第331話 狙撃手の死角
「はぁはぁ…」
スライスとピケットは、長引く戦闘によって疲弊していた。
アマゾネス班は、シャオリンがオペレーション・ミネルヴァ(第8次首都圏奪還作戦)で負った怪我がまだ癒えておらず、九州奪還作戦には参加できていなかった。さらに、イリーも重傷を負って戦線を離脱し、サリカムは帰らぬ人となっている。仲間たちが相次いで欠けた結果、現在のアマゾネス班はわずか4人で戦闘を続けていた。
そのうち、ビービとキーラは敵の輸送車両を追って前方へ向かっているため、この場に残されたスライスとピケットは、2人だけで目の前の帝国兵たちに対処しなければならなかった。敵の射撃が途切れない状況では反撃するだけでも負担が大きく、遮蔽物から離れる機会を見つけることさえ難しくなっていた。
「アタシ達も、高機動車を鹵獲しようか」
スライスは遮蔽物の陰から周囲の車両を確認しながら、ピケットに提案した。
「でも副官、アルバトロス班がほとんど、タイヤを撃ち抜いてますよ。」
「そうだった…」
ピケットに指摘されたスライスは、改めて道路上に残されている車両へ目を向けた。
付近のトラックや高機動車は、アルバトロス班の攻撃によってタイヤを撃ち抜かれており、いずれも走行できる状態ではなかった。反対に、まだ動くことのできる車両は既にこの場を通過してしまっているため、ビービたちと同じ方法で敵を追撃することは困難だった。
加えて、帝国兵たちは互いの射撃が途切れないようにしながら、スライスとピケットの行動を制限していた。2人が遮蔽物から移動しようとすれば、その動きを阻むように銃弾が飛んでくるため、敵との距離を詰めることもできなかった。
そんな状況の中、スライスの身体を一発の銃弾が襲った。
「あぶね!」
スライスは咄嗟に身体を動かし、間一髪で被弾を免れた。しかし、狙撃に気付いて正確に回避したわけではなく、たまたま身体を動かした瞬間と銃弾が通過するタイミングが重なったにすぎなかった。次も同じように避けられる保証はない。スライスは銃弾が飛んできた方向を警戒しながら、遮蔽物の陰へ身体を引っ込めた。
「当然、狙撃手もいるわけね」
「慎重に行かないとダメですね…」
ピケットも周囲への警戒を強めたものの、既に複数の帝国兵が射撃を続けている状況では、その中から狙撃手の位置を特定することは容易ではなかった。
その頃、スライスを狙っていた帝国軍の狙撃手、アルセフィーナ・メロッティは、照準の先で起きた出来事に驚いていた。
「躱した!?」
確実に捉えたと思っていた標的が、発砲した直後に身体を動かし、銃弾を避けたのである。
メロッティは狙いを外したという事実をすぐには受け入れられず、遮蔽物へ身を隠したスライスの姿を目で追った。相手が偶然回避した可能性もあったが、確実に仕留められると判断した瞬間に動かれたことは、彼女にとって予想外だった。
(下等生物があんなに動けるなんて…)
メロッティは再び銃を構え、スライスへ照準を合わせた。
標的は既に遮蔽物の陰へ身を隠していたものの、そこから帝国兵たちに向けて射撃を続けている。メロッティはその動きを慎重に追いながら、再び狙える瞬間を窺っていた。しかし、メロッティがスライスを狙っていることに気付いている者もいた。
「腕利きのスナイパーがいるようだ」
そう口にしたのは、アマゾネス班から少し離れた位置に展開していたフォックス班のコルガンだった。彼はワードと組み、周囲の帝国兵の動きを警戒しながら、スライスが狙撃された方向を確認していた。
「ええ、我々でけん制をしてスライスさんの援護をしないと…」
ワードも敵狙撃手の存在を警戒していたが、相手の位置はまだ特定できていなかった。迂闊に姿を晒せば自分たちも狙われる可能性があるため、2人は遮蔽物を利用しながら敵の動きを窺っていた。
通常、GASTの狙撃班は3人1組で行動していたが、今回はコルガンの判断によって2人1組のツーマンセルへと編成を変更していた。少しでも多くの狙撃線を確保し、各所で戦闘を続けている普通科の隊員たちを援護するためである。
そのとき、コルガンの耳にグイダからの無線が入った。
『班長、ジミーの奴、1人で勝手に動きましたよ…』
コルガンはジミーとグイダを組ませて行動させるつもりだったが、ジミーが独断で単独行動を始めたため、その配置は早々に崩れてしまったらしい。置き去りにされたグイダは納得しておらず、無線越しに不満をこぼし続けていた。ジミーが勝手に動いたことにはコルガンも思うところがあったが、延々と続く愚痴を聞かされるのも困りものだった。隣で一連のやり取りを聞いていたワードは、苦笑するしかなかった。
「俺の気持ちが分かるか? ワードよ…」
コルガンが疲れたように問いかけると、ワードは曖昧な笑いを返した。
「ははは…」
コルガンはグイダの愚痴を聞きながら、フォックス班の配置について改めて考えた。
全員が単独で行動すれば、狙撃手ごとに異なる位置を確保できるため、現在よりも多くの狙撃線を設けられる。もっとも、互いの援護を受けにくくなるうえ、敵に発見された際の危険も大きくなるため、安易に選べる方法ではなかった。
それでも、各所で帝国兵と交戦している普通科の隊員たちの負担を減らすには、狙撃班がより広い範囲を担当する必要がある。狙撃手が単独で行動すること自体は珍しいものではなく、今の状況なら各自の判断に任せることも可能だとコルガンは考えた。
既にジミーが単独行動を始めている以上、残りの隊員たちも同様に展開させた方が、射撃可能な方向を増やせるだろう。
「グイダ」
『はい』
コルガンは無線越しに呼びかけ、配置変更を伝えた。
「お前もソロでやれ」
『え?』
「狙撃線を増やしたい。お前もスポッターばかりじゃ嫌だろ? たまには撃ちたいんじゃないか?」
『いいんですか?』
「構わん」
『了解』
グイダから了承の返事を受けたコルガンは、続けてフォックス班全員へ無線をつないだ。
「フォックス班に伝える。ただちにツーマンセルを解除。ソロで動け。狙撃ポイントは、各々の判断に任せる。」
『了解!』
無線からフォックス班員の返事が聞こえてきた。
「というわけだワード。ここはお前に任す。」
「はい!」
ワードが返事をすると、コルガンはそれまで2人で確保していた位置を離れ、スライスを狙っている敵狙撃手を捜すために移動を開始した。
メロッティは銃を構え、スライスを再び狙撃する機会を窺っていたが、なかなか好機を掴めずにいた。
先程まで反撃を続けていた標的は、狙撃を受けてからというもの、遮蔽物から不用意に身体を出そうとしなくなっていた。わずかに姿を見せることはあっても、照準を合わせる前に身を隠してしまうため、確実に仕留められる状況には至らなかった。
(危機回避能力が高いな)
メロッティは相手の警戒を崩そうと、試しに威嚇射撃を行った。
銃弾が遮蔽物の近くに着弾したものの、スライスとピケットの反応は薄く、慌てて飛び出してくるような素振りも見せなかった。狙撃手の存在を認識した以上、2人とも容易には動かないつもりらしい。
しかし、その様子を見たメロッティは、必ずしも自分の手で標的を仕留める必要はないと考え始めた。
(このまま威嚇射撃を続けていれば、奴等はそこから進めない。そしたら、いずれ詰む。)
遮蔽物から離れられない状態を維持できれば、別の帝国兵たちが距離を詰めるための時間を稼げる。相手が狙撃を警戒して身を隠し続けるのであれば、こちらから無理に命中を狙う必要もなかった。
(私が仕留めたかったけど、任務は殺した数を競う場ではない。)
メロッティは狙撃の目的を切り替えると、スライスとピケットが隠れている遮蔽物へ向けて射撃を続けた。2人が移動する機会を与えないよう、相手の動きを確認しながら銃弾を撃ち込んでいく。
一方、遮蔽物の陰に身を潜めていたスライスも、敵狙撃手の意図に気付き始めていた。
「狙撃手の奴、わざと外しているな…」
先程から銃弾は近くに着弾しているものの、こちらが姿を晒していない状況でも射撃が続いている。命中させることより、スライスたちをその場に留めることを優先しているのは明らかだった。しかも、狙撃手の攻撃に気を取られている間にも、目の前の帝国兵たちは射撃を続けている。このまま遮蔽物から動けずにいれば、いずれ歩兵に距離を詰められ、逃げ場を失うことになる。
しかし、援護が来る可能性は低かった。ビービ班長は前方で輸送車両への襲撃を続けており、アルバトロス班とも分断されてしまっている。狙撃班がどこに展開しているのかも把握できていないため、すぐに支援を求められる状況ではなかった。
(これ、どうするよ?)
スライスは周囲の状況を確かめながら、突破する方法を考えた。
今のところ思い浮かぶのは、敵の射撃を受けることを覚悟して、力づくで突破する方法だけだった。しかし、狙撃手に監視されているうえ、正面からも帝国兵たちの射撃を受けている状況では、その突破口をどう作ればよいのか分からなかった。
玉砕する気などない。それでも、このまま何もできずに追い詰められれば、やがて玉砕した方がましだと思えるほどの状況に陥るかもしれなかった。スライスはピケットとともに遮蔽物の陰へ身を潜め、敵の射撃が弱まる機会を待つしかなかった。
その頃、メロッティは自分の射撃によって標的の動きを封じられていることに手応えを感じていた。
(よし、上手く行っている)
照準の先では、スライスとピケットが依然として遮蔽物から離れられずにいた。その間にも、2人と対峙している歩兵科部隊は徐々に前進しており、メロッティの狙いどおりに戦況が進んでいた。あとは、前進している味方への誤射に注意しながら射撃を続ければよい。標的がその場から動けない状態を維持できれば、いずれ歩兵科部隊が2人を追い詰めることになる。
ところが、メロッティがそのように考えていた矢先、予想していなかった事態が起きた。
(!?)
悲鳴こそ聞こえなかったものの、近くに控えていたフランカーの部下が討たれたのである。
兎型獣人であるメロッティは聴覚に優れており、周囲のわずかな物音にも注意を払っていた。何者かが近づいてきたことには気付いたものの、その直後には部下が仕留められてしまい、援護する暇さえなかった。相手がかなりの手練れであることは、その一連の動きからも明らかだった。
メロッティは一度スライスから目を離し、周囲の気配へ神経を集中させた。
敵が近くに潜んでいるのであれば、その位置を突き止めなければならない。狙撃に集中している間に接近を許した以上、先ほどまでと同じように標的だけを見ているわけにはいかなかった。しかし、注意深く周囲を探っても、相手の居場所を掴むことができなかった。
そのとき、すぐ近くから声が聞こえた。
「見~つけた!」
(ゾクっ!)
メロッティは全身に悪寒が走るのを感じた。
まったく気配を感じなかった相手の声が、すぐ近くから聞こえてきたのである。慌てて振り返ると、そこには敵兵が立っていた。先程、近くに控えていたフランカーの部下を殺したのは、こいつに違いないとメロッティは直感した。
登場人物紹介
スライス……GASTアマゾネス班の副班長
ピケット……GASTアマゾネス班所属
コルガン……GASTフォックス班の班長
グイダ……GASTフォックス班所属
ワード……GASTフォックス班所属
アルセフィーナ・メロッティ……陸軍少尉で兎型獣人族の女性。第116歩兵科中隊・狙撃班長




