第299話 謎の伏兵
第6歩兵科旅団の攻撃は、止まらなかった。
正面からの射撃を続けながら、帝国軍は少しずつ部隊を左右へ展開させている。水機団が一つの方向へ射撃を集中させれば、その間に別の部隊が移動し、別の場所から前進を試みる。数の多さを利用した攻撃だった。
水機団側も、それをただ受けているわけではない。秋口は前方の状況を確認しながら、隊員を移動させていた。
「右が押されている。何人か回せ」
近くにいた隊員が応じ、右側へ向かっていく。しかし、その直後に正面から帝国軍の射撃が強くなった。
「秋口さん、正面も来ています!」
急留が叫ぶ。
「分かっている。正面は俺たちで押さえる!」
秋口はそう答えながら、前方へ射撃を続けた。
帝国軍の兵士が遮蔽物から身を出す。その瞬間を狙って水機団側から銃弾が飛び、帝国兵が再び身を隠した。
だが、別の場所では帝国軍が前へ出ている。
隊員を回せば、そこが薄くなる。薄くなった場所へ敵が来れば、また別の場所から隊員を回さなければならない。秋口は、その繰り返しが水機団側の戦力を削っていることを理解していた。
(このままでは持たない)
それでも、下がるわけにはいかなかった。少し離れた場所では、綱吉が左側の防御線を確認していた。
「敵が近づいています!」
綱吉の声に、周囲の隊員が射撃を集中させる。帝国軍の前進が止まった。その隙に、上野 海慶陸士長が別の場所へ移動しようとする。
その瞬間、銃声が響いた。上野がその場に倒れる。
「上野が倒れました!」
近くにいた隊員が叫んだ。綱吉がすぐにそちらを見る。上野は動かなかった。
「救護を――」
綱吉が言いかけたところへ、再び帝国軍の射撃が飛んでくる。
「伏せろ!」
周囲の隊員が身を隠した。綱吉も遮蔽物へ身を寄せる。負傷した上野を救出するには、帝国軍の射線を横切らなければならない。今の状況では、それは容易なことではなかった。綱吉は一瞬だけ倒れた上野を見た。そして、前方へ視線を戻す。
「……今は、動けない」
悔しさを押し殺すように呟き、再び銃を構えた。
その頃、正面では帝国軍の攻撃がさらに強くなっていた。秋口の近くでも銃撃が続いている。
「秋口さん!」
急留が叫ぶ。
「何だ!」
「左が下がっています!」
秋口は左へ視線を向けた。綱吉たちがいる場所では、帝国軍の圧力によって防御線が後退している。
「堂ヶ原、左を見られるか!」
「分かりました!」
堂ヶ原が移動する。その途中で、近くの隊員が射撃を受けて倒れた。堂ヶ原は足を止めかけたが、すぐに前方へ向き直った。
「まだ下がるな!」
堂ヶ原が周囲へ呼びかける。隊員たちは射撃を続けた。帝国軍は少しずつ距離を詰めてくる。
水機団側の陣地には、戦死者が増え始めていた。それでも、秋口たちは戦線を維持している。しかし、それは余裕を持って敵を止めているわけではない。
隊員が1人倒れるたびに、残った隊員がその穴を埋めなければならない。移動できる隊員が減れば、それだけ1人当たりの負担が増していく。
急留は射撃を続けながら、周囲を見た。そこにいる隊員の数が、戦闘開始時より明らかに少なくなっている。
(このままじゃ……)
そのとき、帝国軍の一部が遮蔽物から身を出した。前進するつもりだった。水機団側へ向けて射撃を行いながら、数人の帝国兵が一気に距離を詰めようとしている。
「まずい!」
急留は、その帝国兵へ銃口を向けた。しかし、次の瞬間、急留の身体に衝撃が走った。
「うぐっ……」
銃弾を受けた急留が、その場に倒れる。
幸い、急所は外れていた。だが、身体を動かそうとすると激痛が走る。味方の救援を期待できる状況でもない。急留は顔を歪めながらも、声だけは出さぬよう必死に耐えた。帝国兵は、急留が死んだと判断したようだった。それ以上、干渉しようとはしない。
急留は倒れたまま、前方を見つめていた。すると、その中の1人が突然倒れた。急留は痛みに顔を歪めながら、その様子を見つめた。
水機団の誰かが撃ったわけではない。少なくとも、自分の周囲から飛んだ銃弾ではなかった。帝国兵の一人が倒れたことで、その周囲にいた兵士たちが一斉に身を伏せる。
(……何?)
急留は心の中で呟いた。秋口も同じ方向を見ていた。
倒れた帝国兵の周囲では、他の帝国兵が遮蔽物へ身を隠している。さらに遠くから、もう1発の銃声が響いた。帝国兵が1人、また倒れる。今度は水機団側の誰も撃っていなかった。
「秋口さん……」
綱吉が呼びかける。秋口は答えなかった。何が起きているのか分からない。帝国軍の射撃でもない。水機団の射撃でもない。それでも、帝国軍の前進を止める何者かがいる。帝国軍側でも混乱が起きていた。
『敵の狙撃を確認!』
『どこからだ!』
『分かりません!』
通信が飛び交う。
帝国兵たちは周囲を警戒しながら身を低くする。その結果、わずかな時間ではあるものの、第6歩兵科旅団の前進が止まった。
秋口は、その隙を見逃さなかった。
「今のうちに立て直すぞ。負傷者を下げられるなら下げろ!」
隊員たちが動き始める。誰が撃ったのかは分からない。それでも、その射撃によって生まれた時間を使うしかなかった。
少し離れた場所では、帝国兵が身を隠したまま周囲を見回している。
「どこから撃ってきた……」
誰かが呟いた。返事はない。ただ、帝国軍の進路を見ている何者かが、この戦場のどこかにいる。その存在を知る者は、まだ誰もいなかった。
登場人物紹介
秋口 将光……第1水陸機動連隊の生き残り
堂ヶ原 炉有……同所属の生き残り
急留 晴也……第2水陸機動連隊所属の陸士長
綱吉 圭一……第2水陸機動連隊所属の三等陸曹




