第30話 断たれゆく指揮
――第1班――
イガたちは木々を縫うように前進していた。狙うのは砲兵大隊の頭脳――指揮所。指揮所さえ失えば、どれほど優秀な砲兵でも統制を維持することはできない。
「敵哨戒1名。」
フウマが小声で告げる。イガは僅かに頷いた。
次の瞬間、警備兵は悲鳴を上げる暇もなく崩れ落ちた。喉を貫かれた兵は一度も振り返ることなく地面へ沈み、4人は足を止めることなく夕闇へ溶け込んでいく。
フウマが囁く。
「隊長、指揮所まで100。」
イガは頷く。
「予定通りだ。」
その視線の先には、木々の隙間から、帝国軍砲兵大隊指揮所が見えていた。イガは小さく息を吐く。
「ここからが本番だ。」
ジェアは、戦術端末の地図表示を睨み続けていた。
報告が途絶えた。通信も繋がらない。弾薬庫、砲列、偵察小隊──それぞれが孤立し始めていた。
「……各個撃破か。」
嫌な汗が流れた。
敵は少数。それだけは分かっている。しかし、どこにいるか分からない。どこを狙うかも分からない。
「大隊長!」
通信兵が叫ぶ。
「第2砲列とも連絡が取れません!」
「……。」
ジェアは唇を噛んだ。敵は火力ではない。情報を奪いに来ている。そこへオサスタが駆け戻る。
「大隊長!」
「どうした!」
「敵を捕捉できません。ですが、こちらを誘導しています。」
ジェアが顔を上げた。
「誘導?」
「はい。」
「足跡も、薬莢も。あまりにも見つけやす過ぎます。」
「……罠です。」
その言葉で空気が変わった。ジェアは即座に命令する。
「追うな!」
「偵察小隊は距離を取れ!」
「敵は我々を分断する気だ!」
しかし、その命令は一歩遅かった。
森の西側、「ズドォン!」と、また爆発が起こる。オサスタは歯を食いしばる。
「また……。」
ジェアは拳を握り締めた。
「遊ばれている。」
―第2班―
一方その頃、炎に包まれた弾薬庫では、弾薬小隊長パヴォ・パンクマン中尉が怒鳴り続けていた。
「燃えていない弾薬コンテナを優先しろ!」
「装薬を運び出せ! 誘爆するぞ!」
「砲弾を失えば前線は終わる! 急げ!」
「運搬班は弾薬搬出を最優先! 衛生支隊は負傷者を収容しろ!」
爆発は続いていた。
それでも兵士たちは炎の中へ飛び込んでいく。一発でも多く砲弾を救い出そうとしていた。コウガは木陰からその様子を観察していた。
「補給を諦めていないか。」
「優秀ですね。」(ゴエ)
ゴエが呟く。
「だから潰す。」
コウガは静かに引き金へ指を掛けた。
「ボンッ」という小さな爆発音。
「何だ?」
兵士が足元を見る。木箱の隙間に、小さな爆薬が転がっていた。
「しまっ──」
兵士が吹き飛ぶ。
「敵はまだいる!」
パンクマンは銃を構えた。
「周囲を警戒しろ!」
だが、どこにも姿がない。煙だけが揺れていた。
木陰ではコウガが静かに双眼鏡を下ろす。
「よし。」
「敵は消火を優先している。」
「次へ移る。」
「了解。」
隊員たちは再び森へ消えた。敵を全滅させる必要はない。補給を止める。それだけで十分だった。
―第3班―
砲列では第1砲兵中隊長タイビー・ウンババ大尉が部下を怒鳴りつけていた。
「照準を変更!」
「砲を捨てるな!」
「撃てる砲だけでも撃ち返せ!」
その横では整備支隊長ヘッチ・アボイル少尉が故障した火砲へ駆け寄る。
「閉鎖器を交換しろ!」
「駄目です!」
「なら牽引して後方へ!」
砲兵たちは懸命だった。最後まで火力を維持しようとしていた。
しかし、その様子を高所からダンゾウたちが見下ろしている。
「……仕事熱心な連中だ。」
「班長。」(ハチヤ)
「分かっている。」
ダンゾウは照準をウンババへ合わせた。
「まずは砲兵の牙を折る。」
隊員たちは静かに頷いた。真正面から撃ち合うつもりはない。指揮官、火砲、その2つを潰す。ダンゾウは無線機へ小さく囁く。
「配置。」
左右へ2人が散る。残る1人は爆薬を抱え、砲列の側面へ回り込んでいく。
ウンババは気付かない。視線は砲だけを見ていた。
「第3砲、撃てるな!」
「はい!」
「よし、装填!」
その瞬間だった。
「パン」という乾いた銃声が森へ響く。
「ウンババ中隊長!」
副官が叫ぶ。ウンババの軍帽が弾き飛ばされる。銃弾は頭を掠めただけだった。
「狙撃だ!」
兵士たちが一斉に伏せる。ウンババは咄嗟に砲架の陰へ飛び込んだ。
「狙撃手を探せ!」
しかし、誰も敵を見つけられない。夕暮れの森は静まり返っていた。そこに敵がいることだけは確かなのに、誰一人、その姿を見ることはできなかった。
登場人物紹介
特戦群 第1班
イガ、フウマ、他2名
第2班
コウガ、ゴエ
第3班
ダンゾウ、ハチヤ、他3名
タイビー・ウンババ……陸軍大尉、エルダードワーフの男性
パヴォ・パンクマン……陸軍中尉、ヒト族の男性
へッチ・アボイル……陸軍少尉、ドワーフの男性で整備小隊長
シムバッド・ジェア……第3砲兵大隊長
アラミー・オサスタ……情報小隊長、カラス型鳥人族




