第336話 狙撃手の性
第116歩兵科中隊長、アルベルト・ヨッシー大尉の戦死は、前線だけでなく、中隊陣地に取り残されていた兵達にも伝わっていた。
アルセフィーナ・メロッティ少尉は、治療を受けた両腕を庇いながら、通信端末に表示された報告を見つめていた。
「中隊はどうなるのか…」
まだ相当数の兵力は残っているものの、中隊長を失った影響は避けられない。
(いや、不安になるな。まだ副中隊長が健在だ。数はまだ残っている。まだ立て直せる)
しかし、間もなく届いた新たな報告が、その希望を打ち砕いた。
『116中隊副中隊長、ピクト―・ピエム中尉戦死!』
「副中隊長まで…」
メロッティは通信端末から目を離し、陣地の出入口へ視線を向けた。
中隊の指揮官が相次いで戦死したうえ、部下達の安否も分からない。今すぐにでも戦線へ戻りたかったが、負傷した両腕では銃を満足に扱えず、陣地の外には敵狙撃手が潜んでいた。先程も第49工兵中隊の兵が出入口付近で撃たれ、倒れたままになっている。救助に向かえば次の標的にされる恐れがあり、陣地内の兵達は身動きが取れなかった。
*
第31歩兵科大隊長、ラース・シグコプリニ中佐は、隷下部隊から届いた報告を確認していた。
第115歩兵科中隊は多数の死傷者を出し、第116歩兵科中隊は戦力を残しながらも、中隊長と副中隊長を失っている。さらに、第116歩兵科中隊の陣地では敵狙撃手によって本部管理小隊などの兵が閉じ込められ、負傷者の搬送も滞っていた。
(114中隊を戻すか? いや、あいつ等は、敵を追い詰めている。今、戻すわけにはいかない。296小隊も297小隊も戦闘中で動けん。中隊陣地の援護もせねばならん。ひとまずは、陣地に向かう。潜んでいるという狙撃手を始末する)
シグコプリニは側近の部下3人を伴い、第116歩兵科中隊の陣地へ向かった。
*
「大隊長殿!」
陣地へ向かう途中、前方から複数の帝国兵が現れた。先頭にいたのは、第295小隊副小隊長のテイム・アロッコ准尉だった。
「貴様は…」
シグコプリニはアロッコの後方に続く兵達を確認した。装備には戦闘の痕跡が残っていたが、部隊としての統制は保たれている。
「貴様等が無事で何よりだ。しかし、戦況は芳しくないようだな」
「はい…中隊長が戦死。我が小隊も、小隊長が…」
アロッコは言葉を詰まらせた。
クレシとヨッシーが相次いで倒れた後、アロッコは残存兵力をまとめ、負傷者を収容しながら後退してきた。部下を救うための判断だったが、彼自身は攻撃を断念したことに責任を感じていた。
「いや、貴様はよくやった。若く経験がまだ足りないだけだ。経験はこれから積める。295小隊の指揮は俺が執る。ご苦労だった。だが、まだやらねばならない事がある。」
「と言いますと?」
「貴様は把握していなかったか。中隊陣地に敵狙撃手が張っていて、本管小ほか、部下達が閉じ込められている。先任曹長のタギラは討たれたようだ。医官も腹に傷を負った。誠に遺憾だ。早く救出せねばならん」
「(こ、これはツッコムべきなのか?) 了解しました!」
アロッコは一瞬戸惑ったものの、すぐに姿勢を正した。
シグコプリニは第295小隊の兵たちにも状況を伝え、陣地へ向かった。
*
第116歩兵科中隊の陣地が見えてくると、シグコプリニは出入口付近に倒れている帝国兵を確認した。
「止まれ。これ以上近づくな。」
兵達は足を止め、周囲の遮蔽物へ身を寄せた。
敵の姿は見えず、射撃位置を特定できる痕跡もすぐには見つからなかった。
「ちっ、見事に気配を消してやがる。だが、射線は遠くない。遠ければ、俺達も撃たれている。」
「しかし、大隊長殿、どうやって救出するのですか?」
「狙撃手を捜しだすしかあるまい。テンニースよ、貴様も狙撃手の端くれ。優秀な狙撃手がどこに潜むか、分からないか?」
呼び掛けられたのは、第116歩兵科中隊狙撃班の生き残り、モレア・テンニース兵士長だった。
「やってみます」
テンニースは双眼鏡を借り、出入口付近に倒れた兵の位置や確認できる弾痕、周辺の遮蔽物を調べた。血痕や風向きも参考にしながら、陣地を監視できる地点を絞り込んでいく。しばらくして、彼女は腕時計型端末に地図を表示した。
「大隊長殿」
シグコプリニが地図を覗き込むと、テンニースは候補となる地点を示した。
「この立地ですと、隠れやすい場所は、5ヶ所あります。そのうち、タギラ曹長やドゥトーラ伍長についた血痕や風向きを考慮すると…」
「ここか」
「ええ、ここに潜んでいる可能性が高いです。」
示された地点は、陣地の出入口を見通せる位置にあった。ただし、敵がそこにいると断定できるわけではない。
「よし、そこには俺が行く。アロッコは部隊を編成し、残りの4ヶ所へ向かえ。この場所に絶対にいるとは限らん。くれぐれも油断するな!」
「了解」
シグコプリニは新たな弾倉を装填し、側近たちとともに移動を開始した。アロッコも第295小隊の兵を分け、残る候補地点の捜索へ向かった。
*
(バレたか……)
ジミーは照準器から目を離し、接近してくる帝国兵たちを確認した。
敵は複数の方向へ分かれて移動しており、そのうちの一団は自分の潜伏地点へ向かっている。ほかの兵たちも周辺の遮蔽物を調べていることから、狙撃位置を探しているのは明らかだった。
ジミーは陣地の出入口へ視線を向けた。そこには、負傷した敵兵たちが残っているはずだった。接近してくる帝国兵を撃つことはできる。しかし、発砲すれば位置を知られ、複数の方向から包囲される恐れがある。単独で監視を続けるには、危険が大きくなりすぎていた。
(これ以上は危険だ)
ジミーは銃口を下げ、通信端末を操作した。
『こちらジミー。敵の増援が接近している。狙撃位置を探られているため、監視を中断して後退する』
通信を終えると、敵の位置を確認しながら遮蔽物を利用して移動を始めた。帝国兵は周辺を警戒しながら接近していたが、ジミーの姿には気付いていない。彼は余計な射撃を行わず、敵との距離を広げていった。
*
シグコプリニはテンニースが示した地点へ到達すると、周囲を警戒しながら遮蔽物を確認した。
「……いないのか?」
敵の姿は見当たらなかった。
そこには身を隠せる空間があり、陣地の出入口も見通せる。狙撃位置として利用するには都合がよい場所だった。
「なるほどな。確かに、ここなら陣地の出入口を狙える」
しかし、実際に敵が潜んでいたかどうかは分からない。シグコプリニは周囲を改めて確認し、捜索を続けた。
*
一方、アロッコは第295小隊の兵たちに残る4ヶ所を調べさせていた。
兵達は、互いに援護しながら遮蔽物の陰を確認していったが、いずれの場所でも敵の姿は見つからなかった。
「准尉殿、こちらには敵影がありません」
アロッコは腕時計型端末を操作した。
「大隊長殿、こちらアロッコ。確認した地点では敵狙撃手を発見できませんでした。現在も周囲を警戒しています」
『了解した。こちらでも敵の姿は確認できん。引き続き警戒を怠るな』
アロッコは部下たちに警戒を続けさせた。敵が見つからない以上、既に撤退した可能性もあるが、安全になったとは言い切れなかった。
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シグコプリニは5ヶ所すべてで敵が見つからなかったことを確認すると、陣地への接近を決めた。捜索開始後、新たな狙撃は発生していない。敵が退いた可能性は高いものの、負傷者をいつまでも放置するわけにはいかなかった。
「アロッコ、陣地の周辺を引き続き警戒しろ。敵が退いた可能性はあるが、まだ安全とは限らん」
『了解しました』
「陣地に近付く。周囲を警戒しろ。敵が発砲してきたら、すぐに知らせろ」
シグコプリニは部下とともに遮蔽物を利用して接近したが、敵の銃声は響かなかった。
「聞こえるか! 第31歩兵科大隊長、ラース・シグコプリニ中佐だ!」
陣地内の兵たちは互いに顔を見合わせた。
「大隊長殿が来られたのか?」
救援が来たと分かっても、狙撃への恐怖から誰もすぐには外へ出ようとしなかった。
「敵狙撃手の姿は確認できていない! 周囲を捜索したが、今のところ新たな狙撃は発生していない。こちらで警戒するから、負傷者の状況を知らせろ!」
陣地内の兵たちは負傷者の状態を確認し、シグコプリニへ報告した。
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メロッティは外から聞こえるシグコプリニの声に耳を傾けていた。大隊長自らが救援に来たことに安堵したものの、敵狙撃手の行方は分かっていない。彼女は負傷した両腕へ視線を落とし、搬送の指示を待った。近くには腹部を負傷した医官のワグもいた。応急処置は受けているが、後方での治療が必要な状態だった。
*
シグコプリニは負傷者の状況を確認すると、救出を命じた。
「負傷者を優先しろ。周囲の警戒を続けながら、順番に外へ出すんだ」
兵達は陣地内へ入り、最初にワグを運び出した。腹部の傷に負担を掛けないよう慎重に搬送し、出入口を通過する。周囲の兵たちは敵の狙撃を警戒していたが、銃声は響かなかった。
続いてメロッティが、ほかの兵の補助を受けながら外へ出た。彼女は周囲を見渡したが、自分達を閉じ込めていた敵狙撃手の姿はなかった。
「……退いたのか?」
メロッティは小さく呟き、搬送を担当する兵に従った。その後も陣地内に残っていた兵が順番に脱出し、敵の攻撃を受けることなく救出が進んだ。
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「大隊長殿、今のところ、敵からの攻撃はありません」
アロッコは周囲を警戒しながら報告した。
「分かった。引き続き警戒を続けろ。全員が離れるまでは気を抜くな」
「了解しました!」
シグコプリニは搬送されていくワグとメロッティを見送り、残る兵達の退避状況を確認した。
第115歩兵科中隊は大きな損害を受け、第116歩兵科中隊では中隊長と副中隊長が相次いで戦死している。第31歩兵科大隊の戦況は依然として厳しいが、陣地に取り残されていた兵たちは救出できた。
敵狙撃手の行方は分からない。シグコプリニは最後の兵が陣地から離れたことを確認すると、残存兵力の再編と負傷者の搬送を優先し、その場からの移動を命じた。こうして、第116歩兵科中隊の陣地に取り残されていた帝国兵たちは、救援部隊の援護によって脱出を果たした。ただし、彼らを閉じ込めていた敵狙撃手は、撃破されたわけではなかった。
登場人物紹介
ジミー……GASTフォックス班所属で、GASTナンバー2狙撃手
ラース・シグコプリニ……陸軍中佐でハイエルフの男性。第31歩兵科大隊長
アルセフィーナ・メロッティ……陸軍少尉で兎型獣人族の女性。第116歩兵科中隊・狙撃班長
テイム・アロッコ……陸軍准尉で狐型獣人族の男性。第295歩兵科小隊の副小隊長。前話に登場していた「若い准尉」
モレア・テンニース……陸軍兵士長で猫型獣人族の女性。第116歩兵科中隊・狙撃班員




