第300話 ジリ貧
帝国軍の前進が、明らかに鈍っていた。
遮蔽物から身を出した帝国兵が銃を構えた瞬間、遠くから銃声が響いた。帝国兵が倒れる。その周囲にいた兵士たちが一斉に身を伏せた。前へ出ようとしていた者も足を止め、遮蔽物の陰へ身を隠している。
ガーツはその様子を高所から見下ろしていた。伏せた姿勢のまま狙撃銃を構え、照準器を覗く。
狙撃銃を扱うのは、ガーツにとって初めてのことではない。近接戦闘を得意とするピットブル班の隊員だが、狙撃の腕にも自信があった。
セイレーン班とフォックス班は大分方面での戦闘に参加しており、ここにはいない。そのため現在は、ガーツが第7普連、第36普連、第37普連の狙撃班と連携しながら、第6歩兵科旅団を狙っていた。
ガーツは照準を動かした。先ほどの射撃で帝国兵が身を隠したため、別の場所へ視線を移す。前進しようとしている兵士を捉えたところで、再び引き金を引いた。
銃声が響く。
遠くで帝国兵が倒れた。ガーツは撃った兵士の様子を確認すると、すぐに照準を別の場所へ移した。
ガーツの狙撃を少し離れた場所で見ていた、第7普通科連隊の狙撃班所属、佐々木 駆向二等陸尉は、その腕前に驚きを隠せなかった。
「あいつ、本当に普通科の隊員なのか?」
「らしいですよ。普通科にするのも勿体ないですよね」
本田 力二等陸曹がそう言いながら、再びスポッターのスコープへ目を戻す。
佐々木は苦笑した。
「本人が狙撃を専門にしてるわけじゃないっていうのが、また凄いな」
その間にも、ガーツは射撃を続けていた。
帝国兵が1人、遮蔽物の陰から身を出す。ガーツは狙いを定めたものの、すぐには撃たなかった。相手の周囲に別の兵士がいる。確実に仕留められる位置まで出てくるのを待つ。
やがて帝国兵が一歩前へ出た。ガーツが引き金を引く。遠くの兵士が倒れ、その周囲で帝国兵が身を伏せた。
「また止まりましたね」
本田が言った。
「止まったというより、止まらざるを得ないんだろうな」
佐々木は帝国軍の動きを見ながら答えた。
狙撃によって前方の兵士が倒されるたび、後続の帝国兵は進むことを躊躇するようになっている。正面からの射撃ならば、ある程度の損害を覚悟して前進できる。しかし、どこから飛んでくるのか分からない銃弾で狙われれば、部隊全体の動きが鈍るのも無理はなかった。その効果は、別の狙撃班からも確認できていた。
『こちら第36普連。敵の一部がこちら側への警戒を強めている』
『第37普連。西側の部隊も足が止まっている』
無線から報告が入る。
佐々木は短く返した。
『了解。こちらも継続する』
無線を切ると、本田が顔を上げた。
「四方向から撃たれていると分かれば、向こうも動きにくいでしょうね」
「分かっているならな」
佐々木は帝国軍を見た。
実際には、帝国軍もただ撃たれているだけではない。前進を止めた部隊の後方から、別の兵士が移動している。倒れた兵士の代わりを補充するように前へ出てくる部隊もあった。狙撃によって一つの動きを止めても、別の場所から新たな動きが生まれている。
「……数が多いな」
佐々木が呟いた。本田も帝国軍を見つめた。
狙撃によって帝国軍の進撃速度は確実に落ちている。それでも、第6歩兵科旅団が攻撃そのものを諦める気配はなかった。
その頃、水機団の陣地では、帝国軍の動きが鈍った隙を利用して、隊員たちが負傷者を後方へ移そうとしていた。
「今のうちに運べ!」
火原の声に隊員たちが動き、周囲を警戒しながら負傷者を運んでいく。その間も火原は前方を確認し、帝国軍の動きを監視していた。
少し離れた場所では、急留が倒れたまま動けずにいた。傷口から伝わる痛みは、先ほどからほとんど変わっていない。それでも、急留はどうにか顔を上げた。
帝国軍が止まっている。遮蔽物から身を出そうとした兵士が倒れ、その周囲にいた兵士まで身を伏せている。また、遠くから銃声が響き、帝国兵が倒れた。
急留は、その方向へ目を向けた。
(誰かが……撃ってる)
自分たちではない。しかし、その射撃によって帝国軍の前進が止まっている。その間に、隊員たちは負傷者を運び、防御線を立て直そうとしていた。
急留はしばらく、その光景を見つめていた。さっきまで迫っていた帝国軍が、今は足を止めている。それだけでも十分だった。
(まだ……戦える)
そう思ったところで、身体から力が抜けた。動こうとしても、もう指先すら動かない。声を出そうとしても、かすかな息が漏れるだけだった。それでも急留は前方を見ていた。隊員たちが動いている。帝国軍は止まっている。遠くから、また銃声が響いた。
急留の目が、その音のした方向へ向く。そして、ゆっくりと閉じられた。急留は、そのまま動かなくなった。
その間にも、火原は前方を警戒していた。
負傷者を運ぶ隊員たちが後方へ下がるにつれて、空いた場所へ別の隊員が入ってくる。狙撃によって帝国軍が足を止めているとはいえ、その状態がいつまでも続くとは限らない。
やがて、帝国軍の遮蔽物の陰から兵士が身を出した。火原は銃を構えた。
狙撃を警戒しているのか、帝国兵は慎重に周囲を窺っている。火原はその動きを見ながら、射撃の機会を待った。そのとき、帝国軍の別の場所から銃声が響いた。
水機団の前方へ銃弾が飛び、地面を抉る。火原は身を伏せた。
「まだ来るぞ!」
火原は前方へ視線を戻した。
狙撃によって帝国軍の動きは鈍っている。それでも、後方から新たな兵士が前へ出てきている。止まっていた部隊も、少しずつ射撃を再開し始めていた。
火原は再び銃を構えた。負傷者の後送に使える時間は、もう終わりつつある。
前方の帝国兵が身を出した。火原が引き金を引く。帝国兵が倒れた。
その直後、別の方向から銃弾が飛んできた。火原の身体が大きく揺れ、そのまま地面へ倒れ込む。
「火原!」
秋口が声を上げた。近くにいた隊員も振り返ったが、前方からの射撃は続いている。助けに向かおうとした隊員のすぐそばへ銃弾が着弾し、土が跳ね上がった。
「動くな! 今は無理だ!」
秋口はそう叫び、隊員を制した。火原は倒れたまま、わずかに身体を動かそうとした。しかし、すぐに力が抜ける。
その視線の先では、帝国軍が再び前へ出ようとしていた。そして、遠くから狙撃銃の音が響いた。帝国兵が1人倒れる。また別の場所から銃声が響き、帝国軍の動きが鈍った。
火原はもう動かなかった。急留に続き、火原もまた戦場から失われた。
狙撃は帝国軍の前進を確実に遅らせている。しかし、それによって水機団の損害が止まったわけではなかった。
狙撃班の位置では、ガーツが次の標的を探していた。照準器の中で帝国兵が身を低くしながら移動している。ガーツはその動きを追い、射撃の機会を待った。
『ガーツ』
無線から呼びかけが入った。
『第7普連だ。そっちから見て、敵の指揮官らしい動きはあるか?』
ガーツは照準器を覗いたまま、帝国軍の後方を確認した。
「今のところ、分かりません。前の部隊が多すぎます」
『了解。こちらも探す』
通信が切れた。
ガーツは再び照準を前方へ戻した。帝国軍の兵士が1人、遮蔽物から身を出す。
ガーツが引き金を引いた。帝国兵が倒れる。その周囲の兵士たちが身を伏せ、また前進が止まった。しかし、その後方では別の兵士が動いている。
ガーツはそれを見つめた。狙撃によって敵を止めることはできる。水機団が態勢を立て直す時間も作れる。だが、それだけだった。
(このままじゃ、時間を稼いでいるだけだ)
ガーツは次の標的を探した。そのとき、別の方向から銃声が響いた。帝国兵が倒れる。
さらに離れた場所でも銃声が聞こえた。第36普連、第37普連の狙撃班も射撃を続けている。それでも、第6歩兵科旅団は少しずつ前へ進もうとしていた。
ガーツは狙撃銃を構え直した。
(何か別の手が必要だ)
そう考えながら、再び帝国兵を狙った。
登場人物紹介
ガーツ……GASTピットブル班の隊員。狙撃の腕には自信あり
佐々木 駆向……二等陸尉で、第7普連狙撃班長
本田 力……二等陸曹で、第7普連狙撃班所属
秋口 将光……陸曹長で、第1水陸機動連隊所属
急留 晴也……第2水陸機動連隊の陸士長。享年22歳
火原 豪太……第3水陸機動連隊の三等陸曹。享年27歳




