第295話 地と空の戦い
帝国軍の航空機と、第6航空団の戦闘機が上空で交錯していた。
第186偵察飛行中隊の航空機は、低空へ逃れながら散開しようとしている。編隊を維持したままでは戦闘機の攻撃を受け続けるため、機体ごとに進路を変え、地形を利用して追撃を振り切ろうとしていた。
しかし、第6航空団の戦闘機は、それぞれの機体を無理に追い回すのではなく、帝国機が逃げようとする方向へ先回りするように位置を変えていた。低空へ逃れれば、その先に別の戦闘機が待ち構えている。進路を変えれば、今度は別の方向から追撃を受ける。
帝国機は徐々に戦場から押し出されていった。
『敵機、右へ逃げます』
『追う。無理に高度を上げさせるな』
善城の指示に、中鉢 太孫二等空曹が応答する。
その間にも、一機の帝国機が急旋回した。地表すれすれまで高度を落とし、建物の間を抜けるように進路を変える。地上の構造物を利用して戦闘機の視界から逃れようとしていた。しかし、その動きを上空から捉えていた機体がある。鷲鷹が操縦するF-15J/DJだった。
『逃がさん』
鷲鷹は帝国機の進路を読み、機体を旋回させた。帝国機の後方へ回り込むため、急激に機首を向ける。
帝国機のパイロットが後方を確認し、声を上げた。
「後ろにいる!」
『分かっている! 左へ振れ!』
帝国機が急激に進路を変える。だが、すでに戦闘機との距離は十分に詰まっていた。
F-15J/DJから空対空ミサイルが発射される。白い煙を引いたミサイルが、逃げようとする帝国機へ向かって伸びていく。
「来るぞ!」
パイロットが操縦桿を動かし、機体を大きく傾ける。帝国機が回避機動に入った直後、ミサイルが機体の側面を掠めた。爆発によって機体が大きく揺れ、翼の一部が吹き飛ぶ。
「くそっ!」
パイロットは機体を立て直そうとするが、損傷によって速度が落ちていた。そこへ、後方から別の戦闘機が迫ってくる。
『善城より。こちらは任せろ』
『了解』
善城の機体が加速し、損傷した帝国機との距離を詰めていく。帝国機はなおも逃れようとしたが、すでに戦場上空の主導権は第6航空団へ移りつつあった。
その戦いを地上から見ていたヒーゾは、しばらく空を見上げていた。
先ほどまで戦場を覆っていた帝国軍機が、少しずつ減っている。だが、イーグル班にもコンドル班にも、戦いを続ける余力はほとんど残されていなかった。
『こちらサムライ。イーグル、コンドルへ。敵航空機はこちらで抑える。今のうちに補給を受けろ』
ヒーゾが無線機へ手を伸ばした。
「了解なのだ~。助かるよ~」
『コンドル班も同じだ。弾薬と負傷者の確認を優先しろ』
「了解した」
グリフィンが答える。
両班は、それぞれの補給地点へ向かって移動を始めた。
先程まで戦闘が続いていた場所には、破壊された装備と倒れた兵士たちが残されている。戦場から少し離れれば、補給と負傷者の収容を行うための場所が設けられていた。
イーグル班では、ヒーゾが周囲を確認しながら歩いていた。
「スタン、フランカはどこなのだ~?」
問い掛けられたスタンが足を止める。
「……まだ確認できていません」
「むむぅ~」
ヒーゾはそれ以上、何も言わなかった。
先程までフランカは、確かに同じ場所で戦っていた。爆発が起こった直後に姿が見えなくなり、呼び掛けても返事はなかった。それでも、敵機が残っている状況では、その場で捜索する余裕などなかった。
補給地点へ到着し、負傷者と戦死者の確認が進む。
やがて、フランカの所在が明らかになった。爆撃を受けた地点から発見された遺体の中に、フランカがいた。
「……班長」
スタンが報告する。
ヒーゾは、しばらく何も言わなかった。先程まで、すぐ近くにいた。呼び掛けても返事がなかった。それでも戦闘を続けなければならず、確認する余裕もなかった。
「そうか~……」
ヒーゾは、それだけを口にすると、フランカの遺体へ視線を向けた。
「……よく戦ってくれたのだ~」
それ以上、言葉を続けることはできなかった。
一方、コンドル班でも被害確認が進んでいた。
「リーは?」
グリフィンが尋ねる。マキシが視線を落とした。
「……戦死しています」
グリフィンは何も言わず、しばらくリーが倒れていた方向を見つめた。そこへコラードが近付いてくる。
「班長……」
「何だ?」
「あのとき、俺が助けに行っていれば……」
コラードの言葉が止まった。グリフィンは、しばらく黙っていた。
リーが吹き飛ばされた直後、コラードは救助に向かおうとしていた。しかし、まだ敵機が上空にいたため、グリフィンは戦闘を続けるよう命じた。あの判断が間違っていたとは言い切れない。救助に向かえば、コラードまで攻撃を受けていた可能性がある。
それでも、グリフィンには別の考えが残っていた。
(あのとき、助けに行っていれば……)
リーが助かった可能性はあった。だが、それを確かめることは、もうできない。
「……俺も同じことを考えている」
グリフィンは静かに言った。
「だが、あの場では敵機がまだいた。お前まで失うわけにはいかなかった」
「はい……」
「それでも…悔しいな…クソ…」
グリフィンはそう言って、拳を握った。
空では、まだ戦闘が続いている。しかし、その戦いはすでに大きく傾いていた。
第186偵察飛行中隊の航空機は、次々と戦場から離脱している。
帝国側の航空機は、偵察を主任務としながらも武装を施され、低空飛行と急激な機動を組み合わせて戦闘機の追撃をかわそうとしていた。建物や地形の陰へ入り、進路を変え、互いに距離を取ることで一機ずつ撃墜されることを避けようとしている。
それでも、第6航空団の戦闘機は帝国機の動きを上回っていた。
帝国機が低空へ逃れれば、戦闘機は上空から進路を抑える。急旋回して別方向へ逃げようとした機体には、別の戦闘機が回り込む。
帝国側も巧みに機動し、地形を利用しながら離脱を図っていたが、戦力差を覆すことはできなかった。
『敵機、撤退を開始しました』
僚機から報告が入る。
『追撃は深追いするな。こちらの任務は戦場上空の確保だ』
善城が答える。
『了解』
帝国機は戦場を離れ、北側へ向けて飛び去っていく。第6航空団の戦闘機は一定の距離を保ちながら、それを見送った。やがて、戦場上空から帝国機の姿が消える。
地上に残された部隊も、ようやく一息つくことができた。しかし、戦いが終わったわけではなかった。
第186偵察飛行中隊は基地へ向かっていた。
帰還する航空機には、先ほどの戦闘による損傷が残っている。機体を大きく損傷したものもあり、速度を抑えながら飛行している機体もあった。
「基地に戻ったら、すぐに機体を確認してもらえ」
先頭を飛ぶ機体のパイロット、グーリー・ティトン空軍曹長から通信が入る。
『了解。第二陣が出る前に直してもらわないとな』
別の機体を操縦する、エンリケ・ペレーロ空軍軍曹が答えた。
『ああ。空自の戦闘機が出てきた以上、次はもっと数を揃えた方がいい』
彼らは、基地へ戻れば第2陣が待機しているものと思っていた。
先ほどの戦闘で敗れたとはいえ、航空戦力そのものを失ったわけではない。損傷した機体を修理し、第2陣を出せば、再び戦場へ戻ることができる。少なくとも、彼らはそう考えていた。
だが、帰還した彼らを待っていたのは、予想していた光景ではなかった。
滑走路へ進入した航空機が次々と着陸する。通常なら、整備兵が機体へ駆け寄り、損傷箇所を確認するはずだった。ところが、誰も近付いてこない。
「……どうした?」
先に着陸したティトンが周囲を見回した。滑走路の脇にも、格納区域にも、人の姿が見えない。
「整備兵は何をしている?」
ペレーロが機体から降りる。そのとき、基地の奥にある建物から兵士が走ってきた。彼も傷だらけだった。
「何があった?」
「第2陣の連中が……」
ティトンの問いに、兵士は息を切らしながら答えた。
「全員、死んでいます」
「何?」
第1陣のパイロットたちは顔を見合わせた。
「いつだ?」
ティトンには信じられなかった。何かがあれば無線で連絡が入るはずだ。しかし、無線による連絡はなかった。基地で何が起きたのかさえ、彼らには伝えられていない。
「分かりません。俺たちが来た時は、すでに……」
その兵士が言葉を濁す。
第2陣として出撃する予定だったパイロットたちは、待機していた場所で死亡していた。銃撃を受けた者もいれば、刃物による傷を負っている者もいる。しかし、基地そのものが大規模な攻撃を受けた形跡はなかった。
「誰にやられた?」
ティトンが尋ねる。
「分かりません」
「分からない?」
ペレーロは思わず聞き返した。だが、敵が分かっていれば、このような事態にはなっていない。そう気付いたのか、パイロットたちの表情が強張った。
敵航空機による攻撃ではない。少なくとも、そう見える。
「整備はどうなっている?」
ティトンが尋ねた。
「すぐに機体を見てもらえ。飛べる機体から出るぞ」
戦場上空には、まだ敵の戦闘機がいる。ここで立ち止まっている時間はなかった。しかし、返ってきた答えは、さらに彼らを動揺させた。
「整備小隊が……全滅しています」
「……何?」
ティトンやペレーロが格納区域へ向かう。そこには、整備に使われる機材が残されていた。しかし、整備兵の姿はない。機体を確認する者も、損傷した航空機を修理する者もいなかった。整備小隊の兵士たちも、すでに殺されていた。
「そんな……」
若いパイロットが呟いた。
第1陣のパイロットたちは、周囲を見回した。第2陣のパイロットが殺されている。整備小隊も全滅している。しかも、誰がやったのか分からない。
空戦に敗れて戻ってきた彼らを待っていたのは、航空機を再び飛ばすために必要な人間そのものが消えた基地だった。
「敵が、ここまで来ていたのか……?」
ティトンがそう呟いた。だが、その声に答える者はいなかった。
基地の中には、戦闘の音すら聞こえない。ただ、不自然な静けさだけが残っていた。その静けさが、かえってパイロットたちの警戒心を強める。第1陣のパイロットたちは、武器を構えた。
ペレーロが、ゆっくりと背後を振り返る。直後、そのペレーロの喉元に、刃が突き刺さった。
※登場人物紹介
GASTイーグル班
ヒーゾ(班長)、スタン、ラウネーン、ブシ、ウィン
GASTコンドル班
グリフィン(班長)、マキシ(副班長)、ビエイラ、コラード、メネー、ババル
善城 駆……第6航空団、サムライ隊の隊長
鷲鷹 雅朗……サムライ隊の隊員
中鉢 太孫……サムライ隊の隊員
グーリー・ティトン……空軍曹長で、ヒト族の男性。第186偵察飛行中隊のパイロット
エンリケ・ペレーロ……空軍軍曹で、ハーフエルフの男性。第186偵察飛行中隊のパイロット
殉職したGAST隊員
フランカ:本名:六間 尚貴
生年月日:1992年8月18日 / 出身:青森県
階級:一等陸曹 / 所属:GASTイーグル班 / 享年:30歳
リー:本名:卯西 要
生年月日:1992年5月3日 / 出身:鳥取県
階級:二等陸曹 / 所属:GASTコンドル班 / 享年:30歳
※第186偵察飛行中隊は、4個小隊で結成されており、2個小隊が筑紫野で、残りの2個小隊は大分で戦闘中です。




