第36話 補給路を取り戻せ!
シュグルポッターの撤退から、まだ十分も経っていなかった。
森には火薬の臭いが残り、あちこちで負傷者のうめき声が聞こえる。第31普通科連隊と第12偵察隊の隊員たちは、警戒を続けながら応急処置と弾薬の回収に追われていた。
「痛っ!」
竹内が顔をしかめる。東財 晴美三等陸佐は、傷口へ止血帯を締め直しながら静かに言った。
「少し我慢しなさい。血が止まれば動ける。」
「……はい。」
竹内は歯を食いしばって頷いた。周囲では敵兵の遺体から弾倉や手榴弾を回収する隊員の姿もある。補給は途絶えている。残された弾薬は、一発たりとも無駄にはできなかった。
青島ホベルト三等陸曹が回収した弾倉を見つめながら呟く。
「敵の補給路を叩ければいいんだが……。」
大松崎も苦い表情で続けた。
「それか、自分たちの補給路を取り戻さない限り、このままじゃ弾切れになります。」
「飛鳥が補給路を断つと言っていたが、続報が来ないな。」
村西の言葉に、その場の誰も答えられなかった。誰もが同じ不安を抱えていた。本当に補給路は奪い返せるのか。
その時だった。
別当が無線機を耳から離した。
「……了解した。」
静かに周囲を見回す。
「全員、聞け。」
自然と全員の視線が集まった。
「先ほど、特戦群隊長のイガから連絡が入った。」
一瞬、空気が止まる。
「敵砲兵部隊は制圧したそうだ。」
「本当ですか!?」
西が思わず声を上げた。
緑川も目を見開く。
「特戦群が……。」
室は腕を組んだまま呟く。
「噂じゃなかったんだな。」
桐谷も苦笑した。
「俺も存在は知っていたが、実際に連携する日が来るとは思わなかった。」
別当は続ける。
「敵砲兵は壊滅。現在、特戦群は敵特殊部隊と補給路の奪還へ向かう。」
誰も口を挟まない。
「我々の任務は変わらない。」
別当は地図を広げた。
「敵歩兵部隊をここで拘束する。敵を前へ出させるな。」
桐谷も頷く。
「特戦群が動いている以上、俺たちが敵を引き付け続けることが重要になる。」
別当は周囲を見渡した。疲労の色は隠せない。だが、その目から闘志は消えていなかった。
「交代で休息を取れ。食えるうちに食っておけ。」
「次が本番だ。」
「了解!」
隊員たちはようやく携行食へ手を伸ばした。乾パンを口へ放り込みながらも、誰一人として小銃を手放す者はいない。戦闘は、まだ終わっていなかった。
― 特戦群 第1班 ―
別当との通信を終えたイガは、無線機を静かに腰へ戻した。
「砲兵は沈黙した。」
その一言で、周囲の隊員たちは次の命令を待つ。イガは地図を広げ、現在地と敵情を書き込んだ。
「ここから先が本命だ。」
鉛筆の先が一本の線をなぞる。
「敵は我々の補給路を断った。前線は弾薬不足に陥っている。このままでは、砲兵を潰した意味も薄れる。」
誰も口を挟まない。
「奪われた補給路を取り戻す。」
イガは短く言った。
「第1班は帝国特殊部隊を追う。奴らが補給路を押さえているなら、必ずどこかで姿を現す。フウマ、先行して敵の所在を探れ。」
「了解。」
フウマは身を低くすると、木々の間へ音もなく消えた。
「ハンゾウ、敵が潜伏しそうな地点を洗え。」
「承知。」
「残りは俺と行動する。」
第1班は散開し、それぞれの役割へ移った。
― 特戦群 第2班 ―
「ゴエ。」
コウガが振り返る。
ゴエは敵兵の遺体の傍らにしゃがみ込み、弾倉や手榴弾を次々と回収していた。
「まだ使える物が多いですね。」
「補給不足だからか。」
「ええ。前線じゃ、一発でも欲しいでしょう。」
回収した弾薬をポーチへ押し込み、ゴエは立ち上がる。
「終わりました。」
「なら行くぞ。」
コウガは通信機を開く。
「こちら第2班。」
『どうぞ。』
「任務を開始する。目標は帝国軍第2補給拠点。敵補給能力を完全に喪失させる。」
『了解。』
通信が終わる。
ゴエが前方を指差した。
「先導します。」
「頼む。」
2人は木々の間へ姿を消した。その歩みに迷いはなかった。
― 特戦群 第3班 ―
ダンゾウは地図を畳み、2人を見た。
「タキ、ハチヤ。」
「はい。」
「逃走した敵兵が戻る可能性がある。ここは誰かが監視しなければならん。」
ハチヤは頷く。
「俺たちが残ります。」
「隊長命令だ。」
ダンゾウは二人の肩を軽く叩いた。
「前線の部隊と遭遇したら、自分たちが残っていることも伝えておけ。」
「了解。」
「キド、ハットリ。」
「はい。」
「行くぞ。」
三人は森へ踏み込む。
歩幅は一定。
呼吸も乱れない。
まるで演習場を歩いているかのようだった。
その頃――。
小高い尾根の上から、一組の影が森を見下ろしていた。猫耳を揺らした獣人族の女が、双眼鏡を静かに下ろす。
「見つけたにゃ。」
ズバンニャ・ゴック曹長。
第3砲兵大隊偵察小隊第5分隊長だった。彼女の隣には、唯一生き残った部下、カレン・アルカル伍長が身を伏せている。
「分隊長、本当に2人でやるんですか……。」
「弱気は禁物にゃ。」
ゴックは小さく笑う。
「帝国兵は数で戦う兵士じゃにゃい。」
再び双眼鏡を覗く。
「敵は3匹。」
木々の間を進むダンゾウ班を捉え、猫の瞳が細くなった。
「狩りの時間にゃ。」
2人は地を蹴る。
音もなく森へ溶け込み、獲物との距離を詰めていった。
登場人物紹介
登場人物紹介
特戦群
イガ
ハンゾウ
フウマ
コウガ
ゴエ
ダンゾウ
キド
ハットリ
ハチヤ
タキ
アステリム帝国兵
ズバンニャ・ゴック……猫型獣人族の女性。テリムト第3砲兵大隊偵察小隊第5分隊長
カレン・アルカル……同じく猫型獣人族の女性で、ゴックの部下




