第40話 共闘
「ゴエ、その足ではもう戦えん。」
コウガはゴエの右脚へ視線を落とした。応急処置は済ませてあるものの、銃創からはなお血が滲み、まともに走れる状態ではない。
「悔しいですが、認めます。まずは治さないと始まりません。」
「救護ヘリは手配した。それまでは、この周辺の警戒を続けろ。」
「了解です。」
そのとき、無線機から通信が入った。
『コウガ、聞こえるか。』
「ジュースか。」
『落ち着いて聞け。隊長とハンゾウ、それにフウマだが……生存は絶望的だ。現場には大量の血痕と肉片だけが残っていた。』
コウガは目を閉じた。隊長なら最後まで戦ったはずだ。そう思えばこそ、その報告は現実として胸へ重くのしかかった。
「敵は?」
『詳細は不明だ。隊長が相打ちに持ち込んだ可能性が高い。……それと、モモは見つかったか?』
コウガは数秒だけ沈黙した。
「戦死した。」
無線の向こうもしばらく言葉を失う。やがてジュースは低く息を吐いた。
『了解した。俺が隊長代理として指揮を執る。第一補給路はフィンレーたちへ任せる。お前たちはその場で待機してくれ。』
「了解。」
通信が切れた直後だった。ゴエが耳を澄ませる。
「……誰か来ます。」
2人は同時に銃を構えた。木々の間から現れた4つの人影もまた、小銃をこちらへ向けている。数秒だけ、互いに引き金へ指を掛けたまま睨み合った。
「……美村三曹。」
「コウガか。」
互いの姿を確認すると、緊張は一気に解けた。
「何だ、お前たちだったか。」
「状況は?」
「敵補給路は遮断しました。次の地点へ移動するところです。」
コウガは地図を広げ、一か所を指差した。
「第3補給地点だ。仲間が孤立している。援護へ向かってくれ。」
「了解。」
美村は即座に頷く。命令を受けることへ迷いはなかった。4人は森の奥へ駆け出していく。その背中を見送りながら、ゴエが口を開いた。
「任せて大丈夫ですか?」
「ああ。」
コウガは迷わず答えた。
「ここまで誰1人欠けることなく任務を遂行してきた。十分、信頼できる。」
第3補給地点では、ダンゾウが孤軍奮闘していた。
敵が仕掛けた罠を突破し、幾度となく包囲網を破った結果、その周囲には帝国兵の亡骸が折り重なるように転がっている。
しかし、その代償は小さくなかった。弾倉には残り数発。肩口から流れた血で袖は黒く染まり、呼吸も荒い。それでもダンゾウは膝をつかなかった。
(隊長に"大丈夫です"と言った以上、この程度で倒れるわけにはいかん。)
岩陰から敵を観察する。
あと何人残っている?
どこを突破すれば包囲を崩せる?
頭の中では、それだけが静かに組み立てられていた。
「美村三曹、目標地点まで、あと100メートルです。」
徳島が木立の向こうを指差した。視線の先では、1人の隊員が岩陰を転々と移動しながら銃撃を続けている。その周囲には帝国兵の死体が幾重にも転がり、それでもなお十数名の敵兵が包囲を狭めていた。
「あれが……。」
「ああ、特戦群だ。」(美村)
ダンゾウの戦闘服は土と血にまみれ、肩口から流れた血が袖を黒く染めていた。足元には空になった弾倉がいくつも転がっている。それでも彼の射撃は正確で、身を乗り出した帝国兵が1人、また1人と倒れていった。
「奴はこちらの射線を全部読んでいる……。」
※ダレン・ドフィーラ軍曹、元第3砲兵大隊整備小隊
「軍曹、このままでは損害が増える一方です。」
※ピオトル・シマオ兵士長、元第3砲兵大隊弾薬小隊
「砲兵相手ならとっくに終わっていた戦いだ。たった一匹の羽虫ごときに、何人食われれば気が済む……!」
ドフィーラが苛立ちを隠せず唸る横で、ニール・ツインクエ曹長は双眼鏡を覗き込んでいた。
「……近づけん。」
「曹長、指示をお願いします。」
ツインクエは無表情のまま前方を指差した。
「アニャーニャ、アブゾフ、ヴィジポ、サイヴェ。」
「はい。」
「お前たち4人で突撃しろ。」
4人は一瞬だけ顔を見合わせた。
「……曹長、それでは狙撃されます。」
アニャーニャが恐る恐る口を開く。
「だから何だ?」
「え……。」
「撃たれて時間を稼げ。その間にハンゴとニーカムが狙撃手を始末する。」
アブゾフが思わず息を呑む。
「それは……我々に死ねという命令ですか。」
「そう言ってるんだ。」
ツインクエは眉ひとつ動かさなかった。
「さっさと行け。役立たず。」
4人は返す言葉を失った。上官の命令は絶対だった。ヴィジポは唇を噛み締める。
故郷には、病床の母と幼い弟妹がいる。地球遠征は危険も少なく、報酬も高い──そう聞かされて志願した。家族を楽にさせたい。その願いだけで軍服を着た。
(……お母さん。)
「行こう。」
ヴィジポが小さく呟く。
4人は覚悟を決め、木立から飛び出した。その瞬間だった。乾いた銃声が森を裂く。
ヴィジポの胸が跳ね、続いてアブゾフが首から血を噴いた。高杉の2発目がアニャーニャの額を撃ち抜き、赤松の銃弾がサイヴェを薙ぎ倒す。4人は敵に届くことなく地面へ崩れ落ちた。
「くそっ!」
ツインクエが顔を歪める。
だが、その怒りは部下を失ったことではない。
「役立たずどもが!」
その叫びを聞いたドフィーラでさえ、一瞬だけ表情を曇らせた。
一方、美村は敵の混乱を見逃さなかった。
「今だ。高杉、左を抑えろ。赤松は右。徳島、俺に続け。」
「了解!」
4人は一斉に射撃を開始する。完全に背後を突かれた帝国兵は次々と倒れ、包囲陣形は大きく崩れた。
「後方にも敵だ!」
「囲まれた!」
その叫びを聞いた瞬間、ダンゾウの目が鋭く光る。
「隙あり。」
岩陰から飛び出したダンゾウは、銃剣で目前の兵士の喉を貫き、そのまま小銃を引き抜く勢いで2人目の胸へ発砲した。返す刀で3人目を蹴り倒し、転がった敵の小銃を遠くへ蹴り飛ばす。
「美村三曹!」
徳島が叫ぶ。
「今のうちに弾薬を!」
「分かっている!」
美村は岩陰まで駆け寄ると、新しい弾倉をダンゾウへ放り投げた。ダンゾウは片手で受け取り、素早く装填する。
「助かる。」
その一言だけだった。
「礼は戦いが終わってから聞く。」
美村が笑みを浮かべる。
「全員、挟撃するぞ!」
5人は自然と左右へ展開した。
細かな指示は必要なかった。互いの射界を理解し、相手の動きを読んでいる。正面からはダンゾウ。側面からは美村、高杉、赤松、徳島。交差する銃火に帝国兵は次々と倒れ、反撃の機会を失っていく。
「退け!」
ドフィーラが叫ぶ。しかし、その声より早くダンゾウが距離を詰め、銃剣を突き出した。刃はドフィーラの喉を正確に貫く。
「ば……かな……。」
崩れ落ちる同僚を見たツインクエは、踵を返そうとした。だが、その退路を高杉の銃弾が断つ。さらに赤松の一射がシマオを撃ち抜き、徳島が逃げ遅れた兵士を仕留めた。
最後の一人が銃を捨てて逃げようとした瞬間、ダンゾウの放った一発が背中を貫いた。
森に静寂が戻る。硝煙だけがゆっくりと漂っていた。
ダンゾウは小銃を下ろし、深く息を吐く。
「……制圧完了。」
美村は周囲を確認すると、ダンゾウの前まで歩み寄った。
「助太刀が遅くなった。」
ダンゾウは首を横に振る。
「いや。間に合った。」
短い言葉だった。だが、その一言には、戦場で命を預け合った者だけが交わせる重みがあった。
登場人物紹介
ジュース……特戦群の代理指揮官
美村 丹……第31普通科連隊1中隊
高杉 眞瀬……同上
赤松 つらら……同 第2中隊
徳島 陽平……同上
ニール・ツインクエ……元第3砲兵大隊防空支隊長
※アステリム帝国では、兵役に就ける年齢は種族によって異なります。今回登場したヴィジポは、獣人族ですが、獣人族はヒト族より、平均寿命や健康寿命が短い変わりに、心身が成熟するのが早く、14歳から兵役につけます。ヒト族は17歳、エルフは長寿ですが、心身の成長が他種族より遅いため、50歳が成人として認定され、兵役が認められるのは45歳からです。




