第319話 暴走する鋼鉄
アイゼンが、再び動き始めた。
アマゾネス班とアルバトロス班の隊員たちは、それぞれ遮蔽物に身を伏せながら、その動きを警戒していた。前方にはアイゼンを囲むように帝国兵が陣取り、後方ではセイレーン班が119中隊と応戦している。
ビービは銃を構えたまま、隣にいるスライスへ尋ねた。
「ファルコンから何か来た?」
「まだです!」
スライスが答えた。
アイゼンの右腕が持ち上がる。
「伏せて!」
ビービの声に合わせて、隊員たちが身を伏せた。
熱線が通路を横切り、壁面を焼いた。熱気が一気に押し寄せる中、隊員たちは射撃姿勢を崩さずに大型機体の動きを追った。
そのとき、無線からファルコン班の通信が入った。
『こちらファルコン01。アマゾネス01、聞こえる?』
「こちらアマゾネス01。聞こえるよ」
『件のネットワークへ侵入している。まだ管理系統を確認しているところだ』
「分かった。こっちは何とか持たせる」
『アイゼンの制御に関係する系統を見つけたら連絡する』
「お願い」
通信が切れる。
ビービは大型機体へ視線を戻した。
(もう少しだけ、時間を稼がないと)
アイゼンが再び前進する。
ビービは隊員たちへ指示を出した。
「右へ移るよ。撃てるときだけ撃って!」
アマゾネス班とアルバトロス班が位置を変える。アイゼンの装甲には銃弾が弾かれているが、その後方にいる帝国兵には射撃が通る。隊員たちは無理に大型機体を倒そうとはせず、その周囲にいる敵へ射撃を集中させた。
アイゼンが右腕を持ち上げる。
「また来る!」
ビービが叫んだ。
隊員たちが遮蔽物へ身を寄せる。しかし、その直後、アイゼンがこちらではない方向へ向きを変えた。
ビービは、その動きを見た。
「……何?」
アイゼンの正面にいるのは、GASTではない。帝国兵だった。アイゼンが帝国兵へ向かって歩き始める。
「どうしたんだ?」
スライスが呟いた。
帝国兵も何が起きたのか分からない様子で、アイゼンを見上げている。
次の瞬間、熱線が放たれた。帝国兵の集団が吹き飛ばされる。アイゼンは止まらない。左腕の鋸状の刃を振り抜き、逃げようとした兵士を襲った。
ビービは、その光景を見つめた。
「……ファルコン班がやったんだ」
スライスもアイゼンを見ながら答えた。
「制御を取ったんでしょうか?」
「分からない。でも、今がチャンスだよ」
ビービは銃を構え直した。
「前へ出るよ!」
アマゾネス班とアルバトロス班が進み始める。アイゼンが帝国兵を攻撃している間に、GASTは施設の奥へ向かった。
後方ではセイレーン班が119中隊との戦闘を続けている。しかし、アマゾネス班とアルバトロス班は振り返ることなく、前方へ進んだ。
第32歩兵科大隊は、突然の異変に見舞われていた。
デラミーは、目の前で帝国兵が次々に倒れていく光景を見ていた。
「何が起きている!」
部下が答える。
「アイゼンが味方を攻撃しています!」
「何だと!?」
デラミーは鋼鉄の巨体を見つめた。
アイゼンは、それまでGASTを攻撃していた。しかし現在は、帝国兵を敵として認識したかのように攻撃を続けている。
「管理担当へ連絡しろ!」
「すでに電子戦隊が対応しています!」
「急がせろ!」
デラミーが命じた。
アイゼンの熱線が再び放たれる。前方にいた帝国兵たちが巻き込まれ、隊列が崩れた。味方から攻撃を受けた兵士たちは、状況を理解できないまま、互いに声を掛け合いながら距離を取ろうとする。
「第117中隊へ連絡! アイゼンから距離を取らせろ!」
デラミーの命令が無線を通じて伝わった。
第117中隊長のエイゴートは、遮蔽物の陰からアイゼンを見ていた。
「全員、あれから離れろ!」
兵士たちが移動を始める。しかし、アイゼンがこちらへ向きを変えた。
「伏せろ!」
エイゴートが叫ぶ。
熱線が通路を走り、複数の兵士が倒れた。
「中隊長!」
「私に構うな! 負傷者を下げろ!」
エイゴートは立ち上がり、周囲を確認した。しかし、エイゴートは両腕を失い、もはや戦える身体ではなくなっている。それでも指揮を続けようとするエイゴートの周囲では、117中隊の兵士たちが次々と遮蔽物を求めて移動していた。
117中隊は、すでに大きく隊列を崩している。GASTとの戦闘で消耗していたところへ、さらにアイゼンから攻撃を受けたことで、部隊としての行動が難しくなっていた。
「中隊長、どうしますか!」
「まずはアイゼンから離れろ! 部隊を立て直せ!」
エイゴートが叫ぶ。
だが、兵士たちがまとまって移動すれば、その動きそのものがアイゼンの攻撃範囲に入ってしまう。誰もが自分の身を守りながら動くしかなくなっていた。
第118中隊でも同じ状況が起きていた。
ルクサンドルは、後退しようとする兵士を呼び止めた。
「勝手に動くな! 部隊をまとめろ!」
「副中隊長、アイゼンがこちらへ来ます!」
イバの報告に、ルクサンドルが振り返る。アイゼンがこちらへ向かっている。
「全員、距離を取れ!」
ルクサンドルが叫んだ。
そのとき、近くで熱線が炸裂した。兵士たちが吹き飛ばされ、壁際にいた兵士も床へ倒れ込む。イバは倒れた兵士を助け起こそうとしたが、再びアイゼンが動き出したのを見て手を止めた。
「負傷者を下げろ!」
118中隊の軍曹が叫ぶ。しかし、運び出そうとしていた兵士のすぐ近くへ熱線が着弾した。イバは壁際へ身を寄せた。
「味方まで攻撃するのかよ……」
目の前では、118中隊の隊列が崩れていた。
アイゼンは、そんな帝国兵たちを追うように進んでいる。
その前方では、GASTが前進を続けていた。
大型機体が帝国兵を攻撃している今なら、進むことができる。
ビービは周囲を確認しながら、隊員たちを先へ進ませていた。
「そのまま進んで!」
アマゾネス班とアルバトロス班は、倒れている帝国兵を確認しながら施設の奥へ向かう。
アイゼンは、そのさらに後方で帝国兵を攻撃していた。
ブエンテロが振り返る。
「すごいな……あいつ、まだ味方を撃ってるぞ」
ゴルムも後方を確認した。
「これなら、かなり進める」
「油断するな」
クラウスレイが言った。
「止まったわけじゃない。こっちを向いたら、また撃ってくる」
その言葉どおり、アイゼンは帝国兵を攻撃しながらも、進行方向を変え続けていた。
GASTは距離を取りながら、施設の奥へ進む。
後方では、セイレーン班と119中隊の戦闘が続いていた。
ローレライは壁際から前方を確認した。アイゼンの姿は見えない。しかし、施設の奥からは断続的に大きな衝撃音が響いている。
「シリング、ラスタ。正面を押さえて」
「了解!」
シリングとラスタが射撃位置を変える。
119中隊も反撃を続けている。大型機体がいる場所から離れているため、今のところアイゼンによる攻撃は届いていない。
サンスーファは部下を指揮しながら、セイレーン班を押し返そうとしていた。
「撃ち続けろ! あいつらをここから出すな!」
119中隊の兵士達が射撃する。
ローレライは身を伏せ、壁の陰から射撃した。
銃撃戦が続く一方で、施設の奥では第32歩兵科大隊の戦線が崩れていた。
デラミーは無線を握りしめた。
「第117中隊、状況を報告しろ!」
返答はすぐにはなかった。別の兵士が答える。
『117中隊、通信が混乱しています!』
「第118中隊は!」
『こちらも同じです!』
デラミーは歯を食いしばった。
アイゼンを止めることができなければ、このまま部隊そのものが消耗していく。
「電子戦隊はまだか!」
「確認中です!」
返答を聞いたデラミーは、アイゼンの姿を見た。
その巨体が、再び右腕を持ち上げる。
「伏せろ!」
周囲から声が上がった。次の瞬間、熱線が通路を焼き、複数の帝国兵が倒れた。
117中隊と118中隊は、もはや組織的な戦闘を維持できなくなりつつあった。それでも帝国兵たちは、逃げるだけではなく、なんとか隊列を立て直そうとしている。
しかし、その前方にはGASTがいる。後方にはアイゼンがいる。さらに離れた場所では119中隊がセイレーン班と戦っている。
戦場は少しずつ、帝国軍にとって逃げ場のない形へ変わり始めていた。
登場人物紹介
GASTアマゾネス班
ビービ(班長)、スライス(副班長)、イリー、キーラ、ピケット、サリカム
GASTアルバトロス班
ブエンテロ(班長)、クラウスレイ(副班長)、ゴルム、ソブラウ、マメッド
GASTセイレーン班
ローレライ(班長)、ボナー(副班長)、シリング、ラスタ、ベルチャー、シノシック、ファス、ビュー
GASTファルコン班
ピート(班長)、モンソン、シシリア
ビーウェル・デラミー……陸軍少佐で、第32歩兵科大隊長
タタイ―・エイゴ―ト……陸軍大尉で、第117歩兵科中隊長
ミック・ルクサンドル……陸軍少尉で、第118歩兵科中隊の副中隊長
イアン・イバ……陸軍兵士長で、第118歩兵科中隊所属
アッサム・サンスーファ……陸軍中尉で、第119歩兵科中隊長
対人戦闘用重装甲兵「アイゼン」……所謂戦闘型ロボット。まだ量産体制に入っていないので、補給拠点や整備工場等、限られた場所でしか稼働しない。




