第330話 ハンドルを握ると…
キーラが引き金を絞ると、スウドのすぐ近くで銃弾が地面を叩いた。
突然の銃撃にスウドは反射的に身を伏せ、部下たちも慌てて近くの車両へ身を隠した。帝国軍の高機動車に下等生物が乗っているという異常事態に驚いている暇などなく、次の銃弾が飛んでくる前に態勢を立て直さなければならなかった。
「くそっ、あいつら、我々の車両を奪ったのか!」
スウドは車両の陰から相手の動きを窺いながら、周囲の状況を確認した。
輸送部隊は既に大きな損害を受けていたものの、まだ持ち出せる物資が残っている。しかし、この場にいる全員が戦闘を続ければ、物資を移送する人手がなくなってしまう。敵を撃退することだけに固執していては、輸送部隊としての任務を果たせなくなると判断したスウドは、部下たちを振り返って即座に指示を出した。
「テンミネ! クァード、ジンボシ、ミラッチを連れて、物資をトラックへ積み込め! 積み込みが終わり次第、鳥栖へ向かえ!」
「分隊長はどうするんですか!?」
命令を受けた部下の1人が問い返すと、スウドは高機動車から目を離さずに答えた。
「俺は残りの4人と、あの下等生物共を足止めする! お前達は輸送を優先しろ!」
命令を受けたテンミネ、クァード、ジンボシ、ミラッチの4人は、周囲からの銃撃を警戒しながら物資の積み込みに取りかかった。一方、スウドは残った4人とともに武器を構え、近づいてくる高機動車へ意識を向けた。
相手はわずか2匹だったが、帝国軍の車両を奪い、戦場を走り回っている以上、侮るわけにはいかなかった。何より、ここで突破されれば、物資を積み込んでいる部下たちまで攻撃を受けることになる。その事態だけは避けなければならないと考えたスウドは、部下たちとともに応戦を開始した。
スウドが引き金を絞ると、放たれた銃弾が高機動車の車体を叩いた。部下たちもそれに続いて射撃を開始し、道路を進んでくる車両へ銃弾を浴びせた。帝国軍の高機動車を敵に奪われたため、味方の装備を損傷させることには抵抗があったものの、今はそんなことを気にしていられる状況ではなかった。
「班長、撃ってきました!」
キーラは窓から出していた身体を引っ込め、飛んでくる銃弾を避けた。
「見れば分かるわよ!」
ビービは前方からの射撃を避けるようにハンドルを切り、停車している輸送車両の陰へ高機動車を寄せた。
スウドはその動きを見逃さなかった。
「逃がすな! あいつらを近づけるな!」
命令を受けた部下たちは射撃を続けたが、高機動車が別の車両の陰に入ったことで、狙える範囲は限られてしまった。
それでもスウドは、無理に追いかけようとはしなかった。今の目的は敵を仕留めることではなく、物資の積み込みが終わるまで時間を稼ぐことにある。相手を不用意に追えば、積み込み作業を続けている部下たちを守ることも難しくなるため、スウドは遮蔽物を利用しながら射撃を続けた。
一方、ビービも相手の意図に気付き始めていた。
目の前の帝国兵たちは、こちらへ積極的に近づいてこようとはせず、一定の距離を保ちながら射撃を繰り返している。その背後では別の帝国兵たちが物資を運び、トラックへ積み込んでいた。
(あいつら、私たちを足止めするつもりね……)
「キーラ、あのトラックが見える?」
「見えてます。物資を積んでますね」
「ここで逃がしたら意味がないわ。何とかして近づくわよ!」
ビービは周囲の車両の位置を確かめると、再び高機動車を動かした。
その瞬間、スウドたちの射撃が集中し、車体に次々と銃弾が命中した。キーラは金属を叩く激しい音に顔をしかめたものの、窓越しに銃口を向け、射撃している帝国兵へ反撃した。
車両が動いているため照準は安定しなかったが、キーラの放った銃弾はスウドの隣にいた部下を捉え、その兵士は被弾して倒れ込んだ。残った兵士たちも反撃を警戒して慌てて身を隠したため、スウドたちの射撃は一時的に弱まった。
「くそっ、たった2匹相手に!」
スウドは苛立ちを露わにしたが、相手が高機動車を利用している以上、容易には仕留められなかった。しかも、助手席にいる敵兵は車両が動いているにもかかわらず、こちらへ正確に射撃してくる。迂闊に姿を晒せば自分も撃たれると判断したスウドは、遮蔽物の陰に身を隠しながら応戦を続けた。
その間にも、テンミネたちは物資をトラックへ積み込んでいた。周囲で銃撃が続いているため作業は思うように進まなかったが、スウドたちが敵を引きつけている間に、何とか積み込みを終えようとしていた。銃声が近づくたびに周囲を警戒しなければならず、作業の手を止める場面もあったものの、4人は物資の移送を優先した。
やがて、最後の物資が荷台へ運び込まれた。
「分隊長! 積み込みが終わりました!」
テンミネの声を聞いたスウドは、車両の陰からトラックへ視線を向けた。
「よし、出発しろ! ここは俺たちが引き受ける!」
その命令を受け、4人は2台のトラックへ分かれて乗り込んだ。間もなくエンジン音が大きくなり、物資を積んだトラックが鳥栖方面へ向けて動き出した。
先に発進したトラックの運転席には、セテブ・ミラッチ上等兵が座っていた。ミラッチは前方の状況を確認すると、銃撃の続く場所から一刻も早く離れようとアクセルを踏み込んだ。その様子を見たスウドは、ようやく安堵した。敵の攻撃によって輸送部隊が大きな損害を受けたことは覆せないが、少なくとも積み込んだ物資だけは鳥栖へ運ぶことができるはずだった。
しかし、トラックが速度を上げようとしたところで、スウドと目の前にいた部下2人に大きな衝撃が走った。
「ぐえっ…」
突然身体を弾き飛ばされたスウドは、何が起きたのか分からないまま地面へ倒れ込んだ。
「な、何だ?」
痛みに耐えながら身体を起こしたスウドが周囲を確認すると、先ほどまで交戦していた高機動車が後方を走っていた。どうやら、あの車両に轢かれたらしい。
胸部と首に激痛が走り、スウドは思うように身体を動かすことができなかった。すぐ近くにいた部下2人も倒れたままであり、高機動車が自分たちの背後へ回り込んでいたことに、誰も気付いていなかったのである。
その直後、走行していたトラックの車体が不自然に傾き、大きく進路を乱した。タイヤを撃ち抜かれたのだ。
ミラッチは慌ててハンドルを操作したものの、車両は左右に揺れながらスリップし、道路上を滑っていった。
「くそ!」
スウドは思わず声を上げた。
ようやく出発させた輸送車両が、目の前で制御を失っている。物資を守るために部下を二手に分け、自分たちが危険を引き受けてまで時間を稼いだにもかかわらず、その努力が無駄になろうとしていた。
「班長って、ハンドルを握ると人が変わるタイプですね」
キーラは助手席からビービに軽口を叩いたが、周囲に響く銃声とエンジン音にかき消され、運転席まで届かなかったらしい。
「え? なんか言った?」
ビービが聞き返したものの、キーラは同じことを繰り返さず、前方でスリップしたトラックへ視線を戻した。
(トラックが転倒しただけじゃ意味ない)
タイヤを撃ち抜かれたトラックは走行不能に陥っていたが、積み込まれた物資まで失われたわけではなかった。車両を動かせなくしただけでは、帝国軍が後から物資を回収する可能性が残るため、キーラは手榴弾を取り出し、トラックへ投げ込んだ。
直後、車内で爆発が起こり、衝撃によって車体が激しく揺れた。
運転席にいたセテブ・ミラッチ上等兵と、荷台で物資の番をしていたダーク・クァード一等兵は、この爆発によって命を落とした。
「キーラ、ナイス判断!」
ビービはキーラの行動を称えると、アクセルを踏み直し、もう一台のトラックへ高機動車を向けた。
相手がこちらの接近に気付くより早く距離を詰めたビービは、トラックの近くまで迫ると、キーラとともに高機動車から飛び降りた。
「がっ」
直後、乗り捨てられた高機動車がトラックに衝突し、その衝撃で荷台にいたテンミネが足を滑らせ、地面へ転げ落ちた。
「!?」
突然の衝突に何が起きたのか理解できないまま、テンミネは慌てて身体を起こした。しかし、既にキーラが間合いを詰めており、反撃するより早く銃剣を突き刺された。
「うぐ…」
テンミネは苦痛に顔を歪め、その場に崩れ落ちた。
「兵長!?」
運転席にいたギラル・ジンボシ上等兵が声を上げたものの、テンミネを助けに向かう余裕はなかった。車両へ駆け寄ったビービが運転席に迫り、抵抗しようとしたジンボシを仕留めたからである。運転手を排除したビービは、すぐさま運転席へ乗り込んだ。
「このトラックを鹵獲するよ!」
「了解…」
キーラは呆れたように答えた。
敵の高機動車を奪ったばかりだというのに、今度は輸送トラックまで自分たちで運転するつもりらしい。ビービの行動力には感心する部分もあったが、あまりにも大胆な判断が続くため、キーラとしては振り回されている感覚の方が強かった。
それでも、任務を優先しなければならない状況に変わりはない。キーラは荷台へ飛び乗ると、積み込まれた物資を遮蔽物として利用しながら周囲を警戒し、こちらを狙う帝国兵へ射撃を開始した。
一方、スウドは、部下たちが乗り込んだトラックを奪われる光景を目の当たりにしていた。
「くそ、あのトラックを追え!」
肋骨と首の痛みに耐えながら命令を発したものの、付近に残されていたトラックは、いずれもタイヤを撃ち抜かれており、走行できる状態ではなかった。しかも、運転を任せられる部下たちは、先ほど高機動車に轢かれた際の負傷が重く、起き上がることさえできずにいた。
それでも追撃を諦めきれなかったスウドは、近くにいたケンタウロス族の一等兵へ目を向け、逃走するトラックを追うよう命じた。しかし、その一等兵も負傷しており、スウドの命令に応じられる状態ではなかった。
「駄目です…足が折れて走れません…」
「くそ…」
スウドは歯噛みしたが、負傷した部下に無理な追撃を強いることもできなかった。
鳥栖へ運ぶはずだった物資は敵の手に渡り、周囲の車両も使用できない。残された兵士たちだけでは、逃走するトラックを追いかける手段がなかった。スウドは痛む身体を支えながら通信を行い、戦場で起きた事態を仲間へ報告した。
『こちら、スイレン・スウド軍曹。敵2匹がトラックを鹵獲。ほかの車両も、タイヤを撃ち抜かれてしまい、走行不可…』
報告を終えたスウドは、遠ざかっていくトラックを見つめることしかできなかった。
部下を分けてまで守ろうとした物資を奪われ、追撃に必要な車両も失った以上、今のスウドにはそれ以上の手立てが残されていなかった。
一方、鹵獲したトラックを運転するビービは、後方の帝国兵たちが追ってこないことを確認すると、アクセルを踏み込み、戦場からの離脱を急いだ。
「ははっ、これ楽しい~」
ビービは前方の道路状況を確認しながら、楽しそうにトラックを走らせていた。敵の車両を奪っているという緊張感は持っているものの、追撃を受けずに走れる状況になったことで、運転にも余裕が生まれていた。
しかし、荷台にいるキーラにとっては、到底楽しめるものではなかった。彼女は積み込まれた物資の陰に身を隠し、周囲の帝国兵を警戒していたが、トラックが速度を上げるにつれて振動が激しくなり、まともに照準を合わせることも難しくなっていた。さらに、道路上に残された車両を避けるたびに身体が左右へ振られ、物資に手をつかなければ姿勢を保てないほどだった。
「班長! ちょっと速度を落としてください!」
キーラは運転席へ向かって叫んだものの、ビービは前方に注意を向けたまま、速度を落とそうとしなかった。
『何!? 聞こえない!』
「速度を落とせって言ってるんです!」
そのとき、ビービは進行方向に停止した車両を見つけた。道路の一部が塞がれていたため、衝突を避けようとハンドルを切ったところ、荷台ではキーラの身体が大きく横へ振られた。キーラは咄嗟に積み込まれた物資へしがみつき、どうにか転倒を免れた。
「うわっ! 班長、危ないですって!」
『大丈夫よ! ちゃんと避けたでしょ!』
「そういう問題じゃないんですよ!」
ビービにとっては、障害物を避けるために必要な操作だった。しかし、運転席と違って身体を固定できない荷台では、急な方向転換の影響をまともに受けることになる。キーラが抗議しているのは、そのことだった。それでもビービは、後方から敵が追ってくる可能性を考え、十分に距離を取るまでは速度を落とすつもりがなかった。
停止車両を通り過ぎたところで再び加速すると、キーラは前後に揺さぶられ、ついには荷台の床へ座り込んでしまった。先ほどから続く振動と揺れのせいで、胃の辺りに不快感が広がっていた。
「……班長、ちょっと……気持ち悪いです……」
『えっ、撃たれたの!?』
キーラの弱々しい声を聞いたビービは、負傷したのではないかと驚いた。
「違います……酔ったんです……」
負傷ではないと分かったビービは、前方へ視線を戻した。
『何だ、そんなこと? もう少しで抜けられるから我慢して!』
「そんなことって……」
キーラは言い返そうとしたが、込み上げてくる吐き気に口を閉じた。
その直後、前方に残された別の車両を避けようとビービがハンドルを切り、トラックが再び大きく揺れた。キーラは姿勢を立て直す間もなく荷台の床を滑り、積み込まれていた物資に肩をぶつけた。
「うっ……!」
『キーラ、大丈夫!?』
ビービは心配そうに声を掛けたものの、トラックを停めることはなかった。キーラは肩を押さえながら、どうにか運転席の方へ顔を向けた。
「……班長……お願いですから……」
車体の揺れに耐えながら、キーラは青ざめた顔で訴えた。
「……もう、運転しないでください……」
しかし、その声はエンジン音にかき消されてしまったのか、ビービから返事はなかった。
やがて道路上の障害物が少なくなり、前方の見通しが開けた。ビービは走行できるだけの余地があると判断すると、再びアクセルを踏み込んだ。
荷台ではキーラが物資にしがみつき、これ以上身体を揺さぶられないよう必死に耐えていた。そして、無事に帰還できたとしても、二度とビービの運転する車両には乗らないと心に決めた。
登場人物紹介
ビービ……GASTアマゾネス班の班長
キーラ……GASTアマゾネス班所属
スイレン・スウド……陸軍軍曹で、ラミア族の男性。第59輸送大隊所属で分隊長の1人
ブルック・テンミネ……陸軍兵士長でヒト族の男性。スウドの分隊に所属
ダーク・クァード……陸軍一等兵で、ラミア族の男性。スウドの分隊に所属
ギラル・ジンボシ……陸軍上等兵で、リザードマンの男性。スウドの分隊に所属
セテブ・ミラッチ……陸軍上等兵で、ダークエルフの男性。スウドの分隊に所属




