第286話 門司再攻
筑紫野に陣を構えていたアステリム帝国軍が、北へ向けて動き始めた。
その規模は、これまでの進軍とは明らかに違っていた。道路を進む歩兵の列が途切れず、その後方にも続々と兵員が集まっている。帝国軍は一部の部隊を送り込むのではなく、複数の部隊をまとめて前進させていた。
目指す先は北九州市門司区だった。すでに自衛隊が奪還した地域である。
帝国軍にとって、北九州を失ったことは単なる後退ではなかった。門司を失ったことで、本州へ向かうための重要な足掛かりを失っている。関門海峡を越えるための拠点を再び確保しなければ、本州への侵攻を再開することもできない。
だからこそ、今回は最初から戦力を惜しまなかった。
「もう小細工はしない。この物量で奴等を叩き伏せる」
シガー・ラリグアン陸軍少将は、そう息巻いていた。
マコンベリムト軍は、20年以上にわたって九州を占領下に置きながら、未だに本州を制圧できていない。自衛隊の想定外の粘りに手を焼き、幾度となく進撃を阻まれ、ついには領土の奪還まで許してしまった。
いい加減、その歴史を終わらせたい。
しかも自衛隊は、奪還した地域を足掛かりに、さらに南へ圧力をかけてくる可能性がある。今のうちに叩き潰さなければならない。
北部方面軍の司令官であるラリグアンの責任は重い。
「各部隊の進出状況は?」
ラリグアンが尋ねると、司令部の幕僚が手元の端末を確認した。
「先遣部隊は予定どおり北上しています。後続部隊も順次、前進を開始しました」
「敵の動きは?」
「現在のところ、大規模な前進は確認されていません。ただし、門司周辺には敵部隊が展開しています」
「当然だ。奴等が何もしないはずがない」
ラリグアンは地図上の門司を指でなぞった。
「敵が守るなら、正面から潰す」
幕僚は黙って頷いた。
今回の攻撃では、敵の防御線を見つけてから一部の部隊を送り込むようなやり方は取らない。複数の部隊を同時に前進させ、敵がどこへ戦力を集中させても、別の方向から圧力をかけられるようにする。
自衛隊が一つの部隊を止めれば、その間に別の部隊が前へ出る。その繰り返しで防御線を削り、最後には門司へ押し込む。それが今回の戦い方だった。
「航空支援隊との連携は?」
「準備できています」
「敵の防御陣地が確認でき次第、叩かせろ。歩兵が前へ出る前に、できるだけ敵の火力を削る」
「了解しました」
幕僚が通信を送る。
司令部の中には、その後も次々と報告が入ってきた。帝国軍の各部隊が予定された進路へ入り、北上を続けている。
報告を確認しながら、ラリグアンは椅子から立ち上がった。
窓の外には、北へ向かう部隊が見えていた。これまで何度も、自衛隊は帝国軍の進撃を阻んできた。下等生物と侮った代償だった。
マコンベリムト軍は21年にもわたって自衛隊を侮り、胡坐をかいてきた。その結果が、現在の状況である。
もっとも、それを総督府の前で口にするつもりはない。そんなことを言えば、自分が粛清されるだけだ。だが、結果を残さなければ、いつ粛清されてもおかしくない。
ラリグアンは深くため息をつき、もう一度だけ地図を確認した。
「門司を取り戻す」
その命令を受け、司令部から各部隊へ指示が送られていく。
筑紫野を出た帝国軍は、北九州へ向けて進撃を続けた。
門司では、帝国軍の接近を知らせる情報がGASTへ入っていた。
最初に異変を捉えたのは、前方を監視していた第36普通科連隊の情報小隊員だった。
『敵部隊を確認。北上しています』
無線を受けた隊員が、すぐに報告を送る。指揮所では、シルビアが端末の画面を確認していた。
「どのくらいだ?」
『数はまだ確定していません。ただ、かなり多いです』
「進行方向は?」
『門司方面です』
シルビアは画面を見つめた。
帝国軍が門司を狙っている。それ自体は予想できた。だが、問題は敵の規模だった。画面上に表示される敵部隊の位置が、次々と増えていく。シルビアはパーキーを見る。
「各班に警戒を伝えろ」
「了解」
パーキーが通信端末を操作する。
『総員へ。敵の大規模な進出を確認。門司方面へ接近中』
すぐに各班から応答が返ってくる。
『ピットブル、了解』
『タイガー、了解』
『リッチ、了解』
続いてファルコン、イーグル、コンドル、スサノオ、アイアンからも応答が入った。
シルビアは各班の配置を確認した。
敵は数で押してくる。ならば、こちらはそれを止めるしかない。
GASTは少数だ。敵と同じ方法で戦えば、兵力差がそのまま結果になる。これまでなら、敵の側面へ回り込み、要所を叩いて進撃を止めることもできた。
しかし、今回の敵は違う。正面から来る。しかも、その数が多い。
『敵先頭部隊、接近しています』
報告が入った。
その声を聞いたシルビアが顔を上げる。だが、立ち上がったのは彼女ではなかった。指揮所にいた最高司令官、桂 蘭次郎陸将が立ち上がった。
「総員、戦闘準備」
静かな命令だった。その一言を受け、指揮所の空気が変わる。
門司の前方で、帝国軍の姿が見え始める。
歩兵が進んでくる。その後方にも、さらに兵士が続いていた。その列は、視界の中だけでは収まりきらないほど長い。
GASTの隊員たちは、それぞれの位置で武器を構えた。これまでのように、敵の動きを見てから別の場所へ回る余裕はない。帝国軍は門司を取り戻すため、真正面から押し寄せている。
誰も口にはしなかった。だが、全員が理解していた。今回は、正面からぶつからないといけない。門司を守るには、ここで止めるしかなかった。
登場人物紹介
シルビア……GASTの中隊長
パーキー……GAST布袋班(指揮・通信班)の副班長
桂 蘭次郎……九州奪還作戦の最高司令
シガー・ラリグアン……マコンベリムト北部方面軍司令。獅子型獣人族




