第320話 決断
アマゾネス班とアルバトロス班は、施設の奥にある一室へ入った。
アイゼンの攻撃によって帝国兵の混乱が続いている。兵站を潰すのであれば、これ以上ない機会だった。しかし、室内を確認したブエンテロは、思わず足を止めた。
「何もない……だと!?」
部屋には、兵站物資どころか、目立った設備すら残されていなかった。帝国兵が撤退した痕跡はあるものの、重要な物資や機材はすでに運び出された後だった。
「俺達がここに来るのを予測していた?」
ブエンテロが呟く。
クラウスレイは室内を見回した。
(流石にそれは……)
もしGASTの進路を正確に予測していたのなら、帝国側はもっと大がかりな迎撃態勢を整えていても不思議ではない。そう考えると、今回の状況は別の意味で不気味だった。単に、こちらが利用されているだけなのかもしれない。
「班長!」
キーラの声が響いた。
彼女が指し示した先には、地下へ続く入口があった。
「敵はここから逃げたと思われます」
ゴルムが入口を確認しながら尋ねる。
「追いますか?」
「いや、まずはここの内部を探ろう。今なら、それが出来る」
ビービはそう答えた。
グーリエ星人のことだ。地下道に罠や伏兵を仕掛けていても不思議ではない。アイゼンによって帝国兵の動きが乱れている今なら、施設内部を調べる余裕もある。何か手がかりを残していないか確認する価値はあった。
GASTは手分けして各部屋へ入り、施設内部を調べ始めた。
一方、施設の広間では、なおもアイゼンが帝国兵への攻撃を続けていた。
第117歩兵科中隊長のタタイー・エイゴー ト大尉は、すでに大型機体の熱線によって両腕を失っていた。大量の出血によって身体から急速に力が失われ、やがて失血死した。
中隊長を失ったことで、第117歩兵科中隊の指揮系統は大きく崩れていた。
副中隊長のミント・マドゥリヌ少尉は、突然のアイゼンの暴走と中隊長の戦死に動揺し、周囲を確認することもなく銃を撃ち続けている。
「少尉殿、落ち着いて下さい!」
若い一等兵がマドゥリヌを遮蔽物の中へ引き摺り込もうとしていた。
その様子を、ブエンテロとソブラウが見ていた。
「なあ、あれ撃っても問題ないよな?」
ブエンテロが尋ねる。
「ええ、問題ないと思いますよ」
ソブラウが答える。
ブエンテロは素早く銃を構え、3点射撃を行った。
銃弾がマドゥリヌを撃ち抜く。
「ああ、少尉殿!」
一等兵はマドゥリヌの遺体を壁代わりにして、その場へ伏せた。しかし、周囲では銃弾が飛び交っている。動けば撃たれる状況から逃れることができず、身を伏せたまま耐えるしかなかった。やがて流れ弾がその兵士の身体を貫いた。若い一等兵は、その場で動かなくなった。
その頃、第119歩兵科中隊長のアッサム・サンスーファ中尉は、前方で何が起きているのかをおおよそ把握していた。
援軍に向かうこと自体は可能だと思っていた。しかし、自衛隊の狙撃線が通っているため、無闇に移動することはできない。
射線の取り方から、敵に狙撃手がいることは分かっていた。それでも、この場所の主導権は帝国兵が握っているはずだった。狙撃手に位置を捕捉されないよう兵を忍ばせ、こちらから敵を圧迫する態勢も整えていた。にもかかわらず、状況は完全に劣勢へ傾いている。
敵の一匹は仕留めた。だが、あれは末端の雑魚だったと思い知る。まだ腕の立つ狙撃手が残っている。敵を挟撃するために控えていた第119歩兵科中隊は、その役割を果たせないまま戦場に取り残されていた。
サンスーファは遮蔽物の陰から前方を覗いた。
そこでは、アイゼンの熱線によって味方兵士が焼かれている。そのさらに奥では、施設内部へ進んだ自衛隊の射撃によって帝国兵が倒されていた。そして今、ミック・ルクサンドル少尉がアイゼンに踏み潰され、下半身を失った。
(ルクサンドル……もう持たない……)
サンスーファは、決断した。このままでは、アイゼンによって第32歩兵科大隊そのものが食い潰される。それだけは止めなければならない。
「大隊長! 意見よろしいでしょうか!」
サンスーファは無線へ向かって叫んだ。
『何だ? 言ってみろ!』
「もはや、悠長な事を言ってられません! アイゼンを破壊しましょう!」
『お前もそう思うか。そうだな、アイゼンを壊そう。』
デラミーは落ち着いた様子で、サンスーファの意見を受け入れた。直後、アイゼンの運用管制を担当する部隊から、もう少し待ってほしいという陳情が入った。しかし、すでに隷下のエイゴート、マドゥリヌ、ルクサンドルを失っている。中隊長と副中隊長を相次いで失った今となっては、悠長に待っている余裕はなかった。
サンスーファは神経を研ぎ澄ませた。聞こえてくる銃声から、狙撃手の位置を探る。この狙撃線を抜け、大隊長のデラミーを援護する。そして、アイゼンを破壊する。
アイゼンは、まだ量産体制に入っていない。だからこそ、破壊することに抵抗を覚える兵がいることも分かっていた。だが、帝国兵へ牙を向いている以上、もはや躊躇する理由はない。
(今だ!)
サンスーファは銃声の間隔を見極めると、遮蔽物から飛び出した。
「班長、敵が1体抜けます!」
ビューの声に反応し、ローレライは素早く狙撃銃を構えた。照準の先には、走るサンスーファの姿がある。ローレライが引き金を引いた。
しかし、銃弾はサンスーファには届かなかった。外したわけではない。射線へ、新たな帝国兵が割って入ったのだ。
「中隊長、行って下さい……」
「我々が盾になります!」
「お前達……すまん!」
119中隊の兵士たちは、サンスーファを守るため、自ら射線へ入っていった。銃弾を受けて兵士が倒れる。その隙を縫うように別の兵士が前へ出る。さらに別の兵士が射線へ入り、サンスーファが前進する時間を作った。そのたびに、119中隊の兵士が倒れていく。
サンスーファは振り返らずに走った。
やがて狙撃線を抜けたところで、彼の目の前に一つのものが転がっているのが見えた。イアン・イバ兵士長の生首だった。アイゼンの左腕に備えられた鋸状の武器によって、身体から切断されたものだった。
サンスーファは足を止めず、そのまま前へ進んだ。その先には、デラミーがいた。
「よく、ここまで来た………」
デラミーも無傷ではなかった。身体には小さくない傷があり、疲労も隠せていない。周囲には部下たちの遺体が転がっていた。サンスーファがここまで到達するまでに、第119歩兵科中隊も多くの兵士を失っている。第32歩兵科大隊の被害は甚大だった。それでも、まだ戦わなければならない。
「サンスーファよ、急ぎアイゼンを破壊し、連中を始末する」
「了解」
登場人物紹介
GASTアマゾネス班
ビービ(班長)、スライス(副班長)、イリー、キーラ、ピケット、サリカム
GASTアルバトロス班
ブエンテロ(班長)、クラウスレイ(副班長)、ゴルム、ソブラウ、マメッド
GASTセイレーン班
ローレライ(班長)、ボナー(副班長)、シリング、ラスタ、ベルチャー、シノシック、ファス、ビュー
ビーウェル・デラミー……陸軍少佐でエルフの男性。第32歩兵科大隊長
アッサム・サンスーファ……陸軍中尉で、犬型獣人族の男性。第119歩兵科中隊長
ミント・マドゥリヌ……陸軍少尉で、ハーフエルフの男性。第117歩兵科中隊の副中隊長
対人戦闘用重装甲兵「アイゼン」……所謂戦闘型ロボット。まだ量産体制に入っていないので、兵站拠点や整備工場等、限られた場所でしか稼働しない。




