第39話 小さくない犠牲
乾いた銃声が、2度続けて森へ響いた。ハンゾウとフウマの身体から力が抜けた。その光景を見た瞬間、イガの瞳から感情が消えた。
怒りでも悲しみでもない。ただ、現実だけを受け入れた兵士の目だった。
アスゲニフは硝煙の漂う拳銃をゆっくりと下ろし、倒れた2人を見渡す。
「残念な部下だったな。」
口元だけが歪む。
「隊長を守ることもできず、犬死にとは。」
そう吐き捨てると、靴先でハンゾウの肩を無造作に蹴り転がした。
意識が遠のく中、イガは震える右手で拳銃を抜く。照準は定まらない。それでも引き金へ指を掛けた。その瞬間だった。
ガーに気付かれた。その同時に銃声が響き、イガの肩口が弾け飛ぶ。拳銃は地面へ転がった。
「……っ。」
息を吐くことさえ苦しい。血が肺へ流れ込み、呼吸のたびに喉の奥から熱い液体が込み上げる。
「ゴキブリ並みの生命力よのう。」
アスゲニフが鼻で笑う。
ゆっくりと歩み寄るその表情には、獲物へ最後の一撃を与える狩人の愉悦だけがあった。
「貴様は少々骨があったが、それだけだ。我々の敵ではなかった。」
イガは答えない。霞む視界の中で、別の光景が浮かんだ。
第一空挺団時代、特戦群発足時の理不尽とも言える合格基準に抗議したこと、その翌年、特戦群の入隊が認められたこと。特戦群になったことで、家族との時間が作れなくなり、離婚をしたこと―――特戦群への入隊は間違いだったのかと葛藤したことも思い出される。
家族と、国民を守るべく、己を鍛え、ただただ任務に従事した結果が、家族との別れとはなんと理不尽なことだろう。
それでも、イガは粛々と任務をこなした。やがて、中隊長となり、部下を持つようになった。「出会いがない」とぼやく部下に、「出会いがあっても実らないぞ。」と自虐的にアドバイスをした、その部下はフウマだった。
ハンゾウは、「特戦群の入隊を機に、彼女と別れてきました!」と明るく言っていたのを覚えている。だが、イガには、そんな彼の並々ならぬ覚悟が伝わった。
(ただでは死なん……俺は、隊長として、部下を守れなかった。だが、せめて、この命を無駄にはしない……。)
彼の目に、アスゲニフ達への静かな怒りと、最後の使命を全うしようとする固い意志が宿る。イガこと工藤 佐介三等陸佐の胸元には、任務用のC4爆薬が装備されていた。イガは起爆スイッチを押すと、装備に仕込んであったC4爆薬が爆発する。
アスゲニフが異変に気付いた。
「何だ?」
次の瞬間だった。轟音が森を揺るがした。閃光と爆炎が周囲を飲み込み、衝撃波が木々をへし折る。
「ぐあああああっ!」
アスゲニフの絶叫が響く。片腕が吹き飛ぶ。ガーは両脚を失い、ディオンヌも右目と耳を吹き飛ばされて地面へ転がった。
爆煙がゆっくりと流れていく。そこにはもう、工藤佐介という男の姿は残っていなかった。残されたのは、焦げた装備の破片と、火薬の匂いだけだった。
コウガとゴエは、廃屋を挟むようにして展開し、前後から迫る2つの支隊を迎え撃っていた。
ヒョウ型獣人族を率いるトロイカ支隊が正面を抑え、狼型獣人族のマーファク支隊が側面から食い込む。二方向から圧力を掛けられたことで、二人は反撃よりも回避を優先せざるを得なくなっていた。
岩肌へ銃弾が弾け、木片が容赦なく飛び散る。
「おら、どうした。守ってばかりじゃ勝てねえぞ!」
日本語で怒鳴ったのは、狼型獣人のヴィスス・ヴィハンだった。翻訳機を通した声は不自然なほど流暢で、その挑発は執拗に続く。
「自衛隊の特殊部隊ってのは、その程度か!」
コウガは返事をしなかった。
銃撃を返しながら敵の布陣を観察し、その動きを頭の中で組み立てていく。
(……妙だ。)
6人もいるにもかかわらず、敵は不用意に距離を取ろうとしない。射撃戦へ持ち込めば数の優位を最大限に活かせるはずなのに、あえて近接戦闘の距離を維持している。
(何かを警戒しているのか。それとも、こちらを誘っているのか。)
その答えはまだ見えない。
一方で、敵にも焦りが生まれていた。
(なぜ落ちない。)
マーファクは舌打ちした。
2匹を囲み、退路も断っている。それでも決定打を与えられない。特戦群の隊員は、一人ひとりの戦闘能力が予想以上だった。
「ガックス、右を潰せ!」
「シガー、後ろへ回れ!」
命令と同時に包囲が狭まる。
ゴエは岩陰へ身を滑り込ませると、小さく息を吐いた。
「このままじゃ削り負けます。」
「ああ。」
コウガは短く応じる。
「だが、あいつらも完璧じゃない。」
敵の動きを何度も見てきた彼の視線は、1人の狼型獣人へ向いていた。
ヴィスス・ヴィハン。
挑発を繰り返している男だった。
(喋るたびに視線が散る。)
射撃姿勢へ移るまで、一拍遅れる。装填も粗い。攻撃の技量は高いが、連携だけは周囲より半歩劣っていた。
コウガは視線だけでゴエを見る。その意味は一瞬で伝わった。ゴエは小さく頷く。
(奴を崩す。)
それだけだった。
マーファクも同じ頃、勝負を決めようとしていた。
「シガー、ヴィハン! 機関銃に持ち替えろ!」
一斉射撃で押し切るつもりだった。しかし、その瞬間だけ包囲が止まる。機関銃へ持ち替えるわずかな時間。コウガは、その一瞬を逃さなかった。
「今だ。」
ヴィハンが装填にもたつく。コウガは立ち上がり、ためらうことなく引き金を引いた。
「しまっ――」
ヴィハンが振り向くより早く、銃弾が胸を貫く。ほぼ同時に、トロイカが反撃した。乾いた発砲音が響き、ゴエの右脚が大きく跳ねた。激痛が走る。
それでも彼は倒れない。体勢を崩したまま照準だけを維持し、続けざまに2発撃った。
1発はマーファクの胸へ。もう1発は、その背後へ抜ける。
マーファクは何かを叫ぼうと口を開いたが、その声が言葉になることはなかった。その身体が前のめりに崩れ落ちる。
「支隊長!」
狼型獣人たちの視線が、一瞬だけマーファクへ集まった。その隙を、コウガは見逃さない。
腰から手榴弾を抜き、安全ピンを引き抜くと、トロイカ支隊の中央へ放り投げた。爆風が地面をえぐり、土煙が視界を覆い尽くす。
ゴエは足を撃ち抜かれた激痛に耐えながらも、なお銃を構えていた。
爆煙の向こうで、デイジー・カムイリが軍刀を抜き放ち、一直線にこちらへ駆け込んでくる。その狙いは明らかに動けないゴエだった。
「終わりだ!」
カムイリが軍刀を振り上げた、その瞬間だった。
1つの人影が、2人の間へ飛び込む。鋭い刃が、その男の腹部を深々と貫いた。
「……ぐっ。」
ゴエは目を見開いた。
「モモ……!」
そこに立っていたのは、行方不明となっていたモモこと三島 拓樹一等陸尉だった。
オサスタとの戦闘で重傷を負った彼は、川へ転落したことで辛うじて命を取り留め、そのまま下流へ流されていた。そして偶然にも、第2補給拠点近くへたどり着き、傷だらけの体でなお味方を捜し続けていたのである。
腹部へ軍刀が突き刺さったまま、モモは苦しげに息を吐いた。それでも引き金から指を離さない。銃口は、カムイリの胸を正確に捉えていた。
乾いた銃声が1発、森へ響く。カムイリは驚愕の表情を浮かべたまま後方へ倒れ、2度と立ち上がることはなかった。一方のモモも、その場へ静かに膝をつく。
「モモ!」
ゴエは思わず叫んだが、返事はなかった。モモは最後まで表情を変えることなく、力尽きていた。
その姿を見たゴエは、唇を強く噛み締める。
「……あんたが命を懸けて繋いだ命だ。絶対に無駄にはしない。」
そう呟くと、激痛に耐えながら匍匐前進で前へ出た。
その頃、コウガはコピロックとの近接戦闘を続けていた。
互いに傷を負いながらも、一歩も退かない。軍刀と銃剣が幾度も激しくぶつかり合い、そのたびに金属音が森へ響いた。
やがて、ゴエの銃声が再び鳴る。放たれた一発はコピロックの右脚を撃ち抜き、その体勢を大きく崩した。その一瞬の隙を、コウガは見逃さない。踏み込みと同時に銃剣を突き出す。
刃はコピロックの喉元を深く貫き、そのまま背後へ突き抜けた。
コピロックは何か言葉を発しようと口を開いたが、血だけを吐き出して崩れ落ちる。
戦場を包んでいた銃声は、そこでようやく途絶えた。
コウガは荒い呼吸を整えながら周囲を見渡し、生き残った敵兵がいないことを確認すると、ゆっくりと銃口を下ろした。
「……制圧完了だ。」
その声に、ゴエは答えなかった。
彼の視線は、静かに横たわるモモの亡骸へ向けられたままだった。
勝利だった。
しかし、その勝利は決して手放しで喜べるものではない。
森を吹き抜ける風だけが、戦いの終わりを静かに告げていた。
登場人物紹介
特戦群
コウガ
ゴエ
殉職した特戦群隊員
イガ:本名、工藤 佐介
生年月日:1979年12月12日 / 出身:広島県
階級:三等陸佐 / 役職:特戦群3中隊中隊長
備考:バツイチ独身。なかなか家族に会えなくていつの間にか離婚していた。
享年:41歳
ハンゾウ:本名、大社 欧次
生年月日:1992年7月2日 / 出身:山梨県
階級:二等陸曹 / 所属:特戦群第3中隊
享年:29歳
フウマ:本名、領南 鴇矢
生年月日:1993年4月24日 / 出身:秋田県
所属:二等陸曹 / 所属:特戦群3中隊
享年:27歳
モモ:本名、三島 拓樹
生年月日:1984年4月11日 / 出身:千葉県
階級:一等陸尉 / 所属:特戦群3中隊
備考:モモというコードネームのせいで女性と勘違いされがちだが、男性である
享年:36歳
帝国軍
ラランワ・アスゲニフ……帝国特殊作戦部隊の部隊長。イガの自爆により重傷を負う。
セルチュク・ガー……アスゲニフの部下。アスゲニフ同様に重傷を負った。
キキ・ディオンヌ……アスゲニフの部下。同じく重傷を負った。
フィアン・トロイカ……ヒョウ型獣人族の女性で、支隊長の1人
アジウ・ガックス……トロイカの部下。
デイジー・カムイリ……トロイカの部下。
ネウレイ・マーファク……陸軍准尉で、狼型獣人族の男性。支隊長の1人
シガー・コピロック……陸軍軍曹で、狼型獣人族の男性。マーファクの部下
ヴィスス・ヴィハン……陸軍伍長で、狼型獣人族の男性。マーファクの部下
※言語の話……アステリム帝国の言語は、アステリム帝国語(通称、帝国語)が公用語です。他、種族ごとに特有の言語もあります。地球上に存在する言語も翻訳できる高性能の翻訳機があり、帝国兵は地球遠征の際に、この翻訳機が支給されます。個人によっては、翻訳機なしで会話が出来るようになった者もいます。ヴィハンが日本語で挑発できたのは、この翻訳機のおかげです。




