第31話 指揮所突入
――指揮所まで100メートル。
イガは片手を上げ、前進を止めた。双眼鏡越しに指揮所前面を確認する。
「見張り2名。排除。」
短い命令だけだった。乾いた破裂音が2度、森へ吸い込まれる。
見張りの兵は悲鳴を上げる暇もなく崩れ落ちた。喉元には小さな銃創が1つずつ開いている。
「何だ?」
物音に気付いた後方の兵士が駆け寄る。倒れた兵を見た瞬間、その口が開いた。
「敵──」
最後まで言わせなかった。
1発。銃弾が眉間を貫き、兵士はその場へ崩れ落ちる。イガは淡々と前を見据えた。
「このまま敵指揮官を無力化する。」
オサスタ率いる偵察小隊第4分隊は、上空から森を監視していた。夕陽に染まる木々の隙間を、4つの人影が指揮所へ向かって走る。オサスタの目が鋭く細められた。
「敵4匹確認。」
「特殊部隊です。」
「総員、急降下。指揮所へ近付けるな。」
「了解!」
第4分隊は一斉に翼を傾け、高度を下げる。4人の鳥人族が夕空を切り裂き、一直線にイガ班へ襲い掛かった。
指揮所まで残りわずか。イガ班は木々を盾にしながら静かに前進していた。その時だった。ハンゾウが足を止める。
「……上だ。」
イガとフウマが反射的に空を見上げる。
「鳥人部隊。」
「見つかったか」
フウマが小さく舌打ちした。
8つの影が夕陽を背に急降下してくる。
「モモ、任せる」(イガ)
「了解。隊長は?」
「行く。指揮所が優先だ」
モモは、ハンゾウとフウマを見る。
「ここは俺達で迎え撃つ」
残った3人が木陰へ散る。数秒後、鳥人たちが頭上へ飛び込んできた。
「少尉殿、ここは自分が」
※シアン・グンテ二等兵、偵察小隊第4分隊所属
グンテが一歩前へ出る。オサスタはその横顔を見た。
「……いけるか?」
「今回こそ結果を出します。」
「了解」
「よし。行ってみろ。ただし、無理はするな。異変があればすぐ下がれ」
イハが鼻で笑った。
「いい加減昇進しろよ、落ちこぼれ。」
※イリアン・イハ上等兵、偵察小隊第4分隊所属
(うるせぇ)
グンテは落ちこぼれだった。同期が次々と下士官に昇進していく中、何度も昇進試験に失敗し、未だ二等兵のまま。もっとも、同期のイハも、その中では昇進が遅れているのだが、格下のグンテがそこに触れることは出来ない。
「…」(オサスタ)
「アギラフ兵士長、援護してやれ」
「やれやれ、しょうがないですね」
※アムザット・アギラフ兵士長、偵察小隊第4分隊
2人は林床へ高度を落としていく。
(まだだ…。)
羽音が真上まで近付く。モモは息を殺した。グラップル・ワイヤーを握る左手だけが静かに動く。
「今だ。」
ワイヤーが一直線に走る。グンテの脚へ絡み付いた。
モモはグンテに接近する。
「な!?」
不意を突かれたグンテは対応が遅れ、モモの接近を許してしまう。モモは、ナイフでグンテの喉を切り裂く。
「ぐ…。ちくしょう…。」
「グンテ!」(アギラフ)
アギラフが翼を打ち鳴らし、一気に距離を詰める。モモは1発だけ撃った。銃弾は当てるためではない。視線を奪うためだった。
アギラフが反射的に身を捻る。その瞬間だった。
「今だ」
フウマのワイヤーが足へ絡み付く。一気に引き寄せる。フウマは至近距離から2発撃ち込んだ。
「ぐわ……。」
2人は、もう片腕のグラップル・ワイヤーを木の枝に引っ掛け、着地する。
「まだ来るぞ!」(モモ)
「イハ、あの2匹を殺やるぞ! お前は右を取れ!」
「了解!」
2人は急降下する前、乾いた銃声が聞こえる。イハの後方にいた兵士が撃ち落とされた。
「ちっ」(イハ)
「総員、散開! 高速移動をもって敵に的を絞らすな!」
5人の鳥人は左右へ散った。
枝葉を避けながら飛ぶ以上、速度は平地ほど出せない。一方、木の上を渡る特戦群にとって、この森はむしろ格好の戦場だった。
「パン!」という乾いた一発だった。イハの右翼を銃弾が貫く。
「ぐっ!」
姿勢を崩したイハは高度を失い、木々へ激突した。
「狙撃手か!」
そして、間髪入れずにもう一発。
「ぐわっ…」
イハは眉間を貫かれ、絶命した。
「敵一体、排除」
「退け。」
オサスタは静かに部下を制した。
「少尉殿!」
「ここからは俺がやる。」
翼を一度だけ大きく打つ。その瞬間だった。森を滑るような低空飛行。枝と枝の隙間を縫う。
「速い!」
モモが照準を合わせるより早く、オサスタは木を蹴って横へ跳ぶ。銃弾は空を切った。
グラップル・ワイヤーが飛ぶ。オサスタは羽を畳み、身体を半回転させる。
「その程度か。」
至近距離、銃床でモモの腕を払う。モモも受ける。互いに数合、距離が開く。
オサスタの放った一発が、モモの太腿に当たった。モモはその場で蹲る。
「終わりだ。」
オサスタの銃弾が左肩を貫いた。モモの身体が揺れる。その瞬間、翼が顔面を打つ。バランスを失う。崖際、足元の土が崩れた。
落下する直前、モモは最後の一発を放った。銃弾はオサスタの左翼を掠める。
「ぐっ……」
羽根が赤く染まる。完全な勝利ではなかった。
「少尉殿!」
誰かが呼ぶ声がした。
「敵は木を利用している!」
「こちらが不利です!」
オサスタは舌打ちした。
敵は誘っている。深追いすれば、さらに被害が出る。
その時、指揮所の方角から銃声が聞こえた。
「しまった!」
「奴らの本命は指揮所だ!」
オサスタは急いでその場を離れる。
「鳥人部隊、指揮所へ!」(フウマ)
「俺達も行こう」(ハンゾウ)
指揮所の奥で、1人の将校が静かに振り返った。周囲の兵士たちが反射的にその男を囲み、盾となるように前へ出る。
「目標確認。敵指揮官」
イガは銃口をわずかに持ち上げた。将校は一歩も退かない。
「私を狙うとは……日本軍の特殊部隊か。」
落ち着いた声だった。その態度だけで、イガは確信する。
「……シムバッド・ジェア。」
男の眉がわずかに動いた。
「私の名を知っているのか?」
「どうやら当たりだった。」
返答と同時にイガは引き金を引く。乾いた銃声。ジェアの前へ飛び出した側近の胸を銃弾が貫いた。
「少佐殿……」
その一言だけを残し、側近はジェアの足元へ倒れ伏した。
イガは間を置かず2発、3発と撃ち込む。指揮所内へ飛び込もうとした兵士が次々に倒れ、残る護衛は1人となった。
「大隊長殿、お逃げ下さい。私が殿を務めます」
側近が叫ぶ。
怒鳴るでもなく、低い声だった。
「アステリム帝国軍に敵前逃亡はない。」
拳銃を抜き、イガへ向き直る。
「部隊を預かる者が最後まで戦わずして、誰が兵を導く。私がここで逃げれば、この大隊は終わる。」
ジェアは己を奮い立たせ、イガが身を隠す扉の陰へ向けて発砲した。
銃声が狭い指揮所へ反響し、壁板が砕け散る。
(射撃もなかなかだな)
イガは身を低くしたまま、相手の射撃を冷静に見極めていた。無闇に頭を出さない。敵は砲兵とはいえ、大隊長を務めるだけの力量は備えている。
その時だった。
「少佐殿!」
外から羽音が響き、オサスタが3人の部下を率いて指揮所へ駆け込んできた。
戦闘開始時には8名いた第4分隊は、今や半数以下となっている。皆、羽根や腕に傷を負いながらも、その目だけは死んでいなかった。
「アラミー、助かったぞ!」
ジェアが短く叫ぶ。
「申し訳ありません。敵は想像以上でした。」
オサスタは左翼から流れる血を気にも留めず、小銃を構えた。
「ちっ……援軍か。」
イガは舌打ちすると、遮蔽物を変えながら態勢を立て直した。だが、その表情に焦りはない。彼の耳へ、小さく無線が入る。
『こちら第2班。弾薬庫制圧完了。これより隊長と合流する。』
続いて、もう一つ。
『こちら第3班。砲列を無力化。敵指揮官を討ち取り、これよりそちらへ向かう。』
イガは口元だけ笑った。
「予定通りだ。」
一方、ジェアも異変を察していた。砲列から砲声が聞こえない。弾薬庫の誘爆も止まらない。そして、味方の増援は一向に現れない。
(……やられた。)
敵の狙いは最初から、この大隊そのものだった。弾薬を奪い、火砲を封じ、指揮を断つ。それぞれ独立した攻撃に見せかけながら、全てが一つの目的へ収束している。
「少佐殿。」
オサスタが小さく呼びかける。ジェアは静かに頷いた。
「……時間がないようだな。」
外では、再び銃声が近付いてくる。
第2班、そして第3班。
二方向から迫る足音が、森の静寂を打ち破っていた。イガは静かに銃を構え直す。
「終わらせるぞ。」
その一言を合図に、最後の戦いが幕を開けた。
登場人物紹介
特戦群
イガ
モモ
ハンゾウ
フウマ
第3砲兵大隊
シムバッド・ジェア……大隊長
アラミー・オサスタ……偵察小隊長




