第290話 地下道の恐怖
第98空挺降下中隊長、アレスト・アンカー中尉は焦っていた。隷下小隊のイックス小隊長が討たれ、231小隊長のゾフィ・レゴーロ少尉も討たれようとしていた。前線では帝国軍の損耗が続き、敵の勢いを抑えきれなくなりつつある。
「エクウィア大隊長殿! 敵は勢いづいています。このままでは…」
『分かっている。だが、BJが姿を見せない以上、次のフェーズには移れない』
「部隊が損耗するよりはマシです。」
『エクウィア少佐、ファーファンです。私の部隊も損耗しています。お願いします!』
『むう……仕方ない。』
エクウィアは決断し、地下で待機している第2歩兵科旅団の工兵中隊長へ通信を繋いだ。
『ヒャイ、作戦開始だ。始めろ!』
しかし、工兵中隊長のオッドー・ヒャイ中尉から返事はなく、予定されていた起爆も行われなかった。
『どうした、ヒャイ。聞こえないのか?』
『何も反応がありませんね…』
ファーファンも異常に気付いた。
『強襲支援中隊から、伝令を出します』
エシェマリ・バエー大尉からの具申に、エクウィアは応じた。
『うむ、任せたぞ』
『了解』
バエーの命令を受けたラジャ・ガンジャ伍長とオール・ノア一等兵は、工兵中隊が待機している地下通路へ向かっていた。
工兵中隊から連絡が途絶えていることが只事ではないのは、末端の兵士である2人にも分かっていた。2人は周囲を警戒しながら、地下通路へと向かった。
やがて2人は、慎重に地下道へ入った。
入口付近には戦闘が行われた形跡がなく、壁面にも大きな損傷は見当たらない。照明もいくつかが点灯したままで、通路だけを見れば、何か異常が起きたようには見えなかった。
ガンジャは銃を構えたまま、前方へ視線を向けた。
「オール、周囲を確認しろ」
「はい」
ノアは後方を振り返り、それから前方へ視線を戻した。
工兵中隊との通信が途絶えている以上、何らかの異常が起きていることは間違いない。だが、銃撃音も爆発音も聞こえてこない。それがかえって不気味だった。
2人は一定の距離を保ちながら、地下道の奥へ進んでいく。
しばらく進んだところで、ノアが足を止めた。
「伍長……」
「どうした?」
ノアは通路の先を指差した。
そこには、1人の兵士が倒れていた。
ガンジャが近づいて確認すると、軍服から帝国兵であることが分かった。しかし、周囲を見渡すと、1人だけではない。通路の先には何人もの遺体が転がっていた。
「……工兵か?」
ガンジャが呟く。
倒れている兵士たちの装備を確認していくと、工兵科で使用されている装備が目についた。ノアの表情が強張る。
「これ……工兵中隊の兵士じゃないですか?」
「そうだな」
ガンジャは遺体の一つを調べた。その直後、別のものに気付いた。
「……待て」
通路の壁際に、工兵たちとは明らかに違う姿の遺体が倒れていた。
毛に覆われた身体と獣のような顔を持つ、モグラ型獣人だった。地下を掘削することに適した身体的特徴を持つ兵士である。
しかも、1人ではない。その先にも、さらに遺体が倒れていた。
「何なんだ、これは……」
ガンジャの声が低くなる。
地下から奇襲を仕掛ける予定だった部隊が、この地下道に待機していたことは2人も知っていた。だが、その部隊がすでに全滅しているとは聞かされていない。
ノアが恐る恐る遺体を確認する。
「伍長……こいつら、全員死んでます」
「分かっている」
「でも、どうして……」
ガンジャは答えなかった。
目の前に広がる光景が、ただの事故や通信機の故障ではないことだけは明らかだった。工兵中隊だけではない。地下からの奇襲を担うはずだった部隊まで、ここで何者かに倒されている。
2人は銃を構え直し、さらに奥へ進んだ。
進むにつれて、遺体の数は増えていった。通路の壁際には工兵が倒れ、その周囲にはモグラ型獣人の兵士たちが散らばっている。さらに進んだ先では、複数の兵士がまとまって倒れていた。
ここで何かが起きた。それだけは、疑いようがなかった。
ガンジャとノアは、互いに言葉を交わすことなく、足元と周囲を警戒しながら進んでいく。
やがて、通路の先に1人だけ装備の違う兵士が倒れているのが見えた。
ガンジャは足を止めた。
「……中隊長だ」
軍服と装備を確認すれば、それが誰なのかは明らかだった。
オッドー・ヒャイ中尉。第2歩兵科旅団工兵中隊を指揮する中隊長だった。
ガンジャの顔から血の気が引いていく。
「中隊長まで……」
ノアも言葉を失った。
工兵中隊との連絡が途絶えた理由は、単なる通信機の故障などではなかった。中隊長を含む部隊そのものが、この地下道で壊滅している。
ガンジャは急いで通信端末のスイッチを入れる。
「バエー大尉に報告する」
一刻も早く、この事実を伝えなければならない。しかし、通信を繋ごうとした、そのときだった。通路のさらに奥から、かすかな物音が聞こえた。2人は同時に銃を向ける。
足音だった。しかも、1人ではない。ガンジャは息を殺し、壁際へ身を寄せた。やがて、暗い通路の奥から人影が現れた。
先頭にいるのは、特別に大柄な兵士ではなかった。身長も体格も、遠目には目立つものではない。
だが、ガンジャはその姿を見た瞬間、ここで何が起きたのかを悟った。ここに倒れている兵士たちを殺したのは、あいつらだ。
「……敵だ」
ガンジャは通信端末を握り締めた。
一刻も早く、この事実を伝えなければならない。しかし、通信を繋ぐより早く、先頭の男がこちらへ顔を向けた。
ガンジャと、その男の視線が交わる。背中に冷たいものが走った。次の瞬間、地下道に銃声が響いた。
登場人物紹介
アレスト・アンカー……天使族の男性で、陸軍中尉。第98空挺降下中隊長
ノミ―・エクウィア……天使族の男性で、陸軍少佐。第25空挺降下大隊長
セドリック・ファーファン……天使族の男性で、陸軍中尉。第96空挺降下中隊長
エシェマリ・バエー……ダチョウ型鳥人族の女性で、陸軍大尉。第25空挺降下大隊・強襲支援中隊長
ラジャ・ガンジャ……ヒョウ型獣人族で、陸軍伍長。第25大隊の強襲支援中隊所属
オール・ノア……ヒト族の男性で、陸軍一等兵。同上。




