第3話 招集
――2020年9月20日――
その日、駐屯地の空気は明らかに違っていた。広場に整列した僕ら第10師団の隊員たちは、誰一人として無駄口を叩かなかった。ただ静かに、前を見つめている。何かが始まる。誰もが、そう感じていた。
「気を付け!」
号令が響く。各部隊から選抜された隊員たちが一斉に踵を鳴らした。守山駐屯地の空気は張り詰めていた。誰一人として私語を交わさない。
そこへ師団長・幸目 勇仁陸将が壇上へ上がる。
「諸君。」
「第10師団は、首都圏奪還作戦への参加を命ぜられた。」
一瞬、空気が止まる。
「作戦名――オペレーション・ギデオン。」
胸が高鳴った。横須賀、8年前に失った故郷。ついに、取り戻す時が来た。
「諸君らの健闘を祈る!」
作戦の説明は、ブリーフィング室で行われた。
「作戦名――オペレーション・ギデオン」
――オペレーション・ギデオン
旧約聖書に登場するギデオン。少数で大軍を破った英雄だ。その名を冠する以上、この作戦もまた、圧倒的戦力差を覆す戦いになる。
心臓が強く打った。ついに来た。しかし一方で、8年前のあの悪夢が鮮明に蘇る。燃え盛る街、倒れる両親の姿、そして血だまりの中に横たわる自衛隊の皆さん。あの絶望が、再び繰り返されるのではないか。
照明が落ちる。
スクリーンに、首都圏の立体地図が浮かび上がった。東京、神奈川、千葉、埼玉――その大半が赤く染まっている。敵占領地域だ。
情報幹部の説明が始まった。スクリーンがズームする。東京湾、そして相模湾。
「これまで6度の奪還作戦は失敗した。敵の防御網は、想像以上に強固だった。」
「だが今回は違う」
「我々は海からも攻める」
「最初の目標は、横須賀基地の奪還だ。海上自衛隊が海から進行を開始し、海中からの襲撃にも対処する。」
第35普通科連隊長の片桐 初一等陸佐の隣にいた海自の幹部が深く頷いた。海のない埼玉県の奪還を優先したこれまでの作戦とは異なり、今回は領海の奪還も同時に行う。
東京湾の映像が映る。
「グーリエ星人に海を奪われた結果、日本のシーレーンは大きく縮小した。」
「漁業も壊滅状態だ。その結果が――昨今の食料不足だ」
静まり返る室内。
「だから我々は海を取り戻す。横須賀を奪還する」
海自幹部からの説明の後、僕ら35普連は、連隊長の片桐一佐より、作戦の説明を受ける。
「我々35普通科連隊は、湯河原町から海沿いに進み、海自と連携して横須賀基地を目指す。敵は水棲種を使い、海上・海中からの攻撃を仕掛けてくるだろう。我々は海自と連携し、水棲種による揚陸支援を阻止する。」
「質問はあるか?」
進行を担当した情報幹部が問う。誰も手を挙げない。静まり返る。その沈黙のあと、
片桐一佐は全員を見渡した。
「よろしい。各員、装備を受領せよ。出発は明朝〇五〇〇。」
「以上。」
隣を見る。杏南がスクリーンを見つめていた。表情は固い。きっと、僕と同じだ。怖くないはずがない。僕はそっと手を伸ばし、彼女の手を握った。杏南は驚いたようにこちらを見て、そして小さく笑った。
「生きて帰ろう」(隼人)
「約束」(杏南)
任務を完遂する。杏南を守る。仲間を守る。そして、生きて帰る。そのためなら、僕は何だってやる。
だが、その場にいた全員が同じ気持ちだったわけではない。部屋の後方。一人の男が、腕を組んでスクリーンを睨んでいた。納得していない顔だった。
むしろ――怒っているようにさえ見えた。
登場人物紹介
幸目 勇仁……1964年8月29日生まれ、静岡県出身、階級は陸将。第10師団の師団長及び、守山駐屯地司令。
片桐 初……1970年5月8日生まれ、静岡県出身、階級は一等陸佐。第35普通科連隊連隊長。
段場 隼人……本編の主人公。第35普通科連隊所属の二等陸士。
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人。35普連所属の二等陸士。




