第301話 捨て身の狙撃
狙撃によって帝国軍の前進が鈍ってからも、水機団の状況は改善しなかった。
前線に残っている隊員は、すでに十人を下回っている。負傷して動けなくなった者や戦死した者が増え、残された隊員たちも互いに十分な間隔を取ることができない。秋口は、わずかに残った隊員をまとめながら、前方で足を止めている帝国軍の動きを見ていた。
それでも狙撃は続いている。
「……まだ来るな」
前方を見つめながら、綱吉が呟いた。
秋口も帝国軍を見据える。狙撃によって敵の動きが止まっている今なら、こちらから反撃に出ることもできる。しかし、残った隊員の数を考えれば、前へ出る余力など残されていなかった。
「無理に動くな。今は、このまま持たせる」
秋口がそう告げた直後、前方から帝国兵が姿を現した。
隊員たちは一斉に銃を構える。しかし、帝国兵はすぐには撃ってこなかった。その後ろから、別の帝国兵が何かを引きずるようにして現れる。
秋口の表情が変わった。
戦闘上陸大隊所属の小宿 蓮児三等陸曹だった。
負傷しているのか、自力で歩くこともできず、帝国兵に身体を支えられている。その後ろにも、同じように捕らえられた隊員たちが続いていた。
帝国兵は人質を前へ出すと、こちらへ向けて声を張り上げた。
「武器を捨てて大人しく投降しろ。さもなくば、こいつ等を殺す」
「秋口さん! 投降しちゃダメだ! 俺達の事は……」
「黙れ」
帝国兵が発砲した。小宿の言葉はそこで途切れ、その身体から力が抜ける。
「小宿……」
「おのれ……」
秋口は歯を食いしばった。
気が付けば、帝国兵に囲まれている。投降したところで待っているのは死だ。捕らえられた仲間を見捨てて、このまま戦い続けるしかないのか。
そう考えた瞬間だった。
「ぐわっ」
背後から現れた帝国兵に鈍器で殴られ、秋口の視界が大きく揺れた。
同時に、堂ヶ原と綱吉も帝国兵に襲われる。2人も抵抗する間もなく殴り倒され、そのまま意識を失った。
秋口たち三人は、他の仲間たちと同じように捕縛された。
武器はすべて押収され、抵抗できないように手足まで拘束されている。帝国兵の1人がウォッチに触れると、スピーカーのスイッチが入ったときのようなノイズ音が周囲に響いた。その直後、ウォッチから帝国兵の声が発せられる。
「狙撃手よ、この状況を見ているなら、今すぐ武器を捨てて出てこい! でなければ、この下等生物共を1匹ずつ殺していく」
その声は、遠方で待機していたガーツや、他の狙撃班にも届いていた。
敵は自分たちを引きずり出そうとしている。
『どうする? ガーツ』
佐々木が小声で呼びかけた。階級は佐々木のほうが上だ。しかし、ここでは歴戦の猛者であるガーツに判断を求めていた。
ガーツにも迷いがあった。
彼らを助けたい。しかし、姿を現せば作戦そのものが破綻する恐れがある。作戦の破綻は、すなわち敗北を意味する。そうなれば、どのみち自分たちの命もない。
それでも、仲間を見捨てる事に躊躇いが消えるわけではなかった。
(班長ならどうする……)
そのとき、標準器越しに秋口の表情が見えた。ガーツは、秋口が瞬きをしていることに気付く。
ただの瞬きではない。一定のリズムがあった。
(あれは……)
ガーツは照準器から目を離さず、秋口の動きを注意深く観察した。
秋口がわずかに目を動かす。
帝国兵から見えない位置にいる堂ヶ原と綱吉へ視線を送り、それからゆっくりとまぶたを閉じた。
一度、少し間を置いて、もう一度。秋口は何度か瞬きを繰り返した。
帝国兵から見れば、何の意味もない動きだった。しかし、遠くから秋口を見ている狙撃手には違う。
ガーツは照準器から目を離さず、その瞬きを確認していた。意味を理解するまでに、それほど時間はかからなかった。
(助けなくていい……)
秋口が伝えようとしている内容を、ガーツは理解した。
(ひとりでも多く仕留めろ、ということか)
ガーツは奥歯を噛み締めた。照準器の中では、帝国兵が人質の1人に銃を向けている。引き金にかけられた指へ力が入っていく。
撃ちたい。しかし、撃てば人質を巻き込む可能性がある。
ガーツは狙いを変えた。人質の背後にいる帝国兵ではなく、そのさらに後ろにいる兵士を照準器の中へ捉える。そして、引き金を引いた。
銃声が響き、帝国兵が倒れる。その場にいた帝国兵たちが一斉に身を伏せた。
「撃ってきたぞ!」
帝国兵の1人が叫ぶ。
ガーツは間を置かず、次の標的へ照準を移した。別の場所からも銃声が響く。第7普連、第36普連、第37普連の狙撃班も射撃を開始していた。四方向からの狙撃によって、帝国軍が再び混乱する。
秋口は、その隙を見逃さなかった。
「今のうちに位置を変えろ!」
捕らえられた隊員たちが身を低くして動き始める。しかし、その動きを待っていたかのように、帝国軍の後方から新たな兵士たちが姿を現した。
それまで前面に出ていた帝国兵とは、明らかに動きが違っている。狙撃を警戒しながらも隊列を崩さず、こちらへ向かってくる。
秋口がその姿を見た。
「……まだいたのか」
次の瞬間、帝国軍の兵士たちが一斉に発砲した。
秋口、堂ヶ原、綱吉をはじめ、残っていた水機団の隊員たちは、集中射撃を受けて次々と倒れていった。
「ふう、驚かせやがって」
帝国兵の1人が、安堵したように呟いた。
これで水機団の前線に残っていた隊員は消えた。後方支援部隊を除けば、長年マコンベリムト軍を苦しめてきた水陸機動団は、戦闘能力を失った。
「くそ……」
その光景を見ていたガーツは、歯噛みした。覚悟を決めていたとはいえ、仲間が殺されるのを見るのは良い気分がしない。
狙撃班だけでは、目の前の敵を倒しきれない。あの規模の部隊に自分たちの位置を知られれば、全滅させられるのは時間の問題だった。
『おい、あれ……』
無線から聞こえてきた声に、ガーツは顔を上げた。
遠くに見えるのは、帝国軍の空挺降下部隊だった。
(有翼種はまずい……)
自力で飛行できる有翼種は、偵察機や戦闘ヘリよりも小回りが利く。その有翼種が、中隊規模で現れている。
(これは、見つかるのも時間の問題……)
そのとき、無線へ新たな通信が入った。
『おい、水機団は無事なのか?』
(誰だ?)
ガーツには声の主が分からなかった。しかし、続いて入った無線で、その正体が判明する。
『ガーツ、モンソンだ。特別警備隊がそっちへ向かっている。それまで粘ってくれ』
(特別警備隊!)
ガーツの脳裏に、関門海峡の状況が浮かんだ。
(そうか、関門海峡から水棲種を退けたから、動けるようになったのか!)
「地獄に仏」とは、この事か。ガーツはそう思った。
特別警備隊は海自の精鋭であり、その能力は特戦群にも匹敵する。
新たな精鋭の投入が決まったことで、ガーツと普連の狙撃班に再び戦う力が戻ってきた。
登場人物紹介
秋口 将光……第1水陸機動連隊所属の陸曹長。享年33歳
堂ヶ原 炉有……第1水陸機動連隊所属の三等陸曹。享年31歳
綱吉 圭一……第2水陸機動連隊所属の三等陸曹。享年28歳
ガーツ……GASTピットブル班所属で狙撃が得意
佐々木 駆向……二等陸尉で、第7普連の狙撃班長
※)ウォッチ……帝国兵の通信機ほか、翻訳機能、カメラ機能、マイク機能などが搭載されている。スマートウォッチにスマホの機能が入っていると思ってください




