第329話 奪った足で
銃声が響き渡る中、帝国軍の輸送車両が大きく傾いた。
車輪の一つを銃弾で撃ち抜かれたことで走行が不安定になり、運転していた帝国兵は車両を立て直そうとしたものの、思うように進路を維持できず、ついには停車を余儀なくされた。
その一部始終を離れた場所から確認していたのは、GASTのアルバトロス班を率いるブエンテロだった。
「よし、次だ」
ブエンテロは停車した車両から視線を外すと、新たな標的となる輸送車両を見つけ、その車輪に狙いを定めて射撃を行った。
帝国軍の輸送部隊に対する奇襲は成功していた。敵が混乱している間に、アルバトロス班は高機動車のタイヤを次々と撃ち抜き、車両の移動を妨害している。
一方、車両から出てきた帝国兵の排除はセイレーン班が担当しており、アルバトロス班は彼らに任せることで、ひたすら車輪への射撃に専念していた。
『班長、本当は帝国兵を1人でも多く討ちたいんじゃないですか?』
無線越しに聞こえてきたのは、ブエンテロを茶化すようなソブラウの声だった。
「うるせぇ、余計な事は喋んな! 目の前の敵に集中しろ!」
ブエンテロは苛立ちを隠そうともせずに怒鳴り返した。
敵との兵力差は圧倒的であり、いつ戦況が劣勢に転じてもおかしくない状況だったが、それでもソブラウは普段と変わらず、ふざけたような態度を崩そうとしなかった。
(とことん、ふざけた奴だ)
もっとも、ソブラウが天才的な射撃技術と近接戦闘術を備えていることも、ブエンテロはよく理解していた。態度には問題があるものの、その戦闘能力については信頼しており、実際に頼もしく感じている。
(好きか嫌いかで言えば、嫌いだがな)
作戦そのものは順調に進んでいた。アマゾネス班やフォックス班は輸送車両の護衛に当たる帝国兵を仕留め、離れた場所にいる敵にはスネーク班が砲撃を加えている。
しかし、帝国軍の兵力に比べれば、GASTの人数はあまりにも少なかった。各班がそれぞれの役割を果たしていても、輸送車列のすべてを押さえるには手が足りず、既に何台かのトラックが攻撃を逃れて筑紫野方面へ走り出していた。
「これじゃ焼石に水だ」
ブエンテロは、遠ざかっていくトラックを見ながら思わず呟いた。
先程ソブラウには「目の前の敵に集中しろ」と命じたものの、ブエンテロ自身も、目先の戦果だけでは作戦の成否を判断できないことを理解していた。いくら敵兵を仕留めたところで、それ以上の敵兵や物資を筑紫野方面へ逃がしてしまっては、輸送部隊を襲撃した意味が薄れてしまう。
(どうする? ビービ班長さんよ…)
ブエンテロが抱いていた懸念は、ビービも同じように感じていた。
今回の作戦の目的は、帝国軍の兵站を潰すことにある。輸送部隊に損害を与えるだけでは不十分であり、敵の物資輸送そのものを阻止できなければ、作戦を成功させたとは言えなかった。
(せめて、もう少しだけ素早く動ければ…ここらの敵だけ撃破しても意味がない…)
「……」
ビービは周囲の状況を確認しながら考えを巡らせていたが、やがて前方にある帝国軍の高機動車へ目を向けた。自分たちの足では、逃走する車両に追いつくことは難しい。だからといって、このまま敵の輸送を見過ごすわけにもいかなかった。しばし考えた末、ビービは賭けに出ることを決めた。
「キーラ、着いて来て!」
「班長!?」
突然の指示に驚いたキーラだったが、ビービが前方の高機動車へ向かったため、すぐにその後を追った。
ビービはグラップル・ワイヤーを高機動車に引っ掛け、距離を詰めていく。その間にもビービは車両へ接近していたが、彼女の存在に気付いた帝国兵が銃口を向けたため、キーラは咄嗟に射撃して相手を撃破した。
ビービが何をしようとしているのか、キーラにはまだ分からなかった。ただ、班長を撃たせるわけにはいかず、目の前の敵を排除することに集中していた。
高機動車へ取り付いたビービは窓を破壊し、車内にいた帝国兵を仕留めると、そのまま運転席へ乗り込んだ。
「キーラ、早く!」
その言葉を聞いたキーラは、ようやくビービの意図を理解した。敵の高機動車を鹵獲し、前方へ向かうつもりなのだ。
無茶なことをすると思ったが、現状のままではジリ貧になることも分かっていた。徒歩で追撃できないのであれば、敵の車両を利用するという判断にも一理ある。キーラは、2つの意味で乗ることにした。
「班長って、男漁り以外でも、無茶するんですね」
「それ、どういう意味よ!」
ビービが抗議するのを聞きながら、キーラは助手席へ乗り込んだ。
もっとも、2人が敵の車両に乗っていることを味方に知らせなければ、誤射される危険があった。キーラは無線端末を取り出すと、急いでメールを作成し、隊員たちへ送信した。
『総員、いまからつたえる車にはびーびときーらが乗っている。この車だけはねらうな』
送信した文章を見返したキーラは、ひらがなが多く、読みづらいことを自覚した。とはいえ、戦闘中に丁寧な文章を作成している余裕などない。前線にいながらまともなメールを打てるのは、ネイマン班長くらいのものだろう。無事に帰って来られたら、その極意を聞いてみようと思う。もっとも、真っ当な答えにはならない気がするのだが。
キーラがメールを送信して間もなく、ビービは鹵獲した高機動車を発進させた。
急な加速によって身体が座席へ押し付けられ、キーラは慌てて姿勢を立て直した。窓の外では銃声が絶え間なく響いており、道路上には走行不能となった車両が点在している。
「班長、もう少し丁寧に運転できませんか!?」
「そんな余裕があると思う!?」
ビービは前方の状況を確認しながら、停車している車両を避けて進んだ。
敵の高機動車を鹵獲したことで、徒歩では追いつけなかった輸送車両を追撃できるようになったものの、周囲には依然として多数の帝国兵が残っていた。こちらの車両が敵のものだからといって、いつまでも正体を隠し通せるとは限らない。
キーラは窓から身を乗り出し、前方にいる帝国兵へ銃口を向けた。その帝国兵は近づいてくる高機動車を一瞥したが、運転席にいるのが仲間ではないと気付いた途端、驚いた様子で銃を構えようとした。
しかし、キーラの方が早かった。放たれた銃弾を受けた帝国兵が倒れ、ビービはその脇を通過してさらに前進した。
「右にもいる!」
「見えてます!」
キーラはビービの声に応じながら銃口を右へ向けた。
輸送車両の近くにいた帝国兵がこちらを振り返ったため、相手が射撃するより先に引き金を絞る。高機動車が走行しているため照準は安定しなかったが、キーラは車体の揺れに合わせて姿勢を調整し、射撃を続けた。
ブエンテロは、無線端末に届いたメールを確認すると、思わず眉をひそめた。そこには、ビービとキーラが敵の車両を鹵獲したことが記されていた。
「……あの女、何を考えてやがる。」
ブエンテロは遠ざかっていく高機動車へ視線を向けた。先程まで帝国兵が乗っていた車両が、今では味方の隊員を乗せて走っている。メールによる連絡がなければ、アルバトロス班が車輪を撃ち抜いていた可能性もあった。
『班長、あれ本当に味方なんですか?』
ソブラウが無線越しに問いかけてきた。
「ビービ班長とキーラが乗ってるらしい。あの車は狙うな。」
『了解です。しかし、思い切ったことしますね。班長がのり移ったんじゃないですか?』
「お前、そろそろ覚悟しておけよ?」
ブエンテロは不機嫌そうに答えると、それ以上は相手にせず、再び照準器を覗いた。
ビービ達が前進したからといって、こちらの仕事がなくなったわけではない。依然として輸送車両は残っており、帝国兵たちも混乱から立ち直ろうとしていた。
ブエンテロは次の標的を探し、車輪へ照準を合わせた。
その頃、鳥栖から戻ってきたスウドは、遠くから聞こえてくる銃声に顔をしかめていた。
最初は訓練か何かだと思ったものの、今の状況で訓練をしている余裕などあるはずがない。しかも、近づくにつれて爆発音まで聞こえるようになり、ただ事ではないと悟った。
やがて視界が開けると、スウドは目の前に広がる光景に言葉を失った。輸送車両の何台かが道路上で停止し、その周囲では帝国兵たちが遮蔽物に身を隠しながら応戦していた。黒煙が立ち上る場所もあり、負傷した兵士が仲間に助けを求めている。
「……何だ、これは。」
スウドの部下たちも、突然目の前に現れた戦場を見て動揺していた。
「軍曹、輸送部隊が攻撃を受けているようです!」
「そんなことは見れば分かる! 敵はどこにいるんだ!」
スウドは周囲を見渡したが、帝国兵たちがどの方向へ射撃しているのかさえ統一されておらず、敵の位置を把握することはできなかった。
恐れていたことが起きたと、スウドは思った。しかし、目の前で輸送部隊が攻撃を受けている以上、何もせずに立ち尽くしているわけにはいかない。敵の位置が分からないままでは不用意に動くこともできず、まずは周囲の状況を確認する必要があった。
「状況を確認するぞ! 全員、警戒しろ!」
スウドは部下たちに命じ、戦闘の続く方向へ視線を向けた。
そのとき、道路の向こうから一台の高機動車が近づいてきた。
帝国軍の車両だったため、スウドは一瞬、味方がこちらへ向かってきたのだと思った。しかし、運転席に座っている人物を確認した途端、その認識は覆された。
「……仲間…じゃない?」
スウドは目を疑った。
帝国軍の高機動車を、下等生物であるはずの地球人が運転していたのである。しかも、助手席側の窓からは別の地球人が銃を構えていた。スウドが危険を察知したときには、既にその銃口がこちらへ向けられていた。
登場人物紹介
ブエンテロ……GASTアルバトロス班の班長
ソブラウ……GASTアルバトロス班所属の隊員
ビービ……GASTアマゾネス班の班長
キーラ……GASTアマゾネス班所属の隊員
スイレン・スウド……陸軍軍曹でラミア族の男性。第59輸送大隊所属で分隊長の1人




