呟き、動かなくなる。
白木は素早く周囲を確認した。
「熊ほど硬くはない。撃ち続ければ倒せる。」
モーキング撃破によって敵の攻撃は一瞬鈍る。その隙を逃さず、春川 篠子一等陸曹が土井の肩を叩いた。
「行け。」
「でも――」
「私たちが道を開く。」
重中が前へ出る。
「命に代えても守る。」
川松も笑った。
「だから倒してください、近太郎さん。」
返事を待たず、3人は一斉に飛び出した。
敵の銃撃が集中する。それでも3人は立ち止まらない。自ら盾となりながら、土井が前進するための数秒を作り出していく。
土井はその背中を見つめ、小さく息を吸った。
「……必ず。」
その声には、先ほどまでの気の抜けた雰囲気は微塵も残っていなかった。
土井は小銃を握り直し、一気にブリンキンとの距離を詰める。ブリンキンはその動きを見て目を細めた。
(この小僧……。ただの若造ではない。ここで始末しなければ、必ず将来の脅威になる)
「撃て!」
命令と同時に、帝国兵3名が小銃擲弾を構える。しかし、その背後へ手榴弾が投げ込まれた。3人は反撃する暇もなく吹き飛ばされた。
「おのれ!」
ブリンキンが振り返る。その一瞬だった。
「隙だらけですよ。」
いつの間にか、土井は懐へ潜り込んでいた。
「!」
誰もが銃剣で急所を突くと思った。
だが――。
土井は銃剣ではなく、左拳を握り締め、そのままブリンキンの脇腹へ全力で叩き込んだ。鈍い音が響く。次の瞬間。
「いっっっったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
土井が絶叫した。砕けそうになった拳を押さえ、その場で飛び跳ねる。戦場が、一瞬だけ静まり返る。
「…………。」
誰も言葉を失った。最初に口を開いたのは麻生だった。
「馬鹿かお前はぁぁぁぁ!」
原崎も思わず怒鳴る。
「銃が効かない相手を素手で殴る奴があるか!」
白木は額を押さえた。
「まさか、ここまでとは……。」
中邑も呆然としている。
「あいつ……自分から小銃を放したよな。」
吉武は苦笑すら浮かべられなかった。
「天才なのか馬鹿なのか、本当に分からん。」
対するブリンキンも、呆れたように鼻を鳴らす。
「技量は認める。」
その声には皮肉よりも事実を評する響きがあった。
「だが、所詮は馬鹿だ。」
言葉と同時に、渾身の回し蹴りが唸りを上げる。
空気そのものを切り裂くような一撃だった。土井の身体は大きく吹き飛ばされた。
登場人物紹介
土井 近太郎……高い戦闘能力を持ち、座学でも優秀な自衛官だが、どこか抜けているところがある。シリアスな展開になるほど、ドジを踏むことが多い。
トビ・ブリンキン……帝国屈指の戦闘能力を誇る熊型獣人族




