第312話 波及する戦火
工場への爆撃から数分後、消防隊が現場へ駆けつけ、急いで消火活動を開始した。
分隊を率いるリシス・リマ曹長は、炎と煙に包まれた工場を前にして言葉を失っていた。
「生存者はいるか?」
工場の通信設備は完全に破壊され、もはや使い物にならない。生存者を探すには、大声で呼びかけながら耳を澄まし、瓦礫の下から聞こえてくる僅かな声や物音を頼りにするしかなかった。
「うう……」
どこからか、かすかな呻き声が聞こえた。瓦礫の下だ。リマは力自慢の部下を呼び寄せると、急いで瓦礫の撤去に取りかかった。炎の勢いを抑えながら、崩れた建材を一つずつ取り除いていく。
やがて、瓦礫の中から1人の女性が発見された。清掃員として派遣されていた中年のヒト族女性だった。武器を持った兵士ではない。戦闘とは無関係な非戦闘員である。
自衛隊は、非戦闘員まで巻き込んだ攻撃を行っていた。しかし、発見された時には、すでに手遅れだった。女性はリマたちに発見されたものの、救助が間に合わず、そのまま息を引き取った。
「チクショウ……何て酷い事をしやがる……」
リマは怒りに打ち震えた。
それでも、ここで怒りをぶつけているだけでは何も変わらない。軍人ではない自分にできることは、一刻も早く火を消し、瓦礫の下に残されている生存者を1人でも多く探し出すことだった。リマは拳を握りしめると、再び部下へ指示を出した。
「まだ探せ。生きている奴がいるかもしれない」
部下たちは返事をすると、燃え残った建物の中へ入っていった。
一方、GASTは予定していた進路を維持しながら前進していた。
ビービたちは周囲への警戒を続けている。先ほど交戦した敵部隊が後退したことで、進路そのものは開けていた。しかし、それは帝国軍がこの地域から撤退したことを意味してはいない。
ピケットが前方を見ながら口を開いた。
「何かいます」
ビービが足を止める。
「どこ?」
「正面です。距離がありますが、帝国兵だと思います」
ピケットが示した方向へ、ビービも視線を向けた。
建物の陰から、複数の人影が現れている。数は少なくない。
「アルバトロスにも確認してもらって」
ビービが言うと、ブエンテロが応じた。
『分かった』
アルバトロス班は別方向へ移動し、敵部隊の側面を確認する。
しばらくして、ブエンテロから無線が入った。
『こちらアルバトロス。正面の部隊とは別に、右側にも帝国兵がいる』
ビービは周囲を見回した。
敵は、まだGASTの存在に気付いていないようだった。
正面から攻撃すれば、こちらの存在を知らせることになる。かといって、これ以上近づけば相手に発見される可能性も高くなる。
ビービは少し考えてから指示を出した。
「アルバトロスは右側を押さえて。ウチは正面から行く」
『りょ』
ブエンテロから返答が入ると、アルバトロス班は敵部隊の右側へ回り込むため、建物の陰へと移動していった。
ビービはその動きを確認してから、アマゾネス班へ視線を戻した。
「こっちは正面から行く。ただし、深追いはしないで」
「了解」
スライスが答え、アマゾネス班も前進を始めた。
敵との距離が縮まるにつれて、帝国兵の姿がはっきりしてくる。まだGASTには気付いていないらしく、隊列を維持したまま進んでいた。
ビービは射撃のタイミングを見極めていた。
ここで不用意に撃てば、敵はその場に伏せるだけでなく、周囲へ散開してしまう可能性がある。そうなれば、アルバトロス班が側面へ回った意味も薄くなる。
やがて、敵部隊の一部がアマゾネス班の射界へ入った。
「今」
ビービの合図とともに、アマゾネス班が射撃を開始した。
突然の銃撃を受けた帝国兵たちは、何が起きたのか分からないまま、その場に身を伏せた。
「狙撃だ!」
「どこからだ!?」
「正面にいるぞ!」
帝国兵たちが応射を始める。
しかし、アマゾネス班は同じ場所に留まり続けなかった。射撃を続けながら位置を変え、敵に正確な射撃位置を掴ませないようにする。
その間に、アルバトロス班は右側へ回り込んでいた。
ブエンテロは建物の陰から敵の動きを確認する。
正面から攻撃を受けたことで、敵部隊の一部がこちらへ向きを変えようとしていた。
「まだ待て」
ブエンテロが止める。
敵がさらに動いたところで、ブエンテロが指示した。
「今だ」
アルバトロス班から射撃が始まった。
右側から突然攻撃を受け、帝国兵たちの間に動揺が広がる。
「右にもいる!」
「挟まれているぞ!」
帝国兵たちは反撃しようとしたものの、正面と右側の両方へ対応しなければならなくなったことで、部隊としての動きが鈍った。
ビービはその様子を確認しながら、無線を開いた。
「スネーク01、こちらアマゾネス。敵と接触した」
少し間を置いて、シャウブから返答が入る。
『こちらスネーク01。位置を送ってくれ』
ビービは敵の位置を確認しながら答えた。
「正面の建物付近。アルバトロスが右側を押さえている」
『了解。確認する』
通信が切れる。
アマゾネス班とアルバトロス班は、敵がこちらへ集中してくるのを待つことなく、射撃位置を変えながら攻撃を続けた。
帝国兵の一部が前へ出ようとすれば、別の位置から射撃が入り、右側へ移動しようとすればアルバトロス班の射撃に阻まれる。
それでも、敵は崩れなかった。
「前へ出ろ! あいつらを押し返せ!」
帝国兵の1人が叫び、数人が遮蔽物を利用しながら前進を始める。
ビービはその動きを見ていた。
(来るか)
敵が距離を詰めれば、GASTも射撃だけでは抑えきれなくなる。ビービは隊員の位置を確認しながら、後退するべきか、それともさらに押し込むべきか判断しようとしていた。
その時、遠方から砲撃音が響いた。敵部隊の後方で爆発が起こり、帝国兵たちが一斉に振り返る。
「何だ!?」
続けてもう一発が着弾し、敵の進路を塞ぐように土煙が上がった。
スネーク班からの火力支援だった。
ビービは敵の混乱を確認すると、すぐに指示を出した。
「今よ。押して」
アマゾネス班が射撃を強める。
同時に、アルバトロス班も右側から圧力をかけた。
正面だけを見ていた帝国兵たちは、後方への砲撃によって動きを止められたうえ、左右からの射撃にも対応しなければならなくなった。
「下がれ!」
帝国兵の1人が叫ぶ。
「このままでは持たない!」
帝国兵たちは徐々に後退を始めた。しかし、GASTも無理に追撃することはなかった。
ビービは敵が離れていく方向を確認しながら、周囲へ注意を向ける。
ここで追えば、別の帝国軍部隊と接触する可能性がある。118歩兵科中隊が後退したばかりであり、この地域に帝国軍がまだ残っていることは明らかだった。
「追わないで。ここを確保する」
ビービが指示すると、隊員たちは射撃を止めて周囲の警戒に移った。
少し離れた場所では、ブエンテロもアルバトロス班を停止させていた。
『こちらアルバトロス。敵は離れた』
「了解。こっちも止める」
ビービは無線を切り、前方を見た。
敵は退いた。しかし、戦闘によって開いた進路の先には、まだ帝国軍の存在が予想される。
そのとき、スネーク班から通信が入った。
『こちらスネーク01。敵の後退を確認。これ以上の支援は必要か?』
「今は大丈夫。予定地点へ向かって」
『了解』
シャウブからの返答を聞き、ビービは周囲の隊員を見回した。
「行きましょう」
GASTは再び前進を始めた。
そのころ、工場ではリマたちが消火活動を続けていた。
火勢は徐々に弱まりつつあったが、瓦礫の下から新たな生存者が見つかるたびに、リマたちは作業を止めることができなかった。
リマは負傷者を運び出す部下たちを見ながら、燃え残った工場へ視線を向けた。
先ほどまで武器を製造していた場所は、もはやその役割を果たせる状態ではない。それでも、ここで立ち止まっている余裕はなかった。
「まだ中を探せ。生きている奴がいるかもしれない」
リマは部下へ指示を出し、再び瓦礫の中へ入っていった。
登場人物紹介
GASTアマゾネス班
ビービ(班長)、スライス(副班長)、イリー、キーラ、ピケット、サリカム
GASTアルバトロス班
ブエンテロ(班長)、クラウスレイ(副班長)、ゴルム、ソブラウ、マメッド
GASTスネーク班(火力支援部隊)
シャウブ(班長)、ロン(副班長)、ハン、ロスタ、ビアボーム、カカレコ
リシス・リマ……消防隊所属の曹長で、フクロウ型鳥人族の男性。今回の消火活動の分隊長を務めた
※)消防隊……アステリム帝国における消防組織。消火活動やそれに伴う救助活動を担う。軍とは別組織であるが、隊員の階級は軍隊と同じ名称で呼んでいる。




