第328話 警戒網の綻び
森の静寂を破ったのは、スネーク班による砲撃だった。
輸送車列の近くで砲弾が炸裂し、周囲の土砂を巻き上げながら黒煙が噴き上がった。突然の爆発に帝国兵たちは驚き、何が起きたのか把握できないまま、反射的に地面へ伏せる者や、近くの車両へ身を寄せる者が相次いだ。その混乱を見計らったかのように、アマゾネス班とアルバトロス班が一斉に射撃を開始した。
複数の方向から銃声が響き、輸送車両の周囲にいた帝国兵が次々と撃ち倒されていく。生き残った兵士たちは慌てて遮蔽物を探したが、敵の位置を把握できていないため、応射しようにも狙いを定められず、散発的な射撃を繰り返すばかりだった。
「敵襲! 敵襲だ!」
爆発から立ち直った帝国兵の1人が叫ぶと、別の兵士も周囲を見渡しながら声を張り上げた。
「どこから撃たれている!?」
「分かりません! 複数の方向から攻撃を受けています!」
部下の報告を受けた輸送部隊の指揮官は、周囲の状況を確認しようとしたものの、車列の各所で銃撃が続いており、敵の規模すら判断できなかった。
つい先ほどまで、周辺に異常はなかったはずだった。前方には警戒支隊を派遣しており、敵を発見したという報告も受けていない。それにもかかわらず、敵は既に輸送車列を攻撃できる位置まで接近していたのである。
「警戒支隊は何をしている! 直ちに連絡を取れ!」
指揮官の命令を受けた通信担当の兵士が、腕時計型端末を操作して警戒支隊を呼び出した。
その間にも銃撃は続き、輸送車両の陰から周囲を確認しようとした兵士が、顔を出した途端に銃弾を浴びて倒れた。通信担当の兵士も思わず身をすくませたが、間もなくから応答が聞こえてきた。
「警戒支隊とつながりました!」
「代われ!」
指揮官は通信を引き継ぐと、怒りを抑えきれない様子で支隊長を呼び出した。
「こちら輸送部隊! 支隊長、応答しろ!」
『こちら警戒支隊。どうされました?』
「”どうされました” ではない! 我々は敵の攻撃を受けている! 貴様らは何を見ていた!」
輸送部隊の指揮官から突然叱責された支隊長は、何が起きているのか理解できず、一瞬言葉を失った。
『敵襲ですか!? こちらでは敵影を確認しておりません!』
「現に攻撃されているんだ! 敵が貴様らの警戒区域を通過した可能性がある! 直ちに戻れ!」
『りょ、了解しました!』
通信を終えた支隊長は、周囲を警戒していた5人の部下に向き直った。
「全員、戻るぞ! 輸送部隊が襲撃されている!」
その報告を聞いた部下の1人が、驚きを隠せない様子で問い返した。
「何ですって!? 敵はどこにいたんですか!?」
「分からん! だが、我々の目を盗んで通過したらしい!」
支隊長の説明に、5人の部下たちは互いに顔を見合わせた。自分たちが警戒していた区域を、敵が通り抜けていたというのか。
6人は周囲の状況を確認しながら警戒任務に当たっていたが、少なくとも敵兵らしき姿を目撃した者はおらず、不審な物音を聞いたという報告もなかった。警戒区域のどこかを突破されたのだとしても、それがいつ、どのように行われたのか見当もつかなかった。
「やっぱり、1個支隊では無理だったんですよ!」
若い一等兵が不満を爆発させた。支隊長自身も、その言い分が間違っているとは思わなかった。6人という限られた人数で周辺を警戒していた以上、すべての敵の動きを把握することは容易ではない。しかし、輸送部隊が襲撃されている以上、今さら警戒態勢の不備を嘆いていても仕方がなかった。指揮官から帰還を命じられた以上、一刻も早く戻らなければならない。
「くそっ、どこで見落としたんだ……!」
支隊長は歯噛みした。
輸送部隊が攻撃を受けているということは、敵が既に警戒網の内側へ侵入していることを意味する。このままでは輸送部隊が壊滅するかもしれず、仮に被害を食い止められたとしても、警戒任務の失敗について責任を問われることは避けられないだろう。
「急ぐぞ! まだ間に合うはずだ!」
支隊長の号令を受け、6人は輸送部隊がいる方向へ移動を開始した。
遠くからは断続的な銃声と爆発音が聞こえており、輸送部隊が今も攻撃を受けていることが分かった。移動を続けるにつれて戦闘の音は次第に大きくなり、支隊長の焦りも強まっていった。
その6人を、別の場所から監視している者たちがいた。
GASTの狙撃班であるフォックス班の3人、コルガン、ジミー、グイダである。
コルガンは照準器越しに帝国兵の動きを追っていた。先ほどまで警戒に当たっていた6体が突然進路を変え、輸送部隊の方向へ移動を始めている。
「動き出したな。」
コルガンがそう告げると、同じく帝国兵の様子を確認していたグイダが応じた。
「向こうで何が起きたか、ようやく分かったんでしょ」
「そうだろうな。連中、相当慌てている。」
ジミーは淡々と答え、照準器から目を離さなかった。
6体の帝国兵は時折周囲を確認していたものの、意識の大半が輸送部隊の方向へ向いているようだった。警戒網を突破されたことに動揺しているのか、移動にも落ち着きがなく、互いに何かを言い合いながら帰還を急いでいる。
「6体とも確認できるか?」
コルガンの問いかけに、グイダが先に返答した。
「勿論です。」
「問題ありません。」
ジミーも敵の位置を確認できていることを伝えた。
コルガンは改めて6体の位置関係を確認した。輸送部隊への帰還を急ぐ帝国兵たちは、こちらの存在に気付いている様子もなく、周囲への警戒が十分に行き届いているとは言い難かった。
「撃つぞ。」
コルガンが引き金を絞ると、乾いた銃声が森に響き、先頭を進んでいた支隊長が突然倒れた。
「支隊長!?」
後続の兵士が驚いて叫んだものの、何が起きたのか理解するより早く2発目の銃声が響き、別の兵士が身体をのけぞらせながら地面へ崩れ落ちた。
「狙撃だ! 伏せろ!」
生き残った4体は慌てて散開し、それぞれ近くの木々や倒木を遮蔽物にしようとした。しかし、周囲を見渡しても敵の姿は確認できなかった。銃声の聞こえた方向から射撃位置を推測しようにも、木々が視界を遮っており、どこに敵が潜んでいるのか判断できない。
「どこだ!? どこから撃っている!?」
「姿が見えません!」
兵士の1人が銃を構え、銃声の聞こえた方向へ応射した。
だが、敵の位置を特定できないまま放たれた弾丸は木々の間へ吸い込まれていくだけで、相手に命中した様子はなかった。兵士がなおも射撃を続けようとしたところで再び銃声が響き、その身体は力を失って地面へ倒れた。
「くそっ! どうなっているんだ!」
残された3人体のうち、1体が倒木の陰へ飛び込み、別の兵士は近くの木に身を寄せながら、腕時計型端末の通信機能を起動した。
『こちら警戒支隊! 敵の狙撃を受けています! 支隊長が戦死! 至急、援護を――』
しかし、報告を最後まで伝えることはできなかった。銃声とともに通信中の兵士が崩れ落ち、その様子を目の当たりにした残る2人は、思わず息を呑んだ。
敵が何匹いるのかも分からないまま、既に4人の仲間が倒されていた。支隊長を失っただけでなく、援護を求める通信さえ途中で途絶えてしまい、生き残った2人は互いの顔を見合わせることしかできなかった。
「退くぞ! ここにいたら殺される!」
兵士の1人が叫ぶと、もう1人は周囲を見渡しながら怒鳴り返した。
「どこへ逃げるんだ!? 敵の位置も分からないんだぞ!」
その言葉に答えられる者はいなかった。敵の姿が見えない以上、どちらへ逃げれば安全なのか判断できず、遮蔽物から身を乗り出すことさえ危険だった。しかし、ここに留まっていても状況が好転する見込みはなく、2人の間には焦りと恐怖が広がっていた。
やがて、1人の兵士が意を決して遮蔽物から飛び出した。だが、数歩も進まないうちに銃声が響き、その兵士も地面へ倒れ込んだ。最後の1人となった兵士は、倒木の陰で身を縮めていた。
つい先ほどまで聞こえていた仲間の声は、もう聞こえない。周囲を見渡そうにも、顔を出した途端に撃たれるかもしれないという恐怖が先立ち、身体を動かすことすらためらわれた。輸送部隊の方向からは、相変わらず銃声と爆発音が響いていた。仲間たちが襲撃を受けている以上、援軍として駆けつけたい気持ちはあったが、今ここから動けば自分も殺されるだろう。
そう考えた瞬間、兵士は自分の身体が震えていることに気付いた。
「……誰か、助けてくれ。」
思わず口をついて出た声は、遠くで続く戦闘の音にかき消され、誰にも届くことはなかった。
「あと1体か。」
グイダは照準器を覗きながら、最後に残った帝国兵の様子を確認していた。
ジミーも同じ兵士が身を隠している場所を監視していたが、相手は倒木の陰から出てこようとせず、こちらが射撃できる機会は訪れなかった。
「動かないな。」
「そりゃあ、仲間が5人もやられりゃ怖くなるだろ。」
グイダはそう答えたものの、表情を緩めることはなかった。
最後の1体が遮蔽物に身を隠したままでは、こちらも容易には射撃できない。とはいえ、輸送部隊への攻撃が続いている以上、この帝国兵を放置するわけにもいかなかった。
コルガンは、兵士が身を隠している倒木から目を離さず、その動きを監視し続けていた。
「待て。動くぞ。」
やがて、帝国兵が恐る恐る顔を上げた。
周囲の状況を確認しようとしたのだろうが、そのわずかな動きもコルガンは見逃さなかった。直後に一発の銃声が響き、最後の帝国兵は倒木の陰へ崩れ落ちると、そのまま動かなくなった。
コルガンはしばらく照準器越しに周囲を監視し、6体すべてが動かなくなったことを確認した。
「6体、全員撃破。」
ジミーも周辺の状況を確認したが、新たな敵影は見当たらなかった。
「他に敵影なし。」
「よし。輸送部隊の方へ意識を戻すぞ。」
コルガンの指示を受け、フォックス班の3人は引き続き周囲の警戒に当たった。
一方、輸送部隊では、通信担当の兵士が警戒支隊との連絡を回復しようとしていた。
腕時計型端末から何度も呼びかけていたが、先ほどの緊急報告を最後に応答がなくなっており、無線からは雑音が聞こえてくるばかりだった。
『応答せよ! 状況を報告しろ!』
通信担当の兵士は返答を待ったものの、警戒支隊からの応答はなかった。
『聞こえているのか!』
再び呼びかけても状況は変わらず、通信担当の兵士は不安を募らせた。
「どうした! 連中はまだ戻らないのか!」
輸送部隊の指揮官が怒鳴ると、通信担当の兵士は振り返り、先ほど受け取った報告の内容を伝えた。
「先ほど、敵の狙撃を受けていると報告がありました! 支隊長が戦死したとのことですが、その後は通信が途絶えています!」
「何だと……?」
指揮官は思わず言葉を失った。
警戒支隊から敵を発見したという報告がなかったにもかかわらず、輸送部隊は既に奇襲を受けている。それだけでも重大な問題だったが、異変に気付いて戻ろうとした警戒支隊まで狙撃されたとなれば、敵が自分たちの動きを把握している可能性は高かった。
しかも、警戒支隊との通信が途絶えたことで、周辺の状況を確認する手段まで失われつつあった。
「くそっ……! 敵は一体、何匹いるんだ!」
指揮官がそう叫んだ直後、再び輸送車列の近くで爆発が起こった。
爆発によって土砂が巻き上がり、黒煙が立ち上る中、負傷した兵士たちの悲鳴が響いた。アマゾネス班とアルバトロス班による射撃もなお続いており、遮蔽物に身を隠した帝国兵たちは、敵の位置を十分に把握できないまま応戦を強いられていた。
輸送部隊の指揮官は混乱を収拾しようと声を張り上げたが、相次ぐ爆発と銃撃によって部下たちの動きは鈍く、命令が十分に行き渡っている様子もなかった。
登場人物紹介
コルガン……GASTフォックス班の班長
ジミー……GASTフォックス班所属で、GASTナンバー2の狙撃手
グイダ……GASTフォックス班所属
※)これまで「ウォッチ」と表していた帝国軍の無線ほか、多機能の端末ですが、今話から「腕時計型端末」と表しています。




