第307話 リーク
――テリムト、旧東京都庁。
総督府の執務室で、プレヤディッチは一人の部下から報告を受けていた。
日本政府が、テリムトとの接触を拒否しない方針を固めたという。まだ正式な会談の日程は決まっていない。日本側も、テリムトが何を求めているのかを確認する段階にある。しかし、プレヤディッチにとっては、それだけで十分だった。
「日本政府は、話し合いに応じるつもりなのだな?」
報告を受けたプレヤディッチが確認する。
「はい。少なくとも、接触そのものを拒否する方針ではありません」
「そうか」
プレヤディッチは机上の資料へ視線を落とした。
日本政府は、テリムトとの接触を外交上の一つの選択肢として扱っている。まだ決定していないことも多いが、完全に扉を閉ざすつもりはないらしい。ならば、こちらから動くべきだった。
「日本側の発表を待つ必要はない」
プレヤディッチが言った。
「日本政府とテリムトが会談するという情報を、先に日本国内へ流せ」
部下が一瞬だけ表情を変えた。
「政府の発表より先に、ですか?」
「そうだ」
プレヤディッチは答えた。
「待ってから動くより、先に仕掛けろ。」
「承知しました」
「ただし、余計な情報は加えるな。会談するという事実だけで十分だ」
「分かりました」
部下が退室すると、プレヤディッチは窓の外へ視線を向けた。日本政府が何を考えているのかは、まだ分からない。だが、この作戦が上手くいくという確信があった。
――翌日、名古屋市。
日本政府が正式な発表を行うより前に、国内の一部新聞社が一斉に同じ内容を報じた。
日本政府が、グーリエ星人と近く会談を行う。
政府関係者から得た情報として報じられた記事は、瞬く間に広がっていった。
正式な日程も、会談の議題も決まっていない。それにもかかわらず、情報だけが先に世間へ出たことで、政府内にも動揺が広がった。
「政府は、グーリエ星人との会談を受け入れる方針を固めた」
そのような見出しが並び、インターネット上でも政府への批判が相次いだ。とりわけ民意党を中心とする保守系の政治家や論客からは、厳しい声が上がった。
「日本の領土を占領しているグーリエ星人と、政府が何を話し合うというのか」
「グーリエ星人との関係を優先し、九州の戦闘を置き去りにするつもりではないのか」
「会談をすること自体が、グーリエ星人による占領を既成事実として認めることにならないのか」
政府が正式な説明をする前に、さまざまな憶測が飛び交っていった。
一方で、社会一新党は異なる反応を見せた。
党首の市ヶ崎 儀郎は記者団の前で、政府がテリムトとの会談を行うことについて一定の理解を示した。
「話し合いによって戦争を終わらせる可能性があるのであれば、政府がその機会を拒むべきではありません」
その発言だけを見れば、政府の方針に理解を示しているようにも聞こえた。しかし、市ヶ崎は続けた。
「むしろ問題なのは、九州でいまだに戦闘が続いていることです」
記者の1人が尋ねる。
「九州での自衛隊の活動を停止すべきだということですか?」
市ヶ崎は迷うことなく答えた。
「はい。少なくとも、話し合いを始めるのであれば、九州で戦闘している自衛隊には武装解除を求めるべきです」
周囲の記者たちから、ざわめきが起こった。
「グーリエ側にも武装解除を求めるべきではありませんか?」
別の記者が問いかける。
「まず日本側が戦闘を止める意思を示すことが重要です。こちらが武器を持ったままでは、グーリエ星人との信頼関係を築くことはできません」
市ヶ崎はそう答えた。
「テリムトでは、日本人とグーリエ星人が共存している。ならば、九州でも同じ道を探るべきです。戦闘を続けている限り、いつまで経っても平和には近づけません」
その発言は、すぐに大きな反発を招いた。
「なぜ日本側だけが武装解除するのか」
「九州ではグーリエ星人が日本領を占領している。その状況を無視して、自衛隊だけに武装解除を求めるのはおかしい」
「結果的にグーリエ星人の占領を認めることになるのではないか」
そうした批判が相次いだ。
社会一新党に対しては、以前から近隣諸国との関係を疑問視する声も存在していた。
党幹部が海外の関係者と接触していることや、外交・安全保障をめぐる主張が特定の近隣国に都合よく働いているのではないかという指摘もあり、一部では外国勢力の影響を受けているのではないかという疑惑まで取り沙汰されていた。ただし、決定的な証拠が示されたわけではない。社会一新党は、それらを一貫して否定している。
今回の発言についても、市ヶ崎はあくまで日本国内の戦争を終わらせるための主張だとしていた。
その一方で、政府に対する批判はさらに強まった。
テリムトとの会談をめぐる情報が正式発表より先に流れたことで、小高政権は対応を迫られることになった。
――仮の首相官邸。
小高は、記者会見の直前まで資料を確認していた。会談の日程はまだ確定していない。それでも、政府が何も決めていない段階で「帝国軍との和平交渉を開始する」といった報道が先行している。
官房長官の御茶ノ水が隣に立っていた。
「総理、質問はかなり厳しくなると思われます」
「そうだろうな」
「特に、社会一新党の武装解除要求については聞かれるでしょう」
小高は資料を閉じた。
「それについては、政府としての立場をはっきりさせる」
会見場へ入ると、多くの記者が一斉に小高へ視線を向けた。最初の質問は、やはりテリムトとの会談についてだった。
「総理、グーリエ星人との会談を政府が決定したという報道があります。これは事実でしょうか?」
小高は落ち着いた口調で答えた。
「テリムト側から日本政府との接触を求める申し入れがあったことは事実です。政府としては、その申し入れを受けて、話し合いの場を設ける方向で準備を進めています」
会場がざわめく。
「テリムトだって?」
「グーリエ星人の領地として認めるのか?」
周囲からはそのような声も上がった。記者は質問を続ける。
「それは、グーリエ星人との和平交渉を開始するという意味ですか?」
「まだ、そこまで決まっているわけではありません」
小高は明確に答えた。
「今回の接触は、まず相手が何を求めているのかを確認するためのものです。会談することと、相手の要求を受け入れることは同じではありません」
続いて、別の記者が質問する。
「社会一新党は、九州で戦闘している自衛隊部隊の武装解除を求めています。政府もその要求を検討するのでしょうか?」
小高の表情が変わった。
「政府に、そのような決定はありません」
短く答えたあと、小高は続ける。
「テリムトとの接触を進めることと、九州で戦っている隊員を武装解除することは別の問題です。日本政府は、現在も九州で戦闘が続いていることを認識しています。そこで活動している隊員の安全についても、当然ながら政府として責任を負っています」
「では、九州での戦闘方針は変更しないということですか?」
「現時点で変更する予定はありません」
その答えに、会場の空気が再び変わった。小高は続けた。
「私は、テリムトとの話し合いを拒むつもりはありません。しかし、日本の領土と国民を守るという政府の立場を変更したわけでもありません」
しばらく質問が続いた。
グーリエ星人との会談をなぜ受け入れるのか。
誰が会談に出席するのか。
帝国軍からどのような要求が出ると考えているのか。
九州での戦闘をどうするのか。
小高は、一つずつ答えていった。そして会見が終わったあとも、政府を取り巻く状況が落ち着いたわけではなかった。会談を進めるべきだという声がある一方で、グーリエ星人への譲歩だという批判も続いている。
社会一新党からは、九州での戦闘停止と自衛隊の武装解除を求める声がさらに強まっていた。
小高は執務室へ戻ると、机の上に置かれた資料へ目を落とした。まだ、テリムトの使者とは一度も顔を合わせていない。それでも、会談はすでに日本国内の政治を動かし始めていた。そして、その先には、テリムトとの直接対話が待っている。
登場人物紹介
小高 味一……現内閣総理大臣
ピッピディー・プレヤディッチ……ダークエルフの女性。テリムトの総督府




