第321話 反転
ビーウェル・デラミーにとって、今の状況は完全に想定外だった。
まさか、味方であるはずのアイゼンによって、自分が率いる第32歩兵科大隊が壊滅寸前まで追い込まれるとは思いもしなかった。それだけでも悪夢のような事態だというのに、今度は自らの手で、そのアイゼンを破壊しなければならない。
開発者から何を言われるか、堪ったものではなかった。それでも、生き残った部下を守るためにはやるしかない。
「大隊長、小官が囮になります。」
サンスーファが申し出た。
犬型獣人族である彼は、エルフであるデラミー以上の機動力を持っている。アイゼンの正面で素早く動いて注意を引きつけ、その隙にデラミーが仕留める算段だった。
「任せた。俺が壊すまで、死ぬなよ」
「はっ」
サンスーファは短く敬礼すると、アイゼンの前へ走っていった。
もっとも、アイゼンの破壊は容易ではない。兵士が普段使用している小銃では、重装甲を撃ち抜くことができない。一方で、40mmタイプのグレネードランチャー程度の火力があれば破壊は可能だったが、それにも条件があった。
狙うべき場所は頭部に収められた人工知能プログラムであり、単に頭部へ損傷を与えるだけでは足りない。機能を停止させるためには、後頭部へ攻撃を正確に命中させる必要があった。
そこがアイゼンの弱点だった。当然、その弱点を守るようにもプログラミングされているため、単独で後頭部を狙うのは難しい。しかし、2人ならば話は変わる。1人が注意を引きつけ、もう1人が背後を取れば、成功する可能性は大きくなる。サンスーファは、その役目を引き受けた。
アイゼンの右腕が動く。直後、熱を帯びた光線が広間を薙いだ。
サンスーファは射線から逃れるように身を投げ出し、床を転がって立ち上がると、そのまま走り続けた。
アイゼンそのものの動きはやや遅い。だが、右腕から熱線を放つまでの動作は速く、照準を向けられてから回避するまでに残された時間は短かった。
デラミーはグレネードランチャーを構えたまま、その機会を窺っている。しかし、狙えない。
サンスーファがアイゼンの注意を引きつけても、機体は後頭部を容易には晒さなかった。無理に撃てば、有効打を与えられないまま次の機会を失うことになる。
その間にも、別の脅威が帝国兵を削り続けていた。
施設内部へ入り込んだ自衛隊が、アイゼンとの戦闘に気を取られている兵を狙っている。
隙を見せた者から撃たれ、また1人、帝国兵が倒れた。
時間が足りない。デラミー自身も、いつ銃弾を浴びるか分からない。周囲に残る兵士たちも警戒を続けており、アイゼンだけに集中できる状況ではなかった。
同じ頃、施設内の各部屋を行き来していたGASTも、広間で起きている変化に気づいていた。
帝国兵が、あの大型機体へ攻撃を仕掛けようとしている。これまでGASTは、混乱に乗じて帝国兵を仕留めながらも、大型機体のすぐ近くにいる敵への射撃は控えていた。下手に手を出して大型機体の注意を引き戻すより、帝国兵を攻撃させておいた方が都合がいい。
だが、帝国兵が明確に大型機体を破壊しようとしているのなら、事情は変わる。
「イリー、敵はあのアイゼンを破壊しようとしている」
サリカムが告げる。
「分かってるよ、サリカム。あの敵を排除する」
イリーは銃を構えた。
2人は、アイゼンの正面で動き続けているサンスーファへ向かって発砲した。
「う……」
サリカムの表情が苦痛に歪む。負傷している片腕が射撃の反動を受けるたび、鋭い痛みが走っていた。普段であれば正確に敵を撃ち抜ける射撃技術も、負傷の影響を受けて精度が落ちている。そして、帝国兵も2人の存在を見逃さなかった。
「大隊長とサンスーファ中尉を守れ!」
「あの2匹を仕留めるぞ!」
残存する帝国兵が一斉にイリーとサリカムへ照準を定め、銃撃を開始した。
2人の周囲へ銃弾が殺到する。
「くっ……これでは、あの敵兵を排除できない……」
イリーは身を伏せながら応射したものの、サンスーファを狙う余裕はなくなっていた。
壁や遮蔽物へ次々と銃弾が食い込み、破片が飛び散る。留まり続ければ、遮蔽物そのものを削られて射線が通る。イリーとサリカムは射撃を諦め、一度、近くの部屋へ退避した。
「あの部屋に逃げた!」
「逃がすな!」
帝国兵たちが2人を追おうと動き出す。
その瞬間だった。アイゼンの右腕が帝国兵たちへ向けられた。
放たれた熱線が、イリーとサリカムを追おうとしていた兵士たちをまとめて貫く。猛烈な熱量は人体を貫通しても衰えきらず、その先にあったドアまで溶かした。
「隙が出来た!」
サンスーファが叫んだ。
帝国兵を攻撃したことで、アイゼンの注意が一瞬だけ逸れていた。デラミーは、その機会を逃さなかった。
グレネードランチャーの照準をアイゼンの後頭部へ合わせ、引き金を引く。発射された弾頭が後頭部へ命中した。
爆発によって装甲が破壊され、その内側に収められていた人工知能プログラムが損傷する。アイゼンの動きが止まった。帝国兵を殺し続けていた巨体は、それまでの暴走が嘘だったかのように沈黙した。
デラミーはグレネードランチャーを下ろすと、周囲を見渡した。
先程、アイゼンの熱線を受けた4人の兵士は、すでに原型を留めていなかった。
「フォース、ブンギ、ケダーニ、ジトゥーラ……偶然かもしれない。だが、お前達のおかげで、アイゼンを止める事が出来た。礼を言う。そして、安らかに眠れ。」
デラミーは4人の遺体へ声をかけ、彼らの冥福を祈った。
だが、戦闘は終わっていない。むしろ、ここからだった。
「サンスーファ、お前も良くやってくれた。大隊は壊滅的被害を受けたが、まだ立て直せる。まずは、ちょろちょろと鬱陶しい下等生物共を始末しようぞ」
「はっ」
サンスーファが応じる。最大の脅威だったアイゼンは、もう動かない。デラミーは生き残った兵士たちへ向き直った。
「総員、中にいる下等生物共を根絶やしにする!」
「了解!」
帝国兵たちが動き出す。
その声は、イリーたちが逃げ込んだ部屋にも届いていた。
(来る……)
イリーは壁にもたれながら銃を構えた。敵が最初に狙うとすれば、位置を知られているこの部屋だろう。隣にいるサリカムは負傷している。この窮地を乗り越えられるかどうかは、自分にかかっている。
イリーは大きく深呼吸すると、迫り来る帝国兵を迎え撃つ覚悟を決めた。
登場人物紹介
イリー……GASTアマゾネス班の隊員
サリカム……GASTアマゾネス班の隊員
ビーウェル・デラミー……エルフの男性で、陸軍少佐。第32歩兵科大隊長
アッサム・サンスーファ……犬型獣人族の男性で、陸軍中尉。第119歩兵科中隊長
※第119歩兵科中隊は、第32歩兵科大隊の隷下部隊です
対人戦闘用重装甲兵「アイゼン」……所謂戦闘型ロボット。まだ量産体制に入っていないので、兵站拠点や整備工場等、限られた場所でしか稼働しない。




