第43話 猛威
「上条、原崎、田之上! 一点突破だ! 俺と共に敵左翼を崩す!」
麻生の号令とともに3人が飛び出した。
「一ノ瀬一曹、黄村三曹は後方警戒!」
「了解!」
一方、白木も素早く部隊を立て直していた。
「俺たちは右翼を叩く! 中間、中邑、続け!」
「柳田は立山を援護しろ!」
さらに吉武率いる中隊も側面へ回り込み、敵後方への攻撃を開始する。突如浴びせられた伏兵の銃撃で乱れた自衛隊だったが、各指揮官が即座に隊形を立て直したことで、戦線は崩壊を免れていた。
「撃て!」
「前へ!」
銃声が山中へ響き渡る。自衛官たちは互いに援護しながら少しずつ前進し、帝国軍を押し返していく。
「ぐあっ!」
「ひるむな! 相手は下等生物だ!」
帝国兵が怒号を飛ばす。しかし叫びとは裏腹に、前線では兵が次々と倒れていた。隊形は乱れ、射撃も散発的になる。
その様子を上空から見下ろしていたオズスリットリウムは静かに目を細めた。
(右翼が押され始めたか。)
彼女の視線は戦場全体を俯瞰していた。焦りはない。
(まだ慌てる必要はない。ユーミンも動いておらん。)
その瞬間だった。
ヒュオオオッ――。
空気を切り裂く音。
「!」
迫撃砲弾がオズスリットリウムの右翼をかすめた。羽先が裂け、鮮血が散る。
「大隊長殿!」
副官アークスが叫ぶ。
「問題ない。前を見ろ。」
冷静に答えながらも、オズスリットリウムは傷口を一瞥した。
(偶然では済まんな。)
羽先から滴る血を見つめる。
(まともに受ければ終わりだ。)
視線を山腹へ向ける。――第13普通科連隊重迫撃砲中隊。
(先にあれを潰す。)
翼を翻し、一気に高度を下げた。
「敵指揮官接近!」
重迫撃砲陣地に緊張が走る。
「来るぞ!」
「撃ち続けろ!」
路吟 大鳳三等陸佐が怒鳴った。
「ここが奴の墓場だ!」
120ミリ迫撃砲が次々と火を噴く。そこへ短SAM小隊も加わった。
「照準固定!」
「発射!」
数発のミサイルが空へ駆け上がる。
ロケット弾、迫撃砲、地対空ミサイル。3方向から火力が集中した。
「……1人相手とは思えんな。」
オズスリットリウムは苦笑しながらも、巧みに回避運動を続ける。
その頃、地上では麻生隊が着実に敵を押し返していた。
「押せ!」
「敵が崩れてる!」
「このまま行けます!」
上条が笑った。麻生もわずかに頷く。
「ここを突破すれば勝てる。」
誰もがそう思った。その時だった。山全体を震わせるような咆哮が響いた。
ゴォォォォォォッ――。
腹の底まで震える重低音。ただ大きいだけではない。聞いた者の本能へ直接恐怖を刻み込むような異様な咆哮だった。誰もが思わず動きを止める。
「……何だ?」
麻生の頬を冷や汗が伝う。
次の瞬間、中央突破してきた黒い影が、地面を砕きながら一直線に突進した。
「あ――」
誰かが叫ぶより早い。
ドンッ。
天城 永遠一等陸士の身体が宙へ浮いた。
巨大な腕から突き出た刃が、その腹部を容易く貫いていた。鮮血が噴き上がる。黒い巨体が、ゆっくりと天城を振り払う。その姿は熊に酷似していた。
しかし体高は2メートルを優に超え、全身は鎧のような筋肉と厚い皮膚に覆われている。
「野郎!」
上条が射撃を浴びせる。弾丸は命中した。
だが――
金属でも叩いたような鈍い音を立てただけだった。巨獣は歩みを止めない。
「……効いてない。」
戦場の空気が、一瞬で変わった。
一ノ瀬は89式小銃を握り直すと、銃剣を展開して一直線に突撃した。
これまで幾度となく白兵戦を潜り抜けてきた歴戦の隊員である。小銃が通じない相手ならば、銃剣で急所を貫くしかない――そう判断したのは自然な流れだった。しかし、その読みは外れた。
銃剣の切っ先はブリンキンの胸部へ深々と突き立ったものの、刃は分厚い皮膚と筋肉に阻まれ、数センチ食い込んだだけで止まる。
一ノ瀬の表情が凍り付いた。
ブリンキンは刺さった銃剣を気に留める様子すら見せず、大木でも払うかのように腕を振るった。鈍い衝撃音が響いた。
一ノ瀬の身体は数メートル先まで吹き飛ばされ、その首から上は跡形もなく砕け散る。血煙と砕けた頭蓋骨が周囲へ飛び散り、隊員たちは言葉を失った。
その凄惨な光景を目の当たりにした黄村 桜三等陸曹は、膝から崩れ落ちるようにその場へ座り込んだ。
戦場では一瞬の躊躇が致命傷となる。次の瞬間、帝国兵の放った銃弾が黄村の胸を撃ち抜き、彼女は倒木へもたれかかるように息絶えた。
麻生は歯を食いしばる。敵は熊型の怪物だけではない。左右からは帝国歩兵が間断なく射撃を加え、戦線の至る所で近接戦闘が始まっていた。
その混乱の中、原崎が叫ぶ。
「ハチヨンは残っているか!」
対戦車火器があれば、この怪物にも通用するかもしれない。だが返ってきた報告は、わずかな希望すら打ち砕くものだった。
「敵の奇襲で鹵獲されました!」
原崎は思わず息をのんだ。その隙を狙って、一体のミノタウロスが背後から躍り出る。軍刀が閃き、臼井 愛由美陸士長の背中を深々と貫いた。
悲鳴が上がるより早く、敵士官セペ・モーキング少尉は刀を引き抜き、返り血を払った。
「中尉殿ばかり見てるからだ。」
薄く笑ったモーキングは、次の獲物を探すように周囲を見回す。
一方、戦場後方では、鳥人族を率いるタイカ・マムッシュ少尉が吉武中隊へ襲いかかっていた。
有翼種特有の機動力を生かし、銃弾の届く寸前で高度を変えながら射撃を浴びせてくる。反撃しようにも照準を合わせる暇がなく、自衛隊側は防戦一方だった。
吉武 寿太郎三等陸佐は部下を伏せさせながら、冷静さだけは失わないよう努めていた。
「焦るな。奴らは飛び続けなければ優位を保てん。必ず隙ができる。」
その言葉どおり、焦り始めていたのは鳥人族の側でもあった。長引く戦闘で体力を消耗しながらも決定打を与えられず、マムッシュはしびれを切らして低高度へ降りる。
その瞬間だった。側面の林から白木隊が姿を現す。白木は無線で吉武へ一言だけ伝えた。
『今です。』
吉武は即座に意味を理解した。正面から中隊が一斉射撃を浴びせ、横合いから白木隊が十字砲火を形成する。
退避する空間を失った鳥人族は次々と撃ち落とされ、マムッシュも胸部へ数発の銃弾を受けて墜落した。吉武は倒れた敵を確認することなく白木へ向き直る。
「礼は後で。麻生隊が危ない。」
白木は無言で頷き、両隊はすぐさま進路を変えた。
その頃、麻生たちはなおもブリンキンの猛攻に耐えていた。磯部、志賀と熟練隊員が次々に倒れ、陣形は崩れ始めている。厚い皮膚に覆われた巨体へ小銃弾を浴びせても、勢いを鈍らせることすらできなかった。
田之上は肩で息をしながら麻生を見る。
「三尉……このままでは持ちません。」
麻生も答えられなかった。勝機が見えない。どうすれば倒せるのか、その答えが誰にも分からない。
そこへ武石連隊長から撤退命令が届く。このまま戦えば損害だけが増えるという判断だった。各隊は負傷者を抱えながら後退を開始するが、帝国軍はその背中を逃さなかった。
「逃がすな。」
エレクトラオの命令で帝国兵が一斉に前へ出る。
モーキングは逃げ遅れた上条を見つけると、軍刀を力任せに投げ放った。
刃は背中から胸を貫き、上条は数歩よろめいたあと膝をつく。モーキングはその脇を通り過ぎざま、何の躊躇もなく首を刎ねた。
麻生は振り返る。長年ともに戦ってきた戦友の最期だった。怒りが込み上げる。しかし立ち止まれば、自分も、残された部下も全滅する。
拳を握り締めたまま歯を食いしばり、麻生は撤退を続けるしかなかった。
その直後、柳田が脚を撃たれて倒れる。救助へ向かった田之上にもモーキングが迫り、軍刀を振り上げた。
刃が振り下ろされようとした、その瞬間だった。乾いた銃声が2発、山中へ響く。
モーキングの両手首から鮮血が噴き上がり、軍刀が地面へ転がった。
誰もが銃声のした方向を振り向く。
木立の向こうに、1人の自衛官が静かに立っていた。土井 近太郎陸士長。
その銃口は微動だにせず、すでに次の標的を見据えている。土井は倒れた柳田へ視線を送り、それから麻生たちを見渡した。
「負傷者の救護をお願いします。」
落ち着いた口調だった。だが、その瞳だけは一点を射抜くように鋭く光っている。ゆっくりと銃口が持ち上がる。照準の先にいるのは、なおも暴れ続ける熊型の巨兵、ブリンキンただ一体だった。
「――あの熊は、僕が倒します。」
土井 近太郎……13普連所属の若手隊員
吉武 寿太郎……第13普通科連隊第2中隊長
路吟 大鳳……第13普通科連隊重迫撃砲中隊長
トビ・ブリンキン……帝国軍屈指の戦闘能力を持ち、多くの自衛隊員を屠った。
ユーミン・エレクトラオ……陸軍中尉で、ダークエルフの女性。中隊長の1人
セペ・モーキング……陸軍少尉で、ミノタウロスの男性。気性が荒く、好戦的な性格
グーリエ星に存在する種族
ダークエルフ……エルフ族の亜種で、褐色肌が特徴。エルフやハーフエルフとの違いは、肌の色だけで、大きな差はない。
ミノタウロス……頭部が牛、首から下が人型の種族。モンスター種の一つ。大柄な体格で力持ち。モンスターとしてカテゴライズされているが、温厚な性格の者が多い。軍に入る者は、工兵科や通信科等、後方支援に就く者が多く、気性が荒くて好戦的で、前線で戦いたがるセペ・モーキングは例外的な存在。




