第34話 あと一歩
「うう…。」(大松崎)
その声は泣きそうだった。仲間を失い、疲労困憊だった。助かったと思ったら生きていた。
「あれで死なない…。化け物かよ…。」
※室 一鵬三等陸曹、第12偵察大第2中隊所属
自分たちが数で優位であるはずなのに、シュグルポッターの放つ気迫に、多くの隊員が戦意を失いかけていた。
「(まずいな…。こちらが優位なはずだが、奴の気迫に押されている…。まるで、一歩でも動いたら、その場で殺されるような、そんな強烈な威圧感だ。)」(別当)
遠くで鳴り響いていた銃声も、聞こえなくなったように感じた。誰も動けなかった。誰も、引き金を引けなかった。
「皆、落ち着け! 数ではこちらが優位だ!」(東財)
「そうだ! 奴は手負い! ここで仕留めるぞ! 傷口を狙え!」(古山)
彼らは、震える声を振り絞って叫んだ。その声は、別当たちに届くよりも早く、シュグルポッターの咆哮に飲み込まれていく。
「うおあああああああああああ!」
その咆哮は、ただの叫びではなかった。その咆哮は、瀕死の獣とは思えぬ殺気を孕んでいた。
「うおおおおお!」(元木)
雄たけびと共にシュグルポッターに発砲した元木だったが、弾は当たらず、逆に背後に回りこまれてしまう。
「(ゾクッ!)」
「(速い!)」
元木の視界が揺れた。次の瞬間、彼の視界から――シュグルポッターの姿が消えていた。次の瞬間、銃剣が胸を貫いていた。
乾いた銃声。
「う、うわぁ…。」(田中)
元木から銃剣を引き抜くと、即座に田中へ発砲し、田中は血を吹き出して倒れた。
「ちくしょう!」
「待て、仁科!」
別当の制止を振り切り、シュグルポッターへ銃口を向ける仁科だったが、彼の目はすでに恐怖に支配されていた。その怯えを見抜いたシュグルポッターは、懐に入り込み、軍刀で喉を引き裂く。引き金に掛かった指は、最後まで動かなかった。
「ぐ…。」(仁科)
別当とシュグルポッターの銃剣が交差する。
「カキィン」という金属音が辺りに響く。
「流石は別当一佐!」(青島)
しかし、圧倒的なパワーを持つシュグルポッターの圧に押される別当。
「(このままでは、一佐が…。)」(古山)
慌てて古山がシュグルポッターに銃口を向ける。しかし、
「…くっ」
別当への誤射を恐れて撃つことが出来ずにいた。
「だが、今が好機だ! 包囲しろ! 射線を切るな!」
「ううぉおおおお!」(竹内)
竹内、大松崎、緑川が一斉に発砲する。
「うがああああ!」
銃弾はシュグルポッターに命中している。しかし、倒れない。
「効いてない?」(緑川)
「何発か当たってるはずなのに…。」(大松崎)
「(いや、効いてないわけじゃない。呼吸が荒くなっている。血も止まってない。)」(西)
「(精神が肉体を凌駕しているだけだ。ダメージは確実にある。)」(別当)
「(ならば――倒せる。)」
「全員、距離を取れ!」
「距離を保って、傷口を狙え!」
「了解!」
「野郎、小賢しい真似を!」
シュグルポッターも発砲するが、血が目に入り、焦点が定まらないようだ。
絶えず鳴り響く銃声の中、シュグルポッターは咆哮を上げた。別当たちの銃弾は、シュグルポッターの肉体を貫くも、男はまだ倒れない。男の目の光だけは一切弱まっていなかった。
「くそっ…! なんて頑丈な奴だ…。」
別当が、再び銃口を向けようとしたその時、シュグルポッターの足元で、轟音と共に土煙が舞い上がった。
「何…?」(シュグルポッター)
爆発の中心に、見慣れない男の姿があった。
「別当!無事か!」
聞き覚えのある声。それは、第12偵察大隊隊長、桐谷 法征一佐の声だった。桐谷の隣には、村西と王子野が、GLX160を構えていた。その銃口から、再び閃光が放たれる。
「今だ!」(村西)
閃光と共に放たれたGLX160の弾丸が、シュグルポッターの肩と胸を貫いた。
「ぐあああああああ!」
咆哮が悲鳴に変わる。強靭な肉体も、GLX160の放つ大口径の弾丸の前には無力だった。シュグルポッターは、その場に膝をつき、大量の血を吐き出した。
「隊長、やりました!」(村西)
「まだだ!とどめを…!」(桐谷)
別当が止めを刺そうと駆け寄ったその時、シュグルポッターの周囲に、突如として濃い煙幕が張り巡らされた。
「何だ…!?」(別当)
煙幕の中から、一人の男が姿を現す。それは、キシマ・イッカジウ陸軍少尉。ケンタウロス族だった。
「大尉殿!まずい、心音がほとんど聞こえません!」
イッカジウは、シュグルポッターを背に乗せ、煙幕の中へ消えていく。その瞬間、シュグルポッターが一度だけ振り返った。血に濡れたその眼だけは、なお獲物を逃した猛獣のような光を宿していた。
「くそっ…!逃がすか!」
青島や竹内が追おうとするが、煙幕は濃く、視界を完全に遮っていた。
「止せ!今は、負傷者の救護が先だ。」(桐谷)
敵中隊長を目の前で逃がし、別当は激しい悔しさを噛み締めた。
「(あと一歩だった。あと一歩で、あの男を仕留められた。)」
「(だが――)」
「(奴は必ず戻ってくる。)」
登場人物紹介
別当 強司……第31普通科連隊長
東財 晴美……第31普通科連隊第2中隊長
桐谷 法征……第12偵察隊長
パウ・シュグルポッター……第1歩兵大隊所属、中隊長の1人




