第341話 攻防の転換点
帝国軍の撤退を確認したビービは、周囲の警戒を続けながら無線端末を取り出した。敵の姿が見えなくなったとはいえ、再び攻撃を仕掛けてくる可能性は否定できない。それでも、ひとまず戦闘が収まった今、散開している隊員たちを集め、今後の行動を決める必要があった。
『アマゾネス01、皆、一旦集まりましょう。次の作戦を考える』
『了解』
無線越しに応答が返ってくると、ビービは端末を収め、隊員たちが集まるのを待った。
*
しばらくして、ビービのもとにアマゾネス班、アルバトロス班、セイレーン班、フォックス班、スネーク班の隊員達が集まった。
その表情には疲労の色が浮かんでいた。装備を確認する者もいれば、周囲へ視線を向けて警戒を続ける者もいる。ひとまず全員が無事に集まったことを確認すると、ビービは安堵の息を漏らした。
「新たな犠牲が出なくて良かった」
ビービはそう言って隊員達を見渡したが、安堵したのも束の間、その表情には陰りが差した。
大分へ向けて出発したときには、確かにここにいたはずの仲間た達が、今はもういない。戦闘が続いている間は目の前の敵に集中するしかなかったが、銃声が遠ざかり、こうして仲間の顔を見渡す余裕が生まれると、失った者達の不在が否応なく意識された。
ビービが静かに目を閉じると、周囲の隊員達もそれに倣った。
戦死した仲間達へ黙祷を捧げる間、誰も口を開こうとはしなかった。やがてビービが顔を上げると、ブエンテロが一歩前へ出た。
「で、ビービ班長、次の作戦はどうするんです? そのタブレットが要だ。敵の情報はどうなっている?」
ブエンテロの問いを受け、ビービは鹵獲したタブレットを取り出した。画面には帝国軍の輸送に関する情報が表示されており、先程まで確認できていた経路とは異なる場所に、車両を示す表示が移っていた。
「物資を運ぶルートを変えている。かなり迂回して届けるみたい。ここから離れているから、追うのにも骨が折れるわ。やっぱ、あのトラック欲しかったわ~」
ビービが残念そうに口にすると、その傍らにいたキーラの身体がびくりと震えた。幸い、誰もその反応に気付いていなかったが、キーラ自身も移動手段の必要性は痛感していた。徒歩での移動には限界があり、敵が輸送経路を大きく変更した以上、これまでのように先回りして攻撃することは難しくなる。車両が一台でもあれば行動範囲は広がるものの、そう簡単に手に入るものでもなかった。
ビービが画面を見つめながら次の行動を考えていると、遠くから航空機のエンジン音が聞こえてきた。
最初はかすかな響きだったが、次第にその音が大きくなり、隊員達も空へ視線を向けた。ビービが振り返ると、帝国軍の航空機が福岡方面へ向かって飛行しているのが見えた。
「おいおい、航空戦力まで出されたら、どうしようもないぞ」
シャウブが機体を目で追いながら、困惑したように呟いた。
地上を移動する輸送車両であれば、進路を予測して待ち伏せることもできる。しかし、航空機まで投入されれば、現在のGASTが持つ装備と人員だけで対応するのは困難だった。
「参ったね。私達だけでは対応できない。一度、相談してみよう」
ビービは空から視線を戻し、隊員達へそう告げた。
(ただ、相談したところで、何か策はあるのかしら…)
門司方面でも大規模な戦闘が続いており、その戦況は大分方面よりも厳しいと聞いている。こちらが増援を必要としているからといって、門司で戦っている部隊から戦力を割いてもらえるとは思えなかった。
(むしろ、こちらの戦力を欲しているかも…)
そう考えながら再びタブレットへ視線を落としたビービは、画面に生じた変化に気付いた。先程まで表示されていた輸送車両の位置を示す印が、次々と消えていたのである。画面を操作して表示を確認し直しても、車両の現在位置は戻ってこなかった。
「な!?」
思わず声を上げたビービに、スライスが顔を向けた。
「班長?」
「画面の輸送車が消えた。これで、どこに向かっているかも分からなくなる。」
スライスもビービの手元を覗き込んだが、そこには先程まで存在していた車両の表示がなくなっていた。タブレットそのものは操作できるものの、肝心の輸送車両がどこを走っているのかを把握できない以上、追跡を続けることは難しい。
ブエンテロは腕を組み、しばらく考え込んだ末に口を開いた。
「もういっそのこと、筑紫野へ行くか?」
その突飛な提案に、ビービは驚いたように顔を上げた。
「あのね、どれだけかかると思ってるの? それに、空挺団はまだ戦っている。援軍に行くとすれば、そっちでしょ!」
大分方面へ進出した第1空挺団と普通科部隊は、迫撃砲による攻撃で敵を誘引し、向かってきた帝国軍を迎撃する役割を担っていた。その間にGASTが敵の補給拠点の奥へ侵入するという作戦だったが、輸送車両の追跡が困難になった今、友軍のもとへ向かうことも検討する必要があった。
ビービの指摘を聞いたブエンテロは、今度は別の案を口にした。
「じゃあ、空挺団を助けに行きますか? あそこなら、まだ無事な車両もあるでしょ」
「一理あるわね。ただ、作戦の変更になるから、上に相談ね」
ビービは頷いた。第1空挺団や普通科部隊と合流できれば、現在の戦力で対応できる範囲も広がるだろう。ただし、当初の作戦から行動を変更する以上、自分達の判断だけで動くわけにはいかなかった。
そのとき、隊員達の間に妙な音が響いた。
「ぐぅ~」という間の抜けた音に、何人かが思わず顔を見合わせる。
「お腹すきました~」
音の主であるソブラウが、いかにも空腹を訴えるような声を上げた。
作戦について真剣に話し合っていたところへ突然差し込まれた一言に、思わず吹き出す者もいた。ブエンテロはそんなソブラウへ呆れた視線を向け、深いため息をついた。
「はあ…お前は…」
もっとも、戦闘を終えたばかりの隊員達が空腹を覚えるのも無理はなかった。ビービ自身も、ここまでまとまった休憩を取れていないことを思い出した。
「まあいいわ。ひとまず、食事休憩としましょうか」
ビービの言葉を聞いた隊員たちは、周囲の警戒を続けながら、交代で食事を取ることになった。
*
隊員達は交代でレーションを取り出し、短い休憩時間の中で食事を済ませていった。周囲を警戒する者と食事を取る者を入れ替えながらの休憩ではあったが、戦闘中には交わせなかった何気ない会話が聞こえるようになり、張り詰めていた空気も幾分和らいでいた。
その中で、ゴルムが先程の戦闘について話し始めた。
「そしたらさ、俺が敵を追いかけようとしたら、班長が待てと止めるわけ。班長とは思えない指示にびっくりしちゃってさ」
ゴルムは、撤退する帝国兵を追撃しようとした際、ブエンテロに制止されたことを面白おかしく話していた。その話を聞いたビービも、意外そうにブエンテロへ顔を向けた。
「らしくないわね。頭でも打った?」
「やかましい! 俺を突撃しか能がないように言いやがって」
ブエンテロが声を荒らげると、食事を取っていたソブラウが平然と口を挟んだ。
「そうじゃないですか」
「お前、本当に俺を舐めてるよな」
間髪入れずに返したブエンテロの言葉に、周囲から笑い声が漏れた。本人にしてみれば不本意な扱いなのだろうが、日頃の言動を知る隊員達にとっては、そうした反応も無理からぬことだった。
ビービもそのやり取りを眺めながら、口元を緩めた。
(この和やかな時間が続けばいいのに)
だが、ここは戦場である。わずかな休息が終われば、再び敵の攻撃に備えなければならない。
食事を終えた隊員達は89式小銃を構え直し、周囲の警戒へ戻っていった。やがて全員の食事が済んだことを確認すると、ビービは無線端末を取り出し、中隊長への連絡を試みた。
『アマゾネス01、中隊長、応答願います』
『シルビアだ。どうした?』
シルビアの声が返ってくると、ビービは現在の状況を報告した。
『敵の補給路を見失い、また、航空戦力も使ってきました。現状、我々だけで対応は難しいかと』
『とはいえ、こちらも援軍を送る余裕はないぞ?』
シルビアの返答は、ビービが予想していたとおりだった。門司方面でも戦闘が続いている以上、新たな戦力を大分へ回すことは容易ではない。それでも、現状のまま輸送車両を追い続けることには限界があった。ビービは隊員達と協議した内容を踏まえ、今後の行動について具申した。
『空挺団や普連と合流します。そして、そのまま筑紫野を目指します。』
『分かった。陸将には相談する。少し待っていろ』
『はい』
通信を終えたビービは端末を収めた。上級指揮官の判断が下るまでは、現在地で警戒を続けることになる。
*
ビービからの報告を受けたシルビアは、桂陸将へ連絡を入れ、GASTが置かれている状況と作戦変更の具申について伝えた。
その報告を聞いた桂は、難しい表情を浮かべた。
『GASTだけでは難しいのか…』
『敵の兵站を狙うには、少数ではどうにもならないようです。』
シルビアの返答を聞き、桂は考え込んだ。
『人手か』
『はい』
『……』
桂はしばらく口を閉ざしたまま、現在の戦況を思い返していた。
門司方面では激しい戦闘が続いており、そこから新たな援軍を送ることは不可能に近い。大分方面へ追加戦力を投入するとなれば、第10師団の残存部隊に頼ることも考えなければならなかった。しかし、第10師団長の幸目 勇仁は、残存戦力の派遣を拒んでいた。
(浅原の入れ知恵だよな…)
桂の脳裏に浮かんだのは、特殊作戦群長の浅原だった。浅原は、首都圏との間に停戦協定が結ばれたとはいえ、その状態が長く続くとは考えていなかった。いずれ協定は破綻し、再び戦火が広がる可能性を警戒しているのである。
桂も、その懸念を全面的に否定するつもりはなかった。しかし、少なくとも今すぐに停戦協定が破綻するとは考えていない。それよりも差し迫った問題は、九州に展開する帝国軍の存在だった。九州を奪還できなければ、そこを拠点とするグーリエ星人たちは、今後も容赦なく侵略を続けるだろう。
日本側が22年間にわたって中国・四国地方を防衛し続けてきたことは、奇跡に近かった。だが、その間に積み重なった損耗はあまりにも大きく、今や防衛を担ってきた戦力も風前の灯となっている。ここで九州奪還の機会を逃せば、これまで持ちこたえてきた地域を守り抜ける保証はなかった。
(九州奪還は、君の悲願でもあるだろう…)
浅原の判断にも理由があることは理解していたが、桂としては、今の戦況を打開するために少しでも多くの戦力が欲しかった。とはいえ、投入できる部隊が限られている以上、従来と同じ方法で増援を求めても解決にはならない。桂はしばらく思案した末、シルビアへ告げた。
『ビービの具申は受け入れよう。それと別に援軍を送る。』
その言葉に、シルビアは驚いたように問い返した。
『援軍? どうやってですか?』
『考えがある』
桂はそれ以上説明せず、無線端末を操作した。連絡先に選んだのは、中部方面総監の国分 弘典陸将だった。
*
第9工兵群長のヤーマ・プリュゲン上級大佐は、完成した試作品を車両のタイヤに取り付け、その強度を確かめようとしていた。
試作品は、輸送車両のタイヤを銃撃から保護するための装備である。帝国軍の輸送部隊は、これまでの戦闘で車両を狙った攻撃を受けており、タイヤを破損したことで走行不能に陥った車両もあった。
プリュゲンは、試作品を装着した車両を確認すると、部下へ命じた。
「まずは、走行中に壊れないかの実験だ。」
「はっ」
命令を受けた部下がトラックに乗り込み、エンジンを始動させた。車両が走り始めると、プリュゲンはタイヤに取り付けられた試作品の状態を注意深く観察した。走行中の振動や回転によって装備が外れたり、破損したりするようでは実用に耐えない。まずは通常の走行に支障がないことを確かめる必要があった。
「もっとスピードを出せ。でないと強度が分からん」
「はっ」
運転していた部下がアクセルを踏み込み、トラックは速度を上げていった。速度が時速百キロを超えても、タイヤに取り付けられた試作品が外れる様子はなかった。車両が減速して戻ってくると、プリュゲンは装備の状態を確認し、次の試験へ移ることにした。
「次は、射撃への耐性を調べる。小銃をよこせ」
部下から98式大口径実体弾小銃を受け取ったプリュゲンは、試作品を装着したタイヤへ銃口を向けた。引き金を引くと、乾いた銃声が響き、弾丸が試作品に命中した。着弾した部分には窪みが生じたものの、装備そのものが破壊されることはなく、その内側にあるタイヤも損傷を免れていた。
プリュゲンは着弾箇所を確認すると、試作品が銃撃に耐えたことを確かめ、さらに条件を変えて試験を続けることにした。
「タイヤが保護出来れば問題はない。次は、走っている時に撃つ。」
「はっ」
部下は再びトラックに乗り込み、エンジンを始動させた。車両が走り出すと、プリュゲンはその動きを目で追いながら小銃を構えた。停止した状態では銃撃に耐えられても、走行中に同じ性能を発揮できるとは限らない。装備の強度を確かめるには、車輪が回転している状態での試験も必要だった。
プリュゲンが引き金を引くと、銃声が立て続けに響いた。
走行中のトラックのタイヤへ向けて放たれた弾丸は、試作品に命中して弾かれた。着弾のたびに衝撃が加わったものの、装備は破損せず、車両も走行を続けていた。
やがて試験を終えたトラックが戻ってくると、プリュゲンはタイヤの状態を確認した。
試作品には弾丸が命中した痕跡と火薬による焦げ跡が残っていたが、タイヤは保護されており、走行に支障を来すような損傷も見当たらなかった。
「ふむ、悪くない。これを量産すれば、タイヤの保護が出来、再びAルートで輸送が出来る」
プリュゲンは試作品の仕上がりに満足した様子で頷いた。
輸送車両の防護能力を高めることができれば、これまで攻撃を受けていた経路を再び利用できる可能性がある。もちろん、タイヤを保護するだけですべての攻撃を防げるわけではないが、少なくとも車両が走行不能に陥る危険を減らすことはできる。
プリュゲンは小銃を部下へ返すと、量産に向けて動き出すことを決めた。
「よし、我が群と59大隊の車両整備中隊を呼べ。今からこいつを量産する。」
命令を受けた部下が動き出すのを見届けながら、プリュゲンは再び試作品へ目を向けた。
輸送経路を変更するだけでは、物資の到着までに余計な時間がかかる。必要な物資を前線へ届け続けるためにも、攻撃を受けた経路を再び使えるようにすることには大きな意味があった。
プリュゲンは、銃弾の痕が残る試作品を見つめながら、量産された装備が輸送車両へ取り付けられる光景を思い描いていた。
帝国軍がAルートでの輸送再開に向けて動き始めた一方、その経路を狙ってきたGASTもまた、新たな行動へ移ろうとしていた。互いの思惑が交錯する中、兵站を巡る戦いは、なおも続こうとしていた。
登場人物紹介
大分に進軍しているGASTのメンバー
アマゾネス班:ビービ(班長)、スライス(副班長)、ピケット、イリー
アルバトロス班:ブエンテロ(班長)、クラウスレイ(副班長)、ゴルム、ソブラウ、マメッド
セイレーン班:ローレライ(班長)、ボナー(副班長)、ファス、ビュー、ラスタ、ベルチャー、シリング
フォックス班:コルガン(班長)、ダンタス(副班長)、ジミー、グイダ、シールズ、ラーキン、ワード、ミルトン
スネーク班:シャウブ(班長)、ロン(副班長)、カカレコ、ハン、ロスタ、ビアボーム
シルビア……GASTの中隊長
桂 蘭次郎……九州奪還作戦の最高司令
ヤーマ・プリュゲン……陸軍上級大佐でエルダードワーフの男性。第9工兵群長
※上級大佐とは……大佐と准将の間にある階級で、准将の近いと評価されている大佐が勤める階級で、准将が殉職や退役した際に枠が空いた時に、准将の候補となる階級。枠が出来れば、すぐに昇進できるわけではなく、武功を挙げるか、昇任試験の合格が必須。
※2)98式大口径実体弾小銃……アステリム帝国軍が持つ、一般的な小銃。




