第327話 警戒網の隙間
スイレン・スウド軍曹は、緊張した面持ちで高機動車の荷台にいた。いつ敵の攻撃を受けるか分からない状況で、外の様子を十分に確認できないことは、彼にとって大きなストレスとなっていた。
スウドのようなラミア族は、車両や輸送機が使用できない場所では、長い尻尾に物資を巻き付けて運搬する役割を担うことがある。彼が輸送大隊に配属されたのも、そうした身体的な特徴を活かせるためだった。もっとも、高機動車はラミア族が運転することを想定した構造になっていない。そのため、車両で移動する際には、荷台で待機するほかなかった。
(ラミア族が運転できる車を開発して欲しいと何度思ったことか……)
グーリエ星では、ケンタウロス族向けの車両が市場に出回っているというのに、ラミア族が利用できる車両については、少なくともスウドが望むようなものはなかった。もっとも、ケンタウロス族の場合は下手な車よりも速く走れるため、そもそも車両の必要性を感じない者もいる。スウドはそんなことを考えながら、車両の揺れに身を任せていた。
副大隊長の命令で施設へ戻ったアルフ・アルカラは、まだ戻ってきていない。敵に捕まったのか、それともこちらへ向かっている途中なのか、スウドには知る由もなかった。もっとも、彼はアルカラの身を案じてはいなかった。今回の騒動は、アルカラ自身が招いたものだからである。
「軍曹殿、鳥栖に到着しました。」
高機動車を運転していた上等兵から報告を受けたスウドは、荷台の物資を確認すると、北部方面軍のトラックへの積み替え作業に取りかかった。
鳥栖に集まっているトラックの数は、以前よりも増えていた。アルカラの失態は北部方面軍を指揮するラリグアン少将の耳にも届いており、少将の機嫌が悪くなったことで、司令部には張り詰めた空気が漂っているらしい。
その話を思い出したスウドは、余計なことを考えないようにしながら作業を進めた。荷台から物資を降ろし、引き渡し先のトラックへ積み替える。全ての荷物を移し終えると、スウドはタブレットにサインを書き、書類に判を押して引き渡しの手続きを済ませた。
これで今回の輸送分については一区切りとなるが、彼の仕事が終わったわけではない。運ぶべき物資はまだ残っており、引き返して次の輸送に取りかからなければならなかった。
兵站拠点が立て続けに狙われ、重要なデータまで流出した可能性がある今、物資をいつまでも倉庫や工場に置いておくわけにはいかない。筑紫野へ届けてしまうことが、何よりも安心できる方法だった。
スウドは手続きを終えると、すぐに引き返した。
一方、GASTのアマゾネス班とアルバトロス班は、まもなく「Aルート」とされる経路の入口付近に差しかかろうとしていた。
ここまでの移動では敵の気配を感じることはなかったが、目的地に近づくにつれて、隊員たちの警戒も自然と強まっていた。周囲には木々が生い茂り、見通しの利かない場所も多い。隊員たちは小銃を構え直し、前方の様子に注意を払いながら慎重に進んでいた。
そのとき、斥候として先行していたマメッドが戻ってきた。
「ビービ班長、前方に敵がいます」
報告を受けたビービは足を止め、マメッドへ視線を向けた。
「敵の規模は?」
「自分が目視出来たのは、6体。1つのグループのようでした。狙撃手ではありません。歩兵と思われます」
ビービは少し考えた。このまま進めば敵と接触する可能性があるが、かといって、目の前の敵が周辺に展開している兵力の全てとは限らない。
「素通りできそう?」
「敵全体の数が分かりません。その6体だけなら可能ですが、他に潜んでいる可能性もあります。現実的ではないと思います。」
マメッドの返答を聞いたビービは、すぐには判断を下さなかった。
6体の帝国兵を発見したとはいえ、周辺の警戒態勢までは把握できていない。ここで不用意に進路を変えれば、別の敵と鉢合わせする可能性もあった。
隣にいたブエンテロが口を開いた。
「どうします? ここで待っていても、向こうが移動するとは限らんと思いますけど?」
「分かってるわ。もう少しだけ確認させて」
ビービはマメッドへ向き直った。
「敵の動きをもう少し確認してもらえる?」
「了解しました」
マメッドが再び前方へ向かうと、ビービは隊員たちにその場で待機するよう指示した。アマゾネス班とアルバトロス班は周囲への警戒を続けながら、追加の報告を待つことになった。
第116歩兵科中隊から派遣された6人の帝国兵は、Aルートへ通じる経路の警戒に当たっていた。
彼らに与えられた任務は、周辺を監視し、接近する敵を発見した場合には速やかに報告することだった。補給部隊が重要な情報を紛失したという事情は伝えられていたが、その端末が敵の手に渡ったかどうかまでは分かっていない。
支隊長は部下たちの配置を確認しながら、前方を監視していた兵士に声をかけた。
「何か変わったことはないか?」
「ありません。今のところ、敵らしい姿は確認できていません」
「そうか。引き続き警戒を頼む」
兵士が返事をすると、支隊長は別の方向へ視線を向けた。
周囲には木々が生い茂り、見通しの利かない場所も少なくなかった。6人という人数では、担当する区域の全てを絶えず監視することは難しい。それでも、兵士たちは敵が接近してくる可能性のある方向を中心に、不審な動きがないか確かめていた。
支隊長はウォッチの通信機能をONにし、中隊へ状況を報告した。
「こちら前方警戒班。現在まで異常なし」
『了解。引き続き警戒を続けろ』
通信を終えた分隊長は、再び部下たちの様子を確認した。
今のところ、敵の姿は見つかっていない。もっとも、何も見つからないからといって、周囲に敵が存在しないと断言できるわけではなかった。兵士たちはそれぞれの持ち場で警戒を続けた。
しばらくして、マメッドがビービたちのもとへ戻ってきた。
「班長、6体の動きを確認しました。警戒している範囲はある程度限られているようです」
「それで?」
「離れた場所に、通れそうなところがありました。まだ安全とは言い切れませんが、あの6体に接近せずに進める可能性はあります」
ビービは小型端末の地図を確認しながら、マメッドの説明を聞いた。
「他の敵は?」
「確認できませんでした。ただ、いないと断言はできません」
「ありがとう。十分よ」
マメッドの報告によって、最初の偵察では分からなかった周辺の状況が、ある程度明らかになった。
6体の帝国兵は一定の範囲を警戒しているものの、そこから離れた場所まで常時監視しているわけではないらしい。もちろん、別の敵が潜んでいる可能性は残っているが、少なくとも目の前の警戒班に接近せずに進める余地はあった。
ビービはブエンテロへ顔を向けた。
「少し遠回りになるけど、そっちから進みましょう」
「りょ。ただし、何かあったら無理には、進みませんよ」
「あら? ブエンテロなら無理してでも進みそうなのに」
「時と場合によります」
ビービは隊員たちへ移動を指示した。
アマゾネス班とアルバトロス班は、帝国兵のいる場所を避けるように進路を変えた。途中には足場の悪い場所もあったが、隊員たちは互いの動きを確認しながら、慎重に歩みを進めていった。
ビービは時折立ち止まり、周囲の様子を確かめた。マメッドが確認した6体以外にも敵がいる可能性は残っており、目の前の警戒班を避けられたからといって、安心できる状況ではなかった。それでも、しばらく進んだところでマメッドが後方を確認すると、先ほどの帝国兵たちの姿は木々に遮られ、見えなくなっていた。
「班長、例の6体からは離れられたようです」
「そう。よかったわ」
ビービは短く答えると、前方へ視線を戻した。
隊員たちはその後も警戒を緩めることなく、山中を進んでいった。
その頃、6人の帝国兵は、変わらず持ち場で警戒を続けていた。
「支隊長、こちらも異常ありません」
側方を監視していた兵士から報告を受けた支隊長は、頷きながら周囲を見渡した。
「了解した。引き続き警戒しろ」
兵士たちは、それぞれの担当方向へ視線を戻した。
彼らが監視していた経路には、敵の姿は見当たらなかった。支隊長も、部下たちの報告を確認した限りでは、特に異常が発生しているとは考えていなかった。
やがて、定時の報告を行うため、支隊長はウォッチの通信機能をONにした。
「こちら前方警戒班。異常なし。引き続き警戒を継続する」
『了解』
短いやり取りを終えた分隊長は、再び前方の監視に戻った。6人の帝国兵は、近くまで接近していたGASTの隊員たちが、すでに自分たちの警戒区域を迂回していたことに気づいていなかった。
6体の帝国兵を迂回したアマゾネス班とアルバトロス班は、その後も周囲を警戒しながら移動を続けていた。
先程の警戒班に発見されずに済んだとはいえ、この先にも敵が配置されている可能性は十分にある。ビービはマメッドから周辺の状況を聞きながら、隊員たちを慎重に前進させていた。
やがて、先行していたマメッドが戻ってきた。
「ビービ班長、前方に車両が確認できました」
その報告を聞いたビービは、足を止めた。
「何台いるの?」
「まだ全体は確認できていません。ただ、複数の車両が移動しています」
「分かったわ」
ビービはブエンテロへ顔を向けた。
「確認しに行きましょう」
「りょ」
2人は隊員たちの動きを確認すると、マメッドの案内で前方へ進んだ。
木々の間から道路が見える場所まで近づくと、ビービは身を低くして、その先の様子をうかがった。道路には帝国軍の車両が見えた。車両は間隔を空けながら進んでおり、周囲には警戒に当たっている兵士の姿も確認できた。
ビービは小型端末を取り出し、画面に表示された情報と目の前の道路を見比べた。
「……間違いなさそうね」
隣にいたブエンテロも、道路へ視線を向けた。
「いきますか?」
ビービはすぐには答えず、車両の動きをしばらく観察していた。敵の輸送活動を確認できたことは大きいが、周辺にどれだけの兵力が展開しているのかは分からない。先ほど発見した6体のように、道路から離れた場所で警戒に当たっている兵士がいても不思議ではなかった。それでも、ここまで接近した以上、いつまでも様子を見ているわけにはいかなかった。
ビービは無線を手に取った。
「こちらアマゾネス01。スネーク、聞こえる?」
『こちらスネーク01。聞こえている』
「そちらの状況は?」
『問題ない』
「了解」
通信を終えたビービは、ブエンテロへ視線を向けた。
「準備しましょう」
「りょ」
ブエンテロは頷くと、アルバトロス班の隊員たちへ指示を伝えた。アマゾネス班もビービの指示に従い、周囲への警戒を続けながら行動を開始した。
道路では、帝国軍の車両が移動を続けていた。
輸送に従事する兵士たちは、予定された物資を目的地まで届けることに注意を向けており、道路から離れた場所にGASTの隊員たちが潜んでいることには気づいていなかった。
ビービは車列の動きを見つめながら、無線を握り直した。
ここまでの移動で敵との交戦は避けられたが、これから先はそうはいかない。彼女は隊員たちの準備が整ったことを確認すると、無線機へ口を近づけた。
「こちらアマゾネス01。各班、準備はいい?」
それぞれの班から応答が返ってくる。
ビービは最後にもう一度、道路を進む車列へ視線を向けた。そして、攻撃開始を命じた。
「攻撃開始!」
次の瞬間、道路を進む帝国軍の車列に向けて、GASTの攻撃が始まった。
※備考 大分方面に進軍しているGASTのメンバー
GASTアマゾネス班
ビービ(班長)、スライス(副班長)、キーラ、ピケット
GASTアルバトロス班
ブエンテロ(班長)、クラウスレイ(副班長)、ゴルム、ソブラウ、マメッド
GASTスネーク班(火力支援部隊)
シャウブ(班長)、ロン(副班長)、ハン、ロスタ、ビアボーム、カカレコ
GASTセイレーン班
ローレライ(班長)、ボナー(副班長)、シリング、ラスタ、ベルチャー、ファス、ビュー
GASTフォックス班
コルガン(班長)、ダンタス(副班長)、ジミー、グイダ、ラーキン 、ワード、シールズ、ミルトン
スイレン・スウド……陸軍軍曹で、ラミア族の男性。第59輸送大隊所属で、分隊長の1人




