第304話 休息なき戦場
指揮所に届く報告を聞きながら、ラリグアンは戦場の状況を整理していた。
第6歩兵科旅団は前進を続けている。地球人の部隊にも損害を与えており、戦況そのものは帝国側に傾いていた。だが、敵の消耗は予想していたほどではない。
このまま攻撃を続ければ、さらに地球人を削ることはできるだろう。しかし、そのためにはこちらも戦力を消耗させなければならない。
ラリグアンはしばらく考えた末、通信担当の帝国兵へ指示を出した。
「前線部隊に一度撤退するよう伝えろ」
「撤退ですか?」
通信兵は驚いたように聞き返した。
「そうだ。急ぎ伝えろ」
「了解しました」
しばらくすると、前線から通信が入った。
『ラリグアン少将殿、こちら第6歩兵科旅団長、マット・ラッチョン准将であります』
「どうした?」
『撤退命令について、具申したいことがあります』
「言え」
『現在、我々は下等生物共を押しています。このまま攻撃を継続すれば、さらに損害を与えられるはずです』
ラリグアンは黙って聞いていた。
『この状況で、なぜ撤退する必要があるのでしょうか?』
「確かに、今だけを見れば撤退する必要はない」
『では――』
「だが、戦闘は今だけで終わるわけではない」
ラリグアンは指揮所の画面へ目を向けた。
「こちらも損害を受けている。前進を続ければ、それだけ兵の消耗は増える。敵を削ることばかり考えて、こちらが戦えなくなっては意味がない」
『休息を取る、ということですか』
「そうだ」
ラリグアンはそこで一度言葉を切った。
「ただし、奴等まで休ませるつもりはない」
『どういうことでしょうか?』
「小型戦車を追加で出す」
通信の向こうで、ラッチョンが息を呑む気配がした。
「味方部隊を後退させている間も、小型戦車には戦場に残ってもらう。さらに、待機している小型戦車も追加で投入する」
『なるほど……』
「我々は休む。その間も敵には警戒を続けさせる」
ラリグアンは淡々と続けた。
「敵が安心して休める状況を作らなければいい」
『承知しました。撤退命令に従います』
「うむ」
通信が切れた。
ラリグアンは指揮所の画面へ視線を戻した。
前線の部隊が後退を始めれば、下等生物共は当然、それを察知するだろう。だが、それで戦闘が終わったと思わせるつもりはない。我が軍が引いた場所には、小型戦車を残す。その間に、消耗した兵を休ませればいい。
(戦い続けることだけが、攻撃ではない)
ラリグアンはそう考えながら、次の報告を待った。
ネイマンたちは、敵のあるシステムを破壊すべく、某所に向かっていた。
目的は、残っている(帝国産小型戦車)を無力化することだった。
「ファルコン班、どうだ?」
ネイマンが無線越しに尋ねる。
『駄目です。システムへの侵入を試みていますが、こちらから操作できる領域まで到達できません』
返ってきたのは、シシリアからの報告だった。
『認証だけではありません。内部の制御系にも複数の防護が入っています。こちらから干渉しようとすると、その時点で遮断されるようになっています』
「つまり、乗っ取るのは無理か」
『現状では困難です』
ネイマンは黙ったまま歩き続けた。
調査の結果、帝国産小型戦車は常時操縦されているわけではないことが判明していた。基本的には自動操縦で動き続けており、どれほどの時間を稼働できるのかは不明だが、かなり長時間にわたって活動していることは確かだった。だからこそ、操縦系統を奪えば止められると考えた。しかし、その手段は使えないらしい。
「マッキー、どう思う?」
「ファルコン班でも無理なら、こっちからシステムをどうこうするのは諦めたほうがいいでしょうね」
マッキーはそう答えた。
「ルッテンは?」
「同意します。あれを直接止めるなら、別の方法を考えるしかありません」
ネイマンは前方へ視線を向けた。
(ならば、帝国産小型戦車そのものではなく、動かすために必要なものを潰す)
自動操縦を奪えないのなら、制御系統に固執する必要はない。
「ファルコン班、○ッパー君に関係する地上設備を調べろ。発進や帰還に使う装置があるなら、そこを狙う」
『了解しました』
「システムを破れないなら、外側から止める」
ネイマンは通信を切ると、歩みを速めた。ところが、その先から異様な音が響いてきた。
ペ○パー君が動き始めたのだ。
「まずい!」
マッキーが叫ぶ。ネイマンは即座に足を止めた。
まだ間に合うと思っていた。だが、帝国産小型戦車のいる地点はすでに目前まで迫っていた。その直後、待機していたペッパ○君が次々と動き始める。
「もう発進するぞ!」
ルッテンが声を上げる。ネイマンは周囲を見回した。
(間に合わなかったか)
帝国産小型戦車を止めるために来たはずが、その発進を目の前で許してしまった。
「退くぞ!」
ネイマンの指示を受け、3人は急いでその場を離れた。このまま近くに留まれば、自動的に敵と認識される可能性がある。帝国産小型戦車が動き出した以上、ここで戦う意味はなかった。
帝国軍の攻撃が、突然弱まった。
第6歩兵科旅団に押し込まれていた特別警備隊も、その異変を感じ取っていた。
「敵の動きが変わりました」
由良が前方を確認しながら報告する。
久宝は身を伏せたまま、帝国兵の動きを見た。
「下がっているな」
「撤退でしょうか?」
「分からない。追うな」
久宝は即座に答えた。
先程まで数で押してきた帝国兵が、こちらとの距離を広げている。あれだけ激しく攻撃していたにもかかわらず、突然後退を始めた理由が分からない。
石毛も前方を見ながら警戒を続けていた。
「全員、周囲を警戒しろ。敵が引いたからといって、気を抜くな」
「了解!」
特別警備隊はその場を動かなかった。
敵が下がったことで、ようやく生じたわずかな余裕だった。しかし、それを休息に使うべきなのか、それとも次の攻撃に備えるべきなのか、判断できるだけの情報はない。
別の場所では、ガーツたちも帝国兵の後退を確認していた。
ガーツは狙撃銃から目を離し、前方を見た。
「……引いていくな」
狙撃部隊の隊員が周囲を確認する。
『何故撤退を?』
ガーツは答えなかった。
これまで何度狙撃しても止まらなかった敵が、こちらへの攻撃を緩めている。
(何のつもりだ?)
撤退するなら、狙撃部隊を潰そうとしていた理由も分からない。
『ガーツ、どうする?』
「動かない。敵の動きを見る」
ガーツは再び照準器を覗いた。その時、遠くから低い音が聞こえてきた。
「……何だ?」
ガーツが顔を上げる。地面を伝わってくる振動が、次第に大きくなっていた。
チェールは、後退していく帝国兵を見ながら眉を潜めていた。
「班長、敵が引いています」
「うん、意図は分からないけど…戦略的撤退なのは確かだね。潔く撤退できる部隊はやっかいだぞ」
教授は冷静に答えた。
フランキーとカンが周囲を警戒し、ジーナとギラードも前方へ視線を向ける。
「敵の増援では?」
カンが訪ねる。
「それなら、あんな引き方はしないだろう」
「いや、待て…増援の可能性もある。無人機なら有り得る。警戒を続けるぞ」
教授は答えた。
その判断が下された直後だった。遠くから、地面を震わせるような音が聞こえてきた。
同じ頃、ピットブル班でも帝国兵の後退が確認されていた。
カラーノが前方を見ながら口を開く。
「敵が引いていきます」
フロリアンが周囲を確認する。
「さっきまであんなに元気だったのに、急にどうしたのかしら」
「そんなの分かるわけないじゃん」
エルメスが答える。
カラーノも敵の動きを追っていた。
「撤退……でしょうか?」
「そう見えるね」
シャークが答えた。
「でも、あいつらが何の理由もなく引くとは思えない」
班員たちは無言で前方を見つめた。
その直後だった。地面が、わずかに震えた。
カラーノが顔を上げる。
「……何か来ます」
遠くから、複数の駆動音が聞こえてきた。
シャークが目を細める。
「あれは…」
フロリアンが前方を見て、声を落とした。
「ちょっと待って。あれ、何よ……」
最初に見えたのは、一両の小型戦車だった。その後ろから、さらに別の車両が姿を現す。
1両ではない。2両、3両と続き、その後方からも次々と小型戦車が現れた。
「……大量の帝国産小型戦車……」
エルメスが呟く。
シャークの表情が険しくなる。
「うわぁ…1機でもやっかいなのに、あんな…。」
カラーノも銃を構えた。
その光景は、ピットブル班だけが見ているものではなかった。タイガー班の前にも、小型戦車が姿を現している。
「班長、あれは……」
チェールが言葉を失う。
教授は帝国産小型戦車の列を見つめた。
「来たか」
特別警備隊の前方にも、同じ光景が広がっていた。
「敵です!」
由良が叫ぶ。
久宝は迫ってくる小型戦車を見据えた。
「……歩兵を引かせて、こいつらを出してきたのか」
石毛は答えなかった。
ただ、小型戦車の数を見ながら指示を出す。
「総員、戦闘準備!」
隊員たちは一斉に武器を構えた。その視線の先では、小型戦車が一定の速度を保ちながら接近している。
ガーツも遠方からその光景を確認していた。
「なるほどな……」
狙撃銃を構え直す。帝国兵が撤退したことで、戦場から敵が消えたわけではなかった。歩兵の代わりに、別の戦力が前へ出てきたのだ。しかも、その数は明らかに少なくない。
『ガーツ、どうする?』
「狙えるなら狙う。ただし、無理に前へ出るな」
ガーツは照準器越しに小型戦車を捉えた。
(休ませるつもりはないってことか)
その考えが浮かんだ直後、別の小型戦車が視界へ入ってきた。さらに、その後ろからも続いている。帝国軍が後退したことで生まれたはずの戦場の空白は、瞬く間に小型戦車で埋め尽くされていった。
登場人物紹介
GASTピットブル班
シャーク(副班長)、フロリアン、エルメス、カラーノ、ガーツ(別行動)
GASTタイガー班
教授(班長)、チェール(副班長)、フランキー、カン、ジーナ、ギラード
特別警備隊
石毛 十三郎……隊長
久宝 将弘……第1小隊長
境目 智斗……第1小隊所属
由良 英樹……第1小隊所属
シガー・ラリグアン……獅子型獣人族の男性で、陸軍少将。北部方面軍の司令官
マット・ラッチョン……ゴブリンキングの男性で、陸軍准将。第6歩兵科旅団長
※ペ○パー君……アステリム帝国産の小型無人戦車。形が似ていることで、自衛隊はそう呼んでいる。連射が出来るので速射砲と呼ぶほうがしっくりくる。太陽光で動いているので、晴れの日は無限に動け、かつ太陽エネルギーで無限に弾を製造できる。地球で造られた物は、暗所での動きが鈍るので、専用のバッテリーを搭載している。銃弾は、ドローンで補充が必要。
基本、自動で動くが、スイッチのオンとオフ、戦場から帰陣させる際は、遠隔操作で手動に切り替える。




